Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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断絶

 

 ━━お前には期待している。

 

 それが物心ついたばかりの少年であったキレイ・ハーデンベルトに、祖父であるアストル・ハーデンベルトが掛けた最初の言葉であった。

 魔術宗教団体・バルドリアの総帥であった祖父は、大師父である魔術師の悲願を受け継いでいた。

 人類文明は滅亡し、何れ破壊の未来を辿る。

 それを防ぐために割れた聖杯を再び集結しなければならない。即ち聖杯戦争ならぬ聖杯統合戦を行うと、祖父は自信満々に教徒達の前で息巻いていた。

 祖父の人生は全てが決められていたらしい。

 己が成すべきことも、願いも結婚相手も、好きなことも、嫌いなことも、全てが決められていた。

 人はそんな人生を憐れだと想うだろう。家督を継ぐことを最後の最後まで拒んでいた母、アレーシア・ハーデンベルトは自身の父である祖父を可哀想だと嘆いていた。

 だから、キレイにはそんな教育をしなかったのだろう。

 しかし今になって、キレイは思うのだ。

 そうしてくれればよかったのにと。

 すべてを決めていてくれていたのなら。どんなことを成さなければならなくて、どんな願いがあって、どんなものを美しいと好み、どんなものを悪だと憎むことを教えていてくれたのであれば。

 キレイ・ハーデンベルトという人間の奥底が、これ程歪むことは無かっただろう。

 

 

 成長したキレイは“生”に纏るあらゆる事象を実証してみせた。

 人間が多幸感を抱くことも、逆に嫌悪感を抱くことも、善悪など関係なく、祖父や母親には黙って浸すら行い続けた。

 清廉潔白で勉学に励もうと、小動物を飼おうと、人を救おうと、彼の心に多幸感は生まれなかった。

 暴力に日々明け暮れようと、小動物を捻り潰そうと、人を陥れようと、彼の心に罪悪感は生まれなかった。

 しいていうのであれば、何も感じない自分の心こそに、彼は憐憫していたのかもしれない。

 何をしようと何も感じない自分は心の不感症なのか。

 いつしか生を実感することを諦めた人の形をした怪物は、その後不死身と呼ばれる錬金術士に出会うまでの数年間、機械人形のように日々を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を見開く。

 体を起こそうとしたが、どうやらそれは叶わないらしい。

 ほぼ壊滅状態の大理石の床から起き上がろうとすると、キレイはどうしようもなく胸が傷んだ。

 僧衣服の胸の部分に刃物で容赦なく斬りつけられた跡があり、どうやらこれは致命傷と呼ばれる一撃を受けたらしい。

 その傷を見てキレイは少々頭を痛めた。

 治癒が実行されていない。賢者の石が体内にある限り、石は持ち主の体を際限なく再生させる筈だ。

 今もその感覚は胸の中に存在する。一定の感覚で鼓動を続ける、第二の心臓。

 しかしその効果は発揮されず、胸の傷からの出血は止まらなかった。

 

「はぁ―――はぁ……」

 

 息を切らす男の声が聞こえる。

 首を動かすこともままならず目だけを向けると、少し離れた所で黒の外套が不可解な武器を持って嗚咽に耐えている。

 すぐに外套や武器である“異様な形の鎌剣”は空気に溶け出し、その中から現れたボロボロの青年が現れた。

 溶け出すその一時前。摩訶不思議な鎌剣に己の血液らしきものが付着しているのを目にして、漸くキレイは合点がいったように空を仰いだ。

 

「……“不死殺しの鎌(ハルペー)”……か」

 

 

 英霊ペルセウス。

 ペルセウスはゼウスの血を引く半神であり、神々から授かった魔術的な武具を駆使して、蛇の怪物メドゥーサ殺しを成し遂げたとされる。

 運悪くも敵は幾多の英霊を殺害した不死身の怪物。今の魔術教会流に説明するのであれば、最高位の魔眼を持つ幻想種だ。

 決戦に赴く前、ペルセウスはヘルメースからは不死殺しの金剛の鎌を授かったとされる。

 ペルセウスは幾多の苦難を乗り越えながらも、勇敢に戦い、そしてメデューサの首を見事刈り取った――というのが一般的な神話の伝承である。

 実際は強大な力を有していたメデューサにペルセウスが半狂乱状態で戦っていたのだが、その事実を知る者は少ない。

 

 

 その鎌剣が使われていたとのであれば、なるほど全てに合点がいく。

 不死殺しの刃に、不死身の肉体を手にした男が重症を負わされたというだけの噺だ。

 斬りつけられた傷は深く、一目でそれが致命傷だと理解できる。 

 しかし、激痛に襲われながら、キレイに恐怖はない。

 あったのは自身の敗北を実感しての、重い嘆息のみだ。

 

「私は……負けたのか」

 

 生気の灯っていない双眸と口調で呟くと、期待してもいなかったのに、同じく満身創痍な宿敵は言葉を返してくれる。

 

「ああ、俺の勝ちだ……ざまぁみろ……」

 

 それは、早眞冬児という人間が口にするにはあまりに意外な言葉であった。

 基本的に小心者である冬児が人に対して嘲りを向けることなど滅多に有りはしない。それがどんなに、極々小さなものだとしてでもだ。

 

「英霊化、というのは末恐ろしいものだな……あの英霊を狂戦士として呼び出すか……」

「………」

 

 その問に対しては冬児は答えられなかった。

 何故なら“狂戦士”の殻を被っている間、完全に冬児の頭から理性の二文字は消失していたのだ。

 ただ無我夢中で、目の前の敵を殺したかった。捻り潰すこと以外考えていなかった。

 その実感のみが後味悪く冬児の心に渦巻いているので、冬児は勝利に酔いしれることができなかったのだ。

 自分という人間が、どれ程目の前の男を殺したがっていたのか。

 思い出しただけでも吐き気がする。

 

「……私はずっと、生まれてから自分のことを心のない化物だと思っていた……」

 

 睥睨するような視線でキレイは冬児に目を向ける。その眼球には、もはや目の前のものしか映せない視力しか残っていないというのに。

 

「どうやら私は的を得ていたらしい……この命は、“英霊”によって殺されるのだから……」

 

 誇り高き英雄は人間の憎悪に殺され、弱小な人間は凶暴な化物に殺され、邪悪な化物は英雄の勇気によって殺される。

 それが借り物の力を授かっただけの偽物だったとしても、キレイは英霊に殺されたのだ。

 心のない、化物として。

 きっとそんなことを言う友人がいたら、冬児は慰めの言葉を掛けて肩を抱いてやっただろう。

 

「ああ。お前は化物だよ」

 

 だが、この時ばかりは冬児は何処までも悲しげな表情でそう事実を口にした。

 

 

 それの何処がおかしかったのか。否、本当におかしかったと感じたのか。

 

「――くはっ」

 

 息を吹き出しただけのような。器官に詰まった空気を吐き出しただけのような。

 そんなか細い笑い声のようなものが、あの化物の口から漏れ出したような気がした。

 冬児の身体ももう万全なヒトと呼ぶには欠損だらけで、キレイの顔面に笑みが浮かべられていたかは定かではない。

 

「知っているか、早眞冬児……。この先、人類史は滅びるそうだ……原因は病原菌だとか言っていたか」

「ッ!!」

 

 そのことは知っていた。否、『まだ辛うじて覚えていた』。

 ラインの父親が衰弱したのも、壬生の一族が魔術回路を失う嵌めになったのも、その病原菌が原因だ。

 生物の生きる意味を無くす病原菌。

 星の意思から生まれたそれを、サンジェルマン伯爵はこの地球上から全て排除する為に戦った。

 

「お前は一体どちらを選ぶのだ……?」

「……何がだ」

 

 冬児の返した言葉に、キレイはか細く答えた。

 

「――恋人か、人類史かだ」

 

 土が崩れ落ちたような音に冬児が目を向けると、いつの間にか少し離れた地点にそれまでなかった鉄の扉が出現している。 

 片方が完全に麻痺した状態の両足に鞭を打ち、何とか立ち上がって冬児は先に進む。こんな所で立ち止まっている訳にはいかないのだ。

 

 

 

 ただ、一度だけ振り向いた。

 瓦礫を枕にして、此方に顔を見せないあの宿敵は、もう息絶えただろうか。

 その一瞥が、果たしてただの警戒心から振り向いての行動だったのか。

 それ以降足を引きずるようにしながらも歩むことを止めなかった冬児には、その心情はもう理解できない。

 

 

 

 

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