◯
夜の町を彼女と共に歩く。
彼女を家に送るという名目での同伴だ。
会話は自分が話しかけて無視される、または彼女からの小言のような語りだけ。
「なんの抗議だったんだ?」
「……」
「いっいきなり変な中学生が出現してさ」
「……」
「………また無視してる?」
「……」
何にも可笑しいことはない。いつも通りだ。
むしろわかっていたことなのだ。
この女に会話といえる会話などあったことか。
この後に続くのは小言だけ。その筈だ。
「聞かないの?」
だがその予想は外れた。
僅かに目線をこちらに向けられたのに対して、何が?という意味の首の傾げを見せる。
「明後日の儀式のこと」
言われて納得する。
確かに彼女がそのような大喪なことをすると云うのなら、なんであれなにか訊くのが親しい者として義務だろう。
しかしそれも仕方のないことだと自分でも思う。
だって彼女があまりにもいつも通りだから。
「じゃぁ、一体何の儀式をするんだ?」
「教えられない。トージは魔術師じゃないもの」
「じゃぁ何で訊かせた!?」
その反応が期待通りだったのか、彼女はうっすらと笑みを浮かべる。
彼女なりの嬉しさの表し方がこれだ。
それから彼女はそそくさと早歩きをし、数歩先で踵を返す。
表情はうすら笑いのまま。
翡翠の瞳は―――を告げるように此方を見据える。
「でも、トージの願いは、私が叶えるから」
最後に絶対にと付け足し、こちらの反応も見ないままカグヤはまた正面を向いて歩きだした。
――願い?
――俺の願いを?
◯
いつも通り、彼女の家の前まで行くとそこで冬児の役目は終了だ。
武家屋敷風の門の前では黒服の男が常に二人外を見張っている。
魔術師っていうか、傍から見たら堅気の家には到底思えない。極道の家って感じだ。
「やぁ、早眞くん。娘を送ってきてくれたのかい」
屋敷の門が開き、和服を見事に着こなした四十代前半といったところの低めの声の持ち主が石で作られた階段の上に立っている。
カグヤの実父、壬生庵山である。
つまりは現在の壬生家の当主にあたる人物といえる。
イギリス、ロンドンにある魔術の最高嶺の学校にて優秀な成績を遂げて卒業。また詳しいことはわからないが錬金術にも精通しており娘のカグヤもよく自慢するほどの優れた魔術師らしい。
また人格者で、この前カグヤの家に上がらせてもらった時、
『式はいつだい?』
なんて冗談まで言えるパーフェクトファザー。これにはさすがのカグヤも顔を真っ赤にして取り乱していた。
「ご無沙汰しております。庵山さん」
「そんな堅苦しいのは止めてくれ早眞くん。“お義父さん”と呼んでくれてもいいんだよ。その場合は私も君を“冬児くん”、または“親愛なる息子よ”、と呼ぶから」
「お父さん……。何でトージの前だとそんなに元気なの……」
――ああ、何度目だろうこのやり取り……。
正直なところ、冬児はこのやり取りが気に入っていた。恋人の反応が初々しくていつもより可愛く思えるからだ。
そんな気持ちを察したのかすぐに睨みつけてくるので上を向いてやり過ごす。
カグヤはその上で一つ溜息をついて石の階段を登っていく。
カグヤが門を潜ると同時に門は閉められたが、何故か庵山さんだけはこの場に残っていた。
当然、その意味を冬児は理解などできていない。
待たせもしないですぐに庵山さんが笑顔で口を開いた。
「いや、すまないね。少し君と話がしたくて」
冬児が下から見上げ、庵山さんは冬児のことをできるだけ偉そうにならないように見下していた。
彼は下駄の2回ほど鳴らし、腕を組んだ状態で姿勢を良くする。
「――儀式のこと。娘から聞いているんだろう?」
表情に笑顔は無く背後に映る月が安山さんの迫力を増させる。
「おそらく、無事ではすまない。命の保証も、申し訳ないができない」
その言葉に思考が一瞬にして停止する。
我に還るのも一瞬だったが頭にはまだ漠然とした不安が残っている。
「正確には儀式ではなくその先にある戦いにより命を落とす可能性が高いのだ。
詳しいことは言えないが、近いうちにこの日本という国で“戦争”が起きる。
国と国とではないではない、人と人との戦争だ。決して無関係な人間が死なないとは限らない」
「なんでそんな……」
――そんな戦いにカグヤが?
そう尋ねたかったが、壬生安山はそれを頭を振って阻止する。
魔術師の世界に無関係な人間が割り込んで良いこと何も無いのだと言わんばかりに、その双眸に僅かな眼力を携えて。
「それもまた君が知らなくてもいいことだよ。私が言いたいことは一つだ。早くこの町を出て安全な所へ避難してくれ」
何故と言わせる前に庵山さんは困ったように肩を竦める。表情は既に緊張を解いており眉を下げた笑顔である。
それは言葉せずとも告げていた。
わかってくれ。理解してくれ。
肉親の大事な人を巻き込みたくないのだ。
それがわかったから、また何も言えずたはだ奥歯を噛んで俯くしかなかった。
「身勝手なこととは理解しているつもりだ。あの子のことだ、君にも儀式があるぐらいにしか言わなかったのだろう。こんなときに言うべきではないだろうが、私は良い娘をもったよ」
庵山さんは俯いたまま微笑を浮かべる。自分の娘のことを誇りに思っている親の愛。
知ったところで何も出来ない。残ったところで何も出来やしない。
「君の叔父にも仮がある。君にはできるだけこの町、いや日本から離れてもらったほうがいいかもしれない。なんなら私が君の叔父に事情を説明して手続きをしてもらおう」
聞こえているのになにも耳に入らない。
所詮魔術師でもない自分は邪魔者以外の何者でもないのだから。
庵山に一礼してその場を去ろうとした冬児に背後から声がかけられる。庵山の気を使ったかのような声だけが、静寂な夜に反響する。
「ああ、そうだ。ーーはまだやっているのかい?」
そんなどうでもいい話は、今の冬児には、虫の音なんかと重なってよく聞こえなかった