超能力を持った竜堂四兄弟。
祖父の学院を乗っ取ろうとする叔父とその背後にいる黒い影。
悪徳代議士や暴力団、果ては総理大臣ですら意の侭に出来る怪老・船津御前。
その老人は、かつて祖父の友だった。




そんな老人の邂逅を果たした翌日、竜堂の家には来客があった。
遥か九州の地に居を構える従兄が。


名を『竜堂 翼』


彼もまた、竜の血族であった。


※この小説は「らいとすたっふルール2004」に従って作成されています。

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久し振りに創竜伝を読んだので、大体一週間くらいで書いてみました。
続くかどうかは未定です。


――全ては、ここから始まった

 竜堂始は、幼い頃に両親を亡くし、弟三人と共に祖父に育てられた。

 親戚は祖父の娘である冴子と鳥羽靖一郎、そしてその娘である茉理がおり、特に従妹の茉理には五歳年上の自分ですら頭が上がらないのだ。特に料理に関しては完全に任せっきりだった。

 だが、頭が上がらない人間は他にもいたのである。

 遠い九州に。

 

 

 

 Ⅰ

 

 

 『船津御前』という日本を裏で牛耳る怪老に四兄弟が出会った翌日。

 始たちが暮らす家に茉理以外の来訪者が現れた。

 それは招かれざる客(主に叔父)ではなく、遠い九州からきた従兄。

 インターホンが鳴らされ、出迎えた次兄の続がきょとんとした顔で問いかけた。

「どうしたんですか? 翼兄さん」

 長身である続であっても見上げる巨体のそれ。

 従兄の翼だった。

 竜堂翼。

 当年とって二十七歳。

 竜堂家の家長であり、年長者でもある始よりも四歳年上である。

 祖父の薫陶を受けた始たちの父の兄である伯父が、遠方の九州にある私立学園の理事に名を連ねていたこともあり、年に数回しか逢わない従兄が立っていたのだ。両親の死後、理事を受け継いではいるものの名ばかり理事という点では始と同じ立場だったりする。違う点は翼はまだ理事で、始は理事を辞めさせられたという点のみだ。

 続としてもこれには驚いた。続が前に逢ったのは、去年の暮れだった筈だ。確か九州の伯父夫婦の墓参りに行った時から四ヶ月程度しか経っていないのに、今度はこちらにやってきたのである。

 何かあると思うのは当然だろう。

 しかしこの従兄弟たちはまずは世間話に花を咲かせた。

「この前はウチの親の墓参りに来て貰って、すまんな」

「なにを言っているんですか。伯父さんたちには昔からお世話になっていたんですから、寧ろお伺いするのは当然でしょう。……ですが、実は今は大したおもてなしが出来ない状況なんです」

「ああ。そういや、終や余から、始が共和学院の理事と講師を辞めさせられそうって聞いてるぞ」

 だから心配になって来たのだ、と翼は語る。野性味のある筋肉質な大男ではあるものの、この男、そういった気遣いの出来る好漢なのである。

「ええ、そうなんですよ」

 笑顔でそう言いながら、内心では終君、余計なことを……! といった具合に若干青筋を浮かべてもいたが、状況が状況だ。如何に自分たちが束になっても勝てないような翼でも、あの御前の手が伸びないとも限らない。

 まかり間違ってもこの大きい従兄が死ぬような状況にはならないだろうが、それでも普通に暮らしている一般市民が困るような事態になることは火を見るより明らかだ。具体的に言えば、都市が半壊――いや全壊する事態になるだろう。

 そうなっては流石の続としても寝覚めが悪い。

 どうせならこの大怪獣には、元凶に打って出て貰った方が遙かに被害が少ない。

 そんな若干どころかかなり黒いことを考えていると、じっとこちらを見据える従兄の視線に気付く。

「……お前、なに考えてる?」

「……いいえ、別になにも」

 冷や汗が背中を流れるのを続は感じた。

 勘の鋭いこの従兄に、黙って利用しようとした思考が読まれでもしたら、どんな目に遭わされるか。

 兄以外の人間にも敬意を払えと幼い自分に叩き込んだのは目の前のこの男なのだから。だから続はそれ以降両親のいうことも聞くようになった。

 そうしなければヤバいと幼心に思ったからだ。流石に当時から脆い岩盤くらいなら粉砕出来るような腕力の少年に折檻されるのは溜まったものではなかった。

 この人の折檻は、自分が終にするものの何倍もキツいのだ。

 だから即座に続は話題を変えた。

「取り敢えず、立ち話もなんですし、どうぞ上がって下さい」

「……まあいい。上がりはするが――」

 一言。

「そこらでこっちを見張ってた鼠共は何だ? 今度はどこのヤクザと揉めてんだお前ら」

 余りにも怪しかったので、全員叩きのめした翼であった。

「ええ、まあ。その件については始兄さんに聞いて下さい。僕も補足しますが、やはり元凶と話をしたのは始兄さんだけなので」

「元凶、ねえ?」

「どうやらお祖父さんの知り合いのようです。そして出来の悪い三文小説宜しく、その人は日本を牛耳る黒幕だそうですよ」

 その言葉に翼は驚く。

「……え、ギャグじゃなくて、マジで?」

「ええ。マジで、です」

 

 

 

 Ⅱ

 

 

 

 

 家に上がり、続が翼を案内してくると、始たちは驚いた様子で巨漢の従兄を見やった。

「翼さん、どうしたんだ?」

「なんで翼の兄ぃが!?」

「相変わらず大きいねぇ、翼お兄さん」

 リアクションの大小はあれど、全員が驚いた顔でその従兄を見遣る。

「まあ、胸騒ぎがしてな。自由に使える金と時間がある以上、有効に活用しねぇと」

 実は九州の学園だが、土地の持ち主は祖父である竜堂司だったりする。その権利を父、そして子である翼が相続しているのだ。他にも所有する土地の賃貸料だけでも充分に、税金を払っても人一人くらい生きていける金があった。更にちょっとした趣味のアルバイトもしているので、更に金を稼いでいるのだ。竜堂家の男子の例に漏れず大食漢なこの男でも死ぬまでに使いきれない大金を持っているのである。

 さて、そんな金持ちの道楽野郎が勤勉を絵に描いたような始と仲が良いはずがないのだが――実はこの二人、非常に仲が良かった。

 立ち上がって出迎えるレベルの親愛を持っていたりするのだ。叔父の靖一郎との扱いが雲泥の差なのだが、知らぬは本人ばかりだったりする。

 ちなみに余談だが、現・共和学院の学院長である鳥羽靖一郎の学内での生徒からの評判は頗る悪い。なまじっか祖父である司が死ぬまでその思想によって運営されてきた学院なのだ。それと真っ向から対立するような経営方針の男に人気が出るはずもない。

 人気のある竜堂先生と対立し、それどころか追い出して自分の楽園を作ろうと画策しているのは生徒たちからしても簡単に解ったからだ。

 学院の名物教師や教授たちが、次々と辞めさせられている現状にも生徒たちは不満だった。

 その反対に九州にある翼が理事の一人となっている誠習学園の生徒たちは諸手を挙げていたりするのだが。

 解雇された教授たちを積極的に再雇用しているからだ。

 共和学院と同じく、小中高大のエスカレーター制なので良い人材は幾らいても足りないのが現状である。

「よお、始。なんかお前、理事どころか教師も辞めさせられそうって聞いたぞ。なんならウチの学校に来るか?」

 実際、翼の方にも共和学院から移ってきた教授たちから、始をこっちにヘッドハンティングしないのか、と言われることもあった。

 翼個人としても、学園の経営に携わる理事としても、年若い名物先生を仕入れるのは利になる。

「そんな、翼さんに迷惑をかけるのは――」

「いいっていいって。兄貴分としては年下の面倒を見るのは寧ろ当然だ」

 さて、そんなことを聞けば調子に乗る馬鹿が一人。

「だったらこの哀れな俺にも幾らかの援助を――」

 しかしそれは次兄の拳骨によって遮られる。

「お馬鹿なことを言うんじゃありません。それに僕たちがどれくらい翼兄さんや伯父さんたちにお世話になってきたか、まさか忘れたとは言いませんよね」

 絶対零度もかくやと言わんばかりの冷笑を向けられて、終は言葉を引っ込める。

 代わりに今度は四男の余が、

「でも翼お兄さん、今うちじゃあおもてなしが出来ないよ」

 そして現在、この大食兄弟の財政を支えているのは、従姉である茉理十八歳からの一千万円と、通帳から全額引き落とした金で賄われているのだ。勿論既に一千万に多少の色を付けて返却し、その残りで家計は運営されていたりする。

「……」

 流石にその現状には絶句する翼。まさかこの従弟共がそんなレベルで困窮しようとしていたとは。

「翼さん、寧ろこの状況だと、そっちの預金も封鎖されるかもしれない。全額引き落とせないにしても、出来る限り引き落としておくのがいいと思う」

「……そこまでか」

 全員が真剣な様子だったので流石の翼でも、若干の引いてしまう。

「随分と権力を好き勝手に出来る爺様らしいな。……詳しく話せ」

 その瞬間――始は見た。

 自分とテーブルを挟んで向かい側に座った翼の眼が、瞳孔が縦に細くなったのだ。変化は一瞬だったが、しかし変わった。

 ――やはり、この人もまた竜堂の血筋。自分たちと同じように『何か』を持っているのだろう。

 それから四人は夜遅くまでこれまで起きた事件のあらましを従兄に語った。

 

 

 

 

 Ⅲ

 

 

 

 

 

 突然九州在住の翼が始たちの家にやって来て二週間が経った。

 なんだかんだで久し振りに逢う翼と四兄弟は色々な話をし、そして今年の厄落としも兼ねてキャンプに繰り出すことにしたのである。その間、色々とちょっかいを掛けてきた船津老人の手の者たちが何人か死んでいたが、所詮自業自得である。そいつらのせいでどれだけの人間が泣いたのかを考えれば因果応報と言ったところだろう。

 しかし、こればかりは予想外だった。

 キャンプからの帰り道、新聞を何気なく見た続が年長者二人にそれを見せた。

「……成程、この手できたか」

「容赦ねぇな、その船津ってジジイ」

 二人が苦々しい顔で新聞を眺めていると、気になった年下二人も近寄ってくる。

 その二人に翼が新聞を見せた。

 そこには、叔父夫婦と茉理を始たちが殺害したとあった。

 大々的な見出しに書かれてある文字を口に出し、終は、

「……そっかー。十五の若い身空で犯罪者かぁ」

「僕なんか、十三歳でだよ」

 少年BとCと書かれた二人は、どこかお気楽な様子で遠くを眺めていた。終に至ってはどこか嬉し気だ。

「さて、年少組がああなってますけど、どうします?」

 続の言に年長二人は顔を見合わせ、

「そりゃあ助けるさ。特に茉理ちゃんには恩がありすぎる」

「弟分の将来の嫁とその両親だしなぁ。鳥羽の叔父御殿はともかく、冴子叔母さんや茉理の嬢ちゃんは被害者だ」

「別にそういうんじゃないですよ」

 始たちからの話で、船津御前とやらに組していた靖一郎への翼の好感度は最早ゼロだった。続に至っては既にマイナスだが。

 学院の経営者からすれば、日本のフィクサーである船津翁とのパイプは確かに有力だろう。……その本性に気がつかないのであれば。そう考えれば、今回の一件は全て叔父の危機管理能力の無さが招いた結果だとも言えた。

 悪名高い代議士の手を借りて学院を支配しようとして、更に禄でもない怪老に捕まった。要約すればそれだけなのだ。

 だが彼はそれに気付かない。

 全てを始たちのせいにした。そうしなければ心の均衡を保てなくなったのだろう。

 悪事に手を染めなければ、正攻法で学院を思うように発展させられただろうに、近道をして楽をしようとするから始たちから総スカンを食らうのだ。

 卑小な人間だと実の娘である茉理からも思われている靖一郎だが、しかしある意味では人間らしいとも言えた。

 良くも悪くもこの靖一郎は凡人だ。だから近くの傑物に影響されてしまう。しかも影響されたのが、司と船津御前という大物二人というのだから笑えない。そのせいで靖一郎は、リトマス試験紙のように色を変えなければならなかった。

 だからこそ、そんな靖一郎を始は憎めない。

 だからこそ、そんな靖一郎を続は嫌悪する。

 上の兄弟はなまじっか司の元で教育に燃えていた靖一郎を知っているせいで、その転身振りに思うところがあった。

 しかしそれでも叔父は叔父。

 茉理を助けるのは至上命題だとしても、ついでに助けない理由にはならないのだ。

「だったら盛大に恩を売ってやれ。親族云々で話がこじれるなら、金でも支払わせろ。ああいった手合いは縁や恩で縛ってもするりと抜けるが、金で縛れば絶対に裏切らないからな」

 翼の言葉に目を輝かせる終。しかしすぐに続の拳骨に轟沈する。

 そんな兄の姿に余は笑い、始は苦笑を浮かべて翼を見た。

「そんなもんですかね」

「そんなもんだよ」

 

 

 

 Ⅳ

 

 

 

 

 

 家に電話をかけて、富士の自衛隊が管理する演習場に叔父一家はいると、待ちかまえていた某かに告げられ、五人はそのまま直行した。

 道中で食えるだけ食って英気を養い、万全の状態で演習場に乗り込んだのだが――

「まさか生身の人間に実弾叩き込むとは――日本はいつからこんな万国驚嘆(ビックリ)ショーをするようになったんだ」

 始が悪態を吐いた。

「言っても仕方がないですよ、兄さん。でも僕としてはあれを見て欲しいんですけどね」

 そう言って嘆息する視線の先には、

「どっせぇいっ!!」

 吠えて砲弾やら銃弾やらを拳圧で吹き飛ばしている化け物がいた。翼である。

「相変わらず翼兄さんは、僕らの中でもフィジカル面では群を抜いて化け物ですね」

「ありゃあどう見ても漫画の世界の人間だよなぁ」

 終が眼をキラキラさせて従兄を見ていると、その横では余が、

「あのままでいいのかなぁ? 戦車も税金で出来てるなら、これって税金の無駄遣いって言うんじゃないかしら?」

 などと益体もないことを考えていた。

 そんな呆れている四兄弟に翼の激が飛んだ。

「おら、さっさと茉理ちゃんと鳥羽夫婦を捜してこい!! ここは俺が引き受けてやっから!」

 そう言いながら翼の豪腕が唸り、戦車を横転させたではないか。

「……今回は翼従兄さんに甘えよう。即刻茉理ちゃんたちを見つけて、さっさとこの馬鹿騒ぎを終わらせるぞ」

 久し振りに翼のことを従兄さんと呼んだ始が、そう結論付けた――その瞬間、事態は動いた。

 

 

 

 

 

 さて、そんな翼はというと、

「このまま撃たれても面倒だ。全員叩きのめしちまえば」

 話は早い、そう考えた瞬間だった。

「――――っ!?」

 悪寒が走った。

 何か『よくないこと』が起きる前触れだ。

 常人離れした肉体を持った翼だが、それ以上に神懸かり的な勘を持ち合わせていたのである。だから今回の一件にも首を突っ込んだのだ。

 そんな翼の目の前を砲弾が飛んでいく。誰かに狙いを定めたのだろう。今までのような狙いを定めないような砲撃ではない。『誰か』を狙ったそれだった。

 視線の先には――余がいた。

 拙い。

 何が拙いのかは解らないが、余が死ぬから拙いのではなく、それ以上に何か危険なことが起きる、という予感を感じたのである。

 そしてそれは、現実になった。

 砲弾が余に着弾した瞬間に、大気が弾けたのである。

 何かが爆発したような衝撃を受け、翼もそれを受けて吹き飛んでしまう。受け身を取れずに、地面を滑った。

「なんだ一体!?」

 無理に勢いを殺さず、滑りながらも体勢を整えた翼は叫んで、そして驚愕した。

 目の前に『竜』がいたからだ。

 黒い竜。

 東洋――というか、中国の伝承にあるような蛇のような長い身体の竜が空に浮かんでいるではないか。

 その姿を見て、翼は与太だと思っていた始たちの話を思い出した。

「四海竜王だったか。まさかマジだったとは……」

 確か、その名は――

「北海黒竜王、名を敖炎……だったか」

 まさか本当にあののんびり屋でおとなしい余が竜へと変貌するとは。

 衝撃を受けたものの、脳裏に鳴り響く警笛は事態が余計にややこしい方向に向かっているのを敏感に翼へ知らせていた。

 先程まで砲弾や銃弾を雨霰と降り注いでいた自衛隊も、これには呆然となっている。

 しかし余らしき竜が一声吼えると、それに怯えたかのように砲撃と銃撃を開始し始めたではないか。

 どうやら恐慌に駆られての行動のようだ。

 では、余はどうするのか。

 余である竜の鱗を砕くには、自衛隊の火器はどうやら役不足のようで、ピンピンしていた。

 そんな時である。

 翼の頬に雨粒が落ちてきた。

 ついでに雷雲すら広がり始めたではないか。

「まさか――」

 嫌な、しかし確かな予感が翼を貫いた。

 全速力でその場を退避し、始たちとの合流を図った。

 翼が自衛隊から距離を取った瞬間、見計らったかのように、彼らの頭上に大雨と雷が降り注ぎ始めたではないか。

 まるでバケツをひっくり返したかのような大雨と、触れれば絶命する雷。恐らくこの二つが、余の能力なのだろう。

「全く――日照りにゃ最適な能力だなオイ」

 冗談を言う翼だが、しかしその内心は酷く動揺していた。

 余が竜になった。

 なら、その兄である始たちも竜になるんじゃないのか?

 もしそうなら竜堂の一族は本当に四海竜王の血族だってことになる。そんな馬鹿な話があってたまるか。しかし目の前の竜がその証拠じゃないのか。

 などと益体もないことを考えていると、ふと思った。

 なら、自分はどうなんだ?

 その疑問に辿り着いた時、背筋に見えない氷塊が滑り落ちた。

 始たちは四海竜王の生まれ変わりだとしたら、ならば従兄の自分は何者だろうか。

 鳥羽の叔父が一般人なのはよく解る。茉理も若干怪しいが、まだカテゴリー的には一般人だ。叔母も以下同文。

 ならば、この異常な身体能力を持つ自分は?

 竜の類なのだろうか。

 だが、四海竜王に従兄弟がいたという記述は無い。少なくとも、竜堂家の資料は無かった。

 いや、確か自分の実家の方に別途の資料があったような――

「って、今は始たちに合流するのが先決か」

 考えるのは後だ。

 ガムシャラに走っていると『なんとなく』ではあったがいる方向が直感的に解った。

 そこに向けて全速力で走っていると、呆然としているぽつんと演習場に残された車の中に縛られた叔父一家を発見したではないか。しかも始たちもいた。

 即座に始は怪力に物を言わせて車のドアを引っ剥がすと、縛られたロープを千切って叔父一家を救出しているではないか。

 感謝の言葉を始に述べる茉理と冴子。しかし叔父だけは恐れの視線で始たちを見ている。

 その場面に出くわした翼は、茉理に話しかけた。

「茉理、無事か?」

 救出したのが自分に気付いて、従妹が驚いた様子でこちらを見た。

「翼兄さんっ! でも、どうしてここに?」

 確かに本来なら九州にいる翼がこんな所にいるとは思わなかっただろう。

「二週間前に始の家に来ていてな、『ウチの学園に来ないか』ってヘッドハンティングしに来たのさ」

 そんな軽口に茉理や冴子は若干顔が綻んだが、しかし叔父だけは激昂した。

「ふざけるな!!」

 大雨や雷が鳴り響く中でそれなりの声量が出たのは、叔父の心がもう限界近かったからだろう。

 実際に司の薫陶を受けた生徒や教授連中を追い出したのは自分だが、しかしそんな彼らは遠い九州の地にある誠習学園で辣腕を振るっているのだ。現代の菅原道真公を多数輩出しているとは学園では専らの評判だ。

そのせいで残って欲しい教授たちすらも年内には辞めようとしているのである。

 確かに司の色を排除しようとしているのは自分だ。しかしそれでも、そういった連中を受け入れる誠習学園に思うところが無いとは言えなかったのである。

 我儘や嫉妬の類と言えばそれまでだが、しかし今では共和学院よりも誠習学園の方が志願率は高いのだ。

 事実その傾向は司から自分に学院長が代替わりした時から顕著だった。だからこそ靖一郎は、学院の拡大と生徒数の増員に躍起になったのだ。その為に自分の意に沿わぬ連中を排除して、自分や自分に力を貸していた古田代議士の息の掛かった人間を理事や教授に添えたりした。確かにそれで学院の質は墜ちるだろう。司が掲げていた理想すら破り捨てたのも、それは学院のことを思っていたからだ。今のままでは共和学院は消滅してしまう、そう思ったからこその改革だと言うのに。

 それなのに誰も彼もが悪し様に言うではないか。

『共和学院は学院長が代替わりしたせいで、理念を失った』

『あそこには既に利権に群がる金の亡者が蔓延っている』

『初代学院長の娘婿の分際で、恩人の孫である理事兼講師を学院から排除しようとする卑劣漢』

 その全てを振り払ってここまでやってきたのに、誰も自分の苦労を理解してくれない。それどころか、九州なんて田舎にあるような学園がこちらよりも質が上なのだという声すらあるではないか。そんな声は到底認められず、その理事の一人に道楽者の翼が就任していることも、勤勉で小市民な靖一郎には我慢ならなかった。

「ふざけるなよ、どいつもこいつも!! 私は三〇年だぞ! 三〇年、学院の為に尽力してきたんだっ! なのにどうだ! 古田みたいな悪党や、挙げ句には船津の御前のような大物を前に学院を守ろうと努力してきたんだぞ!」

 地団駄を踏む靖一郎。しかし泥を跳ねるだけで、余計に惨めになった。

 力なく地べたに座り込み、そして絶望に打ちひしがれた顔で言う。

「なのに、どうしてこんな目に遭わなきゃならない……」

 そしてキッと甥たちを睨みつけた。

 どうやら怒りの矛先がこちらに向いたようだ。

 竜堂家へのコンプレックスや、本人の小市民さが悪い方向へ爆走しているのが見て取れた。

 そして靖一郎は、翼と始を両手で指差して、

「それもこれもお前たちのせいだ! お前たちがいたから私たちはこんな目に遭う――!!」

 瞬間、今まで以上の超特大の雷が近くに落ちたではないか。

 まるで余が腹を立てて雷を落としたようだ。

 その余波で叔父はひっくり返り、叔母もそんな情けない夫に嘆息して意識を失ったではないか。

「……なあ、始。余、今ので意識があると思うか?」

「さて、どうでしょうかね。あれの性格上、五月蠅いからと言って叔父さんに雷を落とすようなことはないと思いますけど……」

 余にしては随分と過激な行動に年長二人が首を傾げていると、終が一言。

「単に寝呆けてたんじゃねぇの?」

 その言葉に二人と続は顔を見合わせて、そして再度余らしき黒い竜に視線を向ける。

 相変わらず竜は吼えて雨風と雷を大地に降り注いでいる。基本的にあれの攻撃目標は戦車やら自衛隊そのもののようだ。

「あり得ますね。この前も夢遊病で外に出た時に、見知らぬ人を超能力で吹き飛ばしてましたし」

 続の発言に、翼も驚く。

「あのおとなしい余がか?」

「はい、あのおとなしい余君が、です」

 もう一度荒ぶる余を見上げて、そして続を見て一言。

「人は見掛けによらないなぁ」

 もっともらしく頷く翼に、続は苦笑を返すしかなかった。自分もそう思ったからである。

「まあ、このまま放置しても問題はないだろうが……」

 戦車が壊れる轟音と黒竜が放つ雷鳴が轟く。

「そうもいかんか」

 悲鳴と絶叫が木霊する中、翼は前言を撤回する。

「流石にこれを放置するのは寝覚めが悪い」

 最早竜による自衛隊の蹂躙だ。こうなってはこちらに攻撃する余裕は無いだろう。というか、責任者は既に落雷で命を落としていても不思議ではない。

「……始さん、本当にあの竜が余くんなの?」

 茉理が真剣な様子で始に問いかける。

 そう言えば、茉理には事情を説明してはいなかった。ついいつものノリで色々と話をしてはいるが、これは表には出回らない話の類だ。出てはいけない話とも言えるだろう。

 答えに窮する始の頭を軽く翼は小突いた。最早そんな問答をしている時間は過ぎたのだ。

「説明も痴話喧嘩も後にしろ。腹が減ったら余も帰ってくるだろうが、それでもあの図体じゃあ玄関潜るのすら侭ならんだろ」

「それにあのデカさじゃあ、ただでさえウチのエンゲル係数は普通の家庭の三、四倍は軽くあるのに、十倍とか百倍に跳ね上がっちまうよ」

「そうですね。それにお洒落もあの大きさでは楽しめませんしね。……なんとか戻してあげないと」

 続の発言に、始としてはあの姿こそが余の本性なのかもしれない、となんとなしに思った。

 だが、従兄の言うとおりで、既に議論や討論の時間は無い。

 さっさと余を元に戻して、船津御前と決着をつけておさらばしなければ。

 いい加減、こんなアクション映画はそろそろ終わりにして日常に戻りたいものだ。

 

 

 

 

 Ⅴ

 

 

 

 

 

 さて、そう一息吐いて空を見上げる四人。茉理に気絶している叔父と叔母を任せて、四人でなんとかしようと余に近付いてはみたものの、殆どお手上げ状態だった。

 何度か呼び掛けてみたが、雷雨に声がかき消されてしまい、声が届いていないようだ。

 ふざけた話だが、余のあの姿を見てしまえば、船津忠義という怪老が宣う仮説にも嫌な真実味を感じてしまう。

「しかし、船津ねぇ」

 翼は余を追いながら、その名前を思い返していた。かつて誰かがその名前を口に出していたような……

「あ」

 唐突に思い出し、急ブレーキをかける翼。

 それに始たちが驚き、慌てて立ち止まった。

「翼従兄さん、どうしました?」

「祖父さんが言ってた禄でもないヤツで友人だったタダヨシってのは、その御前とやらか」

 そう呟いたではないか。

 驚愕する兄弟を余所に、翼はまた走り出す。

 慌てて同じく走り出した兄弟を代表して、終が訊ねた。

「なあ、翼の兄ぃ。あのじーさんが祖父ちゃんのダチってなんの冗談だよ」

 雨風に煽られながらの会話のせいで、若干大声の終に翼は、

「いや、昔に祖父さんがうちに泊まりに来た時にな、俺に言ったんだよ。『戦時中に仲の良かった友人を一人無くしてしまった』って。俺は相手が死んだんだと思ってたんだが、まさか縁を切っただけとは思わなくてなぁ」

 確かに司は当時共和学園の学院長を務める傍ら、よく九州の竜堂家によく足を運んでいた。その時に心のタガが緩んでつい口が滑ったのだろう。

 四海竜王の末裔だと知っており、それが始たちだと半ば確信していたからこそ、竜王と関係の薄い翼の前で内心を吐露したのだと始は直感した。

 そう翼がしみじみと過去の祖父の言動を思い返していると、声が聞こえたではないか。

 

 

 

「確かにワシとしても、ヤツは気の良い友人だったとも。しかしな、御国の為ならば孫子すら犠牲にすると決めた以上、そこに例外はないのじゃよ」

 

 

 

 即座に声のした方向から始たちは離脱する。

 言い様の無い恐ろしい予感を感じたからだ。

 声のした方向を見ると、いた。

 船津忠義。

 かつて祖父と共に中国の秘境へ竜堂家のルーツを探りに行った男。

 そして、帰国後に思想犯として秘密警察に捕まった祖父に、チフスを感染させ、竜の力の源である如意宝珠の在処を探り出そうとした男でもある。

 今現在は、日本を陰から操る支配者たる怪老だ。

 始はかつて一度面と向かってこの老人と対面したことがあった。

 しかし、その印象は全く違う。

 嘗ての老人と、今目の前にいる老人では感じる雰囲気や威圧感が違うのだ。

 どちらかと言えば、その雰囲気は祖父や父、そして自分たちのそれに近い。血縁でもないのに自分たちの気配に近いのはどういう事だ。

 その気配に始が気付く。

「まさか」

 その反応に船津は機嫌良く口を開く。

「そのまさかよ。ワシは貴様らの祖父の司と共に赴いた竜泉境にて、そこに住んでいた女を害し、その血を啜ったのよ。結果として高熱にのたうち回った挙げ句に『二度と足を踏み入れるな』と追放されたがの」

 殊更なんてことのないように言われたが、しかし翼も兄弟三人も絶句した。

 船津が言うことが正しければ、彼は竜の血を呑むことで絶大な力を手に入れたということなのだろう。

 その行為の悍ましさに始の眼は険しくなった。他の三人の眼も同様だが、嫌悪と侮蔑の色は続が一番濃いだろうか。

「まったく。そのような神秘なる血であろうと年月による劣化を免れぬのだから困ったものよ。念の為に血を保存していたとは言え、それもこれで打ち止めよ」

 野望と使命によって爛々と燃える眼光。

 それが見据えるのは、始たち三兄弟と空で吼えている竜。翼は眼中に入っていなかった。

「故に、お主らの血肉をワシに提供して貰いたい。なに、肉と言っても少量じゃ。血は幾らか死なぬ程度多量に貰うが、それでも一生贅沢な暮らしをさせてやろう。ワシが四姉妹を打ち破り、日本を嘗て以上の大帝国に生まれ変わらせてやる。その手伝いが出来るのじゃ、日本国民としてはこれ以上ない誉れじゃろう?」

 そんなことを大真面目に言うのだ。

 アメリカを牛耳る秘密結社であるという四姉妹も、嘗ての大日本帝国再建も、それを大真面目に果たそうとする余りにも時代遅れな思考に呆れてしまう。

 そんな老人の大望に付き合う竜堂家の人間は、誰一人としていなかった。

「そんなのは御免ですよ」

 と、冷ややかな眼をした続。

「寝言は聞かないからな」

 と、既に臨戦態勢になっている終。

 弟たちが断固反対の立場を取ったので、それを受けて竜堂家家長である始が総括して宣言した。

「俺たちはそんなことには協力しない。九〇もとっくに越えた爺さんの与太話は墓の下にでも持って逝け」

 その言葉を聞いて、しかし船津老人は嗤う。

 それがなによりも不気味だった。

 くつくつと咽を鳴らして嗤う姿に若干の不気味さを覚えた始めたち。

「そうかそうか。やはりあやつの孫らしい見事な啖呵じゃ。じゃが――」

 ニタリと嗤い、その眼を光らせて、船津老人は言った。

「そのような跳ねっ返りを叩きのめし、我が股肱の臣とするのも面白い!!」

 一瞬で距離を詰め、そして――その腕が翼の胸を貫いたではないか。

「しかしそれは竜王の血脈だけがあればいい。紛い物などは要らん」

 酷く傲慢に船津老人は翼を紛い物と判断し、その命を絶った。

 いや、それどころか胸から腕を引き抜くと、無造作に放り投げたではないか。

「てめぇええええええええええっ!!」

 終が激昂の声を上げ、続は無言で船津老人に肉薄する。その眼は冷酷なまでの殺意が締めているではないか。

 始もまた肉親を、それも子供の頃から可愛がってくれた年上の従兄を殺され、激怒していた。

「ほほう、随分と取り乱しておるな。しかしこの犠牲も君たちがワシの頼みを聞かなかったことに端を発するとは思わないのかね?」

 終と続の拳を優しくその枯れ木のような掌で包み込む。

「ふっざけんな!!」

「徹頭徹尾あなたのせいでしょうに……!!」

 怒りでブーストされた二人はそのまま空いた方の手で無防備な老人の禿頭に殴りかかった。

 轟音。

 人を殴打するには余りにも不似合いな打撃音と、まるで硬質で澄んだ何かを打ち付けたような音が鳴り響いた。

 敬老精神など欠片も持ち合わせない打撃を受けても老人の枯れ木のような体躯は微動だにしなかった。

 その事実に戦慄した始は、弟たちに警告の声を上げる。

「続、終っ! 逃げろ!!」

 しかしその言葉が終わらぬ内に二人はお互いに叩きつけられ苦悶の声を上げた。なんと船津老人が二人をまるで軽い物でも扱うように軽々と振り回して叩きつけたのだ。

「ワシはな、保存しておった竜の血を直接静脈に打ち込んだのよ。これによって竜のパワーを通常の何倍もの効力で使うことが出来るのじゃ」

 しかし、そう得意げな老人の腹を怒髪天を突いた始の蹴りが襲う。

 速度威力共に普段の始だと思えない程のものだった。

 老人の手より弟二人を解放した始は、しかし油断無く吹き飛んだ老人を睨む。あの化け物爺は、肉体が粉々にでもならない限りは復活を警戒していた方が良いと判断したのである。

 そしてその判断は正しかった。

 ゆっくりと起き上がる船津老人。

 些か緩慢な動作だが、その動きは滑らかだった。

「いやはや、流石は東海青竜王敖広。弟を護る為ならこのような老体でも容赦なく打ち据えるか」

「勘違いするな。俺は人並みに敬老精神は持ち合わせているつもりだ。……だがそれ以前に俺たちを食おうとするような、そして翼従兄さんを殺すような外道を生かしておくつもりがないだけだ」

 不思議そうな顔で始を見る船津老人。

「可笑しなことを言うのぉ。君らは兄弟以外はどうでもいいと思っているのだと見ておったが、そうでもなかったようじゃな」

 げに美しきは親族への情じゃ、と笑う船津老人に、始めたち兄弟が怒りのボルテージを再燃し、飛び掛かろうとした瞬間に――またもや感じた。

 無音の爆発。

 何かが弾けた気配。

 咄嗟に倒れ伏した翼を見るが、そこには誰もいなかった。

 雨で見えなくなっているのではない。

 何も無いのだ。

 そして、その場にいた四人は、頭上に強大で巨大な気配があることに気が付いた。

 見上げる。

 するとそこには――翼の生えた竜がいた。

 

 

 

 

 

 

 Ⅵ

 

 

 

 

 

 

「竜、じゃと……!?」

 驚愕の呻き声を上げた老人だが、驚き具合は始たちも同様だった。

「あれは……翼従兄さん?」

「ええ。なんとなくですけど、アレは翼兄さんですね」

「まさか兄ィも余と同じく変身するとは……」

 三者三様に驚く。

 しかし、始めに正気に戻ったのは船津老人だった。伊達に九〇年以上生きているワケではないようだ。

 即座に雨で歪む中、その竜をしっかりと観察する。

 黒竜と同じ細く長い身体。

 しかしその全長は黒竜よりも巨大だ。

 手足は五つの爪があり、その鱗は紫で身は黄色い。

 背には巨大な翼が生えていた。

 その特徴を見て取り、しかし船津御前は歓喜の声を上げた。

「あやつ――『応竜』の化神であったか!!」

 紛い物などとんでもない、アレは――!!

「全ての竜の始祖! 神精であり、四竜の長! そして――――この世の全ての鳥や獣、鱗在るモノの皇ではないかっ!!」

 船津老人の言葉を証明するかのように、応竜と呼ばれた竜が、黒竜に近付く。しかし半ば寝呆けているらしい『余』は、そのまま近付いてきた『翼』に雷撃を見舞ったではないか。

「余っ!?」

「翼兄さん!?」

「おー、派手にやったな余のヤツ」

 生きた気象兵器と称しても良い黒竜の雷撃。それを間近で一身に受けた応竜は――

「――馬鹿な」

 船津老人も驚愕することに、なんと無傷だったのだ。

 そして、その長い尾で黒竜の頭を打ち据えたではないか。

 ゴウン、と頭が下に落下し慌てたように体勢を立て直した『余』に向かって応竜が睨み付けると、まるで叱られたように身を縮こませたではないか。

 そして、身を翻し、その眼がこちらを見ていた。

 正確に言えば、船津老人を。

「来るか、応竜。そして――黒竜王!」

 ニ体の竜が示し合わせたかのように雷撃を放った。

 黒竜はその身と雷雲から。

 応竜はその口から雷の槍を。

 人の身で雷撃を回避するのは不可能だ。

 しかし、超人と化した今の船津老人ならば、あるいは可能だったかもしれない。

 だが、結果として船津老人はニ体の竜の雷撃をまともに受けてしまう。

 続と終の拳と、始の蹴りが効いていたのだろう。

「く、ははハ。わははははははっはっ!!」

 雷撃に身を焦がしながら、しかし船津老人は笑っていた。

 それは、今まで見たような嗤いではなく、どこか純粋な笑いだった。

「司っ! 貴様の言っていた『見落とし』とはこれか!?」

 笑いながら、かつての友に語りかける。

「ははははっ! 確かに滑稽だ。ワシは四海竜王に囚われる余り、全ての竜の王に気付けなんだ!! その覚醒をこの身で果たしてしまうとは、どうして愚かよなぁ。未熟な黒竜王だけならまだしも、こうなってはワシにはどうしようもないではないか!!」

 どうやらこの老人にとって、竜化した余はまだ御せる程度だったようだ。その事実に始は戦慄する。

 確かに竜の力を手に入れて半世紀以上生きてきた老人だ。技術という点ではこちらよりも上を行っているのは間違いないだろう。なんとか出来たのはこちらが三人いたからに他ならない。

「聞け、司の孫ども!!」

 そして、雷撃の中船津老人は吼える。

「貴様らはこれから世界を相手に戦わねばならん!! 四姉妹は元より、その傀儡である米国と!! そして、いずれ貴様らは知るだろう!」

 この世に潜む化け物どもと、貴様らの真実を。

 そう言って更に哄笑する。

「じゃが、ワシは何も残してやらぬ! 精々悩め、苦しめ! そして足掻いてゆけ!! あの司の孫ならば、やってみせるがいい!!」

 そう言って、笑いながら、船津老人は死んだ。

 その身を焦がし、炭化させて。しかし笑みを浮かべて。

 それを見届けて――ニ体の竜は、力尽きたかのように、その身を地上に落下させる。

 慌てて兄弟たちが動く。

「続、行くぞっ!」

「翼兄さんですね!」

「余は任せろーっ!」

 巨体の翼を始と続が、軽い余は終一人が受け止める。

 始と続が踏ん張り、踏み締め地面にめり込んだが、両者とも無事にキャッチすることができた。

「「…………っ!!」」

「ナイスキャッチ!」

 こうして、今回の騒動は幕を告げた。

 老人の戯言と切って捨てるには余と翼の変身は衝撃過ぎた。

 しかしそれでも始は思う。

 とりあえず、これで家に帰れる、と。

 

 

 

 

 

 

 Ⅶ

 

 

 

 

 

 

 しかし竜に転じた二人が人の姿に戻ると全裸だった。

 このままでは不名誉な称号を従兄と弟が得てしまうと、即座に二人を兄と弟に任せた続が自衛隊の死体やらから服と毛布を集めてきた。無事な装甲車ごと。

 まだ身長がそこまで大きくない余ならブカブカでも大丈夫だろうが、翼は日本人にあるまじき巨体だ。正直言って着替えが確保出来なかった。

 だからこその装甲車だ。

 そして途中で気絶していた鳥羽夫妻と茉理を回収し、一同は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 呼吸や脈拍を測った始は、二人がともあれ無事だと理解して、安堵の息を吐いた。

「しっかし、一体あの突然の雨は一体なんだったんだ……」

 靖一郎は雷で気絶していたので気付いていないが、茉理は見たのだ。

 黒竜ともう一体の翼の生えた竜の姿を。

 そしてこうして全裸で寝ている二人を見れば、なんとなくこの二人が関係していると見るのは当然だった。

 それにあの雨の中、黒い竜が余だというような話題を始と翼がしているのを聞いているのだから。

「…………始さん」

 こそこそと茉理が安堵の溜め息を吐いた従兄に話しかける。

「なんだい、茉理ちゃん」

「事情、説明してくれるんでしょうね?」

「……あー。まあ、荒唐無稽な話で良ければ」

 その一言で充分だ。

 ついでに食事でも奢って貰おう。

 そんなことを考えていると、靖一郎が、

「そうだ、始くん。こうなった以上、気の毒な話だが、きみを我が学院に在籍させておくのは余り――なぁ?」

 いきなり場の空気を悪くさせるような発言をする靖一郎。

 現に運転している続と終の眼が厳しくなった。茉理も同様だ。

「いや、べ、別にきみに何か落ち度があるわけじゃないが、あの御前の凄まじさはこれでよく解っただろう。きみがどうにか出来たとしても、それが学院にまで飛び火したら――」

「解りました」

 その言葉に靖一郎は喜び、茉理たちは非難の声を上げようとして――

「ですが、可愛い甥を追い出すんです。理事のポストを一つ貰いましょう」

 講師は辞めるが、理事には再任しろとそう始が要求したのだ。

 その言葉に唸る靖一郎。それでは本末転倒だからだ。

 しかし、

「やめとけやめとけ」

 それを翼が遮った。見れば翼も余も眼を覚ましていたようだ。

「理事ならウチに一つポストが空いてらぁ。祖父様の教え子で理事やってる人が近々引退するんで、そこに始が就いたらいい」

 そう話を持ちかけた。

 前言通りのヘッドハンティングである。

「……そうですね。わざわざ理念を喪った共和学院に固執する必要もありませんね。なんなら兄弟揃って誠習学園に移籍してもいいんですから」

「おー、季節外れの転校生かぁ。うーん、ミステリアスな俺……」

「それって、ミステリアスって言うのかなぁ」

 始以外の兄弟たち翼に追従し、それを受けて始も、

「……そうだな。翼従兄さんにお世話になるのもいいか。解りました、叔父さん。僕は講師も理事もすっぱりと辞めましょう」

 こうもあっさりと辞めると言われ逆にしどろもどろになってしまう父の姿に、流石に茉理はキレた。

「お父さん!!」

 妻もまた冷たい視線を夫に向けているが、それでも靖一郎は最後まで頑として始の退任を退けなかった。

「ただし」

 そんな叔父を見据え、翼が睨む。

 その眼光の鋭さに、靖一郎は咽を鳴らしてしまう。

「これ以上、こいつらをアンタの権力ゲームに巻き込むな。それが条件だ」

 まるで壊れたバネ仕掛けの人形のように縦に首を振る叔父を見て、始は苦笑する。

 空は先程の雷雨が嘘のように晴天だ。

 そんな空を眺めながら始は思う。

 ――あの老人が言っていたことが真実とは限らない。

 だが、その全てを戯言と切って捨てるのはどうしてか出来なかった。

 

 

 

 

 後に始はこの時のことを思い返し、述懐する。

 ――全てはここから始まった。

 

 

 

 自分たちの前世の因縁も。

 翼との縁も。

 司の過去も。

 異形の敵との邂逅も。

 世界経済を牛耳る秘密結社との攻防も。

 若干面倒くさいあの怪女との関係も。

 

 

 

 だからこそ、ここは一種のターニングポイント。

 長い戦いの旅、その第一章が終わっただけでしかない。

 

 

 ――全ては、ここから始まった。

 

 

 

 




またもや長く書いてしまった……(汗)

これ、三話くらいに分割すりゃ良かったかなぁ

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