Chaos Garden   作:藤原久四郎

6 / 7
おや、少しお早いですね。ですがお話は少し完成しておりますよ。どうぞお座りになって、飲み物も用意しておきました。ではこのお話の終わりまで、もうしばらくお付き合いください……えぇ、いつだって私は貴方の傍に。


幸福の価値 中編2

 一筋の光たりとも届かない、どこまでも深く続く先の見えない暗闇を溜め込むあるビルの一室。おおよそ事務などで使われていたであろう机や書類が規則正しく並べられており、そこには規則正しい呼吸音を鳴らすくたびれたスーツ姿の長身長髪の男と、隠しきれない異音……体内から響く機械音を長めのコートとフードで隠す、怪しげな笑顔を浮かべた男がそこにいた。

 

「……」

「お早い事で。では次の仕事ですよ」

「……了解」

 

 声をかけた者は、仕事柄なのか少しへりくだった口調で眼前の相手へと話しかける。声をかけられた者は、両手に持っていたモノを何の感慨もなさそうに床へ落とし、機械音を鳴らすおおよそ人間である者の隣を規則正しく歩いていった。その際に、一枚の紙を受け取りながら。

 

「……おやおや、今回もど派手にやってくれましたね。それに仕事の時の変わりようは毎度びっくりしますねぇ」

「まぁ、愚痴もほどほどに掃除屋(スイーパー)の仕事ぐらいしっかりしますか」

 

 彼は辟易しながらも、コートの下に仕込んだ仕事道具を探りながら、当たりに飛び散った赤色の液体と肉片と、五体不満足になった人だったものをみて、再び溜息をもらした。

 

 

 

 夜の闇に紛れ、轟々と鳴りやまない機械音を響かせる街の、更に騒々しい人混みをすり抜けていく。一年も経つとすっかりなれたものだが、初めはこんなにも人がいる事にすら戸惑ったものだ。

 

「へい、兄さん。最新のオイルどお? 稼働率200%は固いよ~」

「それじゃ壊れちまう。私に売りたいなら本体の方から頼む」

「ちぇー、兄さんいっつもそうやって断る~」

「すまないな、気にいってるんだよ。今使っているのが」

 

 売り子との何気ないいつも通りの会話。片腕をブラブラさせて、これは変える気がないんだぞ、と何度も言っているのに彼はいつも飽きないくらいに声をかけてくるから困ったものだ。こうして何気ない会話ができるのも、この都市のいいところではあるが。

 

「あら? そこのスーツのお兄さーんどうですか……ってお久しぶりねぇ。貴方がこの街に来た時以来ね、こうして間違えたの~」

「おや、あの時の娼婦か。元気にしてるか?」

「うふふ、お蔭様で。貴方の腕一本に見合うくらいの生活はしてるつ、も、り。あともう少しオブラートに包んで頂戴」

「そうかい。どうでもいいがもう危険な事には首を突っ込むなよ?」

「わかってますよ。で、今日は暇かしら? よかったら腕一本で出来ること以上のサービスしてあげるわよ?」

「折角のお誘いだが、これから仕事があるんでな。またお願いしよう」

「ふーん。かれこれ一年同じこと言われてる気がするわぁ」

「ははは、気のせいだよ」

 

 私がこの街での初めての仕事は、彼女がしでかしたことの後始末だった。もちろん始めてからか不手際も多く、失ったものもそれなりにあった。だが、こうして依頼人の笑顔が見られているなら、まだやった価値もあったというものだ。

 いくらかの人の波を掻き分けていくと、気が付けば辺りには騒々しい機械音も人混の喧騒もなくなっており、聞こえるのは不気味なくらいの静寂がもたらす耳鳴りだけであった。どちらかと言えば私は幾分か、こちらの静寂に包まれた迷路のように入り組む路地裏の暗闇が好きである。

 

 

「おい、止まれ……って兄さん。これから郊外いくんですかい?」

「お仕事お疲れ。どうだい、機械の調子は」

 

 私がある一定のラインまで歩いていくと、どこからともなく彼は現れた。文字通り浮かび上がるように。だが気配が消せていないのと私としてはもう見慣れたものなのであるから、浮かび上がった人物……一昔前の警備員と呼ばれる者の服を着た彼に、労いと世間話をする。

 

「調子はいつも通りですよ。アウトサイドの主要エリアが都市の奴らにやられないのも、この技術力のお蔭ですね。まさか奴らも予想だにしないでしょうね、アウトサイドとの間に、実は何もないだなんて」

「確かにな。彼の人が切り捨ててきた者の、集大成とも呼べるものだからな。むしろこちらが人して正しい発展をしている気がするよ」

「それは……都市出身者だからそう思うんですか?」

 

 私は思ったよりも寂しい顔でもしていたのか、彼は少し不安げにこちらを見ていた。もう一年もたったのに、私はあの都市に未練があるのだろうか。いや、一人だけ置いてきたことを後悔している奴はいるが……私は、もうアウトサイドの人間だ。過去は、光の中に捨ててきたはずだ。

 

「ふふふ、気にしないでくれ。私にも血も涙もあるからな」

「……そうですか。また戻ったら一杯飲みましょう」

 

 ありがとう、と私は一言だけ彼に別れをつげ、また歩を進めていく。こんな日には腕が疼く。私は規則正しい機械音を鳴らす、おおよそ人の温もりを感じない右腕の稼働を確認する。私の意思を汲み取るように、人の腕にはない少し張りつめた箇所から収納されていた一丁の銃が現れる。

 一年前よりも小型にしてもらい、いつでも使えるようにしてもらった忌まわしき銃。改造により装填数は六発、バッテリーの持つ限り再充電で何度でも発射が可能な、都市の維持権を与えられた者が所持する物である。

 

「……ふざけるな」

 

 私は息を大きく吸いこみ、銃のグリップ部分を持ち引き金に指をかける。息を吐き、足を進めていく。この銃は、私の覚悟。私の全てを作り、全てを裏切った世界の産物。こいつを彼の人に打ち込むまでは、私は生きていける。その先は、考えていない。

 

「さて、今日も仕事だ」

 

 だから私は、いつかくるその日が来るまで、ただ自分の役割を果たす。

 

アウトサイドが反旗を翻す、その日まで。

 

 

 

「……流石にずっとこの重さを持つのは厳しいものだ」

 

 私は仕事を終え、少しだけ重くついた麻袋に詰められた荷物を肩に担ぎながら、仕事終わりに呼ばれているアウトサイドの象徴とも呼べる一つのビルに足を運んでいた。

 ビルと言っても高層ではなく、五階建ての20m程の小さなものだ。基本アウトサイドの建造物からは光は最低限のみと決められているが、このビルは最低限どころかまるで光を吸い込むかのような漆黒の黒色をしている。

 そしてアウトサイドの街を守る技術と同様に不思議なほど背景と同化しており、私のように権限を持たされていなければ気が付くこともないという無駄に凝った作りをされている。このビルがどういった目的で存在しているかが、漠然として把握させる異質としたつくりである。

 

「で、玄関はどこだろうか」

 

 光どころか存在感の怪しいビルには、どうにも入口らしき扉も何も見当たらない。更に困ったのは上司が『来ればお前さんならなんとかなる』というような適当な事言っていたのだ。

 

「……五階だったはず。ガラスの一枚くらいは許してもらおう」

 

 はぁ、と一つ溜息を吐き、私は荷物の麻袋を背負う形で仕事道具の強繊維の紐で縛りつける。過剰ではあるが、仕方ない。そしてその後、仕事終わりで温まった体の動作確認をしていく。まぁ、無理ではないだろう。最近では仕事道具の八割は使用していなかったので、ここらで一度動作確認をするのもいいかもしれない。全身に装備されている道具たちを一瞥し、全身を震わせる。

 

「さて、アウトサイドの技術力の再確認だな」

 

 

 

 

 幸福都市から追い出されるようにしてできたアウトサイドだが、実のところ一つの町と言うわけではなく、いくつかのブロックに分かれている。それでいて幸福都市を囲む形で点在しているため、五角形を模したイメージで五か所にわたって存在している。距離としては徒歩なら丸一日かかる程離れ分断されたアウトサイドだが、彼らは一時間としてかからずその五か所を回ることができる。

 種明かしとしては経路の確保と移動手段の存在でしかないのだが、そんな大掛かりなものを設置していたら幸福都市に気が付かれているのではないか、という疑問が一時期浮上した。だがそのようなことなく、アウトサイドが繁栄の一途を辿っているのは、皮肉にも幸福都市から見放された人々の技術力あってのことなのだが。

 

「……さて。アウトサイドが成立し百年がたったが、先代たちの意思、そして悲願であった計画が近づいている。それは私たちの代とて同じこと。無論、同志らはわかっていますな?」

 

 灯りがともされていない、集まっている彼らの背後から窓ガラスから漏れる光だけが差す室内で、厳かに重々しい声音で五角形に形作られた机で向かい合う四人に問いかける、アウトサイドの現トップの初老をむかえた男性である。だがその姿は、初老を迎えたにしては常識と離れた若々しさを保ち、短く整えられた髪からは肉食獣のような野性味があふれだしている。身に着けているアウトサイドでは貴重かつ高価なスーツですら、その全てを包括する体躯の凶暴性を隠しきれない。

 

「無論」

「わかっていますとも」

「同じく~」

「……」

 

 その他の四人も同じく五か所に点在するそれぞれのアウトサイドのトップであり、同じく初老を迎えている筈であるにも関わらず、一人を除き若々しい肌と、全員に共通して健康的な肉体をしており、その存在感は他を圧倒する何かがそれぞれから発せられていた。

 一人は細身で驚くほど普通、一人は存在感怪しく陽炎のように揺らめき、一人は常軌を逸した程の美麗、一人はこの場で唯一の年相応の気迫と外見を持ち合わせている。

 

「本日集まっていたのは他でもない、私の直属の部下にある人物の確保に向かってもらっているからだ」

「その人物とは」

 

 やや機械的な受け答えが特徴の細身の者が、もったいぶった言葉に質問を投げかける。

 

「彼の人の拠点とされる、幸福都市の中央に存在する高層ビルの建築責任者と、その設計者だ」

「では、そろそろ計画の……?」

「その通り。彼の人を抑え、幸福都市と不幸都市の併合を図る――」

 

 トップの者が腰かけていた椅子から勢いよく立ち上がり、声高らかに宣言しようとしたその瞬間、彼らの耳にはトップの者の背後に存在する窓ガラスが勢いよく割れる音が聞こえていた。

 

「なんだ~?」

「……敵襲か」

 

 美麗な者は気だるそうに席を立ち、揺らめく者はいつ立ち上がったかもわからず顔と思われる部位が上に上がっている。各々別の戦闘態勢を取る中、トップの者だけが唯一冷静にその状況を判断していた。

 

「これはこれは盛大な登場じゃないか。大丈夫です同志よ、席についてください」

「ふむ、この人が貴方の懐刀の」

「一年足らずで、成果を出したという」

 

 一人は顔を覆うくらいの長髪から、見定めるような視線を送り、もう一人はなるほど、といった様子でこの場に似つかわしくない登場者を見定める。残りの二人はどうやら不意の侵入者のことは知っているようで、笑っており、一人は呆れていた。

 

「おかえり、我が同志。さぁ成果を聞かせてくれ」

「……その前に玄関が聞きたいものです」

 

 不意の侵入者であり、この場に失礼な登場な仕方をしてしまった私は、麻袋の重みに辟易しながら、そう答えた。

 

 

 

「で、同志よ。例のモノは?」

 

 今一度仕切り直し、私の上司でもあるこの場のトップの彼から、私は進捗状況を問いかけられる。私のせいで汚れた室内を清掃し、五角形のテーブルに皆が再び座りなおる様は、ある種のシュールさを孕んでいたのは口が裂けても言えない。腐ってもアウトサイド五都市のトップがすることではないからである。

 

「例のモノはこの中に、私の仕事はここまでなので必要なことだけ説明させていただきます」

「少し抵抗されたので麻袋に放り込んでありますが、意識はあります。『Green』だと遅すぎるので『FastGreen』を使って尋問なりどうぞ、と言った感じす」

 

 私は淡々と依頼された仕事と、その後のケアの仕方だけを報告する。

 

「ふむ、『G』というと旧世代の『肉詰』でいいのかな? 私の方では未だに『FG』は実用には程遠くてね」

「ははは、『FG』はただただ早く治って痛いだけですよ。まぁ一分たたず致命傷が治ってしまうのは『G』との違いですがね。ですが『FG』も素晴らしいもので――」

 

 私の上司と、私たちのすむアウトサイドと逆方向のアウトサイドに住むトップが、  『FG』と『G』の違いについて何故か語りだしてしまった。『FG』と『G』、これは行ってしまえば医療用品である。『G』はもともとグリーンと呼ばれており、一年前に目の前で殺されたアウトサイドのモノが使っていたものである。人体の細胞の活性化を促し、液体内に存在するナノマシンが損傷個所を把握し、そこに作用させるというものだ。それ故に一部では『肉詰』という身も蓋もない名前が付けられているのだ。

 『FG』だが、これは私が受けていた急速治療のことから『G』を改良したものであり、Fast(素早い)という特性を付け加えたものだ。その文字通り素早く治療可能になった『G』である。ただ唯一の欠点は急速治療では抑えられていたその速度を、限界まで引きだしてしまったことだろうか。そのために人体の限界を越えたスピードで治療が可能になった代わり、激痛が伴うようになってしまった。それは本来デメリットであるのだが、私たちにとっては好都合でしかなかったというのも、面白い話である。

 

「――というわけで我らの技術は……」

「あー……その、なんだ。話はまた今度にしてだな。とりあえず、だな」

「おっとすまない、つい熱くなってしまった。わははは!」

「……元気」

「ちょっとやかましいかな~」

「同じく」

 

 ……本当にこの人達はアウトサイドをまとめ上げている人材なのだろうか?

 

「じゃあ、私はこのあとも仕事があるので。失礼します」

「あぁ、助かったよ。ではまたいずれ、な」

「えぇ」

 

 私は机の上に麻袋の中身を放り出し、特に確認もせず麻袋を手に持ったまま会議室と思われる部屋を、今度こそ扉を通り出ていく。初めて気が付いた事だが、ここの扉は見た目より分厚く、軽くノックしてみてわかったのだが中に鉄板のようなものが仕込まれている。流石アウトサイド、備えあればというやつか。

 

「おや、仕事は終わりましたかな?」

 

 私が扉を出てすぐの右手に怪しげなロングコートを羽織り帽子を深くかぶった、いかにもな外見をした、仕事仲間でもあり私を一年前に拾ってくれた掃除屋が立っていた。

 

「掃除屋か。どうかしたのか?」

「このあと少しいいですか? 間もなく起こることについて」

「あぁ、それより早くいこう。ここはすぐに騒がしくなる」

「……あぁ、なるほど。今日は二人でしたか」

「だから余計、な」

 

 私が暗い廊下を進みだすと、彼も道案内と言わんばかりに先を歩いていった。いくらか歩いたところで、私の運んできた荷物の声が、静寂に包まれた廊下を大きく震わせた。

 

 

 

「……それで、来るべき日のことなのですが」

 

 私と掃除屋が例のビルを出た後、向かった先はどこにでもある……いや、アウトサイドには数える程しかないバーにやってきていた。店内は小洒落た雰囲気の装飾と一昔前のジャズ、そして店内に蔓延る私たちを含めた客の喧騒に包まれている。

 

「何度も言っていると思うが、その日は私を含めた少数精鋭で任務が行われる」

「そのことは重々承知しているのですが……少しいいでしょうか、これを」

 

 そう唐突に小声になった掃除屋は、懐から一枚の紙の切れ端のようなものを私に手渡して来た。紙は破られたのか燃えたのか、又は両者なのか酷くボロボロな状態だ。軽く目を通すと、そこには不可解としかとれない内容が書かれていた。

 

「……これは?」

「この紙はつい先日、貴方とは関係のないはずの任務にあたっていた時に回収した幸福都市の参考人が持っていたモノです」

「なら……なぜ私の現在(・・)の情報が載っている?」

 

 その不十分とも言える紙面から確認できる範囲だけでも、どうみても私としかいいようのない何時とられたかもわからない写真と、私のデータが載っているのだ。

 

「それはこっちが聞きたいくらいですよ。それに聞こうにも残ったのはそれ一枚ですから。他は全部ふっとびましたし」

「……よく残ったな、これだけ」

「確かに、神の悪戯としか」

 

 私は受け取った紙をそのまま懐にしまいこみ、溜息を吐いた。一瞬だけ掃除屋の方を見て見るが、表情や雰囲気からは何も感じ取れない。一年たっても変わらないものだ。

 

「じゃあ何か? 私たちの近くにネズミでもいるのか」

「さて、流れ者ばかりですしな」

「それを言うと、一番私が疑われるのだが」

「その通りですね。だからこそ貴方にこれを渡しておくのです」

「……お前に掃除されたくはないな」

「私だって貴方を相手にしたくないですから」

 

 またしても溜息、今度は二つ分。私と掃除屋はどちらからでもなく、目の前に置かれていたグラスを煽る。丸氷で程よく冷やされた酒は喉を勢いよく飲み干していくと、通っていった箇所から痛みにも似た熱が脳に送られる。この程度で私も掃除屋も倒れはしないが、決して普段からしているわけではないので、少しだけ効いた。掃除屋の方を見ると少しうなだれており、何か思い詰めているかのようだった。

 

「では、次会うのはいつでしょうか」

「……もしかしたらもう会わんかもしれんな」

 

 次の任務、来るべき日がくれば私の命は保証できない。それほどに危険な任務だからだ。

 

「やはりですか……。なら、餞別にこれを」

 

 掃除屋は仕事着のロングコートの懐を漁ると、私の腕ほどの長さの布に包まれたものをテーブルに差し出してきた。

 

「今日はサプライズが多いな。これは?」

「貴方の義手に合うように作らせた特注のナイフです。前腕部の箇所に装備可能なものになっています」

「ふむ。数日前にメンテナンスした時に、スライドが追加されていたのはそういうことか」

 

 私は少し気になり、義手の部分を確認する。人工皮膚で覆われているために一見ではわからないが、触れてみると確かに前腕部分に何かをはめ込めそうなくぼみが確認できた。

 

「軽さも行動の阻害にならないように配慮、殺傷力を意識してダガーの形に。気持ちとしてはお守り程度ですが、相手の意表を付くには十分かと」

「面白そうだ。手は多くても困らないからな」

 

 私はテーブルに置かれた布に包まれたナイフを手に取り、店の中では出すわけにもいかないのでロングコートの開いているポケットにしまいこんだ。

 

「ありがたくいただいておこう。それに掃除屋、私は死ぬ気は毛頭ないぞ」

「ならよいのです。私としても仕事仲間を失うのは心が痛い。ましてや私が見つけた逸材ですから」

「……道具としてなのか友人としてなのか一年たっても図りかねるよ」

「どちらでも正解ですよ。大切なことに変わりはないのですから」

「……ふん」

「まぁまぁ、今日はまだ飲めますよね? 時間もあることですし」

「……もちろんだ」

 

 私と掃除屋は、夜が明けるまで飲み明かした。まるで別れが近いことをお互いが理解しているからこそ、出会ってからの一年を再確認するかのように。だが私の頭の中ではずっと、一枚の紙の切れ端の内容が離れずにいた。

 

 

 

 

 日は変わり、掃除屋と飲み明かした夜から一週間が経っていた。私は仕事後に与えられていた休暇を終え、またしても新しい仕事のミーティングにやってきていた。新しい仕事と言っても、例の来るべき日のことについてであり、私としては上司に嫌という程聞かされているので今更行きたくもないのだが、仕事だから仕方ないと割り切って来ている。

 やってきたのは一週間前に一度やってきた、どこまでも深い漆黒をたたえる例のビル。以前不法侵入紛いの方法で入ったため、今回はキチンと前回わからずじまいであった入口を聞いてからやってきている。

 

「……」

 

 私が向かったのは指定されていた最上階の、更に最奥の突当りの部屋。仰々しく備え付けられた二枚からなるかなり分厚く見える洋風の扉をノックし、反応をうかがう。そして静寂と外観通りの暗闇の中には私が叩いた扉の金属音にも似たノック音以外、何も帰ってこない。

 

「襲撃か?」

 

 あまりの反応のなさと、異常な静けさに私は普通ではないことを察する。なにせアウトサイド、何があるかわからないのが醍醐味なのだから。私は全身の稼働を確認し、義手の調子を見る。装備も問題なしだ。

 

「……ふぅ」

 

 私は息を吐き、息を吸い、息を殺す。扉は押すタイプの物、物音が立たないように慎重に開けようと力を入れる、が。ほんの少しの異音、重み。これは……

 

「トラップか」

 

 扉を開けきる前に、何かが目の前に勢いをつけて現れる。私は他に逃げる場所もなく、もう一枚の扉の影に身を隠す。避ける寸前に把握したがどうやらショットガン・トラップであったようで、私が身を隠した数拍後に鼓膜を切り裂くような轟音が一帯の静寂を破壊した。わざわざトラップが設置されているという事は、ここは既に抑えられていると考えるべきか。

 

 私は右手でスーツの裏側に隠している、手のひらサイズの球体を取りだす。その間に左手で義手である右手にある小型ディスプレイを起動。その後扉の向こうへ球体を投げ放つ。扉の奥から人の気配と、物音は聞こえない。近づけば気が付くかもしれないが部屋の中を把握せずに突入は死にたがりである。

 

 私が投げ放った球体は音を立てながら転がっていき、部屋の中央に届くと思われる辺りで突如破裂した。私がやったわけではなく、中の賊がやったと思われる。

 

「……手間がはぶける」

 

 私は球体の破裂を確認した後、淡く光る右手のディスプレイを覗き込む。そこには破裂瞬間の全方位写真に、破裂時の音の反響を利用した部屋の簡易図が表示されている。ネズミが左右に2匹、室内に他の生体反応なし。部屋は四方壁、こちらにのみ扉。障害物は私の方から見て右手に事務机に事務椅子で、その影に一匹。左手には何か壁の様な物が一枚、もう一匹を匿うように展開されている。

 

「……ふぅ」

 

 一呼吸、問題なし。私は、部屋へ踏み込んだ。

 

 

 

 室内に立てこもっていた二人は、間違いなく焦っている。予定通りではあるが、それをどうとればいいのかわからなかったからだ。部屋を守ってくれという依頼、本来なら何事もなく終わるはずであった。突然の訪問者がいなければの話だが。

 万全を期すために設置された罠、一つは扉のショットガン・トラップだったが、それはあっけなく看破されていた。更にもう一つとして室内に設置されたセンサー式と加圧式の両方を使用したフロア・トラップ。仕掛けを把握している者以外ではまずかかる、室内に敷き詰められるように設置された重さに反応する加圧式のものと、床以外の空間を通過するものに反応するように設置されたセンサー式のもの二つである。その二つは補うように隙間なく、部屋の四方に置かれた制御装置で管理されいてた。反応すれば最後、生物なら瞬間で蒸発するほどのレーザーが四方から遅いかかる。まず間違いなく人どころか虫の一匹も接近させない完成度だ。

 二人には絶対の自信があった、二人で失敗したことはなかったからだ。二人で作り上げ、二人で仕上げ、二人でこなしてきた仕事という名の人生の象徴。さながら人生の輝きを結晶化した、二人で一つの光。だがその慢心が、安心が、不変が、付け入る隙を作ることを、二人は知らない。どんなに神々しく輝く光であろうと、等しく容易く暗き闇に呑まれることを、二人は知らない。人の生の儚さを、二人は知らない。

 

 

 

「……こ、ころさないで、やめてくれ――」

「……無理だろう、ふざけるなよ」

 

 部屋の四方で点滅を繰り返す白色の発光を受けながら、私の目の前では鮮烈なほどの赤色が噴出している。人という器から溢れる噴水は、二つ。一人は呆気なく死んだ。首から上がその下の胴からずれた際の表情に曇りはなく、羨ましいくらいさぞ幸せに逝けた事だろう。もう一人はその事実に恐怖しながら死んだ。哀れにも股座から糞尿を漏らし、情けない事に命乞いもした。そんな腑抜けを私は仕方なく始末した。

 

「……出てきたらどうだ。出てこないのなら――」

「おっとストップストップ。いやおかしいなぁ、生体反応も電気反応も飛ばしてたはずなのに」

「漏れているからだ、殺気が」

「おや、頭にホイルでも巻いとくべきだったか」

「お花畑の中にケシの花でも咲かしているんじゃないのか?」

 

 そしてゴミ二匹の始末の際に気が付いたのが、指定された室内にはゴミふたつ以外に何も無いことと、更に妙な手ごたえのなさ。そして五感にも機械にも反応がでなかった、直感にも似た違和感。その答えはこの場に似つかわしくない、生きた人間。

 唐突に眼前に現れたのはどこまでも闇を吸い込むかのような白を衣にして纏った、長身でありながら太さはなく不健康に近い痩せ型の人物。無造作に伸ばされながら丸みがかったカーブを描く長髪と、瞳を覗かせない光を拒む標準よりも一回りも大きい眼鏡。

 研究者のような出で立ちの者は、まるでスイッチを切り替えたように、何もない空間に私の感覚にその存在を察知させずに、瞬間でその姿を浮かび上がらせたのだった。

 

「いやぁ、次の仕事はみんなでするって君も聞いただろう? なら自分の背中を預けるのに足る人物か確かめたいだろう。別に死んだら代わりを探すだけだ、私には時間の無駄のほうが痛手だからね」

 

男はやや自嘲気味に笑いながら、不快な笑みを浮かべつつ話を続けていく。

 

「そのために用意した餌も、これじゃ形なしだ。流石だねぇ、来るべき日の任務に選ばれるだけの事はある!」

「そうか、ならお前は……」

「そうそう、軽く言っとくとアウトサイドの五本指に当たると自負する技術者の一人ってわけ。これからよろしく?」

「……ならば避けてみろ」

「へ?」

 

 私はへらへらとした笑みを浮かべながら目の前の相手が自己紹介をしている隙に、義手に装着されていたナイフを腕を振りぬく形で射出。一呼吸も許さぬまま、相手の額には長方形の空洞が出来上がっていた。実に三度目の赤色が噴出、するはずだった。

 

「おいおい、やめてくれよ貴重な装置を使わせないでくれ。今ので三つも使ったんだ。損失で言うならアウトサイドの労働力一週間分くらいだ」

 

 背後からやれやれといったような不快感を伴った声が聞こえると、三度目の噴出は私の目の前から文字通り、微塵たりとも痕跡を残さずに消滅した。

 

「……流石といったところだな。何をしたかは想像が付くが、それだけの技術がこの場にあることが恐ろしいな」

「これでお互いおあいこにしようか? 私とて死ぬのはまっぴらだからね」

 

 相手の言っていた三つは確実に、『加速』『認識阻害』『実体映像』だろう。『実体映像』を除く二つは、アウトサイドではまだまだ発達途上の技術だ。『実体映像』だけはアウトサイドと幸福都市の間に常備されているが、個人レベルでとなると話が違ってくる。どの技術も未だ個人レベルの規模で確立されていないはずだと、そう私は認識している。

 

「悪かった、よろしく頼む同志よ」

「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ同志」

 

 私は目の前に現れた者を、志を同じくするものとして握手をした。普通ならば警戒してしかるべきの眼前の人物ではあるが不思議と彼を同志と認められたのは、アウトサイドに一年もいると不思議とわかるようになっていたからとしかいいようがない。陽だまりの匂いと、暗き時の匂いの違いが。

 

「あ、そうだそうだ。ちなみにさっきのふたりは私が捕まえてきた表の奴等だから、気にしないでくれたまえよ」

「やはりか。手ごたえがないわけだ」

「そうだねぇ、私が捕まえてこれる程度のものだから。ちなみに君以外の残りのメンバー……二人にも同じことをしているんだが」

 

 妙に饒舌に、そして興奮気味に目の前の彼はベラベラと喋りつづける。どうやら目の前の彼は、相当にネジが飛んでいる。さながら現代のフランケンシュタイナーだ。

 

「正直に言って驚いた。君も含めて三人とも私のテストを悠々とクリアした。満点どころか完璧だ……バラしたいくらい」

「バラすのは構わないが、残りの二人はどこに?」

「いいのかい? それなら本気出すけど」

「冗談だ、はやく残りの居場所を――」

 

 轟音。そして異常が、私の視覚と聴覚を刺激する。私が彼と軽くじゃれているところに、あまりにも唐突に私と彼の間の空間に何かの欠片と私たちの身長と同じサイズのものが、飛翔していた。

 

「あぁ、隣で待機させていたのに……私ごと突っ込んできた」

「イライラするなぁイライラするぞイライラしてきたなァァァァ! クソ眼鏡、捻ってやるぞォォォォ!」

「凄い怒ってるんだが」

 

 どうやら私たちの目の前を飛翔していったのは、『実体映像』の分身体であったようだ。目の前の彼はやはりこうなったか、と言わんばかりに頭を抱えている。そして咆哮しながら隣の壁を破壊し登場したのは、白衣の彼の口ぶりからすると、もう一人の同志であると思われる。

 体躯はどうみても私や長身の彼よりも一回り大きく、人よりも先にゴリラや動物を連想させるような雰囲気を醸し出している。衣服はこれでもかというくらいに筋肉に張りつめさせられており、更にその筋肉を覆う皮膚には彼の人生を物語るかのような多くの生傷。その嘘のような体躯を操る頭部も生傷に覆われており、獣のようにぎらついた双眸も全体の迫力を後押ししている。

 

「まぁ落ち着き給えよ同志、こんなところで死体は見たくないだろう?」

「クソ眼鏡が二匹だと? これまでで一番イラつく事実かもしれねぇなァァァァ!」

 

 私を除け者にして、不意の侵入者と白衣の彼はお互いに睨みをきかせあう。誰がどうみたって爆発寸前、さながら火薬庫だ。

 

「二人とも落ち着け、私たちは任務を同じくする同志だろう。先に仲間割れしていては元も子もないだろう」

「あァ? 何だお前……って見たことあるなァ! お前、一年前のションベンくせぇ新入りだろ!」

 

 その一言で、私の中でカチリと音を立て、ナニカのスイッチが入る。

 

「……なぜ知っている」

「どうもこうも、お前が腕ふっ飛ばされてもたついていたところを俺が助けてやったのさ! あの時のお前は傑作だったなァ……ハハハハ!」

 

 更に私はその一言で、記憶の一片に止まっていた男の姿を思い浮かび上がらせた。そうだ、コイツは……私が本気で殺そうとした時に邪魔した奴だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……殺してやる理由を思い出した。そうだな、四肢でももいで路傍に晒してやろうか? 安全という名の餌で肥え太った豚」

「へぇ……イライラさせるなァ……まとめてお前ら捻ってやらァァァァ!」

 

 咆哮、そして突進。私が臨戦態勢を取り、白衣の彼も視界の端で何かを始めだしていた。同志だろうと知った事か、私一人だろうと任務は必ず遂行できる。殺す、任務前の体ならしだ。

 

「捻り潰す! ゴミがァァァァ!」

「……ふざけるなよ、貴様みたいな脂肪にやられるか」

「二人とも、揃ってサンプルになってもらおうか!」

 

「そこまでだ。『止まれ』」

 

 私たちがまさに衝突しようとした、まさにその瞬間。ぶつかり合う寸前の三人の体は、その三人のものではない言葉通り、硬直していた。

 

「何ッ!?」

「……止まった、だと?」

「まさか……これは……」

 

 私たちは先程までの衝動が嘘のように、動作の途中で身じろぎ一つできずに硬直していた。何が起こったかも、何をされたのかもわからないまま。ただわかったのは、突然に現れた一人の言葉によって私たちは行動を制限されたということ。

 

「ったく……隊長も楽じゃねぇなぁ。ジジイの野郎、面倒押し付けやがって」

 

 その男は気だるそうに、整えられた美しい黄金色の長髪を、もったいなさなど微塵たりとも感じさせずにくしゃくしゃとかき乱す。その手の動きには明らかに苛立ちと不満がこもっているようで、徐々に激しさを増しながらその男大きくため息をついた。

 

「なんだこれはァ……お前の仕業か? 奇妙な術を使う……早く解け、さもなくば」

「さもなくば、なんだよデ(カ)ブ(ツ)」

「……イライラすらァァァァ殺ォォォォす!」

 

 巨大な体躯をした男は、全身に貼り巡っているであろう目に見えぬ拘束をなかば強引に解除しようとしているのか、全身の筋肉を震わせながら徐々に行動を可能にしていく。

 

「へぇ、俺の『言葉』をそんな力技で解くか。ならもういっちょいくか、『止まれ、止まれ』!」

「ガァァァァッ……この程度で俺を縛ろうなどォォォォ!!!!」

 

 拘束を強化されたのか、またしても止まりつつも男は獣のような方向をあげる。金髪の男はその様子をみて高らかに笑いながら、これでもかと凶悪な笑みを浮かべている。私と白衣の男はその人外じみた光景を見ながら、ここは行動しないでいたほうが得策であると判断しお互いに見合ったまま動けずにいる。

 そんなこう着状態から動きだしたのは、金髪の男。

 

「じゃあ遊びもここまでだ、大人しくしてもらおう。『止まれ、足よ腕よ胴よ頭部よ』!」

「ガッ……がァァァァ!!!!」

「あぁ、うるさいことだ。『口よ閉じろ』、これで終わりだ」

「~~~~!!!!!!!」

 

 金髪の男は続けざまに意味ありげな言葉を、巨大な男に吐きつづけていった。結果としてその言葉に一部の狂いもなく、男は地に伏し声も上げられずにいた。最後の抵抗とばかりに視線だけが金髪の男を食い殺さんとばかりに睨みつけているが、その視線も最後には男の「『閉じろ、瞳よ』」という言葉によって閉じられた。

 異常、不可解、意味不明。頭の中では必死に状況を飲みこもうとするも、言葉通りの出来事が起きている、それ以外はわからない。ただただ、目の前の出来事に圧倒されるだけ。

 

「はぁ、疲れた疲れた。二人は普通そうだから……『解除』」

「おおっと、ようやく動けました。あなたはもしかしなくても『超越者』、でしょうね」

 

 体の拘束が解けると同時に、白衣の男が笑みを浮かべながら口を開いた。超越者――一度だけ聞いたことがある。人の身でありながら、人を越えた能力を持つ者……世界に数える程もいないという、人類の到達点。

 

「やめてくれ、そんなかったるい名前。俺は――」

「……さっき隊長といったがそれは」

 

 私にとって、名前や超越者などはどうでもよく、それよりもこの男が敵かどうかが重要だと考えた。それほどまでに、この男は脅威であると。

 

「あぁ、俺がお前らの隊を仕切る……そして、来るべき日の任務に当たる四人の一人」

 

 その男は私と、白衣の男、そして巨大な男に歩み寄りながら、私が遮った続きを、その名を高らかに唱える。

 

「レオン……ただのレオンだ。よろしく頼む」

 

 私たちに手を差し伸べながら、彼は優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 どこまでも、どこまでも、どこまでも。黒クロくろ。深淵、谷、穴。深き、暗き、薄々と。曖昧で微妙でどちらでもない空間。一つの影は揺らめきながら言葉を漏らす。

 

「廻る廻る……動きだす光は止められない」

「光の背後に影があり、影の対極に光あり」

「影と光は一心同体、その傍らに常にあり」

「物語は、動きだす。終着点が見えずとも」

 

 

 

 

  

   くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ      

 

 




                      
        」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。