艦隊これくしょん -轟ケ天ニ-   作:キューマル式

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今回は捕まった朝潮の様子となります。

今回は残酷描写注意となりますのでお気をつけ下さい。


罠 氷海の激闘(その3)

 

「う、うぅん……」

 

 朝潮がゆっくりと目を覚ます。まるで何時間も絶叫コースターに乗せられたかのように、頭の中がグワングワンと揺れる。それに合わせるように混濁した意識と歪む視界……話に聞く『二日酔い』というやつがこんな感じなんだろうかと、纏まらない思考の中で朝潮はふと考えた。

 

 

 ジャラ……

 

 

 そんな朦朧とする意識の中で不吉な金属音に反応し朝潮が視線を向けると、手には金属製の手錠がかかっていた。

 それを認識すると、それまで朦朧としていた意識がゆっくりとクリアになっていく。

 

「そうだった、私……!?」

 

 慌てて辺りを見渡すと、そこは金属製の壁で囲まれた場所だった。恐らく輸送用のコンテナの中か何かだろう。

 と、その時その扉がゆっくりと開いた。

 

「目が覚めたようだね、リトルレディ」

 

 やってきたのは朝潮を攫った男、レムリアの万能戦艦『インヴィンシブル』だ。それに気付いた朝潮は気丈にインヴィンシブルをキッと睨み付ける。

 

「おや、お姫様はご機嫌斜めのようだね?」

 

「……いきなり薬打たれた挙句に誘拐されてご機嫌でいられると思いますか、悪いドラゴンさん?」

 

「ご意見、ごもっともだ」

 

 朝潮の言葉に、インヴィンシブルは大仰に肩を竦めた。

 

「……私をどうするつもりですか?」

 

「何もしないよ、お姫様。

 私が用があるのは君の王子様の方だからね」

 

 そう言うとインヴィンシブルはゆっくりと朝潮に近付き、しゃがみ込むと朝潮の顎を掴んでその顔を覗き込んでくる。力では抗しようもなく、朝潮はせめてもの抵抗とばかりに視線をそらした。

 

「こんな可愛いお姫様のためだ。

 たとえ火の中水の中、墓穴の中にだって君の王子様は来てくれるだろう?」

 

「ぺっ!」

 

 自分を餌に羅號を始末しようというその言葉、インヴィンシブルへの唾棄すべき嫌悪感をそのままに朝潮は顎を掴まれたままでインヴィンシブルに唾を吐きかける。

 

「……なかなかお転婆じゃないか!」

 

 朝潮の吐きかけた唾を拭うと、インヴィンシブルはそのまま平手で朝潮の頬を張る。

 

「あうっ!」

 

 その衝撃で朝潮が床に転がった。その衝撃で口の中が切れたらしい、朝潮の口の中に血の味が広がっていく。

 

「お姫様かと思ったら王子様の愛玩用の犬だったみたいだね。

 躾がなってない駄犬のようじゃないか」

 

「くっ……!」

 

 インヴィンシブルはそんな倒れた朝潮の髪を掴んで、強引に身体を引き起こした。それでも朝潮は気丈にインヴィンシブルを睨み付ける。

 

「犬が随分と反抗的な目をしている。

 仕方ない、自分の立場が理解できるように少し躾けてあげよう!」

 

 再び朝潮の頬を叩こうとインヴィンシブルが手を振り上げたその時だ。

 

「そこまでにしておけ、インヴィンシブル」

 

 新たな声がコンテナに響く。

 朝潮が視線を向けると、そこにはモノクルを付けた男が立っていた。その後ろには『空母水鬼』を連れている。

 

「おや、何かなガスコーニュ?

 野蛮で遅れた地上人類などレムリアが生存を許可してやる飼い犬にすぎない。私は犬は犬らしい態度をするように躾をしようとしているだけだが?」

 

「……インヴィンシブル、お前のレムリアに対する忠誠には感心する。

 だがその艦娘は今回の敵万能戦艦のおびき出しに使う餌だ。餌は五体満足でなければ意味は半減する。

 躾とやらは控えておけ」

 

 その言葉に、2人の視線が空中でぶつかった。

 その様子を隣で眺めながら、朝潮はとてつもなく嫌な予感に襲われる。

 

(万能戦艦であるインヴィンシブルと対等に話す男……まさか、この男も万能戦艦だというの!?)

 

 羅號が1対2の戦いを強いられる状況に、朝潮は顔を青くする。

 そんな朝潮の前で繰り広げられた視線のぶつかり合いは、インヴィンシブルが肩を竦めて朝潮を離すことで終わりを告げた。

 

「……いいだろう、今回は君の意見を採用する。

 なに、犬の扱いには慣れている君の意見だ。 間違いはないだろう」

 

「……聞き届けてくれて感謝の極みだ」

 

 お互いに友好など感じられない言い合いの後、インヴィンシブルは出口へと向かっていく。そして扉のところでインヴィンシブルはガスコーニュの肩を叩いた。

 

「ついでに作戦の間の犬の世話も頼めるかね?

 君と違って、躾の行き届いていない犬の世話は苦手でね」

 

「……了解した」

 

「では頼むよ、トップブリーダーくん」

 

 そう言ってインヴィンシブルは出ていった。

 

「……ちっ、相変わらずいけ好かん」

 

 一方のガスコーニュも悪態をつくと、その後ろで控えていた『空母水鬼』へと顔を向けた。

 

「『ベル』……あとは任せた」

 

「ハイ、ガスコーニュ様……」

 

 『ベル』と呼ばれた『空母水鬼』が頷くと、一度だけチラリと朝潮の方を見てからガスコーニュも出ていった。その姿を見えなくなるまで見送っていた『ベル』は、改めて朝潮へと向き直る。

 

「私の名前ハ『ベル』……短い間ダケど、アナタのお世話ヲ担当するワ」

 

 そう言った彼女に朝潮は、『ちぃ』たちレムリア亡命艦隊の面々と同じく、『感情』の存在を感じ取ったのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ママッ!!」

 

 ドアを吹き飛ばすような勢いで開け放ち、羅號が室内に飛び込んできた。

 

「らーくん!」

 

「ラゴウ、待っテー!」

 

 羅號に続いてローと『ちぃ』も転がるように室内に入ってきた。2人とも肩で息をしており全力疾走してきたことが伺える。その室内では長門が、そして筑波大将と八重までが待っていた。

 

「羅號、それにお前たちも来たのか……用事もあったろうに急いで来てもらってすまないな、羅號」

 

「そんなことはどうでもいい!

 そんなことより長門ママ、あの話は……朝潮が誘拐されたって話は本当なの!?」

 

 その言葉に長門たちは沈痛な面持ちで頷いた。

 

「ああ、本当だ……」

 

「そんな……」

 

「すまん、羅號……ワシが、ワシが甘かった……」

 

 ショックに打ち震える子供たちに筑波大将も頭を下げる。

 筑波大将が頭を下げる理由は、今回の事件の裏側をあらかた把握したからだ。今回の朝潮誘拐事件の裏には『旧君塚派』の影があったのである。

 未だに『レムリアへの臣従による国家安寧』を掲げる『旧君塚派』の者たち、今回の事件はそんな『旧君塚派』の手引きによって引き起こされたものである。憲兵に化けレムリアの者とともに横須賀鎮守府内に侵入、大胆にも白昼堂々と朝潮を誘拐して、あらかじめ用意しておいた逃走経路から悠々と脱出したのだ。横須賀鎮守府は現在再建作業の真っ最中であり、警備体制に関しても不十分だったことも朝潮の誘拐を容易にしてしまった原因である。

 筑波大将はまさかこんな大胆な行動をとってくるとは思わず、天城大将によって忠告を受けていたのにもかかわらずまんまと朝潮を攫われたことに悔しそうに顔を歪めた。

 

「おじいちゃん……それで朝潮はどこに連れてかれたのか分かったの?」

 

「……ああ」

 

 羅號の言葉に、筑波大将はゆっくりと頷く。

 朝潮誘拐の事実を把握してからの筑波大将の動きは早かった。怪しい動きをした旧君塚派の者を即座に拘束、尋問によって状況を把握したのである。

 

「捕まえてインタビュー(拷問)したら吐きおったわ」

 

「インタビュー? 誘拐までしたのにそれだけで教えてくれたの?

 騙されただけの結構いい人だったのかな?」

 

 羅號は小首を傾げるが、その致命的な勘違いを大人たちは誰も正さない。子供には知らなくていい、知らせてはいけない世界があるのだ。

 その情報によれば朝潮を攫った後、彼女は北を目指して船に乗せられたようである。

 

「北? 目的地は一体……?」

 

「分からんが、間違いなくその狙いは……」

 

 その時、再びドアが開け放たれる。

 

「八重、入るわよ」

 

 入ってきたのは瑞貴であった。

 

「瑞貴……」

 

「……状況は聞いてるわ。

 うちの旦那からも協力するように言われてるわ。 私に任せなさい」

 

「天城の奥方……協力、感謝します」

 

 瑞貴の言葉に、筑波大将は深々と頭を下げた。

 

「筑波大将閣下、頭を上げてください。

 それに……この事件、相当不味いことは分かっていると思います。

 出し惜しみはなしで、協力して何とかしないと……」

 

 瑞貴はそう言うと、近くにいたロー、『ちぃ』の順番に頭を撫で、最後にワシャワシャと羅號の頭を撫でる。

 

「?」

 

 羅號は瑞貴の意味深な言葉に首を傾げる。自分が日本の命運を握る存在だということを、今一つ羅號は理解していないのだ。

 朝潮が誘拐された原因は間違いなく、羅號を釣るための餌だろう。もしもその思惑通り羅號が釣られて何かあったのなら……この戦争での『世界』の敗北はほぼ確定する。

 だから、できることならそうなる前に事件を解決したいというのが大人たちの本音だ。

 

「今、私が声をかけれるだけの空母艦娘たちにありったけの偵察機を飛ばさせているわ。

 訓練学校に通う、まだ殻もとれてないヒヨコたちだけど私が育ててる子たちよ、偵察任務なら余裕でこなせるわ。

 これでその船を補足できれば……」

 

「瑞貴さん!!」

 

 その時、三度ドアが開け放たれると誰かが飛び込んでくる。それはあの鳥海の母である藤見美羽であった。

 

「美羽、どうしたの?」

 

「瑞貴さんが動員をかけた空母艦娘の1人、龍鳳の子が目標を補足しました。

 でも、その船に……」

 

 そう言って、美羽は偵察機から撮っただろう空撮写真を見せる。

 何の変哲もない小型輸送艇、しかしそこには拘束された朝潮と大きな盾のようなものを持つ艤装を付けた『男』の姿が映っていたのだ。

 艤装を付けた『男』……その意味に、室内の温度が急激に下がる。

 そんな中、羅號がポツリと言った。

 

「ラ級万能戦艦……」

 

 この時、やっと日本側は朝潮を誘拐した一味に敵万能戦艦の存在を確認したのである。

 

「……最悪のシナリオだわ。

 発見した龍鳳の対応は?」

 

「十分に距離を取って航空偵察のみに徹しています」

 

「GOOD、言い判断だわ! さすが私の教え子ね!」

 

 そんな風に瑞貴が弟子の対応を褒める中、羅號は意を決したかのように部屋を出ようとするのを長門が止めた。

 

「羅號、どこに行く!!」

 

「決まってるよ長門ママ! 僕が出撃して朝潮を助けてくる!!」

 

「羅號、待て!!」

 

 長門の手を振りほどこうとする羅號だが、長門はその手を離さない。

 

「羅號、落ち着いて」

 

「長門ママもおばあちゃんも放してよ!!」

 

 そうしているうちに八重も羅號を抱きしめるようにその動きを止めようとした。

 

「いいから聞くんだ、羅號!!」

 

 

 ビクッ!?

 

 

 長門が怒鳴るような大声を出したことで、羅號はびっくりしたかのように動きを止める。長門はしゃがみ込んで羅號と視線を合わせると、真っ直ぐに羅號の目を見て諭す。

 

「朝潮を攫われて心から心配なのは分かる。

 だが敵にラ級万能戦艦がいると分かった以上、このまま奴のもとに向かうのは危険だ。どんな罠があるとも限らん。

 お前が向かって負けてしまっては朝潮を救うことは出来んぞ。

 ここはまずは偵察で相手の情報をできる限り集めて、万全な状態で朝潮を救えるようにするんだ。

 ここは私やおじいちゃん、おばあちゃんたちに任せてくれ……」

 

「……わかった」

 

 いろいろと言いたいことはありそうな様子だったが、羅號は力を抜いていく。それを見て、長門もホッと息をついた。

 

「状況が変わり次第、また伝える。

 それまではみんなで身体を休めていなさい。 休むのも大切な役目だ」

 

 そう言って長門はローと『ちぃ』に目配せすると、2人は応えるように頷く。

 

「らーくん、行こ?」

 

「ラゴウ、一緒に行ク」

 

 羅號はローと『ちぃ』に挟まれ、まるで連行されるように部屋から出る。それを見送ると、長門たちは揃ってため息をついた。

 

「何とか今すぐに飛び出すのは思いとどまってくれたか……。

 しかし父様に母様、攫われたのは朝潮です。

 大切な子を攫われていつまでも大人しくしていられるほど、あの子は物分かりも良くなければ薄情でもありません。

 それが、その近くにラ級万能戦艦がいるとなればなおさらです」

 

「わかっとる……。

 ワシら大人の方で何か手を考えなければならんな……」

 

「航空偵察はこのまま続けさせるわ。

 情報は逐一持ってくるから」

 

「お願いします、瑞貴」

 

 筑波大将は苦虫を噛み潰したような顔で帽子をかぶり直し、八重は瑞貴の協力に頭を下げる。

 こうして朝潮の誘拐を把握した日本海軍は情報収集に奔走し始めるのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「寒い……」

 

「コレを使ッテ。

 こンな狭イ中で火は使えナイから……」

 

 自分の肩を抱くように小さく震えた朝潮に、『ベル』は持ってきた毛布を優しくかぶせる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 朝潮は『ベル』にお礼を言うと、『ベル』は微笑んだ。

 

「暖かイお茶ヲ淹れてアゲる。

 インスタントだけど……コーヒーと紅茶、どっちが好キ?」

 

「では……コーヒーを」

 

「オ砂糖とミルクは?」

 

「ブラックでいいです」

 

「アラアラ、大人なのネ」

 

 そう言って『ベル』はクスクス笑うと、持ってきた魔法瓶に入れたお湯でインスタントコーヒーを淹れてくれた。寒々しいコンテナ内にコーヒーのいい香りが広がっていく。

 

「いただきます……」

 

 朝潮は『ベル』から渡されたマグカップに入ったコーヒーをすすった。

 朝潮の飲むコーヒーは苦く、そして温かい。それは冷えた身体を内側から温めてくれる。そんな朝潮の様子を『ベル』はニコニコしながら見ていた。その表情に嘘があるように感じ取れないのは朝潮が未熟だからだろうか?

 朝潮がこの場所に閉じ込められてからしばらく経つ。一度外に連れ出されたりしたが、それ以外は外部をうかがい知ることのできないこのコンテナ内にいたことで時間感覚が完全に狂い、自分が誘拐されてからどれほどの時間がたったのかもう分からない。そんな中、朝潮の世話をしてくれていたのは『ベル』だ。

 最初は敵の一味ということで警戒心と反抗心をあらわにしていた朝潮だが、今では注意深くはしているが反抗心などは消えてしまっていた。『ベル』は食事などの身の回りの世話だけでなくこうして話し相手になりに来ている。そして嫌そうな素振りなどみじんも見せず、丁寧に扱ってくれているのが分かる。……身体を綺麗にするといって裸にされ、全身を洗われたのは丁寧さを超えてちょっと引いてしまったが。

 そんな朝潮を丁寧に扱ってくれる『ベル』に敵意がわかなくなってきてしまったのである。

 朝潮はそんな自分の変化を冷静な部分で『ストックホルム症候群にかかったのかもしれない』と分析し、頭を振る。そしてその危惧を払拭するためにもと、何か情報を入手できないものかと朝潮は『ベル』に積極的に話しかけることにした。

 

「……あの……『ベル』さんもレムリアで『欠陥品』って呼ばれている『感情』のある個体なんですよね?」

 

「エエ、そうヨ」

 

「あの……『ちぃ』たちからレムリアでの『欠陥品』の扱いは酷いって聞きました。

 『ベル』さんは……大丈夫なんですか?」

 

 朝潮はインヴィンシブルが『ベル』のことを『ペット』と呼ぶのを聞いている。優しくしてもらった相手だけに個人的な心配もあるが、もし不満を持っているようなら人類側に引き抜けるのではないかとも考えて朝潮は質問してみた。

 だがそんなかなり突っ込んだ朝潮の質問に、『ベル』は微笑みながら答えてくれる。

 

「フフ……そうネ。

 私は大丈夫ヨ」

 

 そう言うと『ベル』は少し遠くを眺めるようにしてから、ゆっくりと言った。

 

「朝潮チャン、アナタは……『生まれたこと』ヲ後悔しタことはあル?

 私ハあルわ……アノ人に出会ウまでズット……」

 

 朝潮には『ベル』のその眼の色が……どうしてか見覚えがあるような気がした。

 

「ソウね……オ茶のお菓子の代わりニハならなイけど、暇つぶシにはなるでショウ。

 少しダけ……私の話ヲしてあゲル」

 

 そう言って『ベル』は再び遠い彼方を見つめるようにしながら、ゆっくりと語り始めた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 『もしも選べたのなら、感情など欲しくはなかった』……それは当時の、生まれたばかりの『欠陥品』たちの思いだった。

 彼女たちが生まれたのはあの『レムリア亡命艦隊』がレムリアを脱出してすぐのころだ。レムリアを裏切ったとも言える『レムリア亡命艦隊』を構成する『欠陥品』への扱いは、当然ながら苛烈なものになる。誕生と同時に『欠陥品』だと判明したものは徹底して拘束、処分となったのである。

 

「私たち、これカラどうなるんダロう……?」

 

 『欠陥品』の集められた暗い部屋で響いたその呟きは誰のものだったのか……誰でも変わらない、どうせそれは全員の共通した思いなのだから。

 そして……そんな自分たちの末路すら、彼女たちは理解してしまっていた。

 

「怖イ……怖イわ……」

 

 そう遠くない未来にやってくる処分の時……彼女たちは『感情』があるがゆえに、迫る『死』の恐怖に震えていた。

 そんな彼女たちにできることは、仲間同士互いに肩を抱き身体を抱きしめ、少しでも恐怖の震えがおさまることを祈ることだけだった。のちに『ベル』と呼ばれる彼女もそんな風に震えながら過ごした。

 そんな中で互いに抱きしめ合って慰め合った『水母棲姫』は『ベル』にとっては大切な親友であり、また彼女も『ベル』のことをそう思ってくれていたのである。どんな場所にだって美しい友情の花は咲くのだ。しかし……その美しい花の最後はあまりにも悲惨だった。

 

 彼女たちの処分方法、それは新型艦の性能テストのための標的だったのである。そしてレムリアの新型艦といえば、あの『万能戦艦』たちのことだ。『欠陥品』である彼女たちは通常の深海棲艦と比べれば強力だが、相手が『万能戦艦』では桁が違いすぎてどうしようもない。

 悲鳴に断末魔、哀願に命乞い……なまじ感情があるだけに人と同じ反応をする彼女たちの最後は、『無惨』という言葉では生ぬるい地獄の光景だった。

 そして……親友であった『水母棲姫』も、『ベル』の目の前で命を散らした。

 

「ギャハハハハ!!」

 

 狂った嗤いを上げる男……確か『モンタナ』といったか……その男のツインドリル、その片側が『水母棲姫』を貫いていた。叫び声さえ上げられぬ激痛の中で、自然な反応でもがく『水母棲姫』。そんな彼女を貫いたドリルが回転し、彼女のはらわたをかきまわす。

 生きながら挽肉にされていく彼女の絶叫、そしてそんな彼女の弱々しく震える手が『ベル』の方に伸ばされる。

 「助けて……」という消え入りそうな彼女の声を『ベル』は聞いた気がする。しかし、その光景を前に恐怖ですくんでしまった『ベル』はピクリとも動くことができなかった。

 そんな『ベル』の艤装へ砲弾が直撃する。衝撃によって遠のく意識に『ベル』は抵抗しなかった。むしろその幸運に感謝すらしていた。これできっと、気を失っているうちにすべては終わっているだろうから。

 だから目が覚めてしまったときは酷く驚くのと同時に、あの『死』の恐怖を味わうのかと絶望してしまった。そんなときに彼女の前に現れたのがガスコーニュだったのである。

 

 その姿を認めた瞬間、彼女は悲鳴を上げて部屋の隅へと後ずさり、恐怖で震える。万に一つに賭けて命乞いの言葉が喉まで出かかるがその瞬間、『水母棲姫』の最後の姿がよぎった。

 大切な親友の助けを求める手に何もできなかった自分……それを自覚した瞬間、彼女の『生』にしがみつこうとする心が砕け散ってしまった。

 

「オ願い……デス。嬲らないデ……。

 せメテ、ひと思いに殺シテ下サイ……」

 

 彼女の声から出たのは、なるべく苦しくない『死』の哀願だった。

 泣きながら目を瞑り最後の時を待つ彼女に、しかし願ったはずの『死』は訪れなかった。

 

 

 スッ……

 

 

「……エッ?」

 

 震える彼女の頬に、柔らかな手が触れた。恐る恐る目を開けると、そこには視線をあわせるようにしゃがみ込んだガスコーニュの姿がある。その表情からは感情の読み取れないが、ただ目だけは優しい光をたたえていたように見えたのは彼女の錯覚か?

 

「……来るか?」

 

「エッ……」

 

「俺と来るかと聞いている」

 

 何のことか分からず聞き返してしまった彼女の耳に入ってきたのは、彼女の仲間たちが望んでも手に入らなかった『生』への切符だった。

 

「な、なンで……?」

 

「……俺にお前の力は有用だと思ったからだ。 このまま死なせるのは惜しい」

 

「デも……」

 

「せっかく生き残った命、無駄にすることはない。

 死ぬことはいつでもできる。 だから生きれるだけ生きればいい。

 それが死んだ者への弔いになることもある……」

 

 目の前にぶら下がった『生』への切符に、しかし死んだ仲間たちを思うと容易に飛びつけずにいる彼女に、ガスコーニュは何かを彼女の髪につける。

 それは……。

 

「こ、こレ……!?」

 

「お前の仲間のものだろう?」

 

 それは『水母棲姫』の髪を結っていた黒いリボンだった。それに気付いたとき、先ほどまでとは違う涙が溢れてくる。

 

「死者に言うことは、死んでからにしろ。

 それで……俺と来るか?」

 

「ハイ……」

 

 頷きながら、彼女は頬を撫でるガスコーニュの手を握る。

 

「そうか……それで、お前は『名前』はあるのか?」

 

「個体名なンて私タチには……」

 

「だが名前がなければこれから不便だ。

 そうだな……空母……ベアルン……『ベル』という名前はどうだ?」

 

「『ベル』……それが私の『名前』……!」

 

 『名前』……自分だけの、特別な贈り物。その名を呟くと、胸に温かなものが広がっていく。

 命を拾われ、そして『名前』を贈られた彼女は誓うように答えた。

 

「ハイ……ガスコーニュ様。

 私の全テは、貴方のためニ……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「フフ……あまり面白くもナイ話だったデショ」

 

 そう言って『ベル』は朝潮に微笑むが、朝潮はどう返していいのか分からなかった。そんな朝潮の反応を待たず、『ベル』はテキパキとお茶を片付け始める。

 

「思えバ、私の艤装を撃っテ気絶させタのもガスコーニュ様だった。ガスコーニュ様だけは殺すタメではなく、戦闘力ヲ奪うように戦ってたワ。最初からガスコーニュ様は生き残った者ヲ助けテくれるつもりダッタのね。

 ……もっとも、私以外は戦闘力ガ無くなった瞬間、他の万能戦艦の方々にトドメを刺されテしまったのダケド」

 

 そう言って『ベル』は少しだけ悲しそうに呟く。そんな中、なんとか朝潮は絞り出すように声を出した。

 

「あの……なんでその話を私に……?」

 

 そんな朝潮に、『ベル』は再びニコリと笑うと言った。

 

「朝潮チャンが……私と似てイル気がしたカラよ」

 

「……」

 

 その言葉は、朝潮の胸の中にあったものを射抜いていた。

 『ベル』のその眼の色に見覚えがあるような気がしたのは当然だったのだ。それは……朝潮自身にそっくりだったのだから。

 

 生まれの不幸を呪い、目の前で友達が死に、生き残った自らの死を望んだ。

 そんな命を救われ、そしてその救ってくれた人を好きになった……朝潮と『ベル』の共通点は多い。

 だからこそ、朝潮には『ベル』のガスコーニュに対する愛の深さが分かってしまう。

 

 お茶の片づけを終えた『ベル』はゆっくりと立ち上がった。

 

「きっとモウすぐ、朝潮チャンの大好キな彼はやってくる。

 そこを……討つワ」

 

「……羅號は負けません」

 

「そう。 デモ……ガスコーニュ様は負けナイわ」

 

 それだけ言うと、『ベル』は出て行った。

 残された朝潮は身体を丸めながら毛布を被る。カタカタと震える肩を自分で抱くが、それはおさまらない。この肩の震え……これは寒さではなく、不安からくるものだからだ。

 今度の敵はインヴィンシブルとガスコーニュのラ級万能戦艦2隻に、そして『ベル』だ。

 

「羅號……今度の戦いは……辛いわ」

 

 それは戦力的な話か、それとも心情的な話か……恐らくどちらともだろう。

 朝潮の不安からの震えは結局、おさまることはなかった……。

 

 




羅號「ガスコーニュさんはどうやって『ベル』さんと仲良くなったんですか?」

ガスコーニュ「→頭を撫でる×6
       →もう夜だ…寝支度をしよう

       これを毎日続けただけだ」

羅號「へぇ……僕も朝潮にやってみようかな?」

ガスコーニュ「それはやめろ。色んな意味で似合いすぎる。
       お前が目をハートにした朝潮に襲われる場面まで簡単に想像できるぞ」


羅號出撃まで行く予定だったんですが……いろいろ書かないといけないことを書いていたらそこまでたどり着きませんでした。
しかしこれで朝潮と『ちぃ』に『ベル』との因縁を作れましたので、『朝潮&ちぃVSベル』の準備完了です。

そして『ベル』さんの過去……この辺りは昔マガジンでやっていた『G-HARD』を読みながら考えました。『ちぃ』たちが脱走したあとに生まれた『欠陥品』がどんな目に合うのかということですね。
そして『ベル』さんの親友だった『水母棲姫』さん。かなりエグい目に合っていますがこれも幼少期に読んでいた『封神演義』という漫画のトラウマから。
昔ジャンプで『封神演義』という漫画がありましたが……あのハンバーグは幼少期のトラウマとなりました。あの漫画、いろいろ幼少期に読むにはエグいです。

次回こそ羅號たちの出撃と戦闘の予定。
次回もよろしくお願いします。
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