疾走する若い元殺し屋の秘密と青春   作:ゼミル

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作者の近況については小説家になろう様の方で書き込んでおります。


プロローグ:ある若い殺し屋の死

 

 

「弓華みたいな戦友に出会えて――――」

 

「おい!目ぇ閉じるな!」

 

「――――よかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校に侵入してきた暴漢に木暮塵八が撃たれてから数日が経過していた。

 

卒業式の当日、素人目でも重傷と分かる程の手傷を負いながら逆に暴漢を撃ち殺した彼は、後輩の少女と共に姿を消していた。

 

あの日から根津由美子の世界は止まったままだ。食事も取らずずっと部屋に閉じこもっている。卒業式の出来事は日頃快活な彼女をそこまで塞ぎ込ませるには十分な出来事だった。

 

 

「塵八くん……」

 

 

口の中で消えた彼の名前を転がす。

 

自分の中で木暮塵八がどういう存在だったかと答えれば、クラスメイトで漫画研究会の仲間で映画とナタデココ入り飲料が好きでどこかほっとけない異性の恋人――――そう単純に羅列しただけでは到底表現しきれない存在だった。少なくとも、由美子の中では。

 

人を殺し、殺され合うような世界。塵八がそんな世界の住人だったなんて由美子はまったく知る由も無かったのだ。彼が撃たれ、人を殺すその瞬間を目撃するまでは。

 

彼が本当の事を話してくれなかった気持ちはよく分かるし、立場が逆だったら由美子だって同じ事をしていたと思う。

 

あの後彼は何処へ消えてしまったのだろうか?

 

生きているのか、死んでいるのか。それすらも今や由美子には分からない。仲間らしき後輩の少女に運び去られた彼は助かったのか、それとも助からなかったのか。

 

何も知らない。何も分からない。あんなに一緒だったのに、自分だけ教えられないまま。そんな考えばかりぐるぐるぐるぐる思い浮かんで、やがては自己嫌悪に辿り着く。この数日中延々とそれを繰り返していた。

 

コンコンと扉がノックされる。由美子は反応しない。

 

 

「お姉ちゃん、入るね……」

 

 

鍵がかけられていない扉がゆっくりと開き、妹のカノコが入って来たにもかかわらずベッドの上で膝に顔を埋めていた由美子は妹を一瞥しようともしなかった。

 

塞ぎ込む姉の元へ妹が近づいてくる。カノコからしてみれば、今の姉は学年の中でも1~2を争うほど小柄な自分よりも小さく萎んでしまったように思えた。これまでずっと姉には敵わないと思い続けていたというのに、こんなにも弱々しい姉を見るのは初めての事だった

 

それも無理のない事だと思う。考えてみれば好きだった女の子が殺し屋で、そのせいで拷問や凌辱を受けても思いを変えず逆に一層強固な繋がりを結んだ自分の方が異常なのかもしれない。今更それがどうした、とは思うけれど。

 

カノコの手には分厚い封筒が握られていた。ゆっくりと、繊細な壊れ物が入っているかのような雰囲気を漂わせながらそっと封筒を姉に差し出す。

 

 

「これ、弓華からお姉ちゃんに必ず渡してくれって」

 

 

由美子はハッとなって勢い良く顔を上げた。思い出した。塵八を連れ去ったあの少女、以前からちょくちょくこの家に来てカノコと遊んでいた人物とそっくりではなかったか?

 

奪い取るようにして封筒を引っ掴む。慌てる余り震える指先が上手く動いてくれなかったのがもどかしかった。中身を確認してみると、入っていたのは漫画のネームが数百枚に彼が資料用の画像データを保存するのに使っていた大容量USBメモリー。そして1枚の手紙。

 

『彼』のとは違う、見覚えの無い字でこう書かれていた。

 

 

『封筒の中身は好きに使ってやってくれ

 

 出来ればアイツの事は忘れないでやってくれ

 

 きっとアイツもアンタが幸せになってくれるよう願っていると思う』

 

 

――――ああ、そういう事なのか。

 

ストンと腑に落ちた。その分を読んだだけで由美子は全てを理解した。

 

――――木暮塵八ははもう、この世には居ないのだ。

 

 

「じんぱち、くん……!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

姉の反応からカノコも全てを察したのだろう。由美子も、カノコも、瞳に大粒の涙を浮かべる。

 

身近な人物を喪うのは2人ともこれが初めてだった。特に由美子にとって塵八は恋人だったのだ。カノコももし恋人の弓華が死んだ日には即後を追って自殺するだろう。もちろん弓華は絶対に喜ばないだろうが、それほどまでに自分と恋人の繋がりは深い。

 

自分でそれなのだから、今の姉の心情も容易く察する事が出来た。今や姉の雰囲気は完全に消え去る寸前の粉雪の様にとても儚く脆い。顔をクシャクシャにして涙と鼻水も流しながら嗚咽を漏らす姉の姿など信じられない光景だ。それ程までに姉は追い詰められてしまっている。

 

その光景がカノコには、かつて自分を夜の校舎に連れてきて抱いた時の恋人とそっくりに感じた。

 

あの時の弓華は2度と生きて戻れないという覚悟と……絶望と諦観を秘めていた。それが無性に腹が立ったので、カノコは恋人を張り飛ばしてやってから我に返った弓華が小さな子供のように泣き止むまでずっと抱き締めてやった事を思い出した。

 

あの時のようにカノコはそっと姉の頭を抱えて胸元に押し付ける。

 

嗚咽が激しさを増し、全てを吐き出さんばかりに由美子の泣き叫ぶ声が部屋中に響き続けた。

 

 

 

 

その少女は姉妹が鳴き続ける部屋を1度だけ見上げるとゆっくりと家の前から立ち去って行った。野性的なウルフヘアの少女は、上着の下にはヒップホルスターに収めたFN・ファイブセブンという拳銃を2丁潜ませている。

 

姉妹の泣き声は微かながら家の外まで聞こえるぐらいの激しさだった。それが姉妹の、特に姉の悲しみの深さを如実に少女へと教えてくれる。彼女達の気持ちは少女にも強く理解できる。

 

 

「何が『俺みたいな戦友に出会えて良かった』だ……カッコつけんなバーカ」

 

 

――――どうせなら今際の際の言葉ぐらい惚れてた女の名前でも呼べば良かったのに。

 

人気の無い道を足早に進む少女の片目から、一筋だけ雫が零れ落ちる。

 

 

 

 

――――アバヨ戦友。俺もお前と出会えて楽しかったぜ。先に地獄で待っててくれ。

 

どうせ俺達みたいな殺し屋の逝きつく先は地獄に決まってるだろうから――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実の所。

 

殺し屋の少女の予想は大外れだった。

 

 

「あれ、俺は一体……?」

 

 

次に意識を取り戻した時、塵八は自分が裏路地かハイブリッドが経営する闇病院の一室でもない場所で俯せに倒れていた事に気付いた。雨の中、弓華に運ばれながら大量の失血によって意識を失った所までは覚えている。

 

身動ぎしてみて、弾丸を受けた部分に痛み所か全く違和感も感じない事に驚きを覚えた。腹に銃弾を受け、大血管と幾つかの内臓が傷つく明らかに致命傷を負った筈なのに。代わりに妙に頭がズキズキと痛い。高尾錠輔から逃げる最中に頭を打った覚えはないのだが。

 

痛む頭に手を当てるとぬるりとした感触が。当てた手を下ろしてみるとやはり指先が血で汚れていた。それなりに大きな裂傷が頭に生じているようだが、塵八は別の事に気付いて驚愕に目を見開く。

 

 

「何だよこれ。子供の手…!?」

 

 

自分の手が、とても小さい。恐らくは小学校低学年ぐらい。起き上がって自分の身体を見下ろしてみると、塵八の身体はまさに子供の肉体へと変貌を遂げていた。

 

一体何がどうしてこうなったんだ?高尾錠輔に撃ち込まれた銃弾に実は毒薬が仕込まれていてそれが変な風に塵八の肉体に作用でもしたのか?それともドラえもんの秘密道具で肉体の時間だけ子供に戻されたとか?いやいやどれも荒唐無稽過ぎる。

 

それにしても頭が痛い。ズキズキと脳が悲鳴を上げている。

 

 

「訳わかんねぇ………」

 

 

呆然とそう呟きながらも少しでも状況を掴もうと周囲を見回す。引退したとはいえ元腕利きの殺し屋の性か、どんな突飛な状況でも思考は比較的クールさを保ったまま打開策を求めて行動を起こす性分はそうそう失われたりはしない。そもそもそのような突発的な事態に対する対応力は、殺し屋としての経験を抜きにしても出来る事ならばどんな人間でも高めておいて損は無い能力だろう。

 

どうやらアパートの一室らしかった。今更ながら少し離れた所で聞こえる喚き声に気付く。自らの肉体の変化に戸惑ったせいで、周囲の状況が頭に入って来ていなかったらしい。頭の傷を押さえながら声のする方向へ向かう。頭が痛い。

 

 

「………」

 

 

明らかに酔っぱらった男が、今の塵八よりももっと小さな女の子に手を上げている光景が繰り広げられていた。紛う事なき児童虐待の現場。

 

アルコールの臭いをプンプンと漂わせる男は呂律の回らない口調で訳の分からない事を怒鳴り散らしながら、何度も何度も少女に平手打ちを見舞っていた。その度に女の子は小さな悲鳴を漏らしている。子供がどれだけ脆い存在なのかなど明らかに理解していない暴力の振るい方だ。

 

現場を目撃した瞬間、肉体が子供に若返っていた事へのパニックや頭の痛みも忘れた。入れ替わりにむくむくと湧き上がったのは怒りと殺意。

 

塵八が最も嫌いな存在の1つは子供を傷つけても何とも思わない人間だ。そのような存在はどんなに残酷な殺し方をしても飽き足りないと心の底から考えている。

 

無言で男の背後に近づいた塵八は躊躇いなく股間目がけアッパーパンチを放った。子供の腕力でも無防備な急所にありったけの力を込めた一撃を叩き付ければ威力は十分だ。ひぐぅっ!、と間抜けな悲鳴を漏らして内股になった男は腰を落とす。

 

膝を突いた事で丁度今の塵八の視線と同じ高さまで落ちた男の頭を両手で掴むと、今度は力任せにすぐ傍の家具に叩き付ける。強烈な音を立てて男の頭が揺れ、悲鳴を漏らしながら頭を抱えて倒れ込む。少女を男の手から助けるだけならばこれだけで十分だろうが、塵八の方はこの程度で許す気などない。

 

すぐ傍にビールの空き瓶が転がっていたので丁度良いとばかりに拾い上げる。塵八は男の上半身に馬乗りになると、両手で握ったビール瓶の底を男の顔面に叩き付けた。

 

がっごっがんがんっ、と分厚い底面が顔面を叩く鈍い音がしばらくの間続いた。その度に皮膚が裂け、鼻が砕け、頬骨にヒビが入り、歯が根元からへし折れる。漫画『ドリフターズ』で主人公が傲慢な武官を刀の鞘でボコボコにする場面みたいに容赦無くビール瓶で殴り続ける。

 

最初が奇妙な悲鳴を漏らしていた男も次第に静かになっていった。今や顔面は原形を留めない程腫れあがり、血と肉の裂け目の間からは白い骨がちらほらと見え隠れしだした。その時点でようやく殴るのを止めると、男は虫の息だが一応死んではいない。

 

まるで渾身の力作を書き終えた直後の様な爽快感を覚えながらビール瓶を手放すと途端に頭痛がぶり返した。それどころか最初よりも酷い。もしかして頭蓋骨や脳内にも損傷が及んでいるのでは?

 

 

「(もしかしてこの男にビール瓶で殴られたりしたのかこの身体は?)」

 

 

もし事実だったら今度こそ息の根止めてやろうか、と割と本気で考えながら女の子の方に向き直る。

 

 

「大丈夫?」

 

「ひっ……!」

 

 

出来るだけ優しく声をかけたつもりだったが少女からは引き攣った悲鳴を上げて怯えられた。手と言わず塵八の上半身は返り血で真っ赤だし、人がビール瓶で死ぬ2歩ぐらい手前まで殴られ続ける光景も見せつけてしまったのだから無理もないだろう。

 

――――やってしまった。女の子にトラウマが残らなければいいけど、と塵八は猛省。

 

それにしても頭が痛い。今や塵八の頭の中は猛爆撃でも受けているかのようにガンガンと激痛が鳴り響いている。頭を抱えて蹲りたくなるのを必死に耐えながら少女の元へ。

 

 

「今の内に誰か、助けてくれそうな大人の人を探しに行こう」

 

「おにいちゃん……」

 

 

――――『お兄ちゃん』?俺、1人っ子の筈だったんだけどなぁ。大粒の涙を浮かべた少女が発した舌足らずな言葉に塵八は戸惑った。

 

するとドタドタドタと部屋の外から荒っぽい足音が複数近づいてきた。反射的に女の子を庇うように立つ。

 

飛び込んできたのは目を赤く腫らした女性と制服警官。

 

 

「あなた!もう止めてちょうだい!五十六と五十鈴に手を出さないで!」

 

 

女性はそう叫びながら部屋に入ってきたが、すぐに目を見開いてその場に立ち竦んでしまった。血まみれで虫の息の男と返り血を浴びた子供という組み合わせは思考を停止させるには十分だろうと塵八も思う。

 

女性が呼んだ『五十六』と『五十鈴』という名前は恐らく塵八と後ろの少女の事だろう。五十鈴と呼ばれた少女の方も「お母さん!」と女性の下へ駆け寄った。

 

つまりこの女性は五十鈴の母親で、なら塵八が半殺しにした男は少女の父親という事か。子供に暴力を振るう大人を殺しかけた事自体には罪悪感は覚えなかった塵八だが、目の前で父親を半殺しにする光景を一部始終少女に見せ付けてしまった点については深い罪悪感を覚えてしまう。

 

母親に遅れて入ってきた制服警官も室内の惨状を見て一瞬固まったが、すぐに我に返って男の容態を確認し始めた。一応まだ息がある事を確認してから次に塵八の元へ。目線の高さを合わせる為に跪いて覗き込んでくる。いかにも町のおまわりさんらしい優しげな雰囲気の人物だが、今は顔中にありありと心配の色を浮かばせている。

 

 

「君、大丈夫かい。怪我をしているみたいだね、今おじさんがお医者さんを呼んであげるから――――」

 

 

一際強烈な激痛が脳内を突き抜けた。まるで50口径弾が直撃した瞬間みたいな衝撃が頭部を貫き、塵八が耐えようと意識するよりも先に肉体が限界を迎えた。勝手に意識が薄れていく。足元がガラガラと崩れ落ちていき、床がどんどんと迫るのに踏ん張る所か手を突こうと思ってもまったく身体がいう事を利かなかった。

 

再び小暮塵八の意識が闇へと呑まれていく。

 

 

「お兄ちゃん!?」

 

「五十六!」

 

 

違う、俺の名前は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇から浮上する。

 

 

「――――……寝ちゃってたのか」

 

 

手元の携帯で時刻を確認してみると既に午前3時近くだ。丑の刻、妹も母親も父親も祖父母もとっくに寝入っている時間。

 

それからハッとなって突っ伏していた勉強机の上を確認してみると、次回作の漫画のネームを書き込んでいたノートは無事だった。涎が垂れていたりページが皺くちゃになっていなくて本当に良かったと一安心。

 

 

「珍しいなぁ、あの時の夢を見るなんて……」

 

 

もう何年も前の話だ。今やもう高校2年生。妹の五十鈴も中学2年生で自分にだけは何故か反抗期真っ盛りだ。当時は混乱したが、今はもう完全にこの状況を受け入れている。尤も他にも別の悩み事を抱え込んでしまった性でこれ以上頭を悩ませる余裕が無い、というのが現実なのだが。

 

目下の悩みは今書いている漫画の次の回はどんな構図にするのかという事と明日(いや、もう今日か)の放課後の部活動はまた一体何をやらされるのか、という不安感。

 

特に後者は現在所属している『危機管理部』の部長がかつての平等院会長を髣髴とさせる破天荒な性格の持ち主なので、どんな現実離れした突飛な内容をやらされるのか予想出来ない。

 

 

「とりあえず今日はもうちょっとだけネーム進めてから寝るか」

 

 

独りごちつつ気持ちを切り替えてもうひと踏ん張り、と自分の両頬を張って気合を入れるとペンを片手に机にかじりつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前の人生では高校生と中堅犯罪組織・ハイブリッドに所属する若い殺し屋――――ヤングガンだった自分。だけど今は正真正銘裏家業を持たない平凡な高校生活を送りながら、銃撃や爆発や殺人も一切無い平和な生活の大切さを日々噛み締めながら生きている。

 

高校の部活動は当初漫画研究会に入ろうと思っていたが、悲しい事に入学先の千葉県は船橋海老川高校には何と漫画研究会が存在していなくて、そうこうしている内に幼馴染で親友の南雲三木多可によって無理矢理『危険管理部』に入学させられた。バイトは週3回近所の本屋で働いて生活費や漫画を描く為の画材代を稼いでいる。

 

普通の高校生とは違う点を挙げてみるとしたら、漫画を描いている事と前世(敢えてこう表現しよう)の記憶を持っている事と――――テレポーテーション能力を持っている事。それらの秘密を除けば何処にでもいる只の高校生に過ぎないと自分では思っている。いや、最初はともかく後の2つは大問題だと自分でも思っているけれど始末の仕様が無いのだから仕方ない。前世の記憶を持っている事とテレポーテーション能力については家族にも言えない自分だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

――――かつては小暮塵八として生き、そして死んだ。

 

――――今は飯田五十六として、2度目の平凡な人生を生きている。

 

 




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