「究極の愛とは?」
燃え盛るような激情と共に、彼は不思議と冷めた表情で私に問いかけた。
「知らぬ」
揺れては消えゆく記憶と共に、私はこの場には不釣り合いなほどの笑みを浮かべる。
「我が同胞とてそれを知るために志を共にした」
彼は涙を流すことなく、感情と共に熱を吐きだす。
「そうだな、愛とは……私そのものだろうか」
私は目の前に燃え盛る拠点としていた森を眺めながら、正常の真似事をしながら姿を揺らめかせながら言葉を吐く。
「そうか、それは我らでは見つけられないものなのだな」
彼の姿はもう見えなくなり、視界と呼べるものには轟々と音を立てて無限に広がる深淵の焔。
「彼らの愛とは……己に向けるべきものだ」
私は、言葉を蠢く人型にとどめられた私自身に投げかけた。
「ねぇ、お母さん。あの人どうしたの?」
「み、見ちゃいけません! ……あれ? もしかしてあの人……」
もうそろそろ肌も寒くなりはじめた最近になって思うのは、特に街を騒がしくする喧騒の中でもきっと自分に投げられてはいないはずの言葉でも、内容次第では割と聞こえるものだという事だ。私はふらふらと頼りない足取りで、寂れた町を彼と当てもなく進んでいく。
「どうかした? 気分でも悪い?」
「そ、そうじゃないんだけどね……」
私は彼に心配されると、心全てを見透かされているようでどこかもどかしくなる。確かに彼と私は二人で一つといっても過言ではないのだけれど、それでも気恥ずかしさから照れ照れとしてしまう。そんな当たり前を許されるような私じゃないけれど、彼といる間くらいはいいじゃないか。
「もう、冬だね」
「あぁ。もうこんな季節だ」
「あれからどれだけたった?」
「ん……一ヶ月? それとももっと長いかな、短いかな」
「そろそろ、限界か?」
「うん、それは貴方も同じでしょ?」
「あぁ、でも……後悔してない」
「うん、私も」
私も彼も、どちらともなく腕を動かして同じように動く。仕草も呼吸も、心音も。あった当時はこんなふうじゃなかったけど、あの事件以来私たちは世界の誰よりも愛し合って繋がって、一つになっていた。こうなるきっかけと、出来事を作ってくれた『父』には感謝してもしきれない。
「これ、みてみろよ」
彼はふと目にとまったであろう捨てられていた新聞紙を手に取った。そこには『行方不明の青年、親族を殺害か?』という煽りの文が踊っていた。私はその記事を見て、思わずふふんと鼻を鳴らしてしまった。
「これ、私がやったのにね」
「確かに、青年って」
「おかしいね」
「おかしいな」
私と彼は同時に笑いだしてしまった。だがそれも長くは続かなかった。というよりも、それよりも大きな音によって、私たちの声は遮られたのだ。
「……あれが通報にあった」
「えぇ、間違いありません。容姿特徴など一致しています」
黒と白に彩られ、赤い不快な色を撒き散らすサイレンを備え付けた車から降りてきた二人組の男は、私たちを見てそう言っていた。
「逃げる?」
「無理だよね」
「わかってるけど」
「どうしよう」
「俺たちは一緒だ」
「もちろん」
「絶対だ」
「ねぇ」
「なに?」
「……好き」
「……俺もだ」
一人の警官が、こちらにやってきた。
「はぁ……」
「どうした? 気分でも悪いのか」
「当り前じゃないですか、僕は精神病の権威でもないんですから」
「あぁ、そうか。お前、今日担当日だったな」
「困ったもんですよ。飯は二人分、着替えも二人分、何もかも二人分だなんて」
「仕方ねぇさ。更生させるのも、仕事の内さ」
「なら手当の一つでもだしてくれれば……」
「仕方ないさ、残業みたいなものだと思え」
「それ、どうなんですか」
私と彼は体を拘束されたまま、愛を確かめ合う。私たちを阻むものは何もなく、お互いを引き裂く事など誰にもできない。私と彼は二人で一つ、決して結ばれる事なく、離れることはない。この現代で唯一無二の、アダムとイブ。
あぁ、なぜ愛するものは認められないのだろう、フィクションの世界においてもそれはよくあるものだが。しかしどれも最後には誰にも彼にも認められ、ハッピーエンド。全く持って馬鹿らしい。
真の愛とは、誰にも認められず、最後はバッドエンド。だが二人は永遠に幸せ、というものでいいのではないか。誰かに、世界中に認められる必要はない。彼が、私が認め合っていればそれで。愛とは、閉鎖的で内向的で陰鬱で……一人に向けるべきなんだ。
「ねぇ……好きだよ」
「あぁ……俺もだ」
二人で同じ景色を見ながら、同じ世界を認識する。
『あぁ、世界は……美しい』
部屋に一つの声が響いた。
悲しいですねぇ。愛するもの同士が結ばれないというのは。ですが、当人たちは満足げ。果たして真の愛とはどういうものなのでしょうか。私が思うのは、他者に向ける愛を少しでも自分に向けることができたら、幸せなのではないかということくらいです。
おや、もうお帰りですか。ではまた……えぇ、いつだって私は貴方の傍に。