今回も日常編、朝潮にスポットが当たった感じになっています。
そして……。
「ふぅ……」
会議が終了し、会議室から出ていく中で呉の筑波大将は大きなため息をついた。
そんな彼の背中から声がかけられる。
「筑波!」
「おお、天城か!」
振り向いてみれば、そこにいたのは筑波大将の親友であり佐世保を預かる天城海軍大将である。
「久しぶりだな筑波! 生きていたか!」
「ガハハッ! ワシがそう簡単に死ぬものか!」
そう言いながら、2人はお互いの肩を叩き合い再会を祝す。
「立ち話もなんだ、いろいろと積もる話もある。
どうだ?」
「もちろん大丈夫だ。 お互い、今日は家内はいないからな」
クイッと杯を傾けるジェスチャーをして天城大将が促すと、筑波大将も苦笑しながら頷いた。
2人はそのまま車で料亭まで移動する。
海軍将校がよく利用する料亭であり、少なくとも大本営などより防諜に関しては信頼できる店だ。離れの座敷で互いに酒を注ぎ終わると、2人は杯を合わせた。
「「乾杯」」
酒でのどを潤しながら、2人はゆっくりと話をしていく。
「まずは有希さんのこと、おめでとう。
よくぞ生きていてくれたな」
「ああ。
これが神のおかげだというなら、ワシは感謝で一生神に祈りをささげるぞ」
「そうか……私も娘をもつ親としては、他人事ではないな」
「……貴子さんは退役せんのか?」
「本人の希望でな、この戦争に区切りがつくまでは退役して家庭に入る気はないらしい。艦娘として茂雄くんとともに戦うそうだ」
クイッと天城大将が杯をあおる。
「……茂雄のやつが貴子さんと一緒になりたいと言ったときにはワシはずいぶん驚いたもんだが……お前は冷静だったな」
「何となくだが、貴子が茂雄くんのことを想っているのは気付いていた。こうなるのではないかとも心のどこかで思っていたよ。
それに茂雄くんは誰かの子とは思えんほどしっかりしている。
あれなら貴子も安心して任せられるというものだ」
「ワシと八重の手塩にかけた息子よ。当然じゃ!」
「ああ、八重さんの苦労が目に見えるようだ」
そう言って2人は笑った。
「しかしこうなると……私が初孫の顔を見るのはまだお預けだろうな」
「初孫……か」
庭で鹿威しが子気味のいい音を響かせる。さて……ここからが本題だ。
「今日、ワシの初孫に会ってきたよ」
「……どうだった?」
「幼いながら、もう海の漢の気質がしっかりと備わっておった。
器が違うわい。あれはとんでもない大きな漢になるな」
「孫自慢か、ジジイめ」
「おう、孫自慢よ!」
互いに苦笑する。
「……羅號くんは日本の命運を握る存在だ」
「……データは見たし、八重から話は聞いた。
あの万能戦艦『ラ級』……あれらに普通の艦娘だけで勝つのは無理だ。
まともに戦えるのは羅號のみ」
「私もまったくの同意見だ。
だからこそ、羅號くんの扱いには注意が必要だ」
「軍人という業深い職を選んだ報いか……。
息子や娘だけでなく、孫まで地獄の最前線に送り込まねばならんとはな……」
「口惜しいのは私も同じよ。
だがそうしなければ日本は……いや、『世界』はこの戦争に負ける」
「……わかっとるわい。
ワシも身内の情で世界の未来を潰すほど耄碌してはおらんし、何より羅號が最前線を望むわ。
あれはそんな子よ」
再び2人は酒をあおった。
「羅號の開発する装備は強力だ。熊王グループも羅號の行う開発のために、大量の資源と資材を寄付してくれた。
これで羅號が開発する新兵器を艦娘たちに配ることができれば、少しでも羅號の負担は軽くしてやれるというものだ」
「そうだな、レムリアとの決戦のためにそれは必要だろう。
外側にはそれでいいが……問題は内側だ」
「なに?」
「……実は旧君塚派の連中が怪しい動きをしているという情報がある」
「なんだと!?」
その情報に筑波大将は声を荒げた。
海軍内の君塚大将の派閥は、そのトップである君塚がレムリアに組してクーデターまがいのことをしたことで当然のように瓦解したのだが、彼らの提唱した『レムリアへの臣従案』というものが燻っている。
筑波大将や天城大将、そしてほかの良識ある海軍将校の根回しによって日本の姿勢は『レムリアとの対決、アネットの樹立する新政府との講和』という案に纏まったのであるが、それを不服とするものが旧君塚派のものと結びつき、何やら気がかりな動きを見せているようだ。
「羅號くんへの何らかの妨害……十分に考えられるぞ。
気を付けておけ」
「わかった、情報感謝する。
しかし……酒の不味くなる話だな。せっかくのワシの初孫の祝い酒だというのに」
「本当にうまい酒など軍人の我々には、この戦争の勝利まで飲むことなどできんよ。
それが軍人の業というものだ」
「そうだのう……」
2人の海軍大将はその後も、この戦争の展望について語り合うのだった。
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一方そのころ、羅號たちは……。
「それでは皆様、今宵は心ゆくまで堪能してくださいまし」
壇上の熊野こと熊之宮 彩香が宣言すると、ところどころから歓声が上がる。
ここは熊王グループ、もっと言えば彩香が個人的に所有する豪華客船『エスポワール』である。今夜はここで帝都攻防戦の戦勝会が、熊之宮彩香の主催で行わていた。参加者はトラック・レムリア聯合艦隊に退役艦娘の面々、そしてレムリア亡命艦隊の代表であるアネットという感じである。
「「「「うわぁぁ……!」」」」
羅號と3人娘が目の前の光景に目を輝かせる。
広いホールには、所狭しとそこかしこにごちそうと飲み物が用意されていた。深海棲艦の出現により輸出入が大きく制限されてしまっている現在では、これだけのものを用意するためには大変な労力と財力を必要とするだろうことが容易に想像できる。そんなごちそうの山だ。
そんなごちそうの山を前に子供たちは感動しているわけなのだが、特にトラック壊滅後に誕生した羅號など、基本的に食べものは保存食か質素なものしか知らない。生まれて初めて見る食べ物の山への感動はある意味別格だ。
「お気に召してくれましたか、羅號くん」
「あ、熊之宮おばさん」
声を掛けてきた彩香にぺこりと行儀よくお辞儀する羅號たちに、彩香は微笑みながら言う。
「ここにあるものは遠慮せず、好きなだけ食べていいんですのよ」
「本当?」
「ええ、わたくしたちがこうしているのも羅號くん、あなたのおかげです。
わたくしのしてあげることなどたかが知れていますもの、だからここでは遠慮などいりませんわ」
その言葉に嬉しそうに頷くと、羅號たちはごちそうのテーブルへと向かっていった。
「あらあら、究極の万能戦艦もああいうところは歳相応の子供ですわね」
くすくすと品よく笑う彩香の元に、長門とアネットが連れだってやってきた。
「あらお2人とも、楽しんで頂けてます?」
「私たちもとっても楽しませてもらっています。
素敵な会へのお招き、ありがとうございます」
アネットがそう礼を口にすると、今度は長門が言った。
「この会だけでなく、我々トラック・レムリア聯合艦隊の、そして羅號の治療と補給の件……熊之宮おばさんにはどれだけ感謝してもしたりません」
あの帝都攻防戦のあと、全力の戦いによってさすがにボロボロになってしまったトラック・レムリア聯合艦隊。物資もほとんど尽きた彼らに治療と補給を行ってくれたのは熊王グループだったのである。
特に羅號はその治療に燃料12000と鋼鉄15000、さらに高速修復剤20個という法外すぎる出費がかかったが、それすら嫌な顔一つせず出してくれたのである。2人にとっては感謝で頭が上がらないくらいだ。
だが、そんな2人にどうということはないと彩香は言い放つ。
「現在、横須賀鎮守府は先の戦いのダメージで再建の真っ最中、とてもではありませんが
ともに戦った戦友、そして我が国の一大事に救援をしてくれた他国艦隊に対しこれはあまりにも無礼な仕打ちというもの。
だからわたくしの方で好きにやらせてもらったというだけですわ。
お気になさらないで下さいまし」
そう上品にコロコロと笑いながら、それなら、と彩香は続ける。
「戦後にはレムリアとの交易もあるでしょう?
その時には是非にわたくしと熊王グループの名を思い出してくださいまし、アネット代表」
……なかなかに商魂たくましいことである。このくらいでなければ日本の財界トップとして君臨はできないだろう。
一方言われた側はというと、子供のころから母を経由して彩香のことを知っている長門は感心半分、呆れ半分といった何とも言えない表情である。アネットはその言葉がよほどツボに入ったのか、長門の横でこれまたコロコロと品よく笑い、スッと手を差し出す。
「ええ、その時はぜひとも」
「約束ですわよ」
アネットと握手を交わす彩香、しばしの後、手を離した彩香はそのイブニングドレスで露出した肩を竦めながら言った。
「もっとも……よい形で戦後を迎えられたらの話ですわね」
彩香の促すまま、長門とアネットもそれに続く。
「レムリアの戦力である深海棲艦はやはり強力、数も圧倒的に多い。しかしそれ以上に……あの万能戦艦『ラ級』が問題ですわ。
実際、戦場でその力を見たからこそ言いますけど……お恥ずかしい話ですが、アレに勝てるヴィジョンがまるで浮かびませんでした。
今までの深海棲艦との戦いがお遊びに思えるほどの絶望的存在……それがあの万能戦艦『ラ級』ですわ」
彩香は『ラ級』への認識を語ると手にしたカクテルをあおる。その正しい分析に長門とアネットは神妙な顔で頷いた。
「羅號くんは確かに強い。
しかし……羅號くんは1人、あちらのラ級万能戦艦は残り3隻も存在しています。
羅號くんたった1人では、この戦争を勝利することはできませんわ」
「……つまり今まで以上の私たちの頑張りが必要というわけですか?」
長門のその言葉に彩香は「よくできました」とばかりに頷く。
「いかに通常の深海棲艦を艦娘たちが倒し、『ラ級』と戦う羅號くんを援護できるか……それがこの戦争の行方を決めるでしょう。
羅號くんは開発でも強力な新型装備を開発できるようですので、その開発用の資源や資材もわたくしの方で用意させてもらいました。これらで装備を整えることも重要ですわ。
しかし……それだけやっても胸を張って安心ということはできませんわね。それほどにこの戦争は難物です」
「……わかっています」
神妙に頷くアネットに、彩香は表情を崩す。
「でもそこまで悲観するものではありませんわ。わたくしたちの現役だったころのような、先の見えなかった状況とは違うのです。希望は見えているのですから、あとは進むだけですわ。
御覧なさいな」
そう言って彩香が顎で指す方を見ると、トラック・レムリア聯合艦隊の面々と退役艦娘たちがそれぞれに談笑している。
「こんな光景、今まで一体誰が予想しえたでしょう?
わたくし、これは新しい時代の到来を意味していると思っていますの。
その未来のためなら多少の苦難など、『産みの苦しみ』だと思って感受できますわ」
「そう、ですね……」
これからの苦難を考えていただろう長門とアネットが、ぎこちないながらも笑顔を返したのを見て彩香も笑顔を返した。
「さて、では引き続きパーティを……あら?
羅號くんたち何を……?」
見ればさっきまでごちそうを食べていた羅號と3人娘がいない。会場を見渡してみると別のテーブルで何かをやっていた。
「「じゃんけん……ポン!!」」
羅號とローが何やらじゃんけんをしているのだが……どういうわけか、カードでじゃんけんをしている。なんだかまがまがしい骨でグー・チョキ・パーの書かれたカードだった。
「あの……熊之宮おばさん?
なんだかザワザワ聞こえてきそうな教育上よろしくなさそうな遊びをしているみたいなんですが……」
「あら、あのカードは隠し忘れかしら?」
少し肩を竦めて、連れ立ってその場所へと向かおうとする。その途中、彩香はふと思い出したように言った。
「そう言えば、あの朝潮の子の改二への改装は明日だったかしら?」
「はい」
今までの激戦を生き残ってきた朝潮は艤装にその経験値が溜まり、さらなる自己進化である『改二』と呼ばれる状態への進化が可能になっていた。
「その費用まで出してもらって……熊之宮おばさんには本当に感謝しきれません」
「そんなこといいのですわ。
好きな人の近くにいたい。そのための力が欲しい……何ともいじらしい、少女の純粋な想いじゃありませんか。
それに……あの子が羅號くんのお嫁さん候補だということは八重さんからも聞いていますわ。これからのこと……レムリアとの戦争だけでなく、戦後のことも考えれば、あの子が力を得ることは良いことだと思いますわよ」
彩香は戦後となれば、羅號という存在が外交に対して及ぼす影響を理解していた。確実にその周りには、その力や技術を求めた他国からの干渉があるだろう。
少なくとも羅號のお嫁さん候補の1人である呂500ことローはドイツ人であることから、ドイツからの干渉は確実だ。そんな中で羅號にもっとも近い3人の少女の中に純粋な日本人である朝潮がいるのは僥倖である。
彩香としては朝潮を日本代表のような形にして、羅號まわりで展開されるだろうやっかいな外交のゴタゴタをある程度コントロールできるようになることを期待しているのだ。そのために朝潮にはいろいろな困難を跳ね除けるための力や知識は必要だと思っている。
時間が取れた段階でその辺りの教育を本気でやろうと八重や彩香は企んでいた。戦争孤児である彼女を養子として引き取ることも本気で視野に入れている。朝潮の改二への改造もその一環、必要なことなのだ。
「正直、子供を外交に巻き込むのはあまり感心しないのですが……」
「わたくしも同感、子供は健やかに育つのが一番だと思ってはいるのですが……そちらも『ちぃ』ちゃんがお嫁さん候補に食い込んでいる以上無関係とは言わせませんわよ、アネット代表?」
「藪蛇でしたわ」
アネットは彩香に言われて肩を竦める。彼女の言う通り、アネットにとっても羅號との付き合いは重視すべき話だからだ。このまま『ちぃ』とうまくやってくれればそれはレムリアと地上との懸け橋となりえるとも、施政者としてのアネットは思っている。
大人たちは様々な思いのまま、子供たちの方を眺めるのだった。
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『横須賀鎮守府』、ここは日本海軍の総本山ともいえる帝都の最重要施設……だったのは少し前の話。帝都攻防戦の際に迎撃戦力がほとんどない状態で最優先破壊目標として集中攻撃を受けたため、その主要な施設は軒並み破壊され、その役目のほとんどは呉や佐世保に一時移されている。
現在、横須賀鎮守府は急ピッチで再建作業が進んでおり、そこら中から建設重機の音が聞こえる。そんな横須賀鎮守府の、突貫工事で再建された工廠から1人の少女が出てきた。
朝潮である。
「ふふふっ……」
朝潮のその胸の内に抑えきれない喜びがあることがその漏れ出る笑みから容易に想像できる。今までにないほどの上機嫌だ。
朝潮の恰好は今までのものとは違う。
白い長袖ブラウスに黒のサロペットスカート、白いボレロの落ち着いた制服姿……その姿はまるで名門私立小学校に通うお嬢様のようだ。朝潮自慢の長く綺麗な黒髪がそのイメージに拍車をかけている。
全体的に上品さと清楚さを感じさせる恰好だが、その線が美しい脚を包む黒いストッキングがなにやら妖艶な印象を醸し出しており、良い意味でアクセントになっていた。
今まで長く苦しい戦いの日々を生き延びてきたことで朝潮の艤装は戦闘経験値が蓄積し、『改二丁』と呼ばれる状態に改造されたところである。艤装はまだ最終チェックの真っ最中だが、彼女専用に仕立てられた新しい制服は何の違和感も感じない完璧な仕上がりだった。
そこで朝潮は、同じくこの横須賀鎮守府の中にある開発工廠で新装備の開発に来ているはずの羅號のところに向かおうとしていたのである。その理由は……彼女は深海棲艦たちと戦う勇猛果敢な駆逐艦娘であるのと同時に、歳相応の恋をする少女だからだ。
手鏡で髪をチェックし、ボレロやスカートに汚れやしわがないことを確認すると軽やかに歩き出す。一刻も早くこの姿を羅號に見てもらいたい、そして羅號に褒めてもらいたい……今、彼女の胸を占めるのはそんな甘い乙女心だ。
ふと、歩きながら朝潮は羅號のことを考えた。
羅號……隔絶した戦闘能力と大きな優しさ、そして正しく気高い魂を持った男の子。
最強の戦艦『大和』を母とし、父は確かな能力を持った『提督』だった。今は艦隊旗艦である『長門』の義息子であり、呉の筑波大将とあの伝説の『榛名』の義孫である。
つらつらと情報を並べ立てると、自分とのあまりの違いに朝潮は思わず苦笑した。
戦争孤児だった朝潮は親の顔をよく覚えていない。物心ついた時にはすでに施設の中だった。そんな自分に艦娘の適性があることが分かり軍に志願、今に至る。すでに戦争が長期化している今時では特に目新しくもない、ありふれた話だ。
自分の境遇に涙したことは、もちろん数え切れないほどある。親も家も才能も、『何も持っていない』ことを嘆いたことも数え切れない。
だが、生まれや境遇を生まれる前に自分で選べた人間など存在しない。それはもう『運』の話だ。自分は『運』が悪かったのだ……そう思って自らの境遇に関しては考えないように努めてきた。
しかし、今なら思う。自分の持っていた『運』はすべてあの時の、羅號と出会うためだけに温存されていたのだ、と。
堅物な自分、しかも最初は理不尽な憤りをぶつけて邪険にしていた。そんな自分を救いそばにいさせてくれる。優しくしてくれる。好きでいさせてくれる……これほどの幸福は朝潮の10年程度の短い人生の中で初めてのことだった。
ふと、『こんなに幸せでいいのだろうか?』という考えが頭をもたげるときがある。
親友であった荒潮を介錯して殺したことへの罪悪感は今でも、朝潮の中に残っている。殺してしまったことへのすまなさ、そんな自分がのうのうと生きるていることへの後ろめたさ……きっとこれは一生消えることはないのだろう。
だがそれを胸に抱えていても、それでもこの幸福に浸っていたいという想いが強い。それほどまでに朝潮は羅號に恋をしている。
しかし、その幸せは同時に不安でもあった。なんといっても羅號に恋をしているのは自分だけではないのだから。
だが恋のライバルであるローや『ちぃ』は朝潮にとっても大切な友達なのだ、蹴落とそうという考えそのものが出てこない。それに……羅號が女3人『程度』で収まる器とも朝潮には思えない。
羅號はどうしようもないほどの『女誑し』だと朝潮は思っている。しかも無意識・無自覚のうちに本能のレベルで女を堕としていく、一番たちの悪いタイプの『女誑し』だ。
今は自分、ロー、『ちぃ』の3人がその心を仕留められているが、この程度では済まないだろうという確信が朝潮にはある。
その辺り朝潮には「まぁ、そうなるな」という歳に合わぬ達観、というか諦めがあった。「まぁ、女側でいがみ合いが起こらないように上手くやろう」と真面目に考えているし、羅號なら囲んだ女は責任もってみんな大切にしてくれるだろうという、奇妙な信頼もあった。
しかし、それで不安が無くなるかと言われれば『否』である。
自分は面白みのない堅物女だと、朝潮は自覚している。ローや『ちぃ』のように常日頃から、もっと自分に素直になって甘えられたら……そんな風に思うが、そうは出来ない性分なので仕方ない。
だからこそ、こういうチャンスのときを最大限に利用しなければならないのだ。
「……よしっ!」
少し気合を入れ直し、羅號のもとへと向かおうとする朝潮。そんな彼女に声がかけられた。
「少しよろしいかな?」
声に振り返ってみれば、そこにいたのはインバネスコートにボーラーハットをかぶった男だった。杖まで持っているさまは英国紳士のそれなのだが、どこか人を見下しているような感じがして第一印象はあまりよろしくない。
しかしできた娘である朝潮はそんな印象を顔に出すことはなく、努めて悪い印象を与えないように気を付けながら返事をする。
「はい、なんでしょうか?」
「この鎮守府には慣れていなくてね、すまないが司令部までの道を教えてはくれないだろうか?」
どうも他の鎮守府からの視察か何かのようだが、普通は案内くらい付くものだがどうしたのだろうか?
道案内ならあっちに聞けばいいのに……そう思いながら横目で近くを通り過ぎた憲兵をチラリと見るが、こちらの様子に気付いているのにもかかわらず素通りしていってしまった。ずいぶん仕事熱心なものだと、朝潮は心の中で皮肉を言う。
もっとも強面の憲兵に話しかけるのは勇気がいるし、だからこちらに話しかけたのだろうと朝潮は納得した。
「分かりました、ご案内します」
本心は一刻も早く羅號のところに行ってこの恰好を見てもらいたかったのだが、よそからの客人には無礼は働けない。実直で真面目な朝潮はそう思って男を先導しようと前に出た。
その時だ。
バッ!
「んーっ!!?」
いきなり男に背後から抱き着かれるようにして抑え込まれた。的確に口を塞いでおり、悲鳴もあげられない。
(まさか誘拐!? でも!!)
艦娘は艤装を身につけていなくてもその力のほんの一部くらいは引き出せる。外見的には彼女もローも『ちぃ』も、そして羅號も小学校高学年程度だが、その力は大人数の大人を軽々と投げ飛ばせる程度はあるのだ。
朝潮は力を込めて拘束を振りほどこうとするが……。
(嘘!? まるで敵わない!?)
朝潮を超える力で、拘束し続ける男……女なら艦娘ということもありえたが、男でこの力は一体……。
そこまで考えて朝潮は思い出した。男でありながら艦娘である自分と同等以上の力を発揮できる存在がいるじゃないか。しかも自分のよく知る、大好きな人で……。
その可能性にたどり着いた朝潮の顔が青くなる。
その様子を背後から眺めながら、男はニヤリと笑い朝潮の耳元でささやいた。
「ずいぶん勘がいいみたいだね。 その通り。
私はレムリアの万能戦艦『インヴィンシブル』。
以後お見知りおきを、リトルレディ」
その名を聞いた瞬間、チクリとした感触とともに意識が朦朧とし始めた。なにか薬物を注射されたことを悟った朝潮は残った力でもがきながら一縷の望みを託して先ほどの憲兵の姿を探る。異常を察知して騒ぎになればあるいは……という考えだったのだが、先ほどの憲兵は確実にこちらに気付いていながらも助ける気配も騒ぐ気配もない。それどころか周辺の様子を探っているようだ。
(憲兵もグルなの!?)
そうしている間にも薬物によって朝潮の身体から抵抗する力が失われていく。
「私は君の王子様、羅號くんに用事があってね。 お姫様役をやってもらおうかな、リトルレディ。
君の王子様は果たして、悪いドラゴンに攫われたお姫様を助けに来てくれるかな?」
この男は自分を餌にして羅號をおびき寄せるつもりなのだ。だが、それが理解できたとしてもすでに朝潮の身体に抵抗する力は残されていなかった。必死にもがき、ばたつかせていた手足が力なくダランと垂れ下がる。
(ら……ごう……)
朝潮は羅號の名前を心の中で呼びながら、その意識を失ったのだった……。
【憲兵は】朝潮、薬キメハイエースされる【グル】
羅號「……よし、皆殺しにしよう」
朝潮ちゃんがマジでハイエースされました。
『朝潮型はガチ』とか『ハイエース』とかはネタではよく聞く単語だけど、本当に朝潮がハイエースされるSSは見覚えないないなぁ、と思いながら書きましたね。
つむじ風の少女の時もそうでしたが、朝潮のヒロイン
次回は羅號とお嫁さん候補艦隊が朝潮救出のために出撃します。
次回もよろしくお願いします。