疾走する若い元殺し屋の秘密と青春   作:ゼミル

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第4章:公園クロスファイヤー

 

「……つまりアメリカもロシアも中国も、『フロンティア』っていう量子コンピュータが『飯田五十六が世界の危機に関わる』という予言をしたからこそ君達を送り込みもしたし、『WATF』って武器商人が集まって作った秘密結社まで俺の命を狙うようになったって事なのか?」

 

 

立体駐車場での銃撃戦を切り抜けた五十六達は今、人気の無い小さな公園に逃げ込んで救援の到着を待っていた。

 

中型テントほどある亀を模したドーム型遊具の中に潜みつつ情報交換……正確には涼音やターニャ達各国の諜報機関が五十六の元に送り込まれ、尚且つ謎の武装勢力まで出現した理由についての告白を五十六が一方的に聞かされる流れとなった。

 

 

 

-―――曰く、涼音の正体はCIAの工作担当職員(ケース・オフィサー)、ターニャはSVRの非合法工作員である。イーチンも実は中国の工作員、との事。

 

――――曰く、アメリカで開発された高度な未来予測すら実現してしまう新世代スパコンこと量子コンピュータ『フロンティア』が突如『飯田五十六は世界の危機――それこそ世界崩壊クラスの規模――に関わる』と予言した事(結果その真偽を確かめるべく涼音達が五十六の下へ送り込まれてくる羽目になった)。

 

――――曰く、喫茶店や駐車場で襲い掛かってきた武装集団の正体は悪質な武器商人の非合法結社である世界兵器通商連合……通称『WATF』の傭兵の可能性が高く、『五十六が最強の兵器であれば自分達がお払い箱になってしまうのでそれを防ぐ為』に命を狙ったのだろう、という推測。

 

 

 

 

「大雑把に纏めればそうなりますね」

 

 

肯定の頷きを行う涼音の気配はどこか憔悴した様子だ。彼女から漂う雰囲気の正体は……罪悪感?

 

世界の危機を防ぐ為の任務とはいえ五十六を騙して近づいてきたのを彼女なりに気に病んでいるのかもしれない。もちろん多分に希望的観測が混じっているが、今の彼女の様子や態度が演技ではないと五十六は判断する。これでも人を見る目は殺し屋家業を続けていた間に養われたつもりだ。

 

ターニャはというと涼音とは対照的にこれまでと変わらないクールな雰囲気を保ったままだ。涼音と違って『任務は任務』と割り切るタイプなのだろう。まぁ彼女らしいっちゃらしいけど、と特に腹は立たない。

 

素性を偽っていた事を責めなじったりする代わりに五十六は確認を取る。

 

 

「その、『フロンティア』が予言したから涼音さん達が派遣されてきたのは理解できたけど、俺の秘密の正体ついての予測は知らないのかな?」

 

「はい、一応予言が出てから日本支局が五十六や五十六周辺の関係者の身元調査を行いましたが結局分からないままで……何で『フロンティア』が五十六の事をそう予言したのかについての理由付け自体不明なままなんです。『フロンティア』の計算自体も高度過ぎて、与えられる結果以外何も分からないというのが現状です」

 

 

つまり五十六の力の正体がテレポーテーション能力である事、それを証明する為の分析や証拠そのものは存在していないが、世界を揺るがしかねない何らかの力を持っている点だけは判明している――――という事か。

 

能力の存在に気づいてからの10年近く、周囲にばれない様警戒してきたのにこのような形で不完全ながらもよりにもよって世界中の諜報機関に知られてしまった事に腹を立てるべきなのか。確固たる証拠をまだ掴まれていない部分に安堵すべきなのか。

 

はたまた日本観を勘違いしまくりで過激なアプローチばかりしてくる涼音だの、涼音よりはまだマシだがやっぱりこっちもお色気攻めばっかりなターニャだの、完璧にドジッ娘で明らかに工作員として向いていないイーチンだの、意外と重要な任務なのにもうちょっとまともな人員を送ったらどうだCIAにSVRに中国さんよ、と突っ込みを入れるべきなのか――――五十六の心中は複雑だ。特に最後。

 

 

「あの、五十六は怒っていないんですか?」

 

 

不安そうな声で涼音が聞いてきた。大海原の様な碧眼が、まるで悪い事をして親に怒られるのを恐れる幼い子供みたいに揺らいでいる。

 

 

「私達は、ずっと五十六達の事を騙していたのに……」

 

「うーん、言われる程あんまり腹は立ってませんね」

 

 

と頬を人差し指で掻きながら五十六。

 

五十六が思った以上に素直に話してくれたお陰で彼女達の立場も事情もよく理解出来た。彼女達は五十六の家族や友人達に危険な真似は行っていないし(少なくとも五十六の目が届く範囲では)、彼自身『小暮塵八』だった時は身分を隠して高校に通ったり、涼音達と同じようないわゆる『潜入任務』も行った経験だってある。お互い様なのだから偉そうな口は叩けないと考えていた。

 

――――そもそも最初から怪しいと思ってたからショックも少ないし、ある意味彼女達は俺の護衛みたいな役割もしてた訳だもんなぁ。

 

 

「そりゃあ、初対面なのにいきなりあそこまで分かり易い色仕掛けで攻められたりしたのには戸惑いはしましたよ。でも、任務だったんなら仕方ないとは思いますし……家族や友達に危害を加えるつもりだったらまた話は別ですけど」

 

「What‘s(そんな)!?そんな事する訳ないじゃないですか!むしろ五十六のご家族やクラスの皆とは出来る限り仲良くなれたら好都合とは少しは思ってましたけど、危害を加えるつもりなんてこれっぽっちも!」

 

 

オーバー過ぎる位の涼音の反応。声に含まれている感情が余りに必死さを帯びているものだから、五十六の口元に苦笑すら浮かんでしまう。

 

――――演技は出来ても純粋で悪意の篭った嘘は吐けないタイプみたいだ。ある意味、イーチンとは別の意味で工作員に向いてないんじゃないだろうか?

 

 

「まぁとにかく、俺はあんまり気にしてませんから、涼音さんがそこまで自分を責めたり気に病む必要はありませんよ」

 

「五十六……」

 

 

涼音の声に熱が宿り、瞳が悲しみとはまた別の感情によって潤いを帯びた。心なしか彼女の頬が赤い。

 

 

「妙な雰囲気な所に割り込んで申し訳ないが――――」

 

 

と、そこにターニャも話しかけてきた。五十六の心の奥底まで覗き込もうとしているような探る目が、五十六を捉えて離さない。

 

 

「こちらの質問にも答えてもらおうか――――イソロク・イイダ。お前は一体何者なのだ?」

 

 

嘘は許さない。ターニャの瞳が口ほどにそう言っている。何故あそこまで銃の扱いに長けている上実戦慣れもしているのか、彼女はそう聞いているのだ。

 

涼音も先程までの熱に浮かれた表情とは打って変わって、同じ思いを乗せた視線を碧眼から放ってくる。

 

 

「それは……」

 

 

五十六は歯噛みする――――どうする?バラしてしまうか、それとも今はまだ誤魔化すか?

 

悩んでいると、不意に異様な音が3人の元に届いた。「キュラキュラキュラ」と、まるで戦車か重機特有の無限軌道ことキャタピラの走行音のような……

 

話を逸らすきっかけが向こうからやって来た事にちょっとだけ感謝しつつ、こんな考えも脳裏を過ぎって五十六の背中に冷たい汗が浮かぶ。

 

 

 

 

――――まさか豊平重工やS小隊の時みたいに戦車まで引っ張って来たんじゃねーだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十六の不吉な予想は、実際には当たらずとも遠からずだった。

 

公園に侵入してきたのはグラディエーターと呼ばれる遠隔操作型の無人戦闘車両だ。軽自動車よりも1回り小さいサイズだが、角ばった装甲に覆われた外観は威圧感たっぷりだ。武装は車体上部の旋回式ターレットに固定された2丁の7.62mm機関銃と煙幕弾発射機。

 

機関銃が発射され始めると、公園に設置された遊具が次々と粉砕されていく。本物の戦車や装甲車並みに高火力の重火器は積んでいなくても、その火力は拳銃しか持っていない五十六達を遥かに凌ぐ。

 

3人が隠れていたカメ型遊具にも弾幕が襲い掛かった。薄いアルミホイルを千枚通しで突き刺すぐらい易々と弾丸が遊具を貫通し、五十六のすぐ傍を弾丸が通過していく。鼻先で弾丸が弾けてビリビリと痺れる。

 

 

「くっ!」

 

 

ターニャと涼音が反撃――――効果無し。全弾命中はしたもののグラディエーターの装甲にあっけなく弾かれ、表面を僅かに傷つけたのみだ。映画『リーサル・ウェポン』の3作目の終盤、迫り来るブルドーザーに主人公の片割れがベレッタを連射してもブレードに阻まれて全く通用しない場面と被る。

 

……いや、相手が銃撃してくるのを踏まえれば4作目の序盤に登場した全身防護服に身を包んだ異常者の方が近いかも。全く役に立たない遮蔽物に隠れながら、手持ちの武器が全く通用しない事に顔を蒼褪めさせている涼音とターニャを横目にしていた五十六は何故か映画の一場面を思い出してしまった。

 

まあ2人の反応も仕方ない。むしろこれが当たり前の反応だ。どこぞの豊平重工のお嬢様やカランビット使いの殺し屋みたいに嬉々として殺し合いをこなす(そして傷1つ負う事無く相手を皆殺しにする)人間の方がイカレているのだ。

 

 

「(とはいえどうすればこの状況を切り抜けられる?)」

 

 

一目見ただけでグラディエーターの装甲が拳銃程度でどうにか出来ないレベルなのは明白だ。撃破する為には少なくとも対戦車ライフルかグレネードランチャークラスの火力が必要と予想。五十六のSW1911はもちろん論外。車両自体は破壊不可能に決まっている。

 

――――なら搭載している武器はどうだ?今グラディエーターが発砲している機関銃は戦車や装甲車の同軸機銃のように装甲に守られた砲塔から銃口だけ突き出ているのではなく、ターレットに固定されているが銃本体は完全に剥き出しの状態。銃だけならば拳銃でも破壊は可能だ。

 

 

「もう1度撃ってアレの注意を引いてもらえませんか!」

 

「破壊しようにも無理だ!小型で隠密性を重視した我々の銃では歯が立たないぞ!」

 

「分かってますって!とにかくお願いします、俺が何とかしますから!」

 

「……っ!その言葉を信じるぞ同志五十六!」

 

「でしたら私に合わせて下さい!……1、2、3、今です!!」

 

 

リロードを終えた涼音とターニャが再び撃つ。ターレットと連動した赤外線カメラが2人を捉え、機関銃がまた火を噴く。弾幕が集中してきた事により、涼音とターニャはすぐさま遊具の中で伏せなくてはならなくなった。

 

遅れて今度は五十六も反撃の弾丸を放った。遊具に設けられた子供が出入りする為の穴から身を覗かせ、両手で握り締めたSW1911が吠える。テンポよく連射、全ての弾丸が五十六の狙い通り機関銃へと吸い込まれていった。機関部に命中し、破片が飛び散り、鳴り響き続けていた銃声が呆気なく沈黙する。

 

――――予想外の援護射撃が飛来したのはその時だ。

 

突然、武装を失った直後のグラディエーターの側面に大穴が生じた。遅れて響く凄まじい銃声――――銃声の質と弾丸の威力から最低でも50口径クラスの対物ライフル。着弾と銃声のズレに響き方の様相からしてここから狙撃地点までの距離は1000m前後といった所か。

 

狙撃は五十六(塵八)の得意とする分野だったのですぐさまそれだけの分析結果を弾き出す事が出来た。問題は……誰が撃った?

 

まず思い浮かんだのは学校のホームルームで五十六のカバンに写真入り封筒を仕込んだ存在――――クラスメイトの中の誰か。

 

第2弾が飛来。見事にグラディエーターのど真ん中に命中し、無人先頭車両は炎に包まれて横転。2度と動かなくなった。連射速度からして使われている対物ライフルはセミオートではなく単発式のボルトアクションタイプだろう。

 

 

「………」

 

 

五十六は顔を上げると、グラディエーターを破壊した弾丸が飛来した角度と方角から大まかな狙撃位置を弾き出してその方向へと視線を向けた。声に出さず口だけで「ありがとう」と礼を言う。

 

何者なのかは知らないままだが、謎の狙撃者が撃ったのはグラディエーターのみであり、五十六達が隠れていたカメ型遊具も十分射界に収まっていたにもかかわらず五十六に対する狙撃は飛んでこない。対物ライフルならば遊具などグラディエーターの機関銃以上に五十六達を易々と貫けたに違いない。

 

五十六達に対して狙撃が行われないという事は、向こうもまた五十六の身を守るのが目的に違いない――――五十六はそう判断したのである。

 

 

 

 

 

 

「――――えっ?」

 

 

五十六の幼馴染でクラス委員長……そして日本の諜報機関である公安調査庁の幹部を母に持つ四天王寺花蓮は、五十六達が居る公園から1km近く離れた雑居ビルの屋上で思わず驚きの声を漏らした。

 

-―――今、五十六君と目が合った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の援護射撃によって辛くも蜂の巣にならずに済んだ五十六達。

 

グラディエーターが撃破された丁度直後、ようやく救援が駆けつけてくれた。CIAの支援車両が迎えに来てくれたのだ。日本支局の局員が運転するSUVにいそいそと乗り込む3人。

 

CIA日本史局員である男女はコンパクトなアサルトライフルで武装している他にも車の後部座席に銃器を収めたケースも持ってきてくれていたので、車内で武装を整える事にする。

 

 

「アサルトライフルと軽機関銃、念の為に狙撃用ライフルも持ってきておきました」

 

「私にもよこせ」

 

「すいません、一応俺にも貸してもらえませんか」

 

 

言いつつ五十六は自分から動いて銃器ケースを確保しておく。その姿を涼音は呆れ半分驚き半分の目で見つめた。

 

 

「……よそ(SVR)の子の癖に図々しい……それに五十六まで……」

 

 

涼音の武器はブルパップ式のアサルトライフル――――FN・F2000。

 

ターニャは軽機関銃――――イスラエルはIMI・ネゲフ。

 

そして五十六の銃器ケースに収められていたのは――――

 

 

「………ははっ」

 

「五十六?」

 

 

――――その銃の名はSOPMOD-M14。『WATF』の傭兵から奪ったSW1911同様、『小暮塵八』がかつて愛用し続けてきた物と全く同じ狙撃用ライフル。使用弾薬は7.62mm×51mm・NATO弾。

 

思わず笑いが漏れてしまった。余りに可笑し過ぎて――――泣きたくなってくる。

 

まったく何という皮肉だろう?今度こそ暴力沙汰から離れて人生を全うしたいと願っていたのに勝手に向こうからトラブルが押し寄せてきて、覚悟を決めて再び銃を手に取った途端今度はかつての愛用品が次々と手元に集まってくるなんて!偶然を通り越して運命的ではないか。

 

もし神が存在するならこの激流のような展開に振り回される五十六の姿を見て楽しんでいるに違いない。

 

五十六は固く心に決める――――対面するような事があったら必ずぶん殴ってやる。

 

ケース内には小さな弁当箱を思わせる予備マガジンも収められていたが、通常の7.62mm弾を装填したマガジン以外にも弾頭部分に色が塗られた弾薬を装填したマガジンが存在した。見慣れた存在なのですぐに色分けされた弾薬の正体を見抜く――――撤甲弾だ。ボディアーマーを着込んだ敵や装甲車両に襲撃された場合を想定してCIA局員が持ってきた物である。

 

バレルジャケット(銃身を覆っている部分。フォアグリップやフラッシュライトなどの各種アクセサリーを装備する為のレイルが下部に取り付けてある)の側面には、スティーブン・ハンター作『狩りのとき』で主人公が今の五十六同様CIAの人間からライフルを渡される場面と同様に書き込みが加えられたテープが張られていた。

 

書かれているのは英語で『100ヤードでゼロイン済み』。やはり作中のライフル同様、この銃もまたどこかの工作員の手に渡ってから彼(もしくは彼女)の手によって銃の調整がなされ、その後この銃にふさわしい任務――例えば暗殺とか――で使われたであろう事は間違いない。

 

銃そのものはそれなりに酷使された形跡は残っているがきっちりと手入れも施されている様子なので、SOPMOD-M14に愛着を持つ五十六は何となく嬉しくなってしまう。銃も値打ち物の刀剣同様、人を殺す道具でありながら芸術品でもあるのだから整備を怠ってはいけないのだ。

 

テープに書かれた内容をしっかりと頭に叩き込む。1ヤードは0.9144m。つまり100ヤードは約91mだ。『木暮塵八』が『ハイブリッド』時代に使っていたM14は基本100mでゼロインしていたので、当時の感覚で狙撃を行おうとすれば微妙なズレが生じる事になる。

 

 

「まぁその時はまたその場その場で修正を加えていくしかないか……」

 

 

通常弾を装填したマガジンを手に取り、マガジンが取り付けられていない状態のM14の挿入口へ手慣れた手つきでマガジンを押し込んだ。流水のような滑らかさでコッキングレバーを引いてライフルの薬室へ初弾が送り込まれた。

 

SW1911を扱う時同様、一連の動作に微塵の躊躇いも存在しない。SOPMOD-M14の扱いもまた魂レベルで五十六に刻み込まれているのだ、戸惑う筈も無い。

 

 

「ところでこの車は何処に向かっているんですか?」

 

「1番近くの隠れ家に避難して――――」

 

 

 

 

 

 

 

運転手が言い終えるよりも早く、とてつもない衝撃が車体ごと五十六達に襲い掛かり――――

 

そして世界が反転した。

 

 

 

 




次でドンパチを締めてその次で終了かな?
やっぱり塵八といえばSOPMOD-M14でないと。
ガリル?すまん自分はSARよりも某映画のせいでフルサイズ派なんだ…


感想随時募集中。

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