疾走する若い元殺し屋の秘密と青春   作:ゼミル

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ココからエピローグまでドンパチが続いて終了予定です。


第3章:バック・トゥ・バイオレンス

 

 

 

――――結局俺は、何処まで行っても銃と暴力と陰謀からは逃れられる事が出来ないらしい。

 

そう理解させられた五十六は、苦々しさを秘めた決心の表情を浮かべながら、足元に転がってきた銃へと手を伸ばした――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数時間前。

 

日課通り登校してきた五十六のカバンにいつの間にか入れた覚えの無い封筒が忍ばされていた。

 

教室を抜け出して人気の無いトイレの個室で中身を確かめてみると、涼音やターニャそれにイーチンを遠くから撮影した写真が何枚も入っていた。その中で少女達は銃を向け合ったり関節技をかけ合ったり、怪しげな知らない男性と密会したりしている。

 

 

「何だよこれ、マジかよ……」

 

 

五十六は洋式便座に腰かけたまま文字通り頭を抱える。このような写真が自分の元に届いた事自体驚きはしたが、五十六が頭を抱えたのは写真の内容にではなく、このような写真が五十六の元に届けられた事そのものだ。

 

これらの写真を送りつけてきたのは間違いなく涼音ともターニャともイーチンとも違う、五十六も予想していなかった新たな勢力によるものに違いない。少なくともあの外人娘3人が自ら正体をこのような形でバラすメリットが全く思いつかないからだ。

 

最も可能性の高い予想は3人とは別の新手の勢力が現在の膠着状態に混乱をもたらすべく行った、という物。

 

写真の真偽については合成などではないと五十六は判断している。どれもこれも望遠による盗撮だった。決定的瞬間を逃さない根気やどの写真にも殆どブレやピンとボケが生じていない

 

 

「(問題は誰が仕込んだのか、だ)」

 

 

授業前のホームルーム、そんな時間帯に五十六のカバンに近づける人物は極々限られる。

 

学校の人間、それも教職員や余所のクラスではなく、五十六と同じクラスの生徒でもなければ間違いなく五十六や周囲が気付くだろう。つまり涼音達が五十六に接近する以前からどこかの諜報機関や犯罪組織の構成員がクラスメイトとして潜んでいた、という事。

 

偶然なのか、はたまた涼音達と同じ目的なのか。小暮塵八だった頃に所属していた漫研の部長が実はヤクザの組長で塵八の敵に回った時よりはまだマシだが、それでもそれなりの衝撃が五十六の心中を襲う。

 

 

「(とにかくこうなったからには、もう涼音さん達に事情を話すしかなさそうだな)」

 

 

自らの決定ではなく見知らぬ誰かに誘導される形になってしまったのは不服ではあるけれど、かといって写真の事を秘密にし続ければクラスに潜入している新手が次はどのような手段を講じて来るか分かったものではない。

 

これ以上大事にならない内に解決してしまった方が得策だ。五十六は酷く疲れた溜息を漏らしつつ写真の束を封筒に戻す。

 

どっちにしろこれで五十六の運命は、十中八九平凡で平穏な生活から遠く離れた物になってしまうのは間違いない。備えや覚悟はしていたつもりだが、改めて思い知らされるとやはりショックは大きい。

 

 

「(――――だけど)」

 

 

 

 

――――自分1人の犠牲で妹や両親達今の自分の家族を守れるのであれば些細な代償だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。

 

本来今日はバイトがある日だったが、五十六は書店に電話して「本当にすみませんけど今日は俺とターニャさんは休ませてもらいます」と連絡しておいた。電話に出た征四郎はちょっと困った様子ながら、特に詰問する事無く了承してくれたので五十六は心から申し訳なく思う。

 

涼音とターニャにはトイレから戻ってきた後の休み時間に密かに写真の存在と内容、それから放課後話し合いたいから同行して欲しいという旨のメモを渡しておいた。受け取った2人はメモの内容を見た途端にほんの一瞬だがハッとした顔つきになって戸惑い交じりの視線を五十六に送ってきた。あれは間違いなく演技ではなく素での反応だと五十六は考えている。

 

初めて見る暗さが混じった表情の涼音とターニャを引き連れた五十六が向かった先は、バイト先の書店に向かう道から少し外れた位置にある寂れた喫茶店だ。余り人気が無く秘密の話し合いにはピッタリ。店の最も奥の席に陣取る五十六は壁際、その反対側に涼音とターニャが入り口に背を向ける形で腰掛ける。

 

話し合いの場に学校やバイト先のみのり書房を選ばなかったのは、学校に残っているクラスメイトや征四郎など五十六の身近に居る人々をなるべく巻き込みたくなかったからだ。

 

何より五十六がこの寂れた喫茶店、それも1番奥の席を選んだ理由は道路に面した入り口を含めた店のほぼ全体が視界に入り、尚且つ席のすぐ傍に路地裏へと通じる裏口が設置されているからだ。もし不審な人物が入店してきてもすぐ店の裏へ脱出する事が出来る。

 

五十六は注文を取りに来たやる気のなさそうな初老の店主にとりあえずアイスコーヒーを3人分注文。注文の品が運ばれてくるまで無言で待つ。

 

目の前に人数分のコーヒーが置かれ、店主がその場から離れていった所でようやく五十六は動いた。

 

コーヒーには手を伸ばさず、学生服の内ポケットに収めた眼鏡ケースから中身を取り出してゆっくりと眼鏡をかける。

 

――――思考を『飯田五十六』から『小暮塵八』に。

 

――――平凡な男子高校生から元凄腕の若い殺し屋へ。

 

――――魂の拳銃に弾丸を送り込む。心の戦闘準備はこれで完了。

 

そして改めて、反対側の席に座る涼音とターニャを真正面から見つめた。

 

 

 

 

 

 

――――何の変哲も無い動作が終わると同時、涼音とターニャには場の空気が物理的に重さを増した様に感じた。

 

 

「(違う、これは威圧感…?)」

 

「(何だこの気配は。もしやこの男から放たれているのか!?)」

 

 

相手が一介の高校生ではなく歴戦のベテラン工作官か何かと勘違いしてしまいそうな程緊迫した気配。照明を僅かに反射して光る眼鏡のレンズがまるで狙撃用スコープのそれに思えてくる、そんな錯覚を涼音とターニャは共有していた。

 

俄かにじっとりとした冷や汗を浮かべ始めた2人をよそに、五十六は例の写真が収められた封筒を取り出して中身を涼音とターニャにも見せる。

 

またしても2人の顔に浮かんだ感情は戸惑い。やはり演技には思えない。――――嫌な感じなぁ、と五十六は溜息。自分の意思ではなく、姿も見えない未明の勢力から半ば迫られる形でこのような展開になってしまったのは五十六にとっても甚だ不本意だった。まるで無理矢理動かされる操り人形みたいだ。

 

 

「今朝、その写真が俺のカバンの中に入れられていました」

 

「………」

 

「………」

 

 

2人は沈黙。とても気まずいが話を進めなければどうにもならない。

 

 

「実の所、最初から2人の事は只者じゃないと俺も気づいていました。しばらく様子見をしていましたけど、少なくとも2人が家族や学校の皆に危害を加えるつもりはないと判断したので、すぐに正体や目的を問い詰めなくても大丈夫だろうと俺は判断しました……今日この写真が届くまでは」

 

「五十六……」

 

 

少女達はアイコンタクト。頷き合って口に出す事無く意見を一致させ、代表として涼音が真剣な口調で話し始めた。

 

しかし、五十六が漂わせていた気配にいきなり鋭さが混じった事ですぐに話は中断させられた。一泊置いて涼音とターニャも気づき、背後を見やる。

 

喫茶店の入り口の扉はガラス製で、扉越しに店の前の道の様子が伺える。店のすぐ外にスーツ姿の東洋人が2人、向こうからも店内の様子を伺っていた。店の外からだと五十六達の席は照明の関係と奥まった場所にあるので殆ど視認出来ていないだろうが、すぐに店内へ踏み込んできそうな雰囲気だ。

 

付け加えるならばスーツの下に明らかに銃を隠し持っている。五十六の目は誤魔化せない。

 

 

「お客さんです。黒スーツ東洋系の男が2人、店の前に」

 

 

平凡な男子高校生としての仮面を完全に脱ぎ捨てた険しく緊張した口調で五十六は警告する。

 

 

「情報感謝する」

 

 

ターニャはスカートの下から密かに拳銃を抜いていた。テーブルの影でチラリと拳銃が見え隠れして五十六に銃の特徴を知らしめる。店主からは少女2人と椅子の背に隠れているので銃が取り出された事にまだ気づかれていない。

 

ロシア美少女が構えたのはロシア製のPSSサイレンサー・ピストル。弾薬自体が消音効果を持った特殊な小型拳銃だ。『ハイブリッド』時代に戦った元自衛隊員も愛用していた記憶が脳内でフラッシュバック。あの隊長には梃子摺らされたっけ――――いや今は前世の記憶に浸ってる場合じゃなくて。

 

涼音の方は何故か携帯を取り出してチェックしていたが、よくよく見てみると携帯に偽装した軍用端末である事に五十六は気づいた。実際には特殊任務用の携帯型TACCS(戦術指揮統制システム)だ。

 

 

「CIA日本支局の支援チームがこちらに急行していますが間に合うかどうかは分かりません。学校や自宅周辺の配置だったので……」

 

「SVRは日本国内での活動に制限がある。武装チームの派遣には時間がかかるぞ」

 

 

――――涼音はCIAでターニャはSVRの所属なのか。2人の会話から手に入った情報に五十六は納得する。『前世』のお陰で各国の諜報機関についてもある程度の知識は有している。

 

CIAこと中央情報局は創作の世界でもお馴染み世界最大のアメリカの諜報機関。SVRことロシア対外情報庁はかつての悪名高きKGBの後継組織として対外諜報を担当しているとの事。

 

どっちにしたって表向き未成年の工作員の存在は認められていない(そもそも労働基準法違反だ)から、涼音もターニャも非合法工作員なのだろう。木暮塵八時代には自衛隊にも中学生の非合法要員が居た事だし、裏の世界では未成年の構成員など珍しくない。何と言っても『木暮塵八』だって高校生と殺し屋という二足の草鞋を履いていたのだから。

 

 

「今は一旦退いて2人どちらかのお仲間が駆け付けるのを待った方が良さそうですね」

 

「そうですね、救援が駆けつけるまで身を隠しましょう」

 

「私も同意見だな」

 

 

涼音も太腿のホルスターから拳銃を抜いていた。案の定、涼音の銃は五十六が彼女の部屋に忍び込んだ時に発見したものと同じシグ・ザウアーのP232だ。

 

店長は競馬新聞に夢中で五十六達に背を向けている。音も無く席を立った五十六は裏口の扉のドアノブをそっと捻った。店の主が注意力だけでなく防犯意識も足りていないお陰で裏口にも鍵がかけられていないのは既に確認済み。裏口から路地裏へ出る。

 

3人が喫茶店から抜け出るのと入れ違いに男達も喫茶店に乱入してきた。店内から荒っぽい足音と気配が五十六達を追いかけてくる。そこで2人の少女は拳銃を構え直した。

 

 

「五十六は危ないから下がっていてください」

 

 

十分対応できると判断したのだろう、どうやらこのまま逃げずに徒歩で迫りくる追っ手だけでも撃退する気のようだ。涼音とターニャがかなりの腕前なのは五十六も気配から読み取っていたので敢えて止めない。

 

扉の左右に張り付く2人。裏口の扉が開く。拳銃を構えた2人の男が姿を現すやいなや涼音とターニャが襲い掛かる。涼音は拳銃のグリップをこめかみに叩きつけてからの膝蹴りで相手がダウンした所への頭部への蹴り。ターニャはハイキックから相手の足を刈り、転がした所へ全体重を乗せたジャンピングエルボー。一連の動作に一転の淀みもない見事な格闘戦。涼音は五十六と同じ軍隊格闘技、ターニャはコマンドサンボの使い手のようだ。

 

五十六の予想通り、少女達はあっさりと大の男を無力化してしまった。その際に男の手から離れた拳銃が五十六の足元へ滑ってきた。

 

拳銃を目にした五十六の目が見開かれる。

 

――――スミス&ウェッソン・SW1911のシルバーモデル。

 

アメリカの老舗銃器メーカー、スミス&ウェッソン社がライバルメーカーであるコルト社の名作拳銃であるM1911・ガバメントをコピーした拳銃であり……塵八だった頃に愛用していた銃でもある。

 

足元の拳銃に視線が吸い寄せられて離す事が出来ない。かつての愛銃がすぐ目の前に転がっている。すぐにでも拾い上げたい衝動。だが一旦銃を手に取ればもう戻れなくなるだろうという確信も五十六は抱いていた。

 

――――今ならまだ引き返せるだろう。自らの手を血で染める、硝煙と暴力まみれの世界に再び踏み込まなくて済む。諜報組織から送り込まれた少女達に任せればいい――――――

 

 

 

 

 

 

 

――――本当に?

 

 

 

 

 

 

「(それで、良いわけが無い)」

 

 

――――結局俺は、何処まで行っても銃と暴力と陰謀からは逃れられる事が出来ないらしい。

 

――――だからといって自らの手を汚す事を恐れて逃げ続け、その責務を少女達に押し付けてしまっては五十六自身が自分を許せなくなってしまう。

 

そう理解させられた五十六は、苦々しさを秘めた決心の表情を浮かべながら、足元に転がってきた銃へと手を伸ばした。

 

人を殺す為だけの機能を追及した果てに宿した一種の美しさすら漂う拳銃をしっかりとその手で握り締める。慣れ親しんだ金属の重み。鋼の質感。無機物の冷たさ。その全てが懐かしい。線香花火が放つ火花のように同じ銃を使った記憶が浮かんでは消えた。

 

一旦マガジンを抜き、マガジン内に45口径の実弾がフル装填されているのを確認してから再びマガジンを叩き込むと次にスライドを引いて薬室内を確認。薬室内にも弾丸は装填済みだった。地面に落ちた時に暴発しなかったのは幸いだった。

 

ちょっとスプリングが硬いな、と完全に銃を仕事道具として扱うガンマンの気持ちで簡単に作動具合を確かめてから安全装置をかける。撃鉄が起きた状態で安全装置をかける事をコック&ロックという。気絶している男のホルスターから予備マガジンも失敬しておく。

 

完璧に手馴れた様子で拳銃の具合を確かめる五十六の姿に涼音もターニャも驚いた様子だ。最初は素人である筈の五十六が銃を持つのを止めさせようと考えていたが、今の手つきはどう見ても銃に長年慣れ親しんだ者のそれだ。

 

 

「どこで扱い方を覚えた?」

 

「説明書を読んだのさ」

 

 

微かに笑みを浮かべて冗談で誤魔化してみたが、どうやら涼音とターニャには通用しなかったらしい。

 

今時の女の子に『コマンドー』は古かったかな?と五十六は反省。

 

 

「とりあえずこの2人はどうする?」

 

「この2人は後から仲間が回収します」

 

 

と言ったのは涼音。五十六は頷いて喫茶店のすぐ裏手の建物である立体駐車場を指差した。

 

 

「駐車場の中を通って別の道から抜け出しましょう。建物の中を突っ切れば他に追っ手がいても誤魔化せるかもしれません」

 

 

もちろん万が一こうなった時――話し合いが拗れて逃走しなくてはならなくなった場合――にも備えてあの喫茶店を選んだのだ。

 

コンクリートと太目の鉄パイプで構築された柵を乗り越えて駐車場内部へ。多種多様な何台もの乗用車が並んでおり、身を低くして車体に隠れつつその間を不規則にジグザクのコースで通り抜けながら出口を目指す。先頭は涼音、真ん中に五十六でターニャはしんがり。

 

人気が無いのと念の為に拳銃は構えっぱなしなのだが、涼音とターニャは五十六の動きにまたも舌を巻いていた。気配や足音を最小限に抑え、周囲を警戒する際も決して2人と同じ方向を見ないで涼音とターニャの死角をきっちりとカバーしている。クリアリングの技量も見事なものだ。

 

2人は五十六が諜報機関の監視対象になった理由の一片を垣間見た気がした――――やはり彼も只者ではない。

 

不意に猛烈なエンジンの咆哮とタイヤが地面に擦れる甲高い音が駐車場内で盛大に響き渡った。車両用通路に装甲車みたいな車、トヨタのランドクルーザーが姿を現す。ランドクルーザーの開いた窓から突き出ているのは銃口――――!

 

 

「隠れて!」

 

 

銃口が一斉に火を噴く。五十六、涼音、ターニャは近くに停めてあったセダンに身を潜める。

 

五十六は自然と車体前部のエンジンブロック部分にしゃがみ込んでいた。ここならば大概の銃弾はエンジンに阻まれて届かない。放たれた弾丸の一部はドアを貫通し、何発も五十六のすぐ傍を通り抜けていった。

 

銃弾が外装に穴を空け、銃弾に窓ガラスが粉砕され、銃弾でタイヤが破裂する。そんな中五十六は銃弾を雨あられと浴びる事への恐怖心だけでなく、ある種の懐かしさや安心感すら抱いていた。銃弾の嵐に晒されるなどもう何年ぶりなのだろう?

 

ランドクルーザーは横滑りして車両用通路を遮る形で停車。五十六達が隠れる車を蜂の巣にした銃――――H&K・MP7を構えた男が4人、車から降りてくる。もちろんその間も銃撃は途切れない。火力差が違い過ぎて涼音とターニャは反撃に移れない。このままでは車諸共彼女達も穴だらけになる運命が待ち受けている。

 

そうはさせまいと、代わりに動いたのは五十六だった。出来る限り身体を晒す面積を減らす為にコンクリートの地面に寝そべり、車体の陰から目と銃口だけを出してSW1911を構える。

 

 

 

 

 

 

――――これでもう戻れなくなる。

 

――――だけど後悔なんてしない。

 

 

 

 

 

 

引き金を優しく絞る。

 

手の中で拳銃が跳ねた。その瞬間、五十六の中で最後のピースが嵌った。

 

駐車場内に耳が痛くなるほどの大音量で反響した銃声が五十六にこう告げている――――お帰りなさい暴力の世界へ。我々は小暮塵八改め飯田五十六の帰還を歓迎いたします。

 

放たれた弾丸は男達の1人、その胸部のど真ん中に命中した。最初から頭部ではなく的が大きい胴体を狙ったのは銃を撃つ感覚を思い出す為。飯田五十六になってこの方実銃に触れた事すらなかったが(当たり前である)、記憶の中より少々反動がきつく感じた以外は問題ない。

 

男が倒れる。出血が見られない辺り敵は防弾装備を着用しているようだが、45口径弾を食らった衝撃で撃たれた男は気絶していた。防弾装備越しでも着弾の衝撃で骨が折れたり内臓が損傷するのは珍しくは無い。予想外の反撃にほんの一瞬だけ残りの男達の動きが止まった。

 

 

「いただき!」

 

 

五十六、更に発砲。再び狙いは胴体、今度は2発速射。同じ部分に2発連続で撃ち込む事をダブルタップと呼ぶ。続けざまの着弾の衝撃によってもう1人の男も見えないハンマーでブン殴られたかのようにもんどりうって崩れ落ちた。慌てて乗って来たランドクルーザーの陰に隠れる2人。

 

牽制も兼ねて五十六はランドクルーザーのドアに1発撃ち込んでみた。あわよくば反対側に貫通しやしないかと期待していたが、案の定ランドクルーザーは防弾処理が施されていた。男達も車体の陰にしゃがみ込みながらMP7で反撃してくる。MP7は4.6mmという小口径ながら貫通力の高い弾薬を使用しているので、威力の面についてもかなり分が悪い。ガソリンタンクに当たって引火しなければ良いが……

 

五十六達に対し横っ腹を向ける形で停車しているランドクルーザーのすぐ傍にはコンクリート製の太い支柱が。その根元に赤い表示板と緊急時用の消火器が設置されている。

 

銃の癖は大体掴んだ。やってみるか、と決心した五十六は銃口の向きを僅かに動かす。狙うは消火器、その上部のバルブ部分。単にボンベ部分だけ狙うと弾が弾かれる可能性が高い。映画などと違って消火器などのタンク部分はかなり頑丈なのだ。

 

狙い通りバルブに命中すると、中身の消火剤が間欠泉宜しく真上に噴き出してランドクルーザー周辺が白い煙に包まれた。だが消火剤が噴き出す方向上、地面に近い程煙は薄い。

 

大型車の高い車高が仇となり、消火器の破裂に動揺した男達の足がしっかりと車体の下から覗いた。五十六はまさにその瞬間を狙っていたのだ。マガジン内に残っている弾全てを地面と車体の隙間へ送り込む。

 

 

「がっ!?」

 

 

大口径弾に足首を砕かれた男の苦痛の声が2人分、五十六の耳にもしっかりと届いた。

 

SW1911が弾切れになったので身体を起こし、エンジン部分に身を隠し直す。たったそれだけの挙動の間にも五十六の手は勝手に動き、空になったマガジンを銃から振り捨てて学生服のポケットに押し込んでおいた予備マガジンを取り出し銃に装填、後退したままのスライドを固定しているスライドストップを親指で押し下げて再び薬室に弾丸を送り込むという一連の作業を手元を全く見ないまま3秒足らずでこなしてしまう。今や五十六の思考と肉体は完全に銃撃戦モードに切り替わっていた。

 

強い視線を2つ間近で感じ、ハッとなってそちらの方を向くと、涼音とターニャが穴が開いてしまいそうな程まじまじと五十六を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………五十六って、本当に何者なんですか?」

 

 

――――ある意味テレポーテーション能力よりも突飛過ぎて、本当の事言っても信じてくれないと思うよ。

 

直接口に出さず、心中だけで五十六はそう返した。

 

 

 

 

 




塵八と言えばやっぱりあの銃でしょう。
勿論『アレ』も登場させる予定です。


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