Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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天地

 

 サンジェルマン伯爵は驚愕した。

 これまで予想外の事態が幾度となく起きたが、それでもこれ程取り乱すことなど、彼が今の今まで生きてきた永劫の人生の中でも有りはしなかった。

 つい今の今まで大気中に散らばっていたのに、何が原因か急激に収束し始めるマナ。

 その起点には絢爛と輝く聖杯がある。

 あの聖杯を操れるのは、水銀で己の魔術回路と経路を繋いだサンジェルマンだけだ。しかし、当然ながら驚愕しているサンジェルマンにその覚えはない。

 誰も触れてもいないというのに、一人でに聖杯は『起動』し始めた。

 

「ど、どういうことだ……!?」

 

 驚愕を通り越して驚嘆し始めたサンジェルマンは、それでも負けじと両足を前に進ませる。

 魔力と共に聖杯の中に吸い込まれる気流に身体を引き寄せられるようにして、一歩、また一歩と歩き出す。

 鼓動が聞こえる。

 サンジェルマンの両耳に入り込んだのは、まるで産声のような魔力が凝固する音だった。

 収束した魔力は聖杯という釜の上で徐々に形を造り始める。 

 骨が、肉が、血液が、魔術回路が。みるみる内に出来上がり、サンジェルマンのよく知った光景がその場に展開される。

 サンジェルマンは知っている。生きる上での過程の中で、数万ものホムンクルスを創り出したサンジェルマンはこの光景を知っていた。

 これは自然の生命誕生ではなく、魔力による人工的な生命の誕生に似ている。

 即ち、この場に生まれるのは、生まれた時点で何らかの意志や使命を持つ全く新しい生命体だ。

 そんなものが聖杯から生まれるのか?

 何故?一体どうして?

 様々な疑問が頭に思い浮かび、魔術師としてこの上なく探究心を祖そられたが――既の所でサンジェルマンは己の使命を思い出す。

 人類の文明を救済する。その未来はもう確定している。

 ならばこんなところでまた不確定要素を増やすのは、決定した未来を覆す自体に陥らないだろうか。

 サンジェルマンは魔術師としての己の心を殺し、目的を果たす為だけの機械として右手の人差し指を、聖杯の上で今誕生しようとしている謎の肉塊に向けた。

 子供が拳銃を指で模倣するように、向けられたサンジェルマンの人差し指が熱量を高める。

 先程キャスターのサーヴァントの胸を貫いたものと同じ、超密度の太陽光線だ。

 触れればどんなものをも焼き切るこの一撃を回避も防御もできるものはいない。

 魔術師としては大好物の、『全く未知の物体』に心の中で謝罪しながら、サンジェルマンの指から離れた橙色の陽光は弾けるような音を立てて直進する。

 しかし、何物をも貫くとされた光熱は直進することなく、物体に溶かす前に明後日の方向に反射する。

 

「!!?」

 

 驚き身を竦ませるサンジェルマン。

 自身の力に絶対の信頼を寄せていたサンジェルマンにとって、今のは受け入れがたい光景であった。

 一体何が。太陽そのものを熱量を誇る一撃を跳ね返すことができるというのか。

 油断なく周囲に焔の壁を創り出しながら、事の発端である聖杯をサンジェルマンは凝視する。

 其処に在ったのは。驚愕で取り乱す金髪赤眼の炎に包まれたシルクハットの男。

 サンジェルマン伯爵が他の誰よりも知っており、誰よりも長年共にしてきた人物――即ち己自身の顔面である。

 凝視した先に在ったのは青の枠で囲まれた“石の鏡”であった。

 石で出来ているというのにその表面にはくっきりと実物と寸分違わないサンジェルマンの姿が映り込んでいる。

 超熱量の太陽光を跳ね返した石鏡は勿論驚異的な問題に属するのだが、それ以上にサンジェルマンはその石鏡を持つ存在がどうにも解せなかった。

 聖杯から溢れる魔力の波動に合わせて揺れる絹のような髪、瞼を閉じていても解る東洋人の整った顔立ち、やや幼さを残す風貌には似つかない豪勢な着物。

 その存在とは、ついさっきサンジェルマンの熱光線にて息絶えた筈の1体のサーヴァントを指していた。

 

「キャスターの……サーヴァント……!!」

 

 そう口にしながら、サンジェルマンは二重の意味で自身の頭を振る。

 あの東洋のサーヴァントなら確かに殺した。油断も躊躇もなく、高密度の熱光線で胸を貫いた。サーヴァントでも致死量のカテゴリーに分類されるあの一撃を受けて、なおあのサーヴァントが限界しているのは有り得ない。

 不死性や治癒性の宝具を使っている可能性もあるが、それを否定する要因はもう1つ。

 サンジェルマンは一時だけと言えど、アサシンのサーヴァント――オデュッセウスを連れてこの聖杯統合戦にマスターとして参加していた。

 その為彼の双眸にはマスター特権として監督に付与されるサーヴァントのステータスを読み取る能力が組み込まれているのだが、2つの眼から脳に伝達される情報は先程までの者とは明らかに食い違っていた。

 魔術師のサーヴァントらしく、魔力値以外はE〜D程度の弱小サーヴァントであった筈が、今ではその全てが跳ね上がっており、その平均値はBランクだ。

 信じ難い事実ではあるが、奴は生き返った。消え行く筈の霊体であるサーヴァントが、聖杯の内側にある莫大な魔力を啜って。

 まるで全く違うサーヴァントが呼び出されたのではないかと思わせる光景にサンジェルマンは目を見張っていると、再び顕現した少女は瞼を開かぬまま言を繋ぎ始める。

 

「“廻る廻る空の色 外法総じて昼を閉ざす”」

 

 何らかの魔術行使をの為の詠唱だろうか。

 サンジェルマンがそう思った矢先、この遺跡の頂上の四方に空中から飛来した巨大な杭が突き刺さる。

 

「ッ!!?」

 

 杭は見た目以上の質量を持っていたのか。四つ同時に遺跡に突き刺さる衝撃は凄まじく足元が大きく振動する。

 赤の杭は遺跡に固定されると其々に開けられた虚空から魔力で編まれた糸――霊線を伸ばし、簡易的な結界を創り出す。

 霊線にしては太すぎるとサンジェルマンが訝しげな表情を浮かべるが無理もない。極東と呼ばれる日本の文化に疎い彼にはそれが『注連縄』と呼ばれる太縄だということに気が付かないのだ。

 其処でサンジェルマンは己が閉じ込められたことに気が付き、直ぐ様行動に移った。

 

「この程度ぉ!!!」

 

 サンジェルマンが両手を仰ぐように振り上げると同時に、その足元から燃え広がる劫火の輪。

 地面を波のように這う劫火の輪は計八つ。油断も躊躇もない正真正銘の一撃であったが、霊線の壁はそれを容易く防御し、鏡を持つ少女もまた石鏡でそれを受け止める。

 

「なっ……!?」

 

 サンジェルマンにとって、それは度し難い光景であっただろう。

 なればこそ彼の次の行動は彼が最も嫌う、“優雅”さとはかけ離れた“無様”さをこの上なく表現していた。

 乱発する火花が次第に空中に浮遊する爆発に変わっていく。

 酸素が次々と消費され、やがて霊線で隔離された結界全体に爆発が広がる。大理石の地面が次々と焼け焦げていき、其処に居る生物も物体も例外なく灰へと変えていく。

 無論、それはこの大爆発を引き起こしたサンジェルマンも例外ではない。

 それでも爆発が消失するまで何度も破壊と再生を繰り返し、不死身の化物はものともしない。痛覚も遮断しており、その冷徹極まりない表情は歪むことなく、また油断することなく敵がいるであろう場所をずっと睨みつけていた。

 サンジェルマンの今の心境を語るなら、1番近いのは狩人の思考の近い。

 銃という圧倒的武力を手にすることで、余裕を持って獣に挑む。しかし貴族の狩猟は娯楽でなければならない。

 そう、万が一にでも狩人自身が傷を負うなどあってはならないのだ。

 何処までも愉悦に、傲慢に、快楽に浸れる娯楽。

 サンジェルマンは太陽の劫火という銃を手に、油断無く、そして愉しむことを忘れずに敵を睨み続ける。

 

 案の定、爆炎から再び姿を表した女には傷1つついていなかった。

 それどころか動いた様子すらなく、彼女は未だ悠然と鏡を腹の前で抱えているだけだった。

 

「―――ッ!!」

 

 その有様がよりサンジェルマンの頭に煮え付いた血液を送り込み、次の攻撃に移させる。

 最も次の攻撃は威力こそ先程の爆発よりかは上だが、彼が最も充填を置く優雅さにおいてはより下位に見られるべきものであったのだが。

 両手から放たれる火炎放射。

 地面から突き出るように現れる蛇のような炎鞭、それに特大の火柱。

 少女を包むようにして出現させた無数の超高熱体からの一斉放火。

 しかしとて動かない。焼けない。倒れない。

 圧倒的な力を持つ狩る側の自分が何を焦っているのだとサンジェルマンは自分に言い聞かせながらそれでも手を止めなかった。

 その攻撃を止めたのは、幼き少女の掠れるような声だ。

 

「“八咫に映るは浮世の空

 八百万の芥を轟嗤いて地を照らす

 暁の空に掛かりし火天よ 静寂に飲まれて陰るがいい”」

 

 サンジェルマンはその声に驚愕する。

 常人が聞けば、なんてことはない。歳相応の少女の声だ。

 しかしサンジェルマンには頭が痛くなるほど聞き覚えがあった。

 その声自体に聞き覚えがあったわけではない。声に潜む本質。肌の色や言語など、人にも環境や血によって属性があるように、サンジェルマンはその声の質を知っていた。

 

 

「“天岩屋戸(アマノイワヤト)”」

 

 

 全てを御する暗闇が広がる。

 其処に太陽はなく、また月もない。

 光源がなく、外界からの光も通さない。

 全てが暗転し、サンジェルマンの身体を照らしていた太陽の炎さえ消え失せる。

 久し振りに感じた凍りつくような寒気に顔面を蒼白させながら、サンジェルマンが口にしたのは聖杯戦争において在り得るはずのない存在の名だった。

 

 

「そん、な――神霊を呼び出す、なんて………」

 

 

 かつてこの日本という国を照らした神。

 武勇は立てず、さりとてその光はこの小さな国全土を照らした。

 力を持てどそれを乱暴に振るわず、暴力を嘆き、それでも信じ、人々の行く末を見届けた太陽神。

 

 彼女はそんな神霊と同一視されたのだ。

 彼女自身が神霊であったわけではない。

 ただ、そのように人々に求められた。

 一国の主として、そして一個体の神として。

 本物の天照大御神とは違う。

 されど彼女もまた、“そう呼ばれた1人の人間”なのだ。

 

「“さて”」

 

 冷えた空気に合わせて、少女――天照が不遜に嗤う。

 

「どうしたものかの?不死身の化物」

 

 その表情は決して神霊(きかい)らしさがない、人間の悪どさが滲み出ていた。

 

 

 

 

 

 

 




○次回の投稿

今日中か、明日の午後。
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