アホ毛「やべぇよ……やべぇよ……。ものすごい、礫石降ってきたから……」
真名なし子さん「将なら、背負わにゃいかん時はどない辛くても背負わにゃいかんぞ!」
ちん〇ゅー「この辺にぃ、投石の屋台、来てるらしいっすよ」
☆
天下無敵「カスが効かねぇんだよ!(巨石)」
イノシシ「じゃあアタイ、ギャラ貰って突撃するから」
大体あってる
「オラオラどきやがれ! 雑魚じゃアタイ達は止められねぇぜ!!」
『オオオオォォーーッッ』
文醜隊、爆進。
「止めろ止めろ、これ以上進ませるな!」
「くそ、なんて奴らだ」
大炎が有名になったことで影が薄れたが、袁紹が台頭した当時から主攻を担ってきたのは、言うまでもなく二枚看板の二人である。
攻守優れた安定感のある武将が斗詩ならば、猪々子とその兵は何処までも攻撃特化だ。
攻めこそが最大の戦術と言わんばかりに、将を先頭に騎突を仕掛ける。
猪々子の桁違いな剣力に兵が続き、敵陣に切り込めばこむほど士気が向上していく。
対する敵軍はその勢いに押され、士気が下がっていくのだ。
破壊力は大炎に勝るとも劣らず。陽の大刀の名に恥じない部隊である。
「重装歩兵隊、前へ!」
『応』
その進撃を止める為、魏軍の重装歩兵隊が躍り出る。
彼らは文醜隊の進路上に横陣を敷き、左手に盾を、右手に槍を突き出した構えで密集した。
装甲は大炎には及ばないが、錬度も相まって、魏軍の重装歩兵の防御力は大陸五指に入る。
指揮は楽進。魏軍の出世株だ。
「来るぞ、備えろ!」
『オオォッッ!』
文醜隊の勢いは想定以上だ。手塩にかけて育てた兵達に、多大な犠牲を強いるだろう。
だがそれだけの価値はある。討つ必要はない、動きさえ止められれば良い。
陣形の中に深く入り込み、動きを止めた騎馬など弓の的だ。
「……やっかいなのが出てきましたね」
「文醜様、ここは一旦兵を分けて側面に――」
「しゃらくせぇッ!」
「文醜様!?」
騎馬が一騎飛び出して来る。
重装歩兵の壁に向かって一騎駆け。舐められたものだと、楽進とその兵が歯噛みする。
「楽進様」
「ああ、厚くしろ」
自信はあるが、過信はしない。
堅実を絵に描いたような楽進と、彼女に訓練を施された兵達に油断は無かった。
馬から跳んで、斬り込んでくるという奇襲にも対応できるように、
止まれば弓矢、跳べば串刺し。王手飛車取り、この布陣に隙はない。
「――ッ、たくよぉ」
舌打ち。舐められたものだという感覚、それは猪々子にもあった。
この戦からしてそうだ。魏軍の動きはどこまでも大炎を意識したもので、回りくどい策を使ってまで誘い出した。
白馬一帯の要所、官渡や投石機すら犠牲にした。大炎に対する評価の高さが伺える。
だが、目の前の重装歩兵はどうだ? 仮に大炎が向かってきているとすれば、彼らは同じように壁を作るだろうか? 否、別の手段を講じるだろう。
猪々子は斬山刀を、肩に掛けるようにして構えなおす。
目の前の
「アタイを止めるには、
一閃
「――ッ、出鱈目な!?」
楽進が叫んだ。無理もない。猪々子より放たれた斬撃は重兵の装甲を、構えた鋼鉄の盾ごと切り裂き、一撃で十数人を吹き飛ばしたのだ。
「続け、おめぇら!」
『オオオオォォーーッッ』
猪々子によって壁に空いた穴に、彼女の兵たちが雪崩れ込んでいく。
重兵は正面の防御に優れる一方で、側面と背後に弱い。
魏兵が穴を埋めようと殺到するが。猪々子が次々に穴を構築、広げていく。
「うっし、こんなもんか。次は――」
攻め場を作り、次の行動を決めようとしたその時である。
猪々子に向かって“何か”が飛んできた。正体はわからないが、本能から危機感を感じ取り回避する。しかし、馬上で無理な体勢をとったため落馬。受け身に失敗し「ぐえっ」と、乙女らしからぬ声を上げた。
先程までの雄姿が台無しである。彼女をよく知る者たちからすれば、愛嬌の一つだが……。
相対する楽進は少し呆けてしまった。
「いってぇ、よくも……あー!? ネェチャン確か――そう、楽ちゃん!」
ずるり、と楽進の構えが崩れる。
「……敵同士ではありますが、覚えていて頂けた事は光栄です」
「そりゃ忘れようがねぇよ。ほらその傷――」
楽進の顔が歪む。彼女の全身にある傷は、武人の誉であると同時に乙女として汚点でもある。
年頃である楽進にとっては後者に近い。そんな乙女にとって気にしている所を……。
「――スッゲェカッコいいじゃん!」
ずるり、ドサッ。今度は耐えきれずに倒れてしまった。
傷の話題に触れない者。鍛錬の証として誉める者。
様々な言葉を投げかけられてきたが、目を光らせて羨む反応は初めてだ。
それも戦の真っ最中、両軍の矢が頭上を行き来する場での言葉である。
「!」
楽進は慌てて飛び起き、構え直す。
相手の術中に嵌まってはいけない。これはきっと、こちらの戦意を削ぐための策略だ!
「お?」
楽進の闘志を感じ取り、猪々子も体勢を整えた。
大刀を肩に担ぎ、口元には不敵な笑みを浮かべている。
あるのは強者としての余裕。いや、慢心か。
だがそれだけの実力差はあるだろう。三羽鳥の中で一番、武を磨いてきた楽進だからこそ、嫌というほど理解できる。
「よせよせ、そういうのって確か“漫遊”っていうんだぜ」
「……?」
蛮勇、だろうか。尚も戦意を削ごうとするとは、念の入ったことだ。
「確かに、私では敵いそうにありません。ですが――」
「二人ならどうなの!」
――殺気。猪々子は己が防衛本能に従い、右に飛び退く。
次の瞬間、彼女が立っていた地点を二つの刃が通り過ぎた。
三羽鳥の一人、于禁の双剣だ。躱されると思わなかったのか、勢い余って楽進の傍に倒れた。
「ば、バカ! 声を上げながら奇襲を仕掛けるな!!」
「あたた。つい……なの」
「にしても折角の好機をお前は――」
「えーでも。沙和が声を出す前にあの人反応してたの」
「……だから?」
「どのみち避けられてたの!」
どや顔ウィンク&横ピース。
「――ッ 胸を張って言うなァーッ」
「いったーーッ。同士討ちは軍法会議ものなの!」
戦場のど真ん中でいい度胸してんなぁ。などと、猪々子は自分を棚に上げて思う。
于禁が合流したが、余裕が崩れない。負けるイメージが思い浮かばないのだ。
「あのよぉ、漫才し続けるならアタイ行くけど」
「ま、漫才なんてしていません!」
「じゃあ、戦るんだな?」
ゾクリと、楽進と于禁の肩が跳ねる。
濃密な闘気。先程までの弛緩した空気が、嘘のようだ。
楽進が息を吸い込む、右手を引き、密かに力を込めていく。
于禁は震えを誤魔化すように、得物を強く握った。武者震いではない、恐怖からくる震え。
それでも彼女に、逃げという選択肢はなかった。心ならずも倒れた
「合わせろ、沙和!」
「合点承知なの!」
楽進の突き出された右手から、淡い光を放つ何かが飛んでくる。気弾だ。
弛まぬ鍛錬の果てに会得した奥義。先程、猪々子を落馬させたものもそれだろう。
猪々子は大刀を盾にして気弾を受けた。思ったより衝撃が少ない。
これは、囮だ!
「もらった」
「なの!」
「――ッ」
猪々子は、二人の狙いに気が付くと同時に、術中に嵌まっていた。
気弾で意識を逸らしたところで、接近して猛攻を仕掛ける。超近距離戦。
斬山刀は刃渡りも大きい長刀だ。切れ味を最大限発揮させるには、相応の間合いを必要とする。
大きく振る必要があるのだ。
それに対して、二人の得物は近距離戦に向いている。
楽進の得物を己の体、四肢を活かした徒手空拳。
于禁の双剣も小回りが利く。なにより、巧い。
背後に回り込み、楽進の猛攻から逃れられないように牽制してくる。
避ける、避ける、受け、避ける。
前の拳を体術、背後の刃を大刀で弾き、いずれ来る好機を待つ。
仕掛ける二人はそんな彼女に舌を巻いていた。不得手とされる間合いで、二人の攻撃に対処できるとは……。
猪々子の武才は、周りの想像を遥かに超えている。
「――ちぃッッ」
顔の横に拳が通る。猪々子の頬に掠り、血が流れた。
ここにきて楽進が猪々子を捉え始める。というより、猪々子が避け損なった。
楽進の攻撃パターンが変わったのだ。只でさえ多彩な拳法にフェイント、于禁もそれに合わせて来た。
猪々子の身体を、次々と掠めていく。フェイントを織り交ぜられては、避け続けるのは不可能だ。
勝てる。
強者を挟んで猛攻を仕掛けていた二人に、希望が湧いた。
相手が本来の力を発揮できていれば、勝機は無かったはずだ。それほどに実力が離れている。
二度と通用しないであろう、気弾による奇襲が生んだ好機。必ずものにして見せる……!
そんな二人の気概を感じ取ってか。はたまた、攻め続けられたことによる苛立ちか。
猪々子の額に血管が浮き上がる。図に乗るな。この程度、窮地ですら無い!
「なっ――ッ!?」
猪々子による頭突き。突然受けた衝撃に楽進が立ち眩む。
楽進と于禁の連携は巧い。いや、上手過ぎる。
だからこそ生じる隙があった。二人のフェイントが重なった時だ。
「オ、ラアアァァッッッ」
一閃
「きゃあ!?」
于禁は脇に迫った凶刃に、辛うじて双剣を滑り込ませて受け止めた。
だが、受けきれない。強すぎる衝撃に彼女の身体が浮き上がり、猪々子は構わず于禁ごと大刀を回転させて、楽進めがけ振りぬいた。
「ぐッ!」
楽進も于禁同様、両の手甲を交差させ防御する。
そして于禁と同じく浮き上がり、二人して大きく弾き飛ばされた。
地面を転がり、楽進は即座に立ち上がった――が。
「沙和、無事か!?」
于禁が気を失っている。額から血を流している所を見ると、受け身に失敗して頭を打ったようだ。楽進は自分達の勝率が、顕著に下がったことを自覚した。
不幸中の幸いは、先程の一振りが全力で無かった事だろう。
猪々子の間合いで腰の入った一振りなら、二人の胴ごと両断されていた。
斬撃というより、鈍器に近い一撃。目的は距離を離す為だろう。
「勝負あり――ってか。ここらで降伏したらどうだい?」
猪々子個人としては、二人を殺めたくない。
強者と認めたこともあり、是非とも肩を並べて戦場に立ちたい。
陽が魏を打ち破り吸収すれば、それも叶うだろう。
そして何より、見知った者の死を悲しむ
「こう……ふく?」
両の腕に激痛が走る。チラリと目を向けると、手甲が砕けていた。
痛みは、骨に異常をきたしたのだろう。
絶体絶命。そんな言葉が浮かんだ自分を、楽進は嘲笑した。
まだだ、自分には出来ることがある。
「――そうか」
楽進が全身の気を練り上げているのを確認して、猪々子が呟く。
討ちたくないだけで、討てないわけではない。
最早、是非に及ばず。これ以上の言葉は互いの、武人としての魂に傷をつけるだけだ。
楽進を中心に、波紋のように静寂が広がった。
決死。
相方が倒れ、手甲が砕け、身体が満足に動かせず、相対するは格上の強者。
猪々子が強者と認めた武人が、人生の終焉に牙を立てようとしている。
彼女は敬意を言葉にせず、獅子博兎であることでソレを伝える。
大刀一閃。
十数人の重装歩兵すら撫で斬りにする、猪々子がもつ最強の斬撃。
ソレが来ると、楽進は悟った。
右手を引き、腰を落とす。奇しくもソレは、猪々子に奇襲を仕掛けた時と同じ構えになった。
「いっっくぜぇぇぇーーッッ」
瞬時に間合いを詰める大刀。楽進に焦りはない。
後は、尽くすだけだ。
「ウオオオオォォーーーッッ」
全身に満ちていた気が、突き出した右手に収束していく。
目がくらむ程の眩い光と共に、全力の気弾が放たれた。
先程放った気弾の比ではない。猪々子を丸ごと包み込むような大きさ。
破壊力も言わずもがな、巨石すら砕くだろう。
猪々子はそれを正面から――
「オラァッ!」
――斬った!
「!?」
目を見開いた楽進がその場にへたり込む。絶望したのではない、出し尽くして脱力したのだ。
頭上を大刀が通り過ぎる。偶然だが、避ける形になった。
だが、それで止まる大刀ではない。猪々子は振りぬいた得物を切り返し、再び楽進を捉えた。
刃を引くことは簡単だ。楽進達の命を惜しむなら、終いにして捕縛すればいい。
だが、それでは楽進の武人としての魂が死んでしまう。
降伏を受け入れず全力で牙を突き立て、相手の裁量で生き延びる。
冗談ではない。生き恥だ。
猪々子は武人としての楽進を救うため、個に向けて斬撃を繰り出した。
そんな不器用な気遣いを感じてか、楽進が苦笑する。
悔いはない。全力を出し尽くして敗れたのだ。武人としての本懐といった所だろう。
そう“武人”としては。
目を瞑る楽進の脳裏に、魏の面々が浮かぶ。
村を救われ、軍人として取りててもらい、変わり者で知られる幼馴染達を重宝してくれた。
全身の傷にも嫌悪感を見せず。武人として高みを目指す事まで、手助けしてもらった。
だからこそ
「……?」
妙だ。目を瞑ってから暫く経つが、来るはずの斬撃が無い。
恐る恐る目を見開いていく。
大刀が、自分の首元で止まっている。
寸止めだろうか。いや、ありえない。最後に見た斬り返しは振りぬく勢いだった。
では、幻を見ているのだろうか。嗚呼、幻だ。でなければ、眼前の背に説明がつかない。
「なんとか、間に合ったな……!」
「春蘭様!?」
幻ではなかった! 二度と見ることは叶わないはずの、頼もしい背が目の前にある。
視線を動かすと、寸での所で七星餓狼が大刀を止めている。
「よぉ、遅かったじゃんか」
「こう見えても忙しくてな。なぁに心配はいらん、埋め合わせは――するさッ!」
大剣と大刀。戦場に大きな金属音が響き渡った。
「武力、容姿、人気、忠誠度、主の器。
結局のところ、勝つのは私では?」
「なんだァ? てめェ……」
猪々子、キレたッ!