艦隊これくしょん -轟ケ天ニ-   作:キューマル式

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今回からは第二ヒロインのお話です。


第四話
偵察 その道を探せ 前編


 羅號のことですか……?

 ……非常に恥ずかしい、恥じすべきことを言います。

 私は……最初あの人のことを嫌っていた。いえ……憎んですらいました。

 理由ですか?

 それは……どうしようもないほど身勝手で理不尽な、ただの逆恨みですよ。

 そう、ただの逆恨み。あの人は何一つ悪くありません。

 

 でも、当時の私には……『タイダルウェブ』での出来事を引き摺った私にはそれを自分の中で整理することができなかったんです。

 だから私は、あの人を憎んですらいました。

 ……いえ、本当のことをいいましょう。本当に憎んでいたのは、『自分自身』でした。

 今でも、『もしもあの時』と思うことがたまにあります。いつまでたっても消えない後悔……それが当時はもっと酷かったですからね。

 

 結果、私は歪みに歪んで、あの日海に出ました。

 そう、トラック泊地の艦娘たちが生き残るための道行きを探すための……サイパンへの偵察調査任務です。

 そこで私はあの人……羅號と行動を供にしました。

 

 そこで……ふふっ、この話の詳細は内緒で。なんと言っても私の大切な思い出ですから。

 ただ結果だけを言えば、私もローと同じく、コロッとやられてしまったんですよ。

 吊り橋効果?

 ……まぁ、なんでもいいです。私にとって最良の結果であることは間違いないので。

 

 そういえば、羅號のことですよね? 話が少し脱線しました。

 ちなみにこれは純粋に興味なのですが……ローは何て言いました?

 ……さすが西洋人、恥ずかしげもなく直球で攻めますね。

 ……うん、いいわ。私も、ローや『あの子』には負けられませんから覚悟を決めます。

 

 私は羅號を愛しています。 誰よりも何よりも、この世のすべてで一番に。

 

 ……確かにおっしゃる通り、私1人を見て欲しいと思うことはありますけど、ローも『あの子』も大切な友達ですから、共有も許せます。羅號はそれこそ私たちに優劣をつけ、誰かをないがしろにするような人でもありませんから。

 それに……ご存知の通りお互いに派閥というかバックを持っていますから、政治的にも私だけを、と贅沢は言えませんよ。むしろ羅號と関係を持ちたいドイツがローを支持し、『あの子』だって物凄いバックからの後押しがあります。それと同等の、私を日本が支持してくれているだけで感謝です。

 

 ……ええ、本当にただただ好きだと言えればいいのに……面倒なものです。

 

 

 

             ――――――『朝潮』へのインタビューより抜粋

 

 

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 

 

 

 響く怒号、ほとばしる悲鳴、そしてそのすべてを消し去るかのような雷鳴にも似た砲声と爆音。そんな戦いの海に彼女――朝潮はいた。

 その意識はまどろみ、身体はまるで決められた動作を行う人形のように勝手に動いている。

 その時になって、朝潮は自分が夢を見ていることを理解した。

 

(これは……またあの時の……)

 

 その景色には見覚えがある。あの夜……大和を筆頭としたトラック泊地残存艦隊が敵包囲網を喰い破るために最後の出撃をした夜のことだ。

 十重二十重の分厚い包囲網、絶えることなく降り注ぐ濃密な十字砲火、そして……無残に散っていく戦友たち。

 

(大潮ッ!!?)

 

 複数の戦艦の主砲の直撃を受けた大潮は、朝潮の目の前で悲鳴すら上げることができずに吹き飛んだ。

 そして……。

 

「おね……が……い……。

 苦しい……の……。 とどめを……頂戴……」

 

 途切れ途切れの言葉。

 あの皆を魅了した綺麗な甘い声は見る影もなく、まるで壊れたコーヒーメーカーのようなゴボゴボという異音交じりの声が訴える。

 胸からとめどなく流れる血が、その傷口を必死で抑える朝潮の手を真っ赤に染めていた。

 朝潮の一番の友達として幾多の時を過ごした彼女――荒潮は今、最後の時を迎えようとしていた。敵の弾丸に肺を貫かれた彼女は、水上にいながら自らの血で溺れている。ジワジワとした溺死の苦しみに耐えかね、親友である朝潮に楽にしてほしいと訴えていた。

 

「あ……あぁ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 自分でも訳の分からない叫び。それとともに朝潮は自身の砲を構え……。

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 ガバリと布団をはね上げ、朝潮は飛び起きた。

 ドクドクと早鐘のように鳴りつづける心臓は、いくら深呼吸を繰り返しても治まってはくれない。いやな汗でじっとりと濡れた服が肌に張り付き、不快感を増す。

 そんな朝潮のそばには、いつの間にか起きていた満潮の姿があった。

 

「またあの夢なの?」

 

 満潮の問いに、朝潮はコクリと頷く。

 朝潮はあの戦いからずっと、同じ悪夢に苛まれていた。そして、そんな朝潮の胸の内をすべて知っているのは朝潮の僚艦最後の生き残りである満潮だけである。

 

「何で……何であの時私は……私はッ……!?」

 

「……」

 

 ハラハラと涙を零す朝潮を、満潮は静かに抱きしめる。

 窓から差し込む優しい月明かりはしかし、朝潮の心を晴らすことはなかった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「むっ……?」

 

「どうしました、長門さん?」

 

「いやなに……今、誰かが泣いているような気がしてな……」

 

「……それ、本土にいる私たちの親じゃないですか?

 私たち全員、揃いも揃って戦死扱いされてるでしょうからね」

 

 肩を竦める鳥海に、それもそうかと長門は頷く。

 ここはトラック泊地臨時司令所となっている部屋だ。夜もふけてきているが、羅號とローが命がけで持ち帰ってくれた情報のもと、今後の行動を決めるべく長門たち4人は顔を突き合わせて話し合いを続けている。

 

「それで、『全員で生き残ろう』という方針はいいんですが、今後具体的にはどうしますか?」

 

「その前に、あらためて現状を頼めるか?」

 

「了解です」

 

 そう言って、鳥海は手にした資料をめくった。

 

「今日は私と夕張、それと駆逐艦の子たちとで周辺の無人島に隠していた物資をかき集めてきました。

 燃料・弾薬・鋼鉄、各種300ずつというところです。

 ボーキサイトはありませんでしたが……航空戦力の無い今の私たちには関係はないですね」

 

「いやぁ、ドラム缶ガン積みはさすがに肩こったわ」

 

「ああ、ご苦労だった」

 

 わざとらしくコキコキと肩を回す夕張に、苦笑しながらも長門はねぎらいの言葉をかける。

 

「ただ……食糧のたぐいはほとんど発見できませんでした。

 せいぜいが缶詰の乾パンやお菓子が少々、といったところです」

 

「そうか……それで、食糧の備蓄は?」

 

 その言葉に、今度は明石のほうがペラペラと資料をめくる。

 

「缶詰を中心に細く長く食い繋いで……1ヶ月が限度でしょう。

 これだって、育ち盛りの子たちにはけっこう辛い無理をさせての計算です」

 

「……いよいよもって蛇を狩ってきて食べる話が現実味を帯びてきましたね」

 

「1ヶ月もあれば、食糧が切れる前に敵が戻って来て我々はすり潰されるよ」

 

 鳥海の言葉に、長門は肩を竦めて返す。

 

「どちらにしろ、我々には長期的にここに籠もることは絶対に不可能だ。早急にどこかの基地に受け入れてもらうしかない。

 そうなれば……トラックは放棄してさっさと移動すべきだな」

 

「それは賛成だけど……羅號くんのこと、どうします?

 長門さんも分かってると思いますけど、変なところに頼ったら羅號くんの身が危ないですよ」

 

 夕張の心配はもっともだ。

 セオリー完全無視、あり得ない事例の見本市のような羅號は一歩間違えれば研究所直行のモルモットコースの人生が待っている。だからこそ、長門たちも通信で軽々しく本土に羅號の存在を知らせたりはしなかった。

 だが、どこかの基地に身を寄せるとなれば、羅號の存在は確実にバレる。全員の生存にはどこかの基地に身を寄せることが絶対必要だが、羅號のことを考えれば頼る相手の選定には慎重にならないといけない。

 しかし、長門にはすでに腹案があった。

 

「……ここは、私の身内を頼ろうと思う」

 

 その言葉に、『そういえば』といった感じで3人は手をポンッと叩く。

 

「長門さんって、あの呉の筑波大将の娘さんだったんですよね」

 

「お母様のほうも、戦争最初期に膨大な戦果を叩きだした、あの『榛名』の元艦娘でしたっけ?」

 

「そうでした。 長門さんって正真正銘血統書付きの名門お嬢様だったんですよね。

 まったく全然、これっぽちもそれらしくないのですっかり忘れてました」

 

「いや、父様や母様が偉いのであって戦友にまで家名なんかでかしこまって欲しくないからいいのだが……何か妙に棘のある言い草だな」

 

 ジトッと長門が睨むと、3人とも露骨に視線をそらす。それにため息をつくと、長門は先を続けた。

 

「私としても家を頼るというのはあまり好かないのだが、この非常時だ。そんなことは言っていられん。

 使えるものは何でも使わねばな」

 

「確かに、それはいい考えではありますが……」

 

 そう言って鳥海は今度は海図を広げた。そして、そこに深海棲艦を意味する駒を置く。

 

「見ての通り、この南方戦線から本土への道筋は大量の深海棲艦によって完全に塞がれてます。

 羅號くんなら何とでもなるかもしれませんけど……いくら羅號くんが護衛をしてくれたとしても、数が違いすぎて対処しきれないでしょう。

 筑波大将に頼ろうという考えは確かに名案だとは思いますが……呉までなんてとても辿りつけませんよ」

 

 数とは、それだけで力だ。

 羅號は確かに強い。だがそれでも羅號は1人だ。圧倒的な数に攻められては、羅號は無事でも他は無事にはすまない。羅號以外全滅という公算の方が高いだろう。

 だが、それは長門も分かっていた。

 

「分かっている。

 最終的には父様に頼るが……まずはその前に、兄様に頼ろうと思う」

 

「そう言えば筑波大将には息子もいましたね。

 確か……」

 

「そうだ。

 兄様は北方戦線……単冠湾(ひとかっぷわん)の提督だ。

 だから我々は、深海棲艦の本土方面戦力を大きく迂回しながら北上、単冠湾泊地の兄様のところを目指す」

 

 そう言って、長門は海図のトラック泊地に置かれた自分たちを示す駒を動かし、本土を大きく迂回しながら北上するルートを示した。

 

「兄様なら、私たちをきっと受け入れてくれる。

 その後は兄様経由で父様に、私たちや羅號の今後のことを頼んでみようと思う」

 

「……不安要素はいくらでもありますが、現状では最良の案でしょうね」

 

 長門の案に、鳥海も深く頷いた。

 

「これは、長い道のりになりそうね」

 

「おまけに、完全に航続距離外ですよ。

 途中で中継になる基地もありませんし……ここから物資を持っての移動になりますね。

 それなりの準備が必要になりますよ」

 

 夕張と明石は口々にその道のりの厳しさと、それに必要なものをあれやこれやと口ぐちに話し合う。

 そんな中、長門は続けた。

 

「それに関してだが……実はがれきの中から面白い資料が見つかった」

 

 そして取り出されたのは、黒い表紙の資料だ。

 

「長門さん、それは?」

 

「提督宛ての資料だよ。

 内容は、建設中の中継基地についてだ。

 そこなら、移動のために必要なものも見つかるかもしれない」

 

「なら、さっそく調査に行ってきますよ。

 どこですか、それ?」

 

 その鳥海の言葉に、長門は答えた。

 

「場所は……サイパンだ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 トラック泊地に朝が来る。

 ここは寮の広間、今では食堂代わりに使われているそこには朝食のために、長門たち4人を除く生き残りが全員揃っていた。

 

「らーくん、はいあーん」

 

 羅號の横に座ったローが、ニコニコしながら摘まんだ乾パンを突き出す。

 

「えっ? あ……うー……」

 

 羅號はどうしていいのか分からず、曖昧に唸るばかりだ。

 

「羅號くん、ローちゃんと何かあったんですか?」

 

「昨日一緒に任務に行ってきただけで、別に何もないですよ」

 

「でも……何にも無い相手にするような態度じゃないと思うんだけど、ソレ」

 

 羅號の対面に座る吹雪は、どこかジト目になりながらローを指差す。

 ローのまるで抱きつくように羅號に密着しての態度……これが秋雲あたりなら、ただ羅號のことをからかっているだけともとれるが、天真爛漫でも根は真面目なローでこの態度では、『何もなかった』というのはさすがに無理がある。

 そして、そんな吹雪の隣では秋雲が楽しくて仕方ないといった感じでニヤニヤと笑っていた。

 

「さすが、ギャルゲー主人公体質は手が早いねぇ。

 らごやん、もうローちゃんの攻略終わっちゃったんだ。

 次は誰狙い?」

 

「変なこと言わないでくださいよ、秋雲さん!」

 

 ムキになって返す羅號の反応が余程楽しいのか、秋雲は腹を抱えて笑っていた。

 そんな羅號の横で、ローは可愛らしく頬を膨らませる。

 

「む~、らーくんはろーちゃんのごはん食べてくれないの?」

 

「いや、ただの乾パンだしろーちゃんのごはんってわけじゃ……」

 

「らーくん……ろーちゃんのこと嫌い?」

 

「そんなことないよ!」

 

 下から上目使いで可愛らしく尋ねるローに、羅號はぶんぶんと首を振る。

 

「だったら……はい、あーん?」

 

「……あーん」

 

 『嫌いか、あーんするか』というあまりにも理不尽すぎる二者択一を迫られ、羅號はおとなしく口を開けると、ローの差し出す乾パンをついばむように口にする。それを見てローは満面の笑みだ。

 

「……今、ひどいゴリ押しを見た」

 

「あ、あはは……」

 

 それを見て秋雲は笑い、吹雪は困ったように苦笑するばかりだ。

 未だトラック泊地は絶望的な状況下ではあるか、それでもつかの間の平和の中、和気あいあいとした雰囲気で食事は進む。

 しかし……。

 

 

 ガタンッ!!

 

 

 その音に驚きそちらを見ると、立ち上がった朝潮が羅號たちを睨んでいた。そして朝潮はその表情のまま、ツカツカと羅號たちの方にやってくる。

 そしてビシリと羅號たちを指差しながら言った。

 

「あなたたち、この非常時に不謹慎よ!」

 

「ほぇ? あっしー、何怒ってるの、って?」

 

 指をさされたローは何の事だか分からないといった顔だ。

 

「たくさんの仲間が沈み、未だ先行きが見えない現状だというのに……。

 だというのにあなたたちはさっきからイチャイチャイチャイチャと……恥を知りなさい!!」

 

「あぅっ!? ご、ごめんなさいなの……」

 

 朝潮の剣幕にすっかり委縮したローを尻目に、今度は視線を羅號に向ける朝潮。

 

「あなたもです!

 まったく、デレデレと鼻の下を伸ばして……大和さんの息子だというなら、もっとしっかりしなさい!!」

 

「ひぅ!? ご、ごめんなさい……」

 

 びっくりしたように飛び上がると、朝潮の剣幕に羅號は思わずペコペコと頭を下げてしまう。だがそのとき、朝潮の前に吹雪が立ちふさがった。

 

「待って、朝潮ちゃん。

 2人は別に悪いことをしてるわけじゃないのに、いくらなんでも言い過ぎだよ」

 

「今の状況を考えれば、2人の行動は不謹慎極まりないだけです」

 

「そうかな?

 確かにこんな状況ではあるけど、だからこそこのくらいの心の余裕は必要だと思うな」

 

「そんなことを言ってる状況ですか!

 今必要なのは精神的余裕よりも緊張感です!!」

 

 正面から睨み合う吹雪と朝潮、その姿に羅號とローはおろおろとするばかりだ。

 

「……朝潮ちゃん。

 その言葉は……2人の態度が不謹慎だから怒るっていうのは本心なの?」

 

「……どういうことですか?」

 

「私には、朝潮ちゃんが本心からそう言っているようには思えない。

 ただ単に、何でもいいから羅號くんに対して難癖をつける材料を探してたみたいに私には聞こえるよ」

 

「何ですって……!?」

 

 確かに、双方の言ってることはどちらも正しいだろう。あれだけの仲間を失ったことに喪に服せというのも、そんな時だから笑えるときに笑い精神的な余裕を持った方がいいというのも、確かに正論だ。

 吹雪は朝潮の言葉の正しさを納得し、しかしそれとは『別の部分』が含まれていることを感じ取って朝潮の前に立つことを決意した。

 吹雪の幾分冷たい視線に、朝潮もそれに返すように冷たく目を細める。

 静かに高まっていく2人の暴発寸前の緊張感に、羅號とローは2人揃ってあわあわと慌てるばかりだ。

 だが、そのとき長門たちが広間に入ってきた。

 

「何をやってる、お前たち!!」

 

 すぐさま2人の様子を見咎める長門に、吹雪と朝潮は即座に敬礼をする。

 

「レクリエーションです、長門さん!」

 

「親交を深めていました!」

 

「……」

 

 明らかな口裏合わせを連続して言い放つ吹雪と朝潮を長門はジロリと睨むが、2人は変わらず敬礼を続ける。

 その様子に、折れたように長門はため息をついた。

 

「そうか、わかった。

 レクリエーションもいいが、あまり度を超えたことはしないように」

 

「「了解です!!」」

 

 長門の言葉に2人は答えると、自分の席へと戻っていく。2人が席に戻ったのを見計らい、長門が話を始めた。

 

「全員大事な話がある、心して聞いてほしい」

 

 その長門の前置きに、全員が姿勢を正した。

 

「昨日、羅號とローの2人が本土への通信作戦に赴いたのは知っていると思う。

 そのことを、みんなに話す」

 

「本土と連絡がついたんですか! 本土は何て……」

 

「援軍はいつ来るんですか?」

 

 口々に言う吹雪と秋雲を、長門は手で静かにするように制す。

 

「そうだな、結論から言おう。

 援軍は……無い」

 

「そんなっ!?」

 

「援軍無しなんて……そんな無茶な!?」

 

 吹雪と秋雲の声は、全員の心情を正しく代弁している。

 

「あぅ……らーくん……」

 

 ローも不安そうに羅號の服をギュッと引っ張る。そんな皆の反応を一度見渡してから、長門は続けた。

 

「南方戦線は完全に崩壊、ここトラック泊地以外の基地は皆全滅の憂き目にあったそうだ……」

 

 『南方戦線崩壊』――その言葉に、水を打ったかのように静まり返る。

 

「悪運しぶとく生き残ったけど……いよいよもって私たち、そろって地獄行きってことね」

 

 満潮の自嘲気味な言葉に、泥のような絶望感が広がっていくのがわかる。だが、その流れを変えるようにかぶりを振ると、長門は言った。

 

「何を言っている?

 これは他の基地が全滅し、援軍が来ない……言ってみれば、ただそれだけの話だ。

 これ以上、誰も地獄になど行かせるものか」

 

「でも……援軍無しじゃ……」

 

「……確かに今の戦力で、本土周辺まで喰い込んだ敵包囲網を突破し、本土へ帰還することは不可能だ。

 だが……本土への帰還の道ならまだある」

 

 そう言って横に控えていた鳥海を見ると、鳥海は頷いて全員の前に海図を広げた。

 

「今の戦況、そして昨日の羅號くんとローちゃんによる本土への接近作戦から、南方戦線から本土への航路は完全に封鎖されていることが確認されています。

 現有戦力でここを突破するのは絶対に不可能でしょう。

 そこで我々は、北方に向けての脱出ルートを取ります」

 

 そう言って鳥海はトラック泊地にある自分たちを示す駒を、本土を大きく迂回する形で動かした。

 

「このように敵の本土封鎖網の外側から北方へと脱出、北方戦線の単冠湾(ひとかっぷわん)泊地に保護を求めます」

 

 鳥海の言葉に、再びざわめきが起こる。

 

「で、でも完全に艤装の航続距離外じゃないですか!

 補給できる中継基地の類もないし……」

 

「うーん、そこはもうドラム缶でもなんでもに補給物資を満載、洋上や無人島で自分たちで補給作業を行いながら移動するしかないわね。

 まぁ、ちょっと長めの遠征みたいなものよ」

 

 不安そうな吹雪に、夕張はカラカラと笑いながら答える。

 

「……確かに無茶かもしれん。

 だが、ここにいる全員が生き残る道はこれしかない……」

 

 長門の断言に、再び場が静まり返る。それを確認してから鳥海が続けた。

 

「私たちの行動方針は理解できましたね?

 ではまず私たちの具体的な行動についてです。

 まず隊を2つに分けます。

 1つは夕張さんと一緒に、トラック泊地での作業です」

 

「即席でイカダみたいな……曳航して物資を運ぶためのものをあり合わせから造ろうと思うんだけど、それを手伝ってもらうわ」

 

「これには吹雪ちゃんと秋雲ちゃん、そして長門さんに担当してもらいます。

 そして今名前の上がっていない全員ですが……私と一緒にある場所へ行きます。

 それは……ここです!」

 

 そう言って鳥海の指差す先は……。

 

「サイパン……ですか?」

 

 朝潮の言葉に、鳥海は頷く。

 

「そうよ。

 実はがれきから発見された提督への資料でわかったのだけど、サイパンには本土からこの南方戦線への中継基地を建設中だったそうよ。

 ほかの泊地や基地と違ってサイパン中継基地は未だ稼働前の極秘事項、さすがにそんなところを深海棲艦も攻撃はしていないだろうから、様々な物資が手付かずで残っている可能性があるわ。それを探しに行きます。

 明石が参加するのもそのためよ」

 

「専門機器だと、私じゃないと分からないかもしれませんからね」

 

 エンジニアとして優秀な夕張だが、さすがに工作艦として専門家である明石には一歩譲る。だからこの調査には明石が同行することになったのだ。

 

「つらいかもしれんが、今が頑張りどころだ。

 全員、精一杯自らの職務に励んでくれ」

 

 集合時間を告げて長門のその言葉で場は締めくくられる。

 すると、ローは羅號に向かってはにかんだ。

 

「また一緒だね、らーくん」

 

「うん。

 今回は調査と輸送任務になりそうだけど、ローちゃんはそういうのやったことあるの?

 僕、やったことなくて……」

 

「友達だったマル・ユーが輸送任務なら得意だったの。 運貨筒なら任せてって!」

 

 ふんすっ、と得意げに胸をはって鼻をならすロー。そんな彼女と羅號はこれからの任務について他愛無い話を始める。

 北の単冠湾(ひとかっぷわん)泊地までは長い道のりだが、何と言ってもあの大敗からこっち始めて提示された希望でもある。

 生き残りの艦娘たちの士気は否応なしに高まるのは当然だ。ただ、一点を除いてなのだが……。

 

「……」

 

 そんな中、朝潮は変わらず羅號たちを睨むような視線を送るのだった……。

 

 




第二ヒロイン『朝潮』編の始まりです。

次回の更新はまた2週間後くらいを予定しています。
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