Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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天上を駆ける

 

 視界が霞む。

 意識が逃避する。

 時間の感覚でさえ曖昧になる。

 此処は何処で、自分は誰だ。

 父から託されたあの剣を引き抜いた岩の前か?

 九つの首を持つ毒竜と死闘を繰り広げた荒れ地の中か?

 あの誇り高き弓兵と雌雄を決した戦場か?

 世にも奇妙な幻獣を発見したあの場か?

 数十人目の異教徒の首を跳ねたあの城の中か?

 狂乱に陥る化物を倒したあの孤島か?

 全ては定かではなく、はっきりとしない。

 視界も頭の中も、ノイズのような靄がかかって何一つとしてはっきりとしないのだ。

 何が確かで、何が本当なのか。

 解らない。数度の英霊化を果たし、今や記憶の複合体と化した早眞冬児にはもう理解できやしない。

 自分が誰なのかも解らないまま、それでも不思議と片足を引きずりながらも足だけは前に進ませようと奮起していた。

 助けなければいけない少女がいる。自分が救わなければいけない愛すべき女がいる。

 

「――あぁ――あぁぁ」

 

 やっと終わる。漸く助けられる。

 部屋の奥。呪符に制御されて一人手に浮遊する『聖杯』は、不完全ながらその中を満たしている。

 この遺跡に元々あった聖杯の欠片と、自分が元々手にしていた欠片を合わせて、全部で8つ。

 弓兵と槍兵の欠片はないが、それでもこの際構わない。

 元より、基盤となった聖杯戦争は七騎の英霊の魔力を糧として根源への扉を開くらしい。

 既に十体以上のサーヴァントをその盃に組み込んだ聖杯であるならば、問題なく起動することだろう。

 それに、四の五の言ってる時間など、この身体にはもう有りはしないのだから。

 あれを手にすれば願いは叶う。

 幾つもの屍と犠牲を乗り越えて辿り着いた結果に。その全てを無駄にしない万能の願望器が、今目の前にある。

 しかし、何を願うべきだったのか。

 自分は一体何のためにこんな所に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――トージ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あぁ」

 

 思い出した。

 その名の持ち主が自分であることも自覚できずに、その名を呼んでくれた少女のことだけは何とか思い出すことができた。

 振り向いたあの無愛想な表情や、華奢な身体や、照れたような笑顔が、たまらなく愛おしかった。

 

「あぁ……そうだ」

 

 彼女の笑顔を取り戻さなければいけない。

 何を犠牲にしてでも――いや、違う。

 犠牲にできないものはある。きっとこの遺跡にまだ居る、顔も思い出せない仲間達。彼らもまた、きっと早眞冬児にとっては掛け替えのない存在なのだ。

 だから、犠牲にするのは『自分』だけでいい。

 

「――聖杯:起動」

 

 それは目の前にある願望器としての聖杯にではなく、己の内に武器として内包されている聖杯に対しての一語文の起動詠唱。

 もはや使用できる英霊は1体のみ。

 剣の騎士、弓の騎士、槍の騎士、騎乗兵、暗殺者、狂戦士。

 6人の英霊の力を今まで借り受け、残すところは魔術師のサーヴァントのみ。

 魔術師(キャスター)、という言葉に何かを思い出しそうになる。

 きっとそういう名前の知り合いが昔いたのだろう。

 きっと『はや■と■じ』という男の人生に、希望という運命を託してくれた。大恩人であり、きっととても大切な仲間だ。

 顔さえ思い出せない相手のことを思いながらも、かつてただの青年であった記憶の複合体は、理想を追い求めて歩き続ける。

 

 

「主様!!」

 

 

 その背中に、声を掛ける人物さえいなければ。

 

 同じように昔呼ばれたような気がして複合体は振り返る。

 息を切らし、髪を見出し、綺麗な着物は走るために途中でほとんど脱いできてしまったのだろう。白色の生地だけを身に纏った美しい少女が、其処には立っていた。

 しかし見覚えなどある筈がない。見たことなどある筈がない。

 

「危ないぞ。こんな所じゃ」

「何を言って」

「早く帰らないと、君の家族が心配する」

「―――」

 

 それほど自分はおかしなことを言ったのだろうか。

 息を切らした黒髪の少女は瞠目し、やがてその耽美な顔が徐々に悲痛に呑まれていき、唇を噛むようにして俯いた彼女は震えた言葉を口にした。

 

「そうか……もうお主は、『主様』ではないのだな……」

 

 きっと彼女は過去の自分を知っている『人間』だ。

 まだ誰とも混ざり合っていなかった頃の、唯一人の人間だった頃の青年のことを。

 悪いと思いながらも、だけど複合体は思い出せない。

 大事な人だったのかもしれないが、それでも思い出すことはできなかった。

 そんな偽物にも、少女は代わらず接しようとしてくれたのだろう。

 強がりにしか思えない今にも崩れそうな笑顔で右手を差し出してくる。

 

「帰ろう。主様」

「――僕、いや、私……俺は」

「お主が何者であろうと構わぬ。それでもお主はやはり我の主様なのだ。

 願いを叶えて、一緒に帰ろう」

 

 嬉しかった。

 心の奥が熱くなって、暖かくて。

 きっと自分は彼女の知っている存在ではない。それを熟知しているというのに、彼女は手を差し伸べてくれたのだ。

 それでも、その手を取ることはできない。

 複合体は手を取らずにゆっくりと頭を横に振って、虚ろな目で彼女の誘いを拒絶した。

 

「それはできない。俺は――」

 

 少し気を逸らしただけで忘却の彼方へと飛び去っていく己の記憶を何とか繋ぎ止めながら、それでも迷わず複合体は口にした。

 

「『カグヤ』を、もう一度笑わせてやりたいんだ」

 

 それが誰なのか。男なのか女のか。歳はいくつなのか。自分とはどんな関係だったのか。

 もう思い出せない。しかし、自分はきっとその人のことが好きだったのだ。

 だから自分は残らなければならない。

 膨大な魔力を有する聖杯を制御するには、恐らく魔術師の英霊の殻を被ったとしてもすぐにはできないだろう。

 残って誰かが力を安定させなければいけない。

 何方にしても見えにくい目を伏せて、複合体は話している間に到着したもう一人の登場人物に声を掛ける。

 

「そこの、アンタ。その女の娘。連れて行ってやってくれないかな?」

 

 少女の背後に佇んだ、紅の甲冑を着た騎士。

 元々は槍使いだったのかその装備は比較的軽く、中には少年が入っているのではないかと思わせるほどだ。

 騎士は喋らないまま複合体の前に近づくと、低くした拳を差し出してくる。

 それが何か渡したい気持ちの現れだと理解した複合体は、拳の下に掌を差し出す。赤い手甲冑の拳の中から託されたのは、槍の象徴が刻まれた聖杯の欠片だ。

 

「アンタ……」

 

 彼もまた、自分の知っている男だったのだろうか。

 されど騎士は、慌てて背後に振り返ったキャスターの腹を抱えると、一瞬だけ甲冑の中から視線を複合体に向けてから何も言わずに走り出す。

 

「なっ!?お主、ランサー!!?やめろ!!何をする!!」

 

 朴訥な騎士に運ばれて離れていく黒髪の少女は、無理矢理連れていかれながらもずっと此方に向かって叫び、両手両足をばたつかせて抵抗していた。

 少しずつ、少しずつ。小さくなって見えなくなっていく騎士と少女の姿。

 この死に体でできるできないか置いておいて、追い駆けたいという気持ちが無かったわけではない。

 

「何故だ主様!!主様!!主様ぁぁぁぁ!!!我も、我も一緒に――」

 

 少女の悲痛な叫び声を聞きながら、複合体の気持ちに芽生えていたのは不思議なほどに穏やかな、そよ風のような心地良さだった。

 安心した。きっと複合体はそう言いたかった筈なのだが、そんな記憶すらももう曖昧で、溶け合って、もう理解できない。

 

 

 そうして九度目の英霊化が始まる。

 聖杯は強力な魔術礼装。それも此度の聖杯戦争の賞品としてある聖杯は、“小規模な世界を創り出す”魔法紛いの魔術を実現させる大礼装だ。

 それの運営ともなると、当然魔術師としての実力が必要になる。

 かつて『■や■■う■』と呼ばれた青年は、魔術師ではなかった。

 ならば借り受けるしかない。今までと何ら変わりなく、同じように。

 

 今度の英霊化はもう二度と後戻りすることのできない。

 

 ――それでも止まれない。

 

 きっとこの魔術師の力を使った途端、最後に残っていた記憶の一欠片は完全に塗り潰される。

 

 ――それでも構わない。

 

 せっかく叶えた願いも虚しく、愛していた彼女のことも忘れてしまう。

 

 ――それで彼女が笑えるのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺は、アイツのことが好きなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕けた聖杯の欠片を集結させるという異種的な聖杯戦争――聖杯統合戦は終わりを迎える。

 結果的に聖杯は1人の勝者の元で起動した。

 しかしその勝者もまた、この世界から消失する。

 崩れ落ちる遺跡は勝者も敗者も纏めて飲み込んで、喝馬町という地獄にも終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






予定時間から投稿が遅れてしまい申し訳ありません!!

次回の投稿は明日になりそうです。

まだもうちょっと続きます。
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