艦隊これくしょん -轟ケ天ニ-   作:キューマル式

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前回から間を開けてしまった、キューマル式です。
まぁ……活動報告にも書きましたが仕事で忙しく、なかなか小説を書く時間を開けられませんでした。

今回はお艦軍団の大暴れのお話。
この物語のテーマの一つ『母は強し』を体現する存在たちですので、その戦闘をお楽しみ下さい。



業火 帝都炎上(その3)

「……」

 

 クルーザーから君塚は彼方を見つめていた。その先にあるのは黒煙を上げている横須賀鎮守府である。

 深海棲艦隊からの猛烈な初撃によって徹底的に破壊されたそこは、海軍の総本山だったとはとても思えないものだ。

 自らの古巣たるそこが燃えているというのにしかし、煙草を燻らせながら見つめる君塚の表情には後悔といったものは見受けられない。そこにやってきたのは深海棲艦隊帝都襲撃部隊の旗艦である『ソビエツキー・ソユーズ』である。

 

「残敵掃討が完了した」

 

「ごくろう」

 

 『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に、君塚は吸っていた煙草を踏み消しながら、定型のねぎらいの言葉だけを述べる。

 実は横須賀には初撃で生き残った艦娘たちが少ないながらもいたのだが、彼女らは生き残った装備と人員を無理矢理に纏め上げ、侵攻してきた深海棲艦隊に対して突撃をかけていたが……多勢に無勢、そんな彼女らは1人残らず海の底へと沈んでいった。

 彼女らは横須賀鎮守府所属であったため、当然のことながら君塚の部下であった。だというのにそんな彼女らが惨たらしく最後を迎えたと聞いても君塚の表情はピクリとも変わらない。

 そんな迷いのない自分に気付いてフッと苦笑すると、少しだけ気まぐれが働いたように君塚は『ソビエツキー・ソユーズ』に尋ねる。

 

「……貴艦は迷いを持つことはあるのか?」

 

「無い。

 偉大なるレムリアは間違えたりなどしない。

 間違いのないとこを為すのに、どこに迷いなど入り込む余地などあるのか」

 

 『ソビエツキー・ソユーズ』は即答であった。

 そこにあるのは祖国レムリアの正義を心から信じているが故の、一部の隙もない鋼の意思である。

 

「……まさか貴官は迷いを持っているのか?」

 

「それこそまさかだ。

 貴艦の言った通りだ、間違いのないことを為しているのに何を迷う必要がある?」

 

 そう言って君塚は懐から新しい煙草を取り出すと火を着ける。

 そうだ、自分に迷いなどありはしない。

 あの絶大な科学力と無限に湧き出るような軍事力を前に、自分は祖国である日本を生き残らせるために行動することを決めた。レムリアに臣従することこそ、その唯一の道であると信じた。

 それ以降、迷いを抱いたことなど一度もない。

 ……いや。

 

「……あったな、そういえば一度だけ」

 

 それはもはや懐かしい記憶だ。

 それは弱い少女だった。戦艦級の艤装の適正があったがただそれだけ、仲間の死にすぐに泣き、自身の傷はやせ我慢をしながら他者を気遣う、そんなどこまでも愚かしい少女だった。

 戦場とは非情だ、そんな惰弱な女などすぐに戦死するのだと思っていた。

 しかし……彼女は折れなかった。

 仲間が幾ら死のうと涙は流すが歩みは止めず、自身の怪我すら押し通して出撃し勝利を掴み、最後には『伝説』とまで称される高みに登り詰めた。

 そんな彼女を彼は……心から美しいと思った。

 その時だろう、ただの一度だけ『彼女の護る日本をレムリアに明け渡して生き残らせる』ことに迷いと疑問を抱いたのは。

 ただ、それも一時の気の迷いだ。

 彼女は彼が凡庸・凡人と忌み嫌うような生の感情を丸出しにするような男を伴侶に選んだ。そのときに一時の気の迷いは消え去ったのである。

 

「ふん……大願成就を前に感傷的になっているか……」

 

 君塚は自分の中に湧き上がったものを感傷だと断じると、それを吐き捨てるようにまだ残る煙草を踏み消すと新しい煙草を咥える。

 その時だ。

 

「むっ、前衛艦隊から入電だ。

 ……どうやらまだ艦娘が生き残っていたらしい。数はおよそ20。

 まもなく前衛艦隊と衝突する」

 

「前衛艦隊だけでおよそ60、本隊は150を超える。

 その戦力差を見ながら吶喊するとは……数も数えられん馬鹿のようだな。

 早々に叩き潰せ」

 

「無論だ」

 

 『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に、君塚は興味もなさそうに殲滅を命じた。全体で言えば10倍以上の戦力差、前衛だけでも約3倍の戦力差である。殲滅はものの数分で終わるだろう。

 そう興味もなさそうにしていた君塚は、再びの『ソビエツキー・ソユーズ』の報告に目を見開いた。

 

「前衛艦隊が……大損害を受けて突破されかかっているだと!?」

 

「何ぃ!?」

 

 その話に君塚は始めて驚きの声を上げた。

 なぜなら彼はこの作戦のために前もって練度の高い強力な艦娘はすべて南方戦線に援軍という形で配置換えを行い、帝都をがら空きにしたのだ。残っている艦娘など、それこそ訓練学校を卒業したてでまともな実戦経験など皆無の艦娘しかいないはずである。新兵ごときがどうこう出来るような状況ではないはずだ。

 

「観測機からの映像が来た」

 

 『ソビエツキー・ソユーズ』がその映像を表示する。

 それは奇妙な部隊だった。

 まずは服装が無茶苦茶だ。統一された制服を着ているわけではなく、スーツもいればジーパン姿、はてはアフタヌーンドレスを着こなした者すらいる。それが必須部分だけを無理矢理艤装ハードポイントや胸当てを装着したような格好だ。

 そして装備……明らかに頑丈さだけが取り柄の旧式装備であることが見て取れた。

 最後にその年齢である。

 艦娘は基本的にほとんど、10代前半から20代辺りの娘となっている。しかし彼女らの年齢は明らかにそれよりも上、子供がいても頷ける。

 しかしその美貌には陰りなど感じさせない、少々歳の大きい娘がいても友達母娘で通ってしまいそうな若々しさを持ち、同時に歳を重ねた女だけが出せる魅力を纏っている。そんな集団が今、自分たちの何倍にもなる戦力を前に互角どころか圧倒していた。

 その集団の先頭、春を思わせるような藤色の着物の女の姿を認めた君塚は、彼女らが何者であるのか悟った。

 

「そうか、私を阻むつもりなのか、『榛名』……いや、八重さん」

 

 言葉を切った君塚にどんな感情が横切ったのか、それを窺い知ることはできない。

 

「本隊からも戦力を抽出、『空母棲姫』と『戦艦棲姫』、そして『レ級』を向かわせろ」

 

「了解した」

 

 君塚の指示に従って『ソビエツキー・ソユーズ』が素早く指示を出す。

 君塚はここからは見えない、戦闘海域の方へと視線を向けたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その海にはおびただしいほどの残骸が漂っていた。

 砕け、ひしゃげたそれは深海棲艦特有の真っ黒な艤装である。それが黒煙を上げながら波間に消えていく。

 しかしどれだけ波間に沈んでいこうと、周囲の残骸の数は減っていかない。それは、現在進行形で残骸が『造られている』からだ。

 

「右、水雷戦隊接近!」

 

「了解、わたくしがお相手いたしますわ!」

 

「お供します! 何人かついて来て!!」

 

 瑞鶴の航空偵察の内容に反応した重巡『熊野』の続き、『陽炎』を中心とした駆逐艦娘が数人集まり、接近中の敵水雷戦隊に突撃していく。敵の数はどう見積もっても倍以上だ。

 『数』とはそれだけで強力な力だ。『数が多い方が強い』というのは単純かつ間違いのない真理であり事実、人類勢力が深海棲艦によって海を奪われている最大の原因はその膨大すぎる数によって圧倒されているからだ。

 しかし……何事にも例外は存在する。

 

 陽炎たちは一気に敵水雷戦隊に突っ込むと砲撃を開始する。手にするのは旧式の12.7cm連装砲だ。その砲火力などたかが知れているはずなのだが……いきなり深海棲艦たちから黒煙がのぼり始めていた。

 それもそのはず、彼女たちの放った砲は的確にウィークポイントを狙い撃っていた。あるものは魚雷を撃ち抜かれ誘爆し轟沈する。あるものは弾薬庫を撃ち抜かれ引火、業火の中に消えた。

 砲撃だけで大損害を与えた彼女らは、駆逐艦最大の武器である魚雷を放つ。しかし、それは各自1発ずつだ。

 無誘導兵器である魚雷は、高度な未来予測を必要とする武器である。そのため通常は広範囲に広がるように複数発を扇状に撃ち出すのが基本だ。魚雷の単発撃ちなど普通ならない。しかし彼女らの放ったそのたった1発ずつの魚雷は、すべて別々の目標に喰らい付き、その目標を海の藻屑へと変化させていく。それこそまるで魔法でも掛かっていて、『敵が魚雷に吸い寄せられたかのように』である。それは彼女たちが退役しても身体から消えることの無かった経験と記憶が、『未来予測』を『未来予知』と言えるほどのレベルにまで昇華させているからだ。

 駆逐艦娘だけで大損害を受けた敵水雷戦隊だが、せめて一矢報いようと闘志を見せる生き残りたちに、今度は熊野が襲い掛かる。

 

「とぉぉぉう!!」

 

 熊野が放つ旧式の20.3cm連装砲が、的確に敵のヴァイタルパートを貫いた。高速で動きまわりながらの連続射撃、しかしその狙いはぶれることも無く敵艦の重要区画を撃ち抜いていく。

 そう時間を掛けずに、敵水雷戦隊は波間へと消えた。

 

「流石です、熊野さん!」

 

「そちらこそ流石ですわ。

 あの素晴らしい動き……まるであの頃の神通さんを見ているようでしたわよ」

 

 熊野は陽炎たちの動きに惜しみない称賛を送る。

 その姿は彼女たち駆逐隊の師であり、そして彼女たちを守るために最後の瞬間まで戦い抜き、沈んでいった戦友の姿を彷彿とさせた。

 

「ええ、いつまでも神通さんの教えは私たちの中に生き続けていますから……」

 

 神通のようだといわれて嬉しかったのか、陽炎は少し照れ笑いのように鼻を掻く。懐かしいものが胸に去来するが未だ戦闘は続いているのだ、陽炎たちも熊野もすぐに顔色を真剣なものへと戻すと視線を迫り来る敵艦隊へと向けた。

 その時、彼女たちに瑞鶴からの通信が入る。

 

『敵本隊から新たな増援を確認。

 敵は……空母棲鬼に戦艦棲鬼、それにレ級エリートクラスね』

 

 それは少しでも知識のある艦娘ならば、震えあがるような強力な戦力だ。

 しかし彼女たちはまるで動揺せず、それどころか笑い飛ばす。

 

「あら、それはそれは豪勢なもてなしですこと。

 それもわたくしたちが食べてしまってよろしいの?」

 

『残念、こっちもお腹ペコペコなのよ。

 私と榛名、それに羽黒と北上に喰わせなさい』

 

「ええ、よろしくてよ。

 では、わたくしたちは小さなお魚でも食べながら時間を潰していますわ」

 

『了解、腹を壊さないように気をつけなさいよ』

 

 そう言って瑞鶴の通信は切れ、熊野は陽炎たち駆逐隊に振り返った。

 

「では行きましょう。 なに、小魚はまだたくさんありますわ。

 存分に平らげて差し上げましょう!」

 

「了解!

 突撃よ、みんな陽炎についてきて!!」

 

 陽炎の号令に従って駆逐隊が動き出す。熊野も彼女たちの前に立つようにしながら、敵を見据えた。

 

「みなさん、がんばってくださいまし。

 これが全部終わったら、わたくしの家で所有する豪華客船で戦勝パーティですわよ!」

 

 皆を鼓舞しようと熊野が放った言葉なのだが、どういうわけか陽炎たちの顔が微妙なものへと変わる。

 

「……熊野さんちの所有する船って……アレですよね?」

 

「確か違法賭博船だって噂の……『エスポワール』でしたっけ?」

 

「なんか……いつの間にかどこともしれぬ地下帝国に連れ去られるって噂を聞いたんだけど……」

 

 そんなことをしている間にも機関を唸らせながら、彼女たちは猛禽のように敵艦隊に飛び掛かっていった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 戦場に黒煙とは違う小さな煙が一筋。

 瑞鶴はふぅ、と紫煙を燻らせると、吸っていた煙草を捨てて空を見やる。

 

「……来たわね」

 

 その視線の先にはいくつもの点のようなものが見えた。

 それは敵である空母棲鬼から発艦した艦載機である。どれもこれもが高性能機、それが数えるのもバカらしくなるほどの数で瑞鶴に向かってきていた。

 しかし、そんな陣容を前に瑞鶴はポツリと一言呟く。

 

「……ぬるい」

 

 瑞鶴の放った矢が分裂し、迎撃のための戦闘機隊は発艦された。しかしその機体はいずれも旧式の零式艦戦21型である。

 基本性の差は歴然、数も圧倒しており結果は火を見るよりも明らか、その映像を前に空母棲鬼はほくそ笑む。しかし、その顔はすぐに驚愕に塗り替わった。

 まず瑞鶴航空隊は数機だけが先行してきた。その機体たちは臆することなく、真正面から空母棲姫の航空隊のの編隊に突っ込む。

 当然、空母棲姫の航空隊は猛烈な弾幕を張るが、それを巧みな操縦で突破するとその後ろに控えていた爆撃機と雷撃機に襲い掛かる。その様子に慌てた敵護衛機たちは反転して、その後ろに付こうと機体を捻る。

 その時零式艦戦21型から何かがポロリと零れ落ちた。それは空戦時には切り離すことが当然の追加増槽である。その増槽に、瑞鶴航空隊から機銃が放たれた。

 

 空に、炎の花が咲いた。

 

 増槽に満載されていた飛行燃料が引火し、空中で炎の壁とでも言うべきものが形成される。そして敵護衛機隊はその炎の壁に自ら突っ込んでしまった。

 エンジンに炎を吸い込み、黒煙を上げて墜落していく護衛機隊。そして護衛機隊が全滅し、丸裸になった爆撃機隊と雷撃機隊にすべての零式艦戦21型が襲い掛かる。

 だが、この時点では空母棲姫には幾ばくかの余裕はあった。空母棲姫の爆撃機と雷撃機の装甲はかなり厚い。旧式の零式艦戦21型の機銃如きでは撃墜はかなり困難のはず……そう空母棲姫が思った瞬間、0.5秒にも満たない機銃掃射だけで爆撃機が吹き飛んだ。

 厚い装甲を持つ空母棲姫の爆撃機と雷撃機だが、ウィークポイントというものは存在する。護衛機の邪魔さえなければ、それを狙い撃つことなど瑞鶴航空隊には容易いことなのだ。

 気が付けば、空母棲姫の放った艦載機はただの一機も空に残っていなかった。

 

 『数』や『性能』という絶対的な優位が、訳の分らぬ『ナニカ』によって覆される……。

 

 その事態に空母棲姫は恐慌一歩手前の精神で慄く。しかし、彼女にはそれほどの時間は残されていなかった。

 旧式の九九式艦爆、九七式艦攻からなる瑞鶴航空隊が空母棲姫に襲い掛かる。投下された爆弾と魚雷が水面で飛び石のように跳ねながら空母棲姫に突き刺さった。

 反跳爆撃……スキップボミングと呼ばれる攻撃法である。

 飛行甲板が燃え上がり、今にも沈みそうな傾斜の満身創痍の空母棲姫。そんな彼女がふと顔を上げると……その視線の先には、これを為した『バケモノ』が佇んでいた。

 

「なんで負けたのかわからないって(ツラ)してるわね」

 

 瑞鶴は満身創痍の空母棲姫の顔を見ながら苦笑をもらした。

 それは、このマヌケ(ヅラ)には見覚えがあったからだ。それもすぐ身近に……過去の『自分』と同じような顔だったのである。

 だから瑞鶴はあの時自分が師である『加賀』から言われた、そして今たくさんの空母艦娘の卵たちに言っている言葉を言った。

 

「艦載機ってのはね……心で、魂で飛ばすのよ。

 魂の籠っていない艦載機なんて鎧袖一触、七面鳥撃ちになって当然じゃない。

 さて……」

 

 ゆっくりと、瑞鶴から第二次攻撃隊が発艦していく。

 

「落第点よ劣等生! 海の底で頭冷やしてやり直してこい!!」

 

 殺到する瑞鶴の攻撃隊に、満身創痍の空母棲姫では抗う術など存在しなかった。

 空母棲姫の撃沈を確認した瑞鶴は、いつもの癖で懐から煙草を取り出そうとしているのに気付いて苦笑する。

 

「敵はまだいくらでもいるんだし、煙草は後ね。

 みんなの援護も必要だろうし……」

 

 そう呟きながらも、瑞鶴は援護が必要だとは微塵も感じていない。

 何故なら自分の自慢の戦友たちは、この程度の逆境でどうにかなる存在ではないことを誰より知っているからだ。

 瑞鶴は攻撃隊に次の発艦のための弾薬と燃料補給を行いながら、偵察機を飛ばすのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 戦艦棲姫……その装甲はほとんどの艦娘の攻撃を弾き返し砲撃は強力無比、相手にするならば艦隊を組んで戦う以外に考えられないほど強力な深海棲艦だ。

 そんな戦艦棲姫に向かっていくのは重巡の羽黒と雷巡の北上である。

 たった2隻……しかも戦艦ほどの装甲も砲も持たず駆逐や軽巡のような強力な雷装を持っているわけではない重巡と、大量の魚雷運用のために他の性能を軒並み犠牲にしたような極端にバランスの悪い雷巡の2隻である。戦艦棲姫にとっては障害にもならない、取るに足らない相手だった。

 戦艦棲姫の自慢の砲が吼えた。それはたった一撃当たれば、相手を問答無用で海の底に招待するだろう。彼女に敵対した艦娘たちを例外なく死に至らしめた圧倒的な火力の嵐が吹き荒れ、羽黒と北上を狙って襲い掛かった。

 

 しばしの後、戦艦棲姫はハタと気付く。

 未だに彼女の艤装は、自慢の砲を吼え猛らせながら悪意と殺意で彩られた火力の嵐を吹き荒れさせている。それはまだ止まっていない。それはつまり……まだ羽黒も北上も健在であるということだ。

 戦艦棲姫の砲撃精度が悪いわけではない。それどころか電探とも連動したその砲撃精度は他の追随を許さないほどに優秀だ。だというのに、そんな戦艦棲姫の砲撃が羽黒と北上には全く当たらない。

 そんなうちに接近した北上から発砲炎が上がった。カンッという甲高い音とともに戦艦棲姫に傷一つ付けることなく跳ね返ったそれは、北上の放った14cm単装砲である。

 敵はまともな電探連動もなしに単装砲を当てた。しかも魚雷特化の雷巡が、だ。だというのに砲撃のプロである戦艦の自分は未だに一撃を当てられていない。

 今の攻撃で戦艦棲姫に傷は無い。しかしそれは目に見えない、戦艦棲姫のプライドを大きく傷付けていた。

 

「単装砲って、わびさびだよねー」

 

 ……やる気なさげなニヤついた北上のその顔が、余計に戦艦棲姫を刺激する。

 戦艦棲姫は羽黒と北上にそれぞれ向けていた砲を、すべて北上に集中させた。貴様を沈めねば気が済まぬという意思がありありと見てとれる全力射撃。しかしそれこそが北上の、そして羽黒の狙いだ。

 羽黒が増速、一気に戦艦棲姫との距離を詰めにかかる。重巡の砲でも至近距離なら戦艦棲姫の装甲を撃ち抜くことも可能だ。狙いが北上に集中したこの隙に、羽黒はその距離にまで接近するつもりなのだ。そして、北上の挑発行動は最初から、これを狙っていたのである。

 それに気付いた戦艦棲姫が北上に向けていた砲を接近中の羽黒に向けようとするが、それを阻むように北上が14cm単装砲を連射する。だがそんな小口径の砲など戦艦棲姫の装甲を貫くことなどできまい。事実、北上の14cm単装砲は戦艦棲姫の巨砲に当たるがその装甲にすべて弾き返されている。

 戦艦棲姫は北上を無視して、当面の脅威に成り得る羽黒に向かって砲を向けようとした、その時だ。

 

 

 ガリッ!

 

 

 嫌な金属音とともに主砲の旋回速度が遅くなる。見れば主砲塔にわずかなへこみができており、それが主砲塔のスムーズな旋回を妨げているのだ。そのへこみが何なのか理解したとき、戦艦棲姫は北上の意図を悟る。

 先ほどの意味のないと思われた14cm単装砲の連射は主砲塔を歪ませて旋回速度を落とし、羽黒の接近を助けるものだったのだ。

 北上の評価を引き上げながらも、戦艦棲姫は旋回速度の遅くなった砲を羽黒に向ける。この分では初撃は羽黒にくれてやることになるだろう。だがそれでも旧式の砲を持ったただの重巡、自分にそこまでの痛手は与えられまい。敵ながら見事な北上の援護に免じて一撃くらいは甘んじて受けてやろう……そんな強者の余裕すら持つ戦艦棲姫の懐に、羽黒が飛び込んできた。

 

「撃ちます!」

 

 羽黒の掛け声とともに旧式の20.3cm連装砲が火を噴く。そして……戦艦棲姫の右の主砲塔が跡形も無く吹き飛んだ。

 

 ……戦艦棲姫には最初、何が起きたのか分からなかった。

 いくら近距離に寄ろうがあんな旧式の20.3cm連装砲では、ただの一撃で分厚い主砲の装甲を貫けるわけがない。だが現実に、主砲塔は根元から炎の柱を上げながら吹き飛んでいる。

 

 

 ……まさか。

 

 

 しばしの後、戦艦棲姫はその答えに行き着き驚愕に目を見開いた。

 戦艦棲姫の主砲でただ一点、旧式の20.3cm連装砲の一撃で大打撃を与えられる場所がある。それは……主砲の砲口内だ。いかに強大な砲であろうと砲口内に飛び込まれては、たとえそれが小口径砲でも致命傷になる。

 砲によるピンホールショット……普通に考えるならあり得ない話ではあるのだが、現実に旧式の20.3cm連装砲の一撃で主砲塔を吹き飛ばす手段はそれ以外にないのだからそういうことなのだろう。

 右側半分が完全に焼け爛れた戦艦棲姫が膝をつく。だが彼女の戦意は未だに健在、無事な艤装で羽黒に狙いを定める。

 しかし、それを北上が許さない。

 

「酸素魚雷、いっちゃうよ!」

 

 北上が必殺の酸素魚雷を放つ。航跡を残しにくい酸素魚雷は海中を滑らかに進みながら2発が戦艦棲姫に直撃した。浮き上がるような衝撃に身体が悲鳴を上げ、艤装からは発生した火災とそれにともなう黒煙が汚していく。

 しかしそれでも分厚い装甲に守られた戦艦棲姫は致命傷には至らなかった。

 そんな戦艦棲姫に、再びのんびりとしたやる気なさげな声が響いた。

 

「インストラクション・ワン、一の魚雷で倒せなければ百の魚雷を浴びせてやればよいのだ!

 な~んちゃって」

 

 再び衝撃が戦艦棲姫に襲い掛かる。しかも今度は連続した衝撃だ。

 連続集中雷撃……ローと朝潮のコンビが羅號を援護するために使ったことのあるコンビネーション攻撃、連続して同じ場所に雷撃を命中させるという技だ。

 無誘導兵器である魚雷を狙った場所に当てる難しさも当然ながら、この技には先行する魚雷の爆発で後発の魚雷が誤爆してしまわないようにしなければならないためタイミングが何より難しい。

 ローと朝潮のコンビもお互いに1発ずつの魚雷が限界だったが、北上は1人で、しかも2連を4回という回数を平然とこなしているのだ。

 魚雷のすべてを極めた艦娘、『雷撃の神様』とも称された北上の神技である。

 

 この羽黒と北上の連続した常識外れの技に、さすがの戦艦棲姫ももはや立ち上がることかなわない。各所を連鎖爆発させながら沈みゆく戦艦棲姫、彼女の視界にそれをたった2人で為した姿が映る。

 

「化ケ物……メ……」

 

 ありったけの怨嗟と湧き上がる恐怖を込めた言葉を残しながら、戦艦棲姫は沈んでいった。戦艦棲姫の撃沈を確認した羽黒と北上は、合流すると周辺を確認する。

 

「ふぅ……本当はもっと景気よくバァっと魚雷を撃ちたいんだけどねぇ」

 

「仕方ありません、弾薬量は限られているんですからなるべく節約しないと……」

 

「わかってはいるんだけどねぇ……」

 

 愚痴をこぼす北上に、たしなめるように羽黒は少し困った顔で答える。

 

「それじゃ魚雷が景気よく撃てない分は、スコアを伸ばしてストレス発散しましょうかねぇ」

 

「そうですね」

 

 2人は微笑みあいながらも、まるで獲物を狙う獣のような視線で彼方を見やる。そこにはまだたくさんの深海棲艦がひしめいていた。

 どうやら、今しばらくは彼女たち2人が暇になることはないようである……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 『最悪の深海棲艦』、『戦艦のようなナニカ』、『1人聯合艦隊』……『戦艦レ級』という存在を表す言葉は数多い。そして恐るべきことは、これらの評価すべてが決して誇張ではないということだ。

 大量の高性能艦載機群に魚雷艇による先制雷撃、そして強力な大口径砲による砲撃力とあまりにも分厚い装甲……それをたった1隻ですべて兼ね備える規格外の存在、艦娘にとって『絶望』と同義となる者こそが『戦艦レ級』である。しかもこの個体はさらに強力なエリート個体だ。

 そんな艦隊を組んで始めて互角とも言われる者に対して、単艦で突撃していく者がある。春を思わせるような藤色の着物の女……榛名だ。

 次々にレ級から発艦していく艦載機は、まるで餌に群がる蟻のように榛名に迫っていく。しばらく後にはいつも通り艦娘の身体は波間に消えていく……はずだった。

 

 

 ズドンッ!

 

 

 轟音が響く。榛名の装備した35.6cm連装砲が火を噴くと、迫り来る航空隊の一部が吹き飛んだ。

 榛名の装備する35.6cm連装砲は決して対空性能が高いというわけではない。ましてや、三式弾のような対空砲弾だったわけでもない。驚愕することに榛名は、ただただ自身の技量だけでこれをやってのけだのだ。

 

「……空を睨み続けた私には、この程度どうということはありません」

 

 それは彼女の手にした極致の力、あまりにも高い難度の対空攻撃さえも成功させる『精密射撃能力』。

 しかし、彼女の力はそれだけではなかった。

 

「榛名……いえ、『金剛四姉妹』、参ります!!」

 

 突撃を再開する榛名に、生き残っていた艦載機たちが殺到するがその動きはどこか鈍い。それを見ながら、榛名の脳裏には懐かしき彼女たちの言葉がよぎっていた。

 

 

『Hey、榛名!

 どんな集団にもリーダーという要が存在するデース!

 それさえ潰せば、どんな敵集団だろうがVeryEasyね!!』

 

「そうですよね、金剛お姉さま」

 

 

 そう、先ほどの榛名の攻撃で吹き飛ばしたのは航空隊の隊長機だったのだ。

 どんな集団もそれをまとめ上げるリーダーがいてこそ『集団』として機能できる。その要たるリーダーを失っては、『集団』としての効果的な動きなどできない。榛名はそれを狙って隊長機を瞬時に見抜き、初撃で撃ち抜いたのである。結果、榛名に対して効果的な攻撃が出来ない航空隊は、逆に榛名の正確な対空砲火の中に次々に墜とされていった。

 続いて接近を続ける榛名には、レ級からの魚雷、そしてかろうじて生き残った雷撃機からの魚雷が迫る。

 海を覆うような飽和魚雷攻撃、しかし榛名の動きは止まらない。

 

 

『榛名、TeaTimeは大事ネー!

 どんな時でも紅茶の一滴もこぼさないような、優雅な機動をしなくてはいけまセーン!』

 

「ええ、分かっています金剛お姉さま」

 

 

 絶対必中と思われた飽和魚雷攻撃、しかしそれを榛名は軽やかな動きで全弾を避け切った。

 なおも接近中の榛名に、今度はレ級からの砲撃が集中する。それは主砲・副砲入り混じった、弾幕のような砲撃だ。

 そのうちの一発が、榛名に対して直撃のコースをとっていることにレ級はほくそ笑む。しかし、それはすぐに驚愕に変わった。

 

 

 カンッ!

 

 

 甲高い金属音とともに、当たったと思われた砲弾が明後日の方向へと弾かれる。角度が甘かったのだろうが……その弾道を追っていたレ級はそれが決して偶然の産物ではないことに気付いていた。

 

 

『敵の弾をしっかり見て、えっと……戦車の傾斜装甲? みたいに当たる場所と角度を調整してやるの。

 あとは気合いがあれば、どんな攻撃にだって耐えられます!』

 

「そうですよね、比叡お姉さま」

 

 

 榛名は意図的に敵弾の当たる場所と角度を調整することで、レ級の砲撃を防いだのだ。

 そしてそのまま接近を果たした榛名は副砲を放つ。しかしそれはレ級には当たらず、その眼前の海面に着弾した。

 水柱が上がり、その視界が塞がる。目を凝らしその先を見つめたレ級は、そこにいるはずの榛名がいないことに気付いた。

 そして……。

 

 

 ガコンッ!!

 

 

 何かの金属が噛み合うような音が聞こえたレ級は、嫌な予感を感じながらもゆっくりと振り返った。

 金剛型戦艦改二型艤装の装甲、それがせり上がり形成されたもの……それはどこまでも無骨で大雑把な鋼鉄の塊、鋼鉄の拳(アイアンフィスト)だ。とてつもない重量があるだろう右のそれを、榛名は大きく振りかぶっていた。

 

 

『砲は確かに強力な武器ですが、私たちの強力な武器はそれだけではありません。

 私の計算では、場合によっては思い切り殴ったほうが破壊力という点で致命的なことになると出ていますよ』

 

「そうですね、霧島」

 

 

 ズガンッッ!!!

 

 

 爆発音にも似た衝撃音、振りかぶった状態からのすくい上げるようなボディブローがレ級に突き刺さった。その衝撃にしばしレ級は宙を浮き、バキボキッと何かが砕け散る音がレ級の内側から聞こえる。

 レ級は血を盛大に吐きながらそれを行った下手人である榛名を睨み、大蛇のような尻尾型の艤装が榛名を噛み砕こうと襲い掛かる。

 しかし……。

 

 

 ズドンッ!

 

 

 レ級は二度目の浮遊感を味わい、今度は頭から海面に叩きつけられていた。艤装がグシャリという嫌な音とともにひしゃげ、仰向けの体勢で倒れたレ級が血を吐き出す。

 レ級には最初、何が起こったのか分からなかった。しばらくして、力なくぐったりとした尻尾型の艤装を榛名があの巨大な鋼鉄のアームで掴んでいるのを見て、己に何が起こったのかを理解する。

 榛名は襲い掛かってきた尻尾型の艤装を、勢いをそのままに当て身投げの要領で投げつけたのである。

 しかし、今さらそれがわかったところでレ級の運命はすでに決まっていた。何故なら、榛名が倒れたレ級に、すべての主砲を向けていたからだ。

 35.6cm砲の至近距離からの集中砲火が、抵抗する間もなくレ級の装甲を喰い破る。それが未だに絶望の体現とまで艦娘たちに恐れられる『戦艦レ級』の、あっけない最後だった。

 

「……やはり忘れないものですね、お姉さまたちの教えは……」

 

 榛名はジッと、自らの手を見てから目を瞑る。

 

 金剛の敵の要を即座に見抜く『戦術眼』、紅茶の一滴もこぼさないような見事な『操舵術』。

 比叡の敵の攻撃を見抜き、耐え抜くための『防御術』。

 霧島の敵を完膚なきまでに破壊する『攻撃術』。

 そして榛名の見出した『精密射撃術』。

 

 姉妹と慕った彼女たち4人はその昔、ともに戦いの海を駆け回っていた。

 4人揃っていたのなら、誰が相手であろうと負けはしない……そう心から信じて駆け回っていた日々。

 しかし、それでも最初期の補給や修理すら満足ではない状態での戦いの日々はゆっくりと、しかし確実に彼女たち姉妹を蝕み、結局は生き残ったのは榛名ただ1人だ。

 

 『彼女たちの生きた証しを残したい』……その想いで、姉妹と慕った彼女たちが至った極致の技能、そのすべてを習得し受け継いだ最後の生き残り。

 『最強の4コ1(ヨンコイチ)』という異名を持ち、伝説的な戦果を挙げた艦娘『榛名』はゆっくりと目を開ける。

 彼方に見えるは大量の深海棲艦隊、それに向かって榛名は宣言した。

 

「勝手は榛名が、『金剛姉妹』が、許しません!!」

 

 機関が唸りを上げ榛名が、『1人で4人の金剛姉妹』が、帝都を守るために敵に突っ込んでいった……。

 

 




榛名さんに振られてこじらせちゃった君塚さんと、チートすぎるお艦軍団の戦いでした。
……自分で書いてて思いましたが、こんな一騎当千の猛者たちよく退役させてもらえたなぁ……。

次回あたりでトラック・レムリア聯合艦隊到着、羅號改見参にまで行きたいところ。
次回もよろしくお願いします。
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