Fate/ragnarok gate   作:フーリン式

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後日談〈その4〉

 

 聖杯戦争が集結してから、10日余りが過ぎた。

 慣れない魔術に手を焼きながらも、彼女熱心に行っていたのは紛れもない神秘への到達だ。

 魔術師の家系がその末端まで研究を続けても完成するかどうかも怪しい無理難題。

 別次元への扉への鍵の作成。

 平行世界の運営とまではいかなくても、正しくそれは第二魔法の片鱗に触れる危険な賭けだ。

 実質不可能。才ある魔術師を無差別に廃人に変えるこの世の条理に、かつて女王と、偽物の太陽神と呼ばれていた女は挑戦した。

 勝敗ははっきり言って皆無である。

 ゼロに近いのではなく、ゼロそのものなのだ。

 

 冷たい空気が充満する急造の工房に、熱い吐息と汗が零れ落ちる。

 工房と言っても、魔術師とは名ばかりのサーヴァントが最低ランクの陣地作成スキルで作り出した玩具箱だ。 

 それでも、出来うる限りの試行錯誤は尽くした。

 二大組織の管理下にある喝馬町に侵入するのは危険が多過ぎる。よって早眞邸と壬生家に保管されていた魔導書を持ち出すことは不可能。

 近くの町のセカンドオーナーが魔術師らしからぬ人格者だったこともあり、話をつけて幾つか貸し出すことに成功したが、それでも魔法の域には当然手が届かない。

 

「糞ッ……!」 

 

 漠然とした焦燥だけがキャスターの心情を焼き焦がす。

 はっきりとはしない。しかし、時間が無いようにも思えるのだ。

 聖杯が作り出した新たな世界とは、何も生まれない世界なのだ。

 溜め込んだ魔力はそのほぼ全てが別次元への扉を開くことに使用され、元々溜め込んでいた膨大な魔力に比べれば残り粕のような魔力が持ち主の願望の糧として使用を赦される。

 早眞冬児という男はそれを他人の為に消費した。

 恋人を元の姿に戻すという約束の元、彼は1人この世界から姿を消した。

 実際のところ、聖杯の渦に飲み込まれて生きているのか、それとも崩壊した遺跡に押し潰されて息絶えたのか、定かではない。

 それでもキャスターは行動せずにはいられなかった。止まってなど、自分の中の覚悟がそれを絶対に許さない。

 黄泉の国か、はたまた見果てぬ空の下か。何処か虚空の海に今我が主が1人放り出されている。

 想像しただけでもが気が遠くなるような孤独に、彼は今打ち付けられている。

 其処から救い出してやりたい。

 聖杯戦争参加中では何の願望も持たなかった彼女の願いは、皮肉なことに聖杯戦争が終結してから生まれてしまった。

 ふと、疲労から沸き出た溜息。同時に天井を見上げて顔を動かすと、カーテンの隙間から侵入してきた陽光が目に入る。

 最後に休息を取ってから48時間が経過した。

 彼女は受肉したわけではない。今も肉持たぬサーヴァントとして現世に現界している。故に睡眠も食事も必要とせず、それらは2つは酔狂な娯楽としか用途をなさない。

 なのだが、人理を超えるサーヴァントといえど、集中力や精神力まで皆が皆人理を超えているかどうか問われると、そうでもないのが現実だ。

 同じサーヴァントの攻撃でもない限り、病に苦しむことなどない筈なのだが、キャスターはこの時確かに偏頭痛のようなものを感じてまともに立つことさえ不安定だった。

 恐らく先のことを考えると胸の内を掻き立てる不安が、無意識の内に彼女の精神力を少しずつ削っていっているのだろう。

 そういえば壬生カグヤの様子を見に行くのを忘れていたと、キャスターは立ち上がる。支えもなければ立ち上がれない自分に驚きながら、両手で頬に平手打ちをし喝を入れながら、壬生カグヤが寝ている寝室へと向かう。

 何分安いホテルだ。女4人。借りた部屋も1室だけで、間取りも洋室と和室が1間ずつという造りになっていて、壬生カグヤは洋室のベットの上で寝かせている。キャスターにとっては、申し訳ないことに和室の方を工房として使わさてもらっていたのだ。

 気を遣ってくれた仲間達の優しさにも報いることができずにいる自分を深く恥じながらも、キャスターが引き戸を開く。

 未だ眠っているであろう壬生カグヤは、

 

 

 

「――えっ」

 

 

 

 

 

 目を覚まし、その翡翠色の双眸で窓の外の景色を静かに見つめていた。

 陶器を連想させる白い肌と細くしなやかな手足。小麦色の長い髪は、先日矢部咲結香によって切り揃えられて、肉塊と化す前の腰の長さで整えられていた。

 寝巻き姿にありながら、その在り方は完成された芸術品のようで、人外である存在のキャスターでさえその風貌には目を奪われた。

 我に返ったキャスターは、すぐに起き上がったばかりの病人に近付きその肩に手を乗せて優しく声を掛ける。疲労に苛まれながら自分がここまで人に気安く接しられていることに我が事ながら感心しながら。

 

「いきなり起き上がってはダメであろう?ほら、早く横に」

「――夢を見たの」

 

 初めて聞いた少女の声は、琴の音のような鮮烈さと清らかな美しさを重ね持った聞く者の意識を奪う天使の唄声のようであった。

 声は決して独り言ではない。今入ってきたキャスターに向けて、確かな意識を持って壬生カグヤは語っているのだ。

 少女は虚ろな目で窓の外の太陽を鬱陶しそうに見据えながら、ただ淡々と言葉を紡いだ。

 

「きっとあれは違う世界」

「―――!!」

 

 壬生カグヤの言葉に、キャスターの表情が苦虫を噛み潰したかのように歪む。

 昏睡状態にあった壬生カグヤには、喝馬町で起きた聖杯戦争のことは何1つとして伝えていない。魔術師とはいえど、病み上がりの少女に刺激が強い膨大な情報を与えるのは良くないという皆の見解があったからだ。

 故に彼女は、恋人である早眞冬児が別世界に消えた可能性があることなど知らない筈なのだが。 

 

「お主……」

 

 自分の聞き間違いではないか。そんなキャスターの迷いを、此方に視線を向けていた少女の涼やかな瞳が一刀両断する。

 引き込まれるような眼というのはこういうものを言うのだろう。

 実際。それまで本質のところでは主を救うことしか頭になかったキャスターが、只一人の少女に意識を完全に奪われていたのだ。

 

「貴女じゃトージを見つけられない」

「!!」

 

 壬生カグヤの突き放すような1言に、それまで芸術品を見るように呆然としていたキャスターの意識が急速に収束し覚醒する。自分でも意に介さなかった出来事だったからだろうか。

 寝起きの意識に体の方がついていかずに、呂律が回らず何かに脅えているかのように焦燥した様子で大仰にキャスターは腕を揮う。

 

「お主――な、何故そんなことを―――自らの想い人を救いたくはないのか!?」

 

 明らかに狼狽したキャスターの言葉を、目覚めたばかりの姫君は頭を振って否定する。

 

「そんなことは言っていない」

 

 言葉を紡ぎながら宙を仰ぐ。昼間とはいえ、カーテンを締め切っている為部屋の中は暗黒に包まれており、天井で揺れる電球は存在意義を示していない。

 真っ暗な部屋の中。隙間風で揺れる吊られた電球を見ながら、何処までも無機質な少女の声だけが響く。

 

「私がトージを助けたくない訳ない。貴女は何言ってるの」

 

 腹の立つ女だ。病み上がりの少女にそう思ってしまう自分は、きっとサーヴァントとしても人間としても三流以下なのだろう。

 いつもの自分ならもっと余裕のある返答が思いつくのかもしれない。しかし、日に日に蓄積されていく徒労、どれどけ猶予があるかも解らない焦燥感。

 人理の外の存在であるサーヴァントといえど、こうなってしまってはまともな人間以上に精神力に異常をきたしてしまう。

 

「ならば何故……お主は、平然としておるのだ……」

 

 絞り出した声は、キャスター自身思っていたよりも小さく弱々しいものであった。

 それでも明確に意思を告げた。

 己の主が命を懸けて救った女。

 なのにその女は主が危機に瀕しているというのに、平然とこんな場所で燻っている。

 判っている。自分の見解はきっと間違っている。目の前の女には目の前の女なりの考えがあって、キャスターは意図的にそれを理解するのを拒絶してるだけで。

 気に食わないから。そんな幼稚な感情が原因で。

 キャスターは自分の言葉に対する相手の反応が気になった。

 怒るだろうか。呆れるだろうか。それとも耳を貸さないだろうか。

 否、壬生カグヤの反応はどれとも違っていた。

 彼女は驚いていたのだ。それまでの無表情が崩れ、口を閉ざしたまま目を見開き呆然としていた。

 

「……私、平然としているかしら?」

 

 そう言って表情を変えずに自身の頬を触る少女に、キャスターは僅かな違和感さえ覚えた。

 この少女は人形なのではないか?そんな疑問は意外と的を得ていたのかもしれない。

 正しくは、少しだけ歪な心か、はたまた歪な身体を持ってしまった美しい人形。糸を引くものは誰もいない。彼女を操るのは彼女自身だ。

 それでも糸を引くのに夢中な彼女自身には解らない。自分が今、どんな表情でどんな様子で振舞っているのか。

 

「誤解させてしまったのなら申し訳ないけど、私は別に平然となんかしてないわ。内心、腹立たしい気持ちでいっぱいよ」

 

 それは主を守り通せなかった自分に対してか。苦虫を噛み潰したかのような表情になったキャスターの予想は、果たして外れることになる。

 

「あんな錬金術士に嵌められてまんまと肉塊にさせられた、自分自身に。一番腹が立っているわ。ええ、誰よりも。私はね、私自身を赦せないのよ。死んで輪廻の輪を巡らせることだって赦せない。断罪するなら、阿鼻地獄に逝くのが良いわね」

 

 それまでの無機質な表情で静かな声色のまま、信じられないくらいの饒舌に変わる少女に思わずキャスターはまたしても目を奪われた。

 あの細い身体の何処からこれほど声を出せるのか、甚だ疑問も良い所だ。

 だが、彼女が嘘をついていないことは理解できる。それまで無機質だった翡翠色の双眸に、僅かに熱が灯っているのを見逃すキャスターではなかった。

 

「貴女にはトージは見つけられない。でも、私は違うわ」

 

 それは嫌味ではなかった。

 完璧なる自身と覚悟を持った女の宣言だ。

 根拠を尋ねようとしたキャスターよりも早く、ベットに手を付いて身を乗り出した壬生カグヤはキャスターの襟を掴み、肌が触れる直前まで引き寄せる。

 

「でもきっと、私にはトージを“救えない”」

「えっ……」

 

 キャスターを引き寄せたまま、笑みを浮かべることも、怒ることも、悲しむこともなく、壬生カグヤは無表情のまま自身の見解のみを口にした。

 

「でも貴女なら、トージを救えるわ」

 

 襟から手を離されると、最初の勢いが無くなったキャスターは弱々しく地面に尻餅をついた。

 ただ呆然と上の空で眺める先には、立ち上がった壬生カグヤが己の四肢の動きを確かめるように身体を動かしている。少々のぎこちなさはあるものの、その姿からつい先日まで物言わぬ肉塊だと連想するものはまさかいないだろう。

 壬生カグヤは尻餅をついたキャスターに手を差し伸べるわけでもなく、凍るような瞳で見据えて命令だけを下した。

 そう、元々キャスターのサーヴァントを呼び出す手筈だったのはこの女だったのだ。

 壬生カグヤ。壬生家当主にして、五大元素全てを操る天才。

 そして決定された死地から蘇った女。

 

 

「力を貸しなさいサーヴァント。私が、トージを絶対救ってみせる」

 

 

 

 




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