疾走する若い元殺し屋の秘密と青春   作:ゼミル

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もう少しコンパクトにまとめたいと思ってたのに微妙に長くなってしまう…
次回で一応完結予定。


第5章:世界一運の悪い高校生

 

 

――――五十六達の車両を襲った衝撃の正体は無人攻撃機による対戦車ミサイルの爆撃だった。

 

彼らの乗っていたSUVは横転。道路には大穴が生じており周囲は騒然とした雰囲気に包まれている。つい先程まで頭上を見上げれば、翼下にヘルファイア対戦車ミサイルをぶら下げた2機のMQ-9・リーパーが我が物顔で低空を飛び回っていたものである。

 

対戦車ミサイルに狙われるのは五十六も初めての経験だ(RPGなどのロケット弾に狙われた経験なら多々あるが)。航空機用の大型ミサイルだけあって、ロケット弾よりも大幅に強力なのだと五十六は身を以って味わう羽目になった。何せ余波だけで車両が横転してしまうほどなのだから。ああ頭も耳も痛い。

 

危うく車ごと対戦車ミサイルを積んだ無人機に吹き飛ばされかけた事に気付かされた五十六はこう思ったものだ――――『M:I:3』かよ!イーサン・ハントみたいにライフルのみで高速で飛び回る無人機を撃ち落す自身は流石の五十六も持ち合わせていない。

 

尤も無人機が飛び回っていたのは既に過去の話だ。つい先程五十六の携帯に連絡してきたイーチンが、彼との通信と同時並行して電子的手段を講じて無人機を2機とも墜落に追い込んでくれたのである。

 

恐らく無人機を遠隔操作する為の電波を辿って逆に操縦系統を妨害したのだろう、と五十六は読んでいる。イーチンはやはり涼音やターニャの様な現場で活躍するタイプではなく、ハッキングなど電子的手段による後方支援を得意とした人物なのだろう……あんなドジっ娘なのに。非常に意外だ。

 

失礼な感想も抱きつつもとりあえず命の恩人である事は事実なので礼は言っておく。

 

 

「ありがとう、イーチンさん」

 

『いえいえどういたしまして!』

 

 

新手の存在や他に怪我人が居ないかを確認しに周辺を見回す。車が引っくり返った後、皆が何とかSUVから這い出したタイミングで2発目のヘルファイアが至近距離に撃ち込まれた。

 

結果、怪我人は3名。爆風をモロに食らって重傷ではないもののぐったりとしているCIA日本支局の男女、そして爆撃で倒れた信号機に巻き込まれた涼音だ。局員コンビの方は自力で動ける程度には無事なようなので涼音の救助に向かった。

 

信号機をターニャと協力してどかしてみると、明らかに左足は折れてしまっている。引き締まってすべすべとした右足も、骨折はしていないがそれなりに青痣や裂傷が生じて酷いものだ。自力では動けまい。

 

 

「下手に動かさない方がいいでしょうけど、一応止血だけでもしておきますね」

 

 

ハンカチを取り出すと1番の大きな裂傷に巻きつけた。命に別状はないだろうが、せっかく綺麗な女の子の肌なのに傷が残らなきゃ良いけど。ついそんな事まで考えてしまう五十六。

 

痛みに顔を顰めながらも涼音は感謝を忘れず、「ありがとうございます」と頭を下げる。

 

 

「ごめんなさい、私が足を引っ張ってしまって……」

 

「気にする必要はありませんよ。敵の方が無茶苦茶過ぎるんです」

 

 

『ハイブリッド』のトップヤングガンとして数々の巨大な犯罪組織を向こうに戦ってきた五十六も、ここまで派手なやり方は初めてだった。そりゃビデオ屋の店員や利用客を丸ごと皆殺しにしたり、街中で爆弾テロを行ったり市街地で装甲車を持ち出してきた敵も中には居たが――――いやよくよく考えてみなくても大差無いわ。

 

ふと、『戦闘ヘリ』という単語が頭に引っかかった。敵は車で突っ込んできたのを皮切りに無人戦闘車両や無人攻撃機まで動員してきた。だったらそれこそ戦闘ヘリまで持ち出してきてもおかしくないのではないかと、そう考えてしまったのだ。

 

先程から五十六の背中が強くぞわぞわして、全く落ち着かない。殺意を秘めた銃口を向けられた時とは比べ物にならない強さの悪寒。かつて戦車砲の照準に捉えられた時と同じぐらい、背筋が凍った。

 

無人機が消えた筈の空から、また俄かに航空機のエンジン音が響き始めていた。飛行機というよりは、ヘリコプター特有の巨大なプロペラが空気を叩くそれに近い。どんどん近づいてきている。

 

 

 

 

ローター音の元凶が姿を現す――――やはりヘリコプターだった。

 

完全武装のロシア製戦闘ヘリ。

 

 

 

 

「Ka-50・ブラックシャーク!?あんな代物まで日本に持ち込んでいたのか!」

 

 

驚愕の叫びの主はターニャ――――俺も全く同じ気持ちですよ。思わず五十六も忌々しそうに舌打ちを漏らしてしまう。

 

携帯を繋ぎっぱなしのイーチンに無人機の時と同じように何とか出来ないか尋ねてみたが、向こうもあらかじめ対策を施しており彼女から割り込める余地が無いとの事。携帯を切った五十六は溜息を漏らす。

 

 

「逃げて下さい!」

 

「逃げるんだ!」

 

 

同じ事を涼音とターニャが叫んだが、意味合いは微妙に違う。

 

涼音の「逃げて」は足を負傷して動けない自分を置いて逃げろという意味で、ターニャの「逃げろ」は動けない涼音を置いて逃げろという意味だ。すぐに五十六をこの場から引き剥がそうと彼の肩を掴むが、五十六の身体はびくともしなかった。

 

彼女達の役目は『五十六の監視または護衛』であり、それは自らの身を犠牲にしてでも五十六を守れ、という意味だ。それこそが彼女達の任務なのであり、そう訓練されてきたのだ。

 

――――もちろん五十六の答えは決まっている。

 

 

「嫌です。俺は絶対涼音さんを置いて自分だけ逃げたりはしませんからね。これだけ荒っぽい派手な真似をする連中が相手なら、涼音さんの事もこのまま排除するに決まってます。女の子を見捨てるなんて真似、絶対許しませんよ俺は」

 

「そんな……私は五十六に嘘を吐いてたんですよ?親密になろうとする為に、好意を装って近づいて……」

 

「人間誰だって嘘は吐きますよ。秘密を持たない人間はいませんし、涼音さん達が嘘を吐いていたのも俺を守る為じゃないですか――――これまでのアピールは魂胆が見え見えすぎてドン引きでしたけど」

 

 

唖然となって、しかも瞳に涙すら浮かべて己を見つめてくる涼音とターニャに、五十六はアクション映画によく出てくるどんな時もユーモアを忘れない不屈の主人公を真似る形で苦笑を浮かべつつ、ヒョイと肩を竦めた。

 

 

「これまで涼音さんは俺や俺の家族を守ろうと考えて行動してきてくれたんですからこれでおあいこですよ」

 

「五十六ぅ……!」

 

 

感極まって泣きじゃくり出した涼音の様子に内心焦りながらも、安心させようと「それから……」とこう付け足した。

 

口元をニヤリと吊り上げて堂々と、まるでアーノルド・シュワルツェネッガーかブルース・ウィリスが演じる主人公のような不敵な笑みと共に。

 

 

「仲間は決して見捨てない――――それが俺の流儀です」

 

 

正確には『ハイブリッド』の、と表現した方が正しい。五十六にとってはこれまでもそうだし、これからも変わらない。変えるつもりも無い。

 

例え敵の手に落ちようが、生存の可能性がある限り仲間は決して見捨てない。そのルールのお陰で『木暮塵八』が仲間に命を救われた事があるし、逆に塵八が仲間の救出を行った事もある。

 

五十六の笑顔を見た涼音も、やがて笑った。

 

涙を流したまま、笑った。

 

 

「……まるで五十六は海兵隊員(マリーン)みたいですね」

 

「決意の程は分かったがどうするつもりだ?戦闘ヘリから逃げ切る散弾があるのなら是非聞かせて貰おう」

 

 

冷や水をぶっかけるようなターニャの声が、五十六と涼音の間に広がりかけていた熱の篭った空気を一気に吹き飛ばす。

 

……尤もターニャの目にはまだ涙が浮かんでいて、氷で出来た女神の氷像を連想させる美貌もどことなく朱を帯びていた。

 

戦闘ヘリ――――ブラックシャークは五十六達の斜め上方高度200m、理想の射撃位置にスタンバイしてゆっくりと右胴体側面の機関砲の照準を五十六達に対し合わせようとしている。

 

――――潮時、か。

 

 

「よっこいしょっと」

 

 

おもむろに五十六は屈み込むと、車とアスファルトの破片飛び散る路上に横たわっていた涼音の肢体を無造作に抱き上げた。SOPMOD-M14の持ち方に気を配りながら横抱き、所謂お姫様抱っこの体勢で支える。アサルトライフルの重量も加わっているにもかかわらず予想以上に涼音の体重は軽かった。

 

 

「ターニャは俺の背中に出来る限りしっかりと抱きついて」

 

「何をするつもりだ!?」

 

「ここから離れるんだよ、急いで早く!向こうは今にも撃ってくるぞ!」

 

「――――分かった。五十六を信じよう!」

 

 

軽機関銃を握り締めたまま、ターニャも彼の指示通り五十六の背中に抱きついた。彼の背中に顔を埋める形となり、制服越しに見た目からは信じられない程筋肉の隆起と固さがターニャには伝わって来たし、五十六の方も同年代よりも大分発達した異性特有の柔らかさを感じたりしたが、それらの感触を楽しむつもりも余裕も五十六とターニャは持っていなかった。

 

ブラックシャークが機関砲を発射。凄まじい砲口の連打が市街地中の空気を震わせ、アスファルトが次々と爆発するかのように道路に穴が生じていく。その威力は人間に命中すれば親兄弟でも見分けがつかなくなる位原形を留めなくなる事請け合いだ。

 

掠っただけでも死んでもおかしくない攻撃が自分達の元まで近づいてくるのをしっかりと見据えながらも、五十六の思考は未だ冷静さを保ち続けていた。

 

――――能力を使いこなす為に大事なのは冷静さと集中力の維持。五十六には何より自信がある。そうでもなければ殺し屋稼業で長い間生き残れない。

 

テレポーテーション能力を解放する。転移先は細かく指定していない。とにかく戦闘ヘリの攻撃から逃げられるどこか安全な場所へ。そう念じた。

 

途端に五十六の全身が見えない手に引っ張られる。空気が集まって出来たような見えない壁を突き破る感触。

 

 

 

 

――――次の瞬間、五十六・涼音・ターニャの肉体は数百m離れたホテルの屋上へと文字通り転移していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分達の身に何が起きたのかを把握した涼音とターニャは、ぽかんとした様子でまさに唖然呆然の体を晒していた。

 

余りにも予想外の展開だったので、2人とも口を大きく開けて凍り付いている。流石にこれは仕方ないよなぁ、と五十六も同意。初めてテレポーテーション能力が発動した時は五十六も非常に驚愕したものである。

 

 

「これが……五十六の秘密なんですね」

 

「そういう事になりますかね……」

 

 

2人の少女も一緒に抱えて転移するのは初めての挑戦だったが上手くいったようだ。代わりに自分1人だけで転移した時と比べて疲労感は格段に重いものの、日頃身体を鍛えているお陰かまだ余裕は残っている。

 

ブラックシャークはたった今まで五十六達が居た周辺を旋回して回っている――――アイツを止めないとな。そう五十六は強く思う。

 

戦闘ヘリにまた見つかったりすれば今度こそ仕留めようと機関砲のみならず翼下にぶら下げたロケット弾や対戦車ミサイルもぶっ放すだろうし、そうなれば更にどれだけ大きな被害が出る事やら。これまでだけでも巻き添えを食った一般市民の犠牲が出た様子が見られないのはまさに奇跡的だ。

 

優先順位をつけるならば家族や涼音達身近な人々の命の方が大事だが、だからといって一般市民の頭上を血に飢えた戦闘ヘリが好き勝手に飛び回る状況で黙って放置していられるほど五十六は白状でもない。

 

 

「涼音さんはヘリに見つからないようここに隠れてジッとしておいて下さい。ターニャは動けない彼女の護衛を」

 

「五十六はどうするつもりだ」

 

「俺は、えっと――――あのヘリを何とかしてこようかと」

 

 

無造作にブラックシャークを示す。口調そのものは出来るだけ軽く聞こえるよう心がけたが、声色の奥底からは固い決意が滲み出る。

 

 

「こうなっちゃったのも元はといえば全部俺のせいなんですし、せめて今回の事態のケリは自分の手でつけたいんです……それに、

せっかくこれまで平穏に暮らしてきたこの平和な街を好き勝手にああも暴れてくれてる奴らにいい加減腹も立ってきてますし」

 

 

ふつふつと、五十六の胸の奥底から冷たい怒りが漏れ出そうとしている――――せっかくこの10年殺したり殺されたりする危険に怯える必要もなくのんびり過ごして来たのに、よくも邪魔しやがって!

 

視線と両手は自動的に手の中のライフルの点検を行っていた。M14-SOPMODは無人機からの爆撃を受けても表面上は目立った損傷が及ばずに済んでいたが、スコープなどの精密部品についてはどこまで狂いが生じているか分からない。戦闘ヘリを相手にする前に照準修正を行うべきだろう。

 

 

「そのライフルだけで足りるのか?どうせならこれ(軽機関銃)も持って行け」

 

「いいえ、遠慮しておきます。出来れば身軽な方が良いし、軽機関銃まで持つと射撃姿勢を取るのに支障が出るかもしれないので」

 

「ターニャ!」

 

「……五十六がどこまでやれるのか、見てみたいんだ。お前も気づいているんだろう?ずっと見抜けなかったが五十六は多分かなりの腕利きだぞ。少なくとも私達以上のな」

 

「それについては余り触れないでくれるとありがたいんですけど……」

 

 

この後どう誤魔化そうか、そもそもとっくに手遅れだよなこれ――――自分が返り討ちにあって殺されるという考えは、なるべく五十六の脳裏に思い浮かべまいと心がけている。

 

 

 

 

 

 

 

『飯田五十六』は――『小暮塵八』は――もう死に飽きたのだ。

 

誰かの手にかかっての死は、1度体験すればそれで十分だった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあちょっと行ってきます」

 

 

翼も持たないちっぽけな鼠が鷹に挑むのと同じぐらい本来圧倒的に不利な戦いに挑もうとしている割には余りにも気軽な声だったものだから、気がつくとターニャは五十六の背中にこう問いかけてしまった。

 

 

「怖くないのか」

 

「そりゃ怖いですよ。でも涼音さんやターニャや大切な人達以外だけじゃない、こんな危険とは関係無い普通の人達も守る為には誰かがこうしないと」

 

 

そう、つまりは『小暮塵八』の時にやっていた事とまったく変わらない。

 

世の中には殺さなければならない悪人が確かに存在する。そういう存在は大抵権力にに守られていて、一般市民は自分達が一握りの権力を持った悪人に金や命を搾り取られている事にすら気づいていない。おまけに悪人を裁く為の法は機能しないどころか、逆に悪人を守る為に捻じ曲げられる事も珍しくないのが現実だ。

 

そんな不条理な世界で1番効果的、かつ確実な解決策は悪人を殺す事。

 

金を貰って悪人を殺す事こそ『小暮塵八』の役目。人を殺す事は紛れも無い罪だが、その罪を誰かがしなければ本当の悪人は増えるばかりだ。誰かがやらなければならない事を『小暮塵八』はずっと続けてきた。

 

そしてこれからも、自分以外にやる者が居ないというのならば。

 

 

「誰かがやらなきゃいけない――――だからこそ俺がやるんです」

 

 

一気に屋上の端目掛けて走り出す。大きくジャンプして鉄柵に踏み出した足を乗せてから一際高く跳躍すると、今や五十六の足元に存在するのは高さ数十mの虚空のみだ。

 

重力に惹かれて落下し始めた直後に五十六の姿が掻き消える。彼は行ってしまったのだ。たった1丁のライフルだけを手に完全武装の戦闘ヘリを倒しに。

 

 

 

 

――――キャスリン・涼音・アマミヤが任務も国益も組織も母親も関係無しに飯田五十六の事を好きになってしまったのは、まさにこの瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決意の言葉を残して転移した五十六だったが、そのまますぐにブラックシャークへと戦いを挑んだ訳ではなかった。

 

銃に不具合が無いか、照準が狂っていないかを確かめる為にホテルから更に離れたビルの屋上に瞬間移動する。

 

 

「何か良い的はっと」

 

 

周囲を見回すと丁度100m前後離れた別のビルの屋上に巨大な看板が在ったので遠慮無く活用させてもらう事にする。素早く伏せるとバレルジャケット下部に取り付けられたバイポッドを展開しその場に銃を据える。伸縮式ストックを伸ばして構える際にしっくり来る長さを調節すると狙撃教本のお手本のような伏射の射撃姿勢を取った。

 

セレクターはセミオート、ゆっくりとしたテンポで3発発砲。懐かしき7.62mm弾の強烈な反動。100m先に新たに生じた3つの穴は五十六の予想より纏まっていた。照準修正を終える。

 

さあここからが本番だ。ライフルから通常弾が収まったマガジンを抜き、レバーを引いて薬室の中も空にすると、制服のポケットから新たなマガジン……徹甲弾入りマガジンを押し込み、薬室に送り込む。

 

対空砲火が直撃しても敵地から離脱できるまでの飛行を維持できるように戦闘ヘリの装甲はかなり頑丈に施されているから、7.62mmでも通常弾では歯が立たないだろう。徹甲弾ならばまだ何とか通用する筈だ。徹甲弾を持ってきてくれた局員に感謝しなくては。

 

 

「狙うならやっぱパイロットだよな」

 

 

操縦している人間を射殺すれば、操り手の居ない戦闘ヘリは単なる巨大な鋼鉄の塊に過ぎない。出来る事ならば、墜落時は人の居ない公園や駐車場に墜ちて欲しい所だ。

 

確実に当てる為、より標的の面積が大きくなる機体正面からの狙撃を決意する。もちろんパイロットからも五十六の姿は丸見えになるので、狙撃ポジションに転移次第すぐに射撃姿勢を取って標的を捉えて撃たなければならない。一連の流れをどれだけ素早く滑らかに、そして確実にこなせるかが重要だ。

 

――――昔から何度もやってきた動作だ。俺なら大丈夫、と自分に言い聞かせる五十六。

 

ブラックシャークが大きく弧を描いて旋回し始めた。旋回の終わり際、機体を水平飛行に戻す瞬間はコクピットの狙撃にもっとも最適なタイミングだろう。

 

 

「……よし!」

 

 

決意と共に五十六は瞬間移動を行った。イメージした目的地は旋回を終えた戦闘ヘリが通過するであろう軌道、その直線状に存在する建物の中でも最も高い雑居ビルの給水塔のてっぺんだ。

 

転移を終えた五十六はその場でしゃがみこみ、膝を突いた状態での射撃姿勢いわゆる膝射の姿勢を取る。立てた左膝の上に銃身を持つ左腕を乗せて支える。

 

タイミングはまさにドンピシャ、スコープの十字線のど真ん中にパイロットの姿を捉えた。飛行を続けるブラックシャークの動きを先読みして進行方向に弾丸を『置く』イメージで修正を加え――――ついに発砲した。

 

当たった、と五十六は確信。

 

――――五十六にとって想定外だったのはブラックシャークの防弾ガラスが予想以上に頑丈だった事である。

 

放たれた弾丸はコクピットを覆う防弾ガラスの正面部分へ正確に直撃した。徹甲弾はガラスの奥深くまで食い込み、放射状の大きなヒビによって浅い漏斗型の窪みを生じさせ……だが貫通しなかった。

 

ブラックシャークの防弾ガラスの厚みは55mm。ハンヴィーの防弾ガラスと同じぐらいなら何とか貫通出来ると踏んでいた五十六だったが、大口径の対空機銃にも耐えられる設計された戦闘ヘリだけあって7.62mmの徹甲弾をもギリギリ耐え抜いてみせた。

 

 

「マジかよっ!?」

 

 

予想が外れて泡を食う五十六――――流石ロシア製兵器頑丈なのが取り得なだけある、と思わず賞賛の念すら思い浮かんでしまう。

 

撃たれた方のパイロットは一瞬驚いたのが操縦にも反映されたのか不安定に機体が揺れたものの、五十六の武器では防弾ガラスが抜けないと看破するやすぐに水平飛行に戻るとお返しとばかりに急降下、猛烈な対地攻撃を開始した。一斉に火を噴く機関砲にロケット弾に対戦車ミサイル。五十六のいるビルの屋上めがけまっすぐ飛来する。

 

『瞬間移動を行おう』と意識するよりも先に、前世に経験した幾多の殺し合いを経験してきた魂に支配された肉体が勝手に動いた。立ち上がって給水タンクの裏側へと飛び込む。五十六の姿がタンクの陰へと完全に隠れる間際に能力が発動、直後ブラックシャークの砲火がビルの屋上を蹂躙した。

 

まず着弾したのは機関砲弾であり、打ちっ放しのコンクリートの床へボコボコと弾痕が生じる。貯水タンクへも何発も着弾。その度に大きな缶詰の中に爆竹を仕込んだみたいに爆発し、大量の水が屋上へ撒き散らされた。そこへ高性能爆薬が充填されたロケット弾と対戦車ミサイルが到達し、屋上のみならずすぐ下の階まで丸ごと爆炎に包まれる。屋上ごと吹き飛んだ階は倉庫として使われており、丁度その時は誰も居なかったお陰で一般市民に巻き添えが出なかった事だけは幸いだった。

 

それにしても、と炎に包まれた屋上を見ながら五十六はふと思った。メキシコの時といい自衛隊に『ハイブリッド』本部を襲撃された時といい、何度も戦闘ヘリの攻撃に狙われる高校生なんて俺だけじゃなかろうか?

 

『世界一運の悪い高校生』、というフレーズが頭を通り過ぎる。まるでジョン・マクレーンみたいだ。だったらどんなにボロボロになっても最後はきっちりケリをつける彼のように俺だってあの戦闘ヘリを何とか撃ち落としてやろう……五十六は決心を改めた。

 

先程の狙撃失敗を目の当たりにして向こうは五十六の攻撃が通用しないと調子に乗ったのか、それとも防弾ガラスが耐え切れていなかったら自分の方が殺されていたと思い知らされて頭に血が上ったのか――――戦闘ヘリのパイロットは最初よりも高度を落とした状態でホバリングし、先程から五十六がつい先程狙撃を行ったビルへと執拗に攻撃を続けていた。

 

これまた思わぬ絶好のチャンス――――だが今度は何処を狙う?今五十六が居るのは丁度ホバリングしている戦闘ヘリから見て真横に位置する別のビルの屋上だ。ほんの50mも離れていない距離でブラックシャークが横っ腹を晒している。

 

 

「(キャノピーがダメならセオリー通りローターを潰せば!)」

 

 

この機を逃せばパイロットはそれこそ五十六の狙撃が及ばない高度に上昇するなりして反撃を警戒されてしまう。

 

標的は大きく、距離はとても近い。今必要なのは安定性よりも素早い射撃姿勢だ。仁王立ちになった五十六、SOPMOD-M14のグリップを握る右手の親指がセレクターを今度はフルオートにセット。

 

狙うはブラックシャーク特有の二重反転ローターの付け根。スコープの中の小さな世界に描かれた十字線の中心に高速回転するメインローターの中心部を据えた所で、僅かに呼吸を整える。

 

引き金を絞った。今度は盛大な発砲音が連続して轟き、勢い良く空薬莢が機関部から飛び出す。数発ごとの細かい連射。区切る度に照準を小刻みに修正。徹甲弾が突き刺さる度にスコープを覗きこまなくても分かる程の火花が何度もローターの付け根で瞬く。

 

マガジンの中に残っていた徹甲弾を全て撃ち尽くすのと、ようやく今度はメインローターが銃撃されていると気づいて慌ててパイロットが機体を上昇させたのはほぼ同時で、上昇途中だった戦闘ヘリから突然黒煙がローター周辺から爆発的に噴き出した。一点集中で撃ち込まれた徹甲弾が遂にブラックシャークへ致命的な損傷を与えてみせたのだ。

 

やがて出火も起こり燃料にでも引火したのだろう、本物の爆発も発生してメインローターがどこか遠くへと飛んで行く。

 

その後パイロットはちゃっかり墜落中の機体から戦闘機宜しく射出座席によってベイルアウト。翼と操り手を失ったボロボロのヘリが墜落したのは無人に近い立体駐車場の屋上だった。そして今度は残っていた燃料と武器弾薬類にも火が及んだ事で一際派手な爆発が巻き起こった。一応ヘリを撃ち落した事による一般市民への被害もゼロに抑え切れたようで何よりだった。

 

気分はまさに『ダイ・ハード』の3作目のクライマックスに今の五十六よろしく敵リーダーの乗ったヘリコプターを撃ち落したジョン・マクレーンそのものだ。

 

 

「イピカイエ、クソッタレ」

 

 

思わず、カッコを付けてあの決め台詞。

 

新しいマガジン――今度は通常弾――と交換してからもう1度五十六は瞬間移動を発動させ、その場から文字通り消失した。

 

 

 

 

 

 

――――まだもう1つだけ、確かめなければならない事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想随時募集中です。
…自分は閲覧数や評価よりも感想数で判断するタイプなもので。
でも改善しなきゃダメだよなぁやっぱり…orz

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