艦隊これくしょん -轟ケ天ニ-   作:キューマル式

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着任 トラック泊地の今 後編

 

 夕張が羅號を伴ってやってきたのは桟橋の周辺だった。この辺りは物資保管用の倉庫が立ち並んでいたのだが、今ではそのすべてが瓦礫の山へと姿を変えている。

 今そこでは生き残っている艦娘たちが何か使えるものは無いものかと、がれきを漁っている真っ最中だった。

 

「あっ、夕張さん!」

 

 夕張に気付いた朝潮が敬礼を行い、それで夕張に気付いた他の艦娘たちも敬礼を行う。

 

「何もこの期に及んで、こんな堅苦しいこといいのに……」

 

「いえ、こういう時だからこそ規律の保持が必要だと思います」

 

 朝潮の真面目な受け答えに苦笑しながら、夕張も敬礼を返した。

 

「みんな、ちょっと手を休めて聞いて。

 知ってるかもしれないけど、新しい仲間を紹介するわ。

 ほらっ」

 

 そう言って夕張は、隣の羅號を促す。

 

「あの……大和型四番艦『羅號』です。

 よろしくお願いします」

 

 そう言って行儀よくペコリとお辞儀をするラゴウ。

 

「みんなも知ってるあの大和さんの子よ。

 男の子だけど、見ての通りみんなとあまり変わらないから仲良くしてあげてね」

 

「あのぉ……聞き間違いなのか、今『男の子』って聞こえた気がするんですが……」

 

 遠慮がちに手を上げるのは吹雪だ。努力家で座学の点数もよかった彼女は、当然だが『艦娘の基本的なルール』は熟知している。

 

「聞き間違いじゃないわよ。羅號くんが男の子なのは、確かに確認しているわ。

 まぁ、確実に世界初の事例……さしずめ『艦娘』ならぬ『艦息』だろうけど、性別程度で基本は変わらないわ」

 

「いえ、性別が違えば十分すぎる差だと思うんですが……」

 

「深く考えない方が幸せになれるわよ」

 

 どこか困ったような顔でツッコミを入れる吹雪を、夕張は肩を竦めて受け流す。

 

「まぁいいですけど……。

 初めまして羅號くん、特型駆逐艦の吹雪です」

 

「陽炎型19番艦の秋雲さんだよ」

 

「呂500号潜水艦です。

 ローちゃんって呼んでねって。

 よろしく、らーくん」

 

 3人とも疲労が色濃く、戦友を失った悲しみの影が見え隠れするが、それでも努めて明るく新しい仲間を迎え入れようという態度を示していた。

 

「「……」」

 

 一方、残りの2人である朝潮と満潮はどうにも反応が微妙だ。

 その薄い反応に、羅號はどこかおっかなびっくりといった感じで再度声をかける。

 

「あのぉ……」

 

「……朝潮型3番艦、満潮よ。

 あんた、もう少しハキハキしたら?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 その弱々しい態度が癪に障ったのか、満潮が声を荒げる。

 

「だーかーらー! あんた、男なんでしょ!

 しかもあの大和さんの息子なんだから、もっとシャンと胸張ってハキハキしなさい!!」

 

「ひぅっ!?」

 

 駆逐艦に怒鳴られて身を縮める戦艦……その光景に夕張は耐えきれずに吹き出してしまう。

 そして自己紹介の最後の1人……朝潮の番である。

 

「……朝潮よ」

 

「あ、よろしくお願いします」

 

「……」

 

 ペコリと礼儀正しく頭を下げる羅號に、朝潮の反応はほぼ皆無に等しい。その様子に、夕張は「おやっ?」と首を傾げる。

 朝潮は礼儀正しく真面目でキッチリとした、いわゆる『優等生の委員長』タイプの娘だ。そんな朝潮には、夕張の見立てでは礼儀正しく真面目な羅號との相性は一番いいのではと睨んでいたのだ。

 それなのに実際には、朝潮は羅號を避けるような雰囲気がある。いやそれだけならまだいい、新顔を受け入れると言うのは大なり小なり軋轢があるものだ。

 しかし朝潮の放つ雰囲気の中には敵意にすら似た、奇妙な雰囲気があることを夕張は気付く。

あの朝潮らしからぬ様子に何事かと夕張は考えを巡らせようとしたのだが……。

 

「それより夕張さん、実は倉庫のがれきの中からこれが見つかりました」

 

「それ……『高速修復剤』じゃない!?」

 

 そう言って朝潮が掲げたもの……『高速修復剤』を見た夕張は飛びかかるようにして近付く。調べてみると容器に損傷はなく、中身が漏れている様子はない。これなら問題なく使用できるだろう。

 

「やるじゃない、みんな。 これで長門さんにすぐにでも入渠してもらえるわ!

 私は長門さんたちのところに戻るから、みんなは引き続き使えるものがないか探してね。

 羅號くんもみんなを手伝うのよ」

 

 矢継ぎ早に捲し立てると、夕張は飛ぶように長門たちの元へと向かう。その速度は鈍足と呼ばれている夕張らしからぬ軽快な動きだ。

 懸念事項の一つであった、長門の怪我の回復の目処がたったためその浮かれ具合も仕方がないだろう。だが、そのせいで夕張は朝潮の羅號への奇妙な様子についての違和感が、完全に頭から抜け落ちてしまった。

 

「……みんな、続けましょう」

 

「あ、僕も手伝います!」

 

 朝潮の号令のもと、5人と羅號はがれきを漁る作業に戻る。

 その作業は結局、日が暮れるまで続いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 日が落ちて、缶詰での簡単な食事を終えたトラック泊地。

 長門・鳥海・明石・夕張の4人は今後のことを話し合うために部屋で会議中、朝潮と満潮の2人は当番の見張り役をこなし、残った羅號と吹雪・秋雲、そしてローの4人は少ない自由時間を過ごしていた。

 羅號は自由時間になると、新人を歓迎したいからといった吹雪と秋雲に捕まって部屋まで連れて来られた。しばらくは他愛無いおしゃべりをしていたのだが、そのうち秋雲が羅號をスケッチさせて欲しいといいだしたのだ。

 そのため、羅號はどこか緊張した様子で行儀よく椅子に座りながら秋雲がスケッチブックに筆を走らせていくのを見ている。灯火管制下の薄暗い室内に、秋雲の筆の走る軽快な音が響く。

 

「悪いね、らごやん。

 身体休める時間に付き合ってもらっちゃって」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そんなに硬くならなくていいって。

 ほら、自然な感じで」

 

 秋雲はそう言いながら、時折羅號を凝視するように見てはひたすらスケッチに没頭する。

 

「そうですよ。

 一応羅號くんの歓迎なんですから。

 あ、これでも食べてください」

 

「いただきます」

 

 吹雪に勧められるまま缶詰の乾パンをポリポリと摘み、時間を過ごす羅號。

 しばらくして……。

 

「まぁ、こんなもんかな」

 

 筆を置いた秋雲が、羅號の絵を見せてくる。

 

「相変わらず絵がうまいよね、秋雲ちゃん」

 

「素材がいいからね、筆が乗っちゃったよ。

 らごやん、あの大和さんの息子だけあって凛々しくて男前だからさ」

 

「あ、あはは……」

 

 何とも言えず愛想笑いの羅號を尻目に、秋雲も乾パンに手を伸ばす。

 

「なんて言うのか、らごやん設定が美味しすぎ。

 女だらけの中にたった1人の美少年とか、お前はどこのギャルゲーの主人公だっての。

 まったく……こんな時じゃなきゃ、らごやんで新刊の原稿書いてるんだけどなぁ……」

 

 秋雲の口調がしんみりとしたものに変わる。

 

「漣とキタコレとかいいながらネタ出し合って、巻雲に無理矢理手伝わせて……楽しかったなぁ……」

 

「……またいつか、そんなことができるようになるよ。

 今の羅號くんのスケッチだって、その時のためのものでしょ?」

 

 慰めるように吹雪が言うと秋雲は静かに首を振る。

 

「まぁ、それもあるけどね。

 それ以上にさ……ここにいるみんなの姿を何かの形で残したかったんだ。

 青葉さんのカメラでも残ってればよかったんだけど、壊れちゃってたからね。

 だから絵で残そうと思ったの」

 

「そっか……」

 

「……やめやめ、今はらごやんの着任歓迎なんだから。

 暗いのは無し」

 

 秋雲は暗くなった雰囲気を振り払うように、話は終わりだとパンパンと手を叩く。

 

「そうだね。 ごめんね、羅號くん。

 その……みんな前の戦い、色々あったから」

 

「色々、ですか?」

 

「まぁ、ね……」

 

 椅子に座った秋雲は、伸びをするように天井を仰ぐ。

 

「アタシもぶっきーも、友達は軒並み沈んじゃったし……。

 ローちゃんだって、ドイツからこっちにきて心細いところを支えてくれた潜水艦隊の仲間は全滅。外見上は明るく振る舞ってるけど、それ以外じゃ部屋に入りっぱなし。

 今の状況だから泣いてられないってことなのか、部屋で泣いてこそいないみたいだけど……逆に泣かないほうがツライさね。思いっきり泣ければ、少なくとも少しはスッキリするしね。

 だからまだ、心の整理がつかないみたいなんだ。

 今だって、らごやんの歓迎会に誘ったけど袖にされちゃったから、精神的に相当キツそうだしね。

 それに朝潮と満潮に関しては……ねぇ……」

 

「?」

 

「あ、羅號くんは気にしなくていいです。

 むしろ……気にしちゃいけません。

 あんな逆恨みみたいなの……」

 

 秋雲の含みのある言葉に羅號は首を傾げるが、吹雪はどこか強い口調で、そして最後にボソリと小さく言い切る。

 

「私たちトラック泊地のみんなは羅號くんに助けられた。

 それだけで、それだけで十分すぎます。

 ありがとう、羅號くん。私たちを助けてくれて」

 

「アタシからもありがとね。 おかげでこうやって、まだ好きな絵が書いていられる。

 もっとも、いつまでこの幸運が続くか分かんないけどね。

 この状況じゃ、明日にだって水底行きってオチもあり得るし」

 

 あははと笑う秋雲。そんな秋雲に、羅號はよく通る、決意を孕んだ声を響かせた。

 

「……水底には、もう誰も行かせませんよ。

 僕が、みんなを守りますから」

 

 その言葉に秋雲と吹雪は驚いた顔をするが、すぐに顔を綻ばせる。

 

「はい、お願いしますね、羅號くん」

 

「ホントに、らごやんはギャルゲーの主人公みたいだね。

 アハハ、リアルにこんな人いるとは思わなかったよ。

 ……よしっ、気分もいいし秋雲さんの秘蔵の品を出しちゃうぞ!」

 

 そう言って秋雲の取り出したものは、1本のラムネだった。

 

「1本だけ無事なの見つけたんだ」

 

 そう言ってラムネを開けるとクイッと煽り、そのまま吹雪へと瓶を回す。

 

「抜け目ないなぁ、秋雲ちゃんは」

 

 そう苦笑しながら、吹雪もラムネを煽ってそのまま羅號へと瓶を回した。

 

「甘くて美味しい……」

 

 羅號もラムネを含んで、その味に感嘆の声を漏らす。

 その時、何かに気付いた秋雲は面白そうに顔を歪めると羅號に囁くように言った。

 

「へぇ、甘くて美味しい?

 それラムネの味? それとも……アタシとぶっきーとの間接キスの味?」

 

「えぅっ!?」

 

 指摘されて顔を真っ赤にする羅號に、秋雲は腹を抱えて笑いだした。

 

「あはは!

 本当にらごやんはギャルゲーの主人公みたいに美味しい反応してくれるね。

 ネタがたぎるわぁ」

 

「ちょっと、からかい過ぎだよ」

 

 秋雲をたしなめながらも、吹雪も若干顔が赤い。

 こうして、ささやかな新人歓迎会という名の羅號いじりはその後もしばらく続いたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一方、臨時の指揮所となっている部屋では、重苦しい空気が立ち込めていた。

 

「そうか……復旧は不可能か……」

 

 長門の言葉に、明石と夕張が頷く。

 長門は朝潮たちの見つけた『高速修復剤』のおかげで傷も癒え、包帯はすでにしていない。泊地の司令部残骸から回収された提督の制服の上着を羽織り、これまた寮の残骸から見つかった、恐らく天龍のものだったと思われる眼帯で左目を隠している。一見すれば、女性提督にも見えなくもない姿だ。鳥海や明石と夕張も、順番で入渠できたことにより傷も癒えている。

 そんな復活を遂げた艦娘たちとは裏腹に、どうしても復旧できなかったものに頭を抱える4人。

 

「ええ。

 大出力の長距離通信は、施設そのものが吹き飛び復旧は不可能です」

 

「暗号の復号装置や出力の弱い通信機は何とか修理できたけど……」

 

「本土との通信の復旧は絶望的……ということですね?」

 

 鳥海の確認の言葉に、明石と夕張は揃って頷く。

 本土との通信を可能にする長距離通信施設が完全に破壊され、本土との連絡が取れない状態なのだ。

 

「こうなったら、誰かが出力の弱い通信機でも届くくらいまで本土に接近しないといけませんね。

 ……私が行きましょう」

 

「馬鹿を言うな、鳥海。

 敵のうじゃうじゃいるこの海では、よしんば行けても帰ってこれない。

 それでは意味がない」

 

 鳥海の志願を、長門はすぐに切って捨てる。

 本土との通信は送るだけでは意味がない。本土からの指示を貰わねば意味がないのだ。

 そして、本土からの通信は必ず暗号が掛かっており、そのデータを基地の複合装置にかけなければ内容は分からない。

 つまり送るだけではなく、返事を貰って無事このトラックに帰還することが求められているのだ。

 

「となれば……」

 

 鳥海はそんな無茶の通せる存在……羅號の名を上げようとするが、それを横合いから待ったをかけたのは明石である。

 

「待ってください。

 羅號くんはこのトラックで産まれ着任したばかり……つまり本土にその存在は知られておらず、軍籍がありません。

 そんな羅號くんから通信すれば、『所属不明艦』からとなってしまいますよ。

 今の状況で、そんな怪しい艦からの通信に取り合ってくれるかというと難しいんじゃないでしょうか?」

 

 明石の言うことはもっともだ。今の羅號は本土に知られていない、『存在しない艦(ゴーストシップ)』なのである。

 さらに、その横から夕張も追撃をする。

 

「それに……羅號くんの存在をみだりに広めるのは、絶対にマズいです」

 

「……分かっている」

 

 夕張の言葉に、全員が頷く。

 羅號はセオリー無視の見本市のような存在だ。『男の子』、『架空艦』、『兵装』……挙げていけばキリがない。

 そんな存在が知られればどうなるか……解体されて研究所行きなど、絶対にろくな未来はないと断言できる。羅號は大和の息子だ。ここにいる全員が、その大切な戦友の息子を守りたいと心に誓っている。そんな彼女たちにとって、羅號の存在を大っぴらに喧伝するような事態は絶対に避けなければならない。

 

「……なら、この任務を任せるのは1人しかいないな」

 

 そう重々しく呟いてから、長門は机に置かれた艦娘の資料の、1人の名前を指でトントンと弾く。

 

「呂500……彼女に任せる。

 彼女はドイツからこちらに辿り着くほどの、隠密行動に関して熟知した艦娘だ」

 

「単身では無茶ですよ。

 せめて囮で敵をひきつけなければ、本土までの敵対潜警戒網を突破できません。

 ……言っておきますが、長門さんが囮とか言ったら殴りますよ?

 今の戦力差じゃ、長門さんごとき囮にもなれずに沈みます」

 

「……少しは手加減して言ってくれてもバチは当たらんぞ、鳥海」

 

 鳥海の辛辣かつ的確な言葉に、長門は苦笑した。

 

「……羅號……あの子に託すしかない」

 

「……そうですね。 妥当な判断です」

 

 長門の決定に、鳥海は眼鏡をクイッと直すと頷く。

 

「……嫌なものだな。

 こんな危険な任務を、あんな小さな子たちに言い渡すしかないとは……。

 提督はいつも、この感情を抱きながら私たちを指揮していたのだな。

 今さらながら……強い男だったと脱帽するよ」

 

「でも……今の私たちには、あの小さな子たちに縋りつくしか生き残る術はありません」

 

「……分かってる。

 だが、心苦しいと思うのは仕方ないだろう」

 

 そんな長門と鳥海に、夕張は努めて明るく声を出す。

 

「いいじゃないの、2人とも。

 羅號くんはこの地獄のトラックに垂らされた蜘蛛の糸。

 縋りつくしかないのなら、みんなで仲良く縋りつきましょうよ」

 

「……蜘蛛の糸は最後は切れて、全員地獄行きという結末だったはずだが?」

 

 その言葉に、夕張はコロコロと笑う。

 

「だったら後悔も懺悔も、その時地獄で気長にやりましょうよ。

 大和さんや先に逝ったみんなが怒るかもしれませんけど……その時には私たち4人、みんなで仲良く怒られましょう」

 

「……そうだな。

 今の我々は前に進むしかない。

 進んだ先が地獄なら……後悔も懺悔もその時まではお預けだ。

 ……作戦の発動については明日朝に全員を集めてからだ。

 皆……頼むぞ」

 

「「「了解!」」」

 

 そして、トラックの夜は更けていく……。

 

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