○
「じゃ、アタシら帰るな」
空港にて、金髪の美女と矮躯の少年が見送りに来た眼鏡の少女と短い黒髪の少女に挨拶をする。
最期まで笑顔でいよう。そう心に決めていた眼鏡の少女――矢部咲結香は、いざ別れを実感すると目に大粒の涙を浮かべて震えていた。
「うっ………うっ……」
俯き震える少女の頭を、金髪の美女――フランが苦笑しながら乱暴に撫でる。
「も、たく……泣くなよぉ。別に今生の別れじゃねぇんだから。また会えるだろ?な?」
「で、でもぉ……」
「いつの間にそんなに仲良くなったのよ。貴方達」
まるで往年の大親友のように抱き合うフランと結香を見て、まだ現代の衣服に慣れていないかぐや姫がジト目を送る。
彼女の今日の服装はフリルのついていたりと申し分のない可愛さがあるのだが、
「ぶっ!」
フランが吹き出したのはそれが原因では無かった。
「……」
かぐや姫は断髪していたのだ。
腰まで伸びていた緑がかった長髪を、首辺りまで切りそろえている。所謂、セミロングという髪型であり、何もおかしなところなどないのだが。
犬猿の仲にあるフランだけはそれを見ていつも笑いを隠さずにはいられなかった。
「おいおいかぐや姫ちゃん〜。幼さが際立ってんな?あ?」
「五月蝿いわね。貴方こそその金髪。相変わらず似合ってるわよ?売春婦臭がキツイわ」
「あぁ!!?」
「何よ!?」
「ちょ、ちょっと二人共……」
今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな2人を結香が何とか仲裁し、改めて去っていく2人に最後の言葉を掛ける。
「フランさん、ラインさん。今までどうもありがとうございました」
片目を瞑りながら頷くフラン。ラインはまだ女性と面と向かって話すのが小恥ずかしいのか、少しだけ視線を逸らしている。
彼らは数日前終わりを告げた、聖杯統合戦参加者の生き残りである。
無事かぐや姫の木舟で遺跡から脱出した後、瓦礫の中を必死に捜索した結果、見つかったのは瓦礫の頂上で抜け殻の様に放心していた消えた筈のキャスターのサーヴァント、卑弥呼のみだった。
それ以外は全員行方不明。街を闊歩していた幻獣達も姿を消し、聖杯も既に消失していたことからサーヴァント達も消えてしまったのだろう。
ラインと結香と繋がっていたサーヴァントとの魔力の経路も強制命令権である令呪も、程なくして消失した。
事件の元凶も、それを正そうとした『早眞冬児』という青年も、崩れた遺跡は例外なく丸ごと飲み込んでしまったのだ。
事件の惨状を伝えるのは、復興不可能と断言せざるおえないまで崩壊した建物と街全体に覆われた毒液。それと大量に散らばった人間とホムンクルスの死骸があの地獄を物語っている。
壊滅した喝馬町が世間ではどういう扱いを受けているのか。それは今現在はっきりとしていない。
ただ山や海に囲まれ元々閉鎖的だった喝馬町へと繋がる道は全て封鎖。
魔術協会が日本政府と話をつけて、此処数年は一切対地入り禁止の第二のエリア51となるだろう。
これだけ規模の大きな被害が出たのだ。もはや一般人の暗示だけでは説明がつかなくなる。
少しずつではあるが復興を開始することになるらしい。秘匿を重んじる聖堂教会も今回は例外として魔術協会に手を貸した。
勿論、二大組織は善意で喝馬町の復興に手を貸している訳ではなく、片や未知の神秘の痕跡を啜る為、片や神に仇なした不届き者を見つける為に手を取り合ったに過ぎない。
どちらの組織に見つかっても面倒な立ち位置に居るフランや結香達は直ぐ様喝馬町から必要最低限のものだけ持って脱出。
その後数日間ホテルやらを転々とした後、今に至る。
帰国の目処が立ったフランとラインは、回復した父親の顔を見に一度帰るらしい。
「あの、ラインさんのお父様の病気が治ったのって……」
「………」
聖杯戦争が終結し、フランが衛星電話でイタリア本部に終戦を告げる為に連絡を取った。フランとラインにとって喜ばしいことながら、その時不可解な事実を通信係から通達されたのだ。
本国のある大マフィアの頭目、ラインの父親の病状が回復したとのこと。
まだ1人で歩けはしないものの、その様子からして病魔に犯されていた時から想像もつかない全盛期の若々しさを取り戻しているらしい。
通信係は当然ながら本部も、完全にフランとラインが聖杯を掴み取って頭目の病を治療したと思い込んでお祭り騒ぎになっているらしいが――当然、2人はそんな気分に仲間入りできない。
フランとラインは最強のサーヴァントを引き当てながら聖杯を掴むことは叶わず、敢え無く聖杯戦争から脱落したのだ。
では一体誰がお節介にもフランの父親の病魔を祓ったのか。
答えられる者は知っていても、それはもうこの世界にはいない。
「早眞が、治してくれたんだろ……」
此処に居るメンバーを除いて、フランとラインの願いを知っていた者は1人しかいない。
英霊化という人外の所業に手を出し、最期は己の望みの為に姿を消した1人の青年だ。
此度の聖杯戦争の賞品たる聖杯は別次元への扉を開く鍵である。
その副産物として、聖杯はこの星が生み出した文明破壊の病原菌を全て別次元へと飲み込んだ。
それこそがこの聖杯統合戦を仕組んだサンジェルマン伯爵の思惑でもあったのだが――故人亡き今それを知る者は誰もいない。
結果として、聖杯を起動した早眞冬児がその意志を引き継いだというだけだ。
また、早眞冬児が聖杯を手にした要因はそれだけではない。
物言わぬ肉塊と化していた憐れな少女――壬生カグヤが目を覚ましたのだ。
外道の魔術によって姿を変えられたお姫様を救うのは、聖杯の奇跡以外には有り得ない。またそんなことをする男がいるのだとしたら、それは恋人である早眞冬児以外には存在しないだろう。
念の為、早眞邸に単騎で向かったフランが水槽の前で倒れていた壬生カグヤを偶然発見した。
「その悲劇のヒロインは今何してるんだ?」
「今は宿で寝ています。多少記憶の混乱があるみたいで……今、キャスターさんが看病を」
そして早眞冬児が聖杯を掴んだと推測される第二の要因。
それが聖杯が失われた今も未だ健在なキャスターのサーヴァントの存在であった。
かぐや姫とは違って、彼女は受肉したわけではない。
彼女は今もサーヴァントとして、強力な使い魔の一種として現界している。といっても、何処から送られてきているか判らない無尽蔵の魔力を糧としている為、その在り方はもはや受肉しているのと何ら変わりはないのだが。
遺跡が崩れたことで崩れた土砂から発見されたキャスターは、二三日放心した後、中身が入れ替わったのではないかと周りの者に思わせるほど復活した。
山のような白米を平らげ、出される料理を次々と食し、腹が満たされると急造の工房に入っては唸り始めた。
毎日毎日、慣れもしない病人の看病に手を焼きながら、キャスターは何かと戦うように研究に勤しんでいるらしい。
その理由は誰が見ても明白だ。
「キャスターさんも、その……」
「無理してないといいがな。……早眞を、見つけるつもりなんだろ?」
フランの問に結香は気不味そうに頷いた。
魔法に近しい奇跡で姿を消した相手を見つけるというのは、実質、同じ魔法を使用しても難しいとされる。
門を開いても辿り着く場所が同じとは限らないのだ。 また元来の魔術師でないキャスターには聖杯紛いの魔術を使うことなどはっきり言って不可能だ。
そんなことは熟練した魔術師といえど投げかけられれば無理な相談だと正直に応えるだろう。
魔術と魔法は根本的にその在り方が違う。
あれ程の英霊達を糧にした生み出された奇跡を、単一の英霊が実現するなど不可能だ。
勿論、それが判らないキャスターだとは、フランも結香も思ってはいないが、現状の彼女の奮闘ぶりには何処か盲信めいたものを感じ止められる雰囲気では無かったのだ。
不安気な二人の心を晴らすことなく、イタリア帰国組の乗者達を呼ぶアナウンスが空港全体に反響する。
フランは一瞬名残惜しそうにしながらも、それ以上考えるのはまた此方に戻ってきてからだと笑みを浮かべて結香の額に軽くデコピンした。
「あうっ!?」
「少しの間そっちのことは任せた。すぐに戻ってくるからさ」
見た目の良さに合うように優しげに笑うフランと、その背後で照れながらも手を振るライン。
託された眼鏡の少女は自分でも頼りないと解っていても、相手を安心させるためにその表情を笑顔にする以外
「……はい」
フランとラインは自分達の荷物を持つと足早にゲートへと走って行く。
残された結香とかぐや姫の表情はというと、沈鬱とまではいかなくても決して明るいとは呼べない。
「……はぁ、何してるの」
痺れを切らした元従者が声を掛けるも、元主人の方は未だ心此処に非ずといった様子で、イタリア組がいなくなった後もずっとその場を物思い気に見つめている。
「冬児くんのことと心配だけど……ラインさんとフランさんも大丈夫かなって……」
「何が?」
「アーチャーさん……それに、ランサーさんも……いなくなっちゃったから」
アーチャーのサーヴァント・アルジュナ。
ランサーのサーヴァント・パーシヴァル。
何処の聖杯戦争に出場しても優勝候補とされるであろう最強の二角は、何方も主人に看取られることなこの世を去った。元々幽霊と何ら変わりのない英霊のことをこの世を去ったなどと表するのは可笑しいかもしれないが。
ランサーと契約した期間が僅か1日足らずだった自分はともかく、初日からアーチャーと行動を共にしていたあの二人の心情がどれほどのものなのか。図太くない結香は想像しただけでも心を痛めてしまう。
そんな元主人に送るかぐや姫の心情は、憐憫にも似た優しい同情だ。
――貴女が人のこと言えるのかしら。
何しろ矢部咲結香は、十数年一途に片思いしていた想い人を失ったも同義なのだ。
例え告白し、フられていたとしても、それですぐに情熱の炎が消える訳ではない。
壬生カグヤが放心状態の今、きっと早眞冬児が消息不明になったことで誰よりも傷ついているのは結香だ。
しかし、それを指摘したところでどうにかなるわけでもない。
かぐや姫は嘆息すると同時に、先程の結香の言葉に応えることにした。
「あの二人なら大丈夫よ。一緒にいた時間は、誰よりも長かったんだから。きっと、もう伝えるべき言葉は伝えてるし、伝えられてる」
「そう、かな」
「ええ」
だから、貴女は自分の心配をしなさい。
そう素直に言ってあげられない自分を無力に感じながらも、かぐや姫は結香の背中を押して空港を後にした。結香もまた歩きながら考える。
帰ったらキャスターや壬生カグヤと話してみようと。
無力な自分に何かが出来るとは思えない。
それでも皆が先のことを考えて歩んでいる。ならば自分も1人悩んでいるだけではなく、歩き出すしかない。
我知らず、聖杯戦争を乗り越えて人として成長した結香の決意は虚しく――彼女が宿に戻った時、壬生カグヤは姿を消していた。
○次回の投稿
本日の午後21時。