優くんの忌まわしき過去の記憶が明らかになります。
―――最近深瀬の様子がおかしい。
水族館に行ってから1週間経った。あの時は屈託無く笑っていた彼女の笑顔にここ最近は影が差した感じがする。
...明らかに俺と三上が会話をした後からこの変化は起こった。三上に直接問い詰めるか?いや、あいつは絶対俺の欲しい解答をしてこないだろう。なら、深瀬に聞いてみるとか......でも他人に悟らせないように笑ってるってことは話したくないってことだよな。
そもそも俺の勘違いって可能性もある。...いや、水族館で何で俺を誘ったのかって聞いた時、彼女は明らかに一瞬だけ表情を曇らせた。そのことと関係しているのかも知れない。
頭を抱えて考え込んでいるとガチャッと音がしたため、その方向をチラリと見る。
そこにはドアを開けて生徒会室内に入って来た深瀬の姿があった。
「あれ?八坂くん1人?」
「あぁ、他の人は今日も来ないと思う。多分今日も俺1人」
実際仕事なんてこの時期ほとんど存在しない。
引き継ぎで多少ドタバタする程度、よって生徒会メンバーがここに揃うこと自体が最近では珍しいくらいだ。
かくゆう俺もここにいるのは考え事をするためだった。
静かなこの部屋は物事に集中するのにちょうどいい。
「そうだよね~、最近ずっと暇だもんね~」
向かいの席に座り、体を伸ばしながら深瀬が言う。
「深瀬は何をしにここに?」
このセリフは同じ生徒会役員に言うセリフじゃなくないか?
きっと他の人がこれだけ聞いたらそう思うことだろう。
俺が言いたいのはこの部屋に残ってまで何をしたかったのかってことだ。
「私は本でも読んでいこうと思って」
深瀬も俺の意図を汲んでくれたみたいで、鞄からブックカバーに包まれた本を取り出しながら見せてくれた。
「八坂くんは?」
さて、この質問に俺はどう返すべきなのか。正直に考え事と言ってもいいけど、多分何の?とか聞いてくると思う。そうなったらストレートに何かあったのかと聞いていいのかが悩みどころだ。
誤魔化すために俺も読書と言えれば良かったんだけど......
でもあまりここで考えすぎると不信がられてしまう。
実際すでに不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
―――聞いてみるか。
覚悟を決めるために小さく息を吸う。
「...実はちょっと考え事があってさ」
「何々?私で良かったら聞くよ?」
聞かせてもらうのは俺の方だ。頼むから変なことなんて起こっていないでくれよ......!
「...深瀬、何かあったのか?」
「え?」
まさか俺から聞かれるなんて思ってもみなかったんだろう。
深瀬は今、明らかに動揺している。
「な、何でもないよ?」
それでも普段通り振る舞おうとしている。
「何もないなら......そんな答え方はしないだろ」
何もないなら......そのまま何もないと答えればいい。
だけど彼女は動揺のせいか何でもないと答えた。その答えは隠し事がある、と言っているようなものだ。
深瀬は言葉に詰まったのか俯いてしまった。
「...ごめん。話したくないなら無理に話さなくてもいいよ」
このまま俺がここにいると恐らく生徒会室は沈黙に包まれると思う。
その前に立ち去ってしまおうと鞄を持って席を立つ。
そして、扉まで歩きドアノブを捻ろうと手を伸ばす。
「待って。話すよ」
扉が半分ぐらい開いたところで俯いたままの深瀬が声を上げる。
扉を開いたまま振り返って立ち止まる。
「...とりあえず帰りながらでもいい?」
深瀬の言葉に俺は黙って頷いた。
***
「私の家、小さなパン屋なんだ」
隣を歩く深瀬が言う。
「あぁ、うん。俺も何度か買いに行ったことがある。お店のパン美味しいよ」
1つ1つが丁寧に作られているのを感じるそんなパンだったと思う。
「あはは、ありがと」
褒められているのにどこか苦しそうに深瀬は笑う。
どうして今の深瀬は笑っているのに悲しそうに見えるんだろうか。
「今はそれなりに軌道に乗っているけど、昔は結構生活が厳しかったんだよ。それでも家に帰れば暖かい笑顔でおかえりって言ってくれるお父さんとお母さんがいた、苦しかったはずなのにそんな様子1つも見せないでさ」
「...うん」
俺は相槌をうつ。
「でも、昔の無理が今になって返ってきたのか......お父さんが病気にかかっちゃったんだ」
幸せだった家庭にヒビが入る、彼女はそれを経験してしまった。
何て声をかけようか迷っていると、そんな俺の様子を見かねたのか深瀬は更に言葉を
「大丈夫だよ!手術すれば治るってお医者さんも言ってたし!」
明るい声、だけど空元気というのは一目瞭然だ。
「親父さん早くよくなるといいな」
俺にはもうそう返すしかなかった。
これ以上深瀬の問題に踏み込んではいけないと思った。
この人は優しいから、きっと逆に俺に気を遣うだろう。だから気にしないでいいよときっと言うだろう。
いつもより優しく、いつもより笑顔で、そして
―――いつもより悲しそうな顔をして。
それからお互いに無言で歩く。
気まずい重苦しい空気が纏わりついてくる。
「何か飲む?奢るよ」
そんな空気を壊すのにちょうどよく自動販売機が見えた。
俺は財布から小銭を出すと深瀬に尋ねる。
「...じゃあホットココアがいいな」
「オッケー」
小銭を入れてホットココアのボタンを押すとガタンと小気味のいい音がする。暖かい缶を深瀬に手渡す。
さて、俺は何にしようかな......無難にホットコーヒーでいいか。
再び小銭を入れてホットコーヒーのボタンを押す。ココアと同じようにガタンと音がした。
取り出し口から取り出そうとするとひんやりとした感触が指先に広がる。
「は?ひんやり?」
自分で抱いた感想に疑問を持ち、1度手を離す。
もう1度取り出し口から手を入れて缶に触れてみると
―――とても冷たかった。
「何で!?俺ホット押しただろ!?」
「あはははははは!!!!!」
俺の戸惑う様子がおかしかったのか深瀬が声を上げて笑い始めた。
さっきまでとは違う、本当に楽しそうな笑顔で。
いつもなら自分の不運を嘆くところだけど、今回だけはそんな不運に感謝しておこう。おかげでさっきまでの重苦しい空気が綺麗さっぱり吹き飛んでくれたからな。
しかし、俺たちは気が付いていなかった。
この楽し気な様子を陰からじっと見つめているやつがいたことに。その人物が学校を出てからずっと俺たちを付けていたことに。
***
翌日、普段と同じように登校した俺は自分の席に着いた。そして机の中にある本を取り出そうと手を入れると中から紙が擦れるような音が聞こえてきた。
何だ......?
音の発信源を掴み、机の中から取り出す。
ノートの切れ端?
書き殴ったような文字で放課後屋上で待つ。と書いてあった。
「何だ?それ?」
ちょうど近く居たのか桜庭が興味深そうに覗き込んでくる。
「ちょっとしたラブレターじゃないか?」
まあノートの切れ端に恋を綴って男子の机の中に突っ込むワイルドな乙女がいたら見てみたいもんだけどな。
「まじでか......ついにお前がラブレターを......何で俺にはこないんだ?」
顔に手を当てて嘆く桜庭。
「バカだからじゃね?」
「一応成績いいんだけど!?」
そういやこいつ俺より成績上だったな。バカって言ってもそういう勉強出来ないって意味のバカじゃないけど。
「でもこの紙、男からみたいだぞ。字も汚いし」
不本意極まりない。
「それはそれでまじでか......」
肩を落としたいのはこっちだ。
何が嬉しくて男から呼び出し食らわないといけないんだか。
「で?お前呼び出しに応じるの?」
「一応な。こんなことをするやつの顔を見てみたいってのもあるし」
決して僕とあなたは
断じてごめんだ。
「ま、頑張れよ」
声色は真面目だが頬が若干緩んでる......さてはこいつ超楽しんでやがるな?
...よし!この手でいこう!
「そういえばさっき下級生の子がお前を尋ねてきたぞ?結構可愛い子だ」
「まじで!?ちょっと今から行ってくるわ!!」
言うや否や桜庭はすぐさま廊下に飛び出していった。
全部嘘だけどな。
「おい!桜庭!どこに行く気だ!?もうHR始まるぞ!」
ちょうど廊下で先生と出会ったのか。
聞こえてくる会話に耳を澄ます。
「止めないで下さい!俺を待ってる子がいるんです!!」
そうだな。世界中のどこかにはいるかもな。
面白いけどそろそろネタばらししとくか。
先生が入ってくる前に手早く桜庭にLINEを送る。
<悪い。全部嘘だ>
あれだけうるさかった桜庭の声がピタリと止む。多分俺の送ったメッセージに気が付いたな。
そして先生が教室に入って来た。その後ろには黙りこくった桜庭がいる。そのまま力なく席に座ると何やら紙に書き始めた。
そしてその紙をこっちに投げてくる。
紙は俺の机に綺麗に落ちた。あいつコントロールいいな。
文字を確認するために紙を広げてみる。
オマエ アトデ ラグビーブ ケシカケル オボエトケ
何であいつラグビー部を従えてんの?あいつ一体何やったの?
まあとりあえず、どうやって逃げ切るかを考えるか。鍛え上げた体のタックルとか受けたら確実に痛いという概念を通りこす気しかしないし。
その前に桜庭に謝っとくか。ソーリー、っとこれでよし。
紙を相手の机に投げ返し、俺は今更ながら先生の話を聞き始めた。
***
放課後、俺は屋上である男と対峙していた。
「何の用だ、三上」
こいつが俺を呼びだすとか珍しいこともあるもんだ。いつもは見かけたらめんどくさいぐらいに絡んでくるだけのやつが。
三上は
「...おい八坂、最終警告だ。深瀬にこれ以上近づくな」
「...何で?」
三上の発言に一気にピリッとした空気になる。
勝手に彼氏面してるだけの癖して......
聞き返しても三上は答えない。
「俺と深瀬はただの友達だ、友達と話すことにお前の許可を取らないといけないとか自分勝手もいいところだろ」
そう告げると三上の肩がピクッと跳ね上がる。
そして顔が更に歪み始める。今三上にの中にある感情が何なのかは分からない。だけど俺に対しての負の感情が募っているのは理解出来た。
「...お......なければっ.......!」
三上から聞こえる地を這うような低い声。
呪詛のように何度もブツブツと呟いている。
「おい、三上?」
もう帰っていいのか?自分の世界に浸り始めたし。
これ以上何も話すことはないと背中を向けて扉の方へ歩き始める。
「お前さえいなければっ!!!!!」
急に背後から怒鳴り声が上がる。
俺は弾かれたように振り返り、目を見開く。
何と三上が俺に向かって拳を構えて走ってきていた。突然のことに固まってしまったが、すぐに我にかえりすんでのところで三上の拳を躱す。
「やめろ!!」
距離を取るために力を込めて突き飛ばす。三上が尻餅をついている間に距離を開ける。
「お前!!何がしたいんだよ!!」
急に殴り掛かられる
三上の行動を問い詰めるように怒鳴る。
「お前さえいなければ彼女は俺を見てくれていたはずなのに!!!」
完全に頭に血が上り、我を忘れてしまっている。
そもそも俺がいなくても自分のことを見てくれるかどうかなんて分からないのに!
しかし、こいつは自分が深瀬と付き合っているという妄想を抱き、そのことを信じて疑わなかった。
こいつに何があったのかは知らないけど、多分何か勘違いするような出来事が起こったんだろう。この時期の男に多い、あれ?こいつ俺のこと好きなんじゃね?っていうやつだ。
そうして自分のことを誰よりも優れていると思っている三上はその考えを信じて疑わなかった。自分こそが正しいんだと思い続け、その結果今に至ってしまったのかも知れない。
あくまでも推測だけど。
「はははははははは!!!!!」
尻餅をついている三上が今度は急に狂ったように笑い始めた。
何こいつ、情緒不安定?
笑い狂う三上を
「いいさ!どうせもう心も体も僕のものになる!」
怒りで理性まで壊れてしまったのか、立ち上がった三上はわけのわからないことを一際大きな声で吠えると不気味な空気だけを残して屋上から走り去っていった。
1人屋上に取り残された俺は三上が去り際に叫んだ言葉を頭の中で
『心も体も僕のものになる!』
どういう意味だ?ただの妄想が表面上に浮き出てきただけならいいけど......
どうにも最後の言葉だけは確信を持って言っていたようにしか聞こえなかった。
下らない、どうせいつもの嘘に過ぎない。そう思っているのに嫌な予感が張り付いて離れてくれない。
卒業まで残り1ヶ月を切っている。
このまま何も起きなければいいんだけど......
日が落ちて更に寒くなってきた。暗くなっていく街並みを屋上から眺める。その様子はまるで俺の何も起こるなという願いを嘲笑っているかのようだった。
***
時が流れるのは早いもので、今日は卒業式当日だ。
俺の嫌な予感は結局予感のまま現実になることはなく、今日という日を迎えることが出来ている。
でも、その何も起こらない時間こそがより一層不気味さを際立てていた。
辺りを見回すと、笑い合うクラスメートたちの姿で溢れている。
まあ、卒業っていってもエスカレーター式だし高校は同じになるだろうからな。涙を流す必要なんてどこにもない。
「八坂くん......」
「深瀬?どうしたんだ?」
浮かない表情をした深瀬から呼びかけられる。
いつの間に後ろに立っていたんだろうか。
「あのね、卒業式が終わったら話があるの」
「...分かった」
深瀬はそれだけ言うと元いた場所に戻って行く。
さっきまでの浮かない表情とは違う作った笑顔で友達の輪の中に入っていく。
シチュエーションだけ見たら告白の前みたいな感じだけどあの表情からその可能性はないと分かる。
親父さんのことはもう大丈夫って言ってたし、何か別の事か?
更に考えこもうとする。しかし、そのタイミングで先生が来てしまった。どうやらそろそろ会場に行かないといけない時間みたいだ。
一抹の不安を抱えながら、廊下に出てみんなと同じように並ぶ。
どうせこのあと真実が分かるんだから今考えても仕方ないことだよな。
その考えを最後に俺の意識は卒業式へと完全に向けられた。
「卒業おめでとう!みんな入学式でまた会おう!」
先生のその言葉を皮切りにクラスメートが教室から1人1人去っていく。
無事に卒業式が終わり、最後のHRも終わった。
これで俺に残されているのは深瀬との約束だけだ。
「八坂~?この後7時から打ち上げだっけ?」
能天気な桜庭の声。
あぁ、そういえばクラスの打ち上げとは別に仲良いやつで集まるのもあったっけ?
クラスのやつは明日、個人で集まるのは今日だ。
「そうだったな」
今日は泊まりを覚悟した方がよさそうだ。
男子数名が集まるというのは必然的に語り合う夜がくるというのと同義だからな。
「じゃ、またあとでな!」
「おう」
鞄を持って意気揚々と出ていく桜庭を見送り、深瀬との待ち合わせ場所へと急ぐ。
学校近くにある公園。そこそこの広さがあって、真ん中には大きな池と自然に囲まれている。歩道も整備されているため、ランニングにはもってこいな場所だ。
俺は深瀬の姿を見つけて、足が止まる。
―――何で三上と一緒にいるんだ?
遠目から見ても偶然居合わせたという風には見えない。でも、見ていてもどうせ理解なんて出来ない。
俺は意を決し、その場に近づく。
「深瀬」
三上の存在に動揺しているというのを悟られないように努めて冷静に装う。
「ふん。来たか八坂」
腕を組んで偉そうにしている三上が俺を
しかし、その表情は機嫌がいいようにも見える。
「...何で三上がここにいるのかは知らないけど、話って何?」
その質問を待っていたと言わんばかりに得意げに笑ってみせる三上。
爽やかさとはかけ離れた薄気味の悪い笑顔。まるで人を貶めたといった感じの顔だ。
「僕が頼んでここに呼んでもらったのさ。―――なぁ?
「...はい。――
―――は?六葉?隼太様?
言っている意味が分からず俺の中で時間が止まる。
その様子が愉快でたまらないのか楽しそうに三上が喋り始めた。
「お前のおかげだよ、八坂」
「は?」
俺が何をしたって言うんだ?こいつにとって得になるような行動なんてしていないはずだ。
「六葉のお父さんが病気だって知ることが出来て、そして金や権力では人は買えないということを聞いて僕らは晴れて結ばれることになったんだ!」
「お前何言ってんの?」
益々意味が分からない。確かそう言ったのは覚えてる。だけど深瀬の親父さんのことを何でこいつが知っている!?
「おや?まるで理解出来ないって顔をしているな?」
俺は沈黙を貫く。
「仕方ない、懇切丁寧に説明してやろう!六葉のお父さんを手術するには多額のお金がかかった。そこでその話を聞いた僕がお金を出すことにしたんだ。ある条件付きでな」
病気のことまでは知っていた。でも金額のことまでは俺は聞いていない。
「色々聞きたいことはあるが、どうしてお前が深瀬の親父さんの病気のことを知ってんだよ!」
「だから八坂のおかげだって言ってるんだよ。あの日お前がこのことを聞いてくれたおかげで偶然聞くことが出来たんだからさ!」
こいつ......ストーキングでもしてたのか?
でも何でそれで俺のおかげで付き合うことが出来たってことになるんだ?
手術費を負担する代わりに出した条件......そしてさっきからの三上の発言。
「まさかお前っ!?」
「そのまさかさ!僕が代わりに出した条件は
―――六葉が僕の付き人兼恋人になること!身も心も全て僕に捧げ!一生僕に尽くすことだ!」
つまりこいつは深瀬の親父さんを人質に取り、そうして深瀬のことを金で買った、ということだ。
「...もう1つ聞かせろ。深瀬は......これから先自由があるのか」
「あるわけないじゃないか。だって恋人兼付き人といっても金で買われた奴隷なんだから。これから親に会うことも自分の家に足を踏み入れることもないだろうね。六葉さえ手に入れば死にかけた男とそのおまけの女なんて僕には必要ないし」
恐らく深瀬の両親のことを言っているんだと思う。
あまりにも身勝手な言い分に怒りが内側から爆発した。
「自分が何を言ってるのか分かってるのか!!!お前がやっていることは人助けでも何でもない!!人の幸せを奪おうとしてるんだぞ!!!!」
目の前に立っている男に激情を言葉に乗せて叩きつける。
「幸せを奪う?何を言ってるんだ。この条件を飲んだのは他でもない六葉だ。それを他人にとやかく言われる権利はない」
俺とは対照的に冷ややかに返してくる。
「深瀬を何だと思ってやがる!!」
「僕が上手くいくための道具だ。最初からそれ以外の感情は持っていない。六葉みたいないい女と付き合っていれば僕の株も上がるからな」
こいつが俺に絡んできていた理由が理解できた。......自分が欲しかった
だから執拗に深瀬と距離を置けと言ってきていたのか!こいつは!
「だから本当に感謝しているよ!八坂!」
その言葉に俺はハッとなる。
もし、自分が深瀬の親のことを聞かなかったら?
もし、三上に金や権力で人を買えるわけがないと言っていなかったら?
今回のことは起こらなかったんじゃないのか?深瀬の親父さんの手術はどうなっていたかは分からない。もっと悪い自体を引き起こしてしまったのではないだろうか。
深瀬の親父さんは助かった、でも深瀬とは二度と一緒に暮らせない。そして奴隷のように扱われる深瀬。
......俺が悪いのか?
「俺の......せい......?」
「そうだ!」
三上の肯定に力なく俯く。
「おっと、そろそろ時間だな」
そんな俺の姿に満足したのか、三上は言う。
「少々彼と話す時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
頭上から深瀬の淡々とした声が聞こえてくる。
「ん?あぁ、僕は今機嫌がいい。許可する。先に行っているからな」
三上の足音が遠ざかっていく。その場には力なく頭を垂れる俺と、静かにその場に立つ深瀬が残る。
「俺が君の人生を壊してしまったんだな......」
口からついて出るそんな言葉。
「ううん、違うよ。八坂くんは何も悪くないよ」
ここはいっそ罵倒して欲しかった。
深瀬の優しさが今は苦しい。
「話したのは私、三上くんの条件を飲んだのも私、だから顔を上げて」
そう言われても頭を上げることが出来ない。
「実はね、私も八坂くんを利用したんだよ」
「...え?」
深瀬の意外な言葉に思わず顔が上がる。
「私さ水族館に八坂くんを誘ったよね?」
「うん......」
もう1ヶ月以上経つんだな......
「本当はあの時三上くんがあまりにもしつこかったから彼氏でも出来たって噂が流れれば諦めてくれるかと思って八坂くんに声をかけたの。だからどうして誘ったのかって聞かれた時罪悪感を感じたんだ」
あの時一瞬だけ曇った深瀬の表情。
...そういうことだったのか。
「クラスの人に見られてなかったら、自分で噂を流すつもりだった。自分の保身のために八坂くんを利用しようとしたんだよ」
そんなこと、俺がしでかしたことに比べれば小さなものだ。
言ってくれれば協力をしたまである。
「だから私が原因なの、八坂くんは何も悪くないんだよ」
「でも――!」
「――それとね」
俺の言葉を遮って深瀬は何かを言おうとしている。
「約束、ここで使ってもいい?」
約束......敗者が勝者の言うことを1つ聞くこと。
1ヶ月前、結局何も思いつかないからと保留になったものだ。
「私のことは忘れて八坂くんはいつまでも人を笑顔にし続けて。そして八坂くん自身もずっと笑顔でいて。これが私のお願い」
一瞬自分の耳を疑った。
目の前にいるこの少女は今何て言った?
私のことは忘れて?
「無理だよ......そんな無責任なこと出来ない!」
「お願い」
短くも力強くあるその言葉にこれ以上何も言い返せない。
「じゃあね
彼女の声はそれきり聞こえなくなってしまった。
多分三上の後を追っていったのだろう。
最後に彼女は俺を優くんと呼んだ。そのことが深瀬が残した約束と一緒にずしりと心にのしかかる。
彼女がそうまで願うなら、俺は誰かを笑顔にし続けよう。自分も笑顔で居続けよう。忘れた振りをしよう。
自分の罪を否定するために優しい彼女の言葉に隠してしまおう。
そんな残酷な約束を守って見せよう。
それが――
―――俺の罪だから
当然クラスの打ち上げに深瀬が現れることはなかった。高校もどこか別のところに転校したらしい。
最後に姿を見たのはあの約束を交わした日。
それ以来俺は今日も約束を守り続けているままだ。
そして俺は.......音ノ木坂に来てμ’sになったんだ。
9人の女神を見守り続ける1人の少女との約束を守り続ける罪を隠した卑怯な道化。それが今の俺の姿だ。
-To be continued-
読み返してみて何だこれ?と思いました。
自分の才能の無さがすごく恨めしいです。
次回からは通常通りμ’sと少年の物語が描かれます。お楽しみに。