「うp主!? キルミーは死んだんじゃ…」
「残念だったなキルミスト。トリックだよ」

久々のキルミー新作。と言っても蛇足な感じがしてこれ必要だったのかなーと思っておりますが、気持ちよくハッピーエンドにしておこうと思いました。あ、「とうがたつ」シリーズの時系列なので全部見た人向けです。特にあぎりさん短編の「忍者の恋は独の味」を呼んでおかないとさっぱりかもです。

しかしいつもに増して文章があれですから覚悟して読んでくださいな

1 / 1
三つの塔よ、永遠に

 

 

 

 呉織あぎりは薄暗い部屋の中でただ一人佇んでいた。照明の少ないその部屋の真ん中には、広いデスクと高級そうな椅子が置かれ、その上には途中で放置された書類が並べられているそこは、まるでついさっきまで誰かが居たような雰囲気を漂わせていた。

 

 この部屋はあぎりとソーニャの所属する組織のボスが居るべき部屋である。指導者が居座るにふさわしいその部屋は、今でこそ確認は出来ないが、壁には色とりどりの装飾で色飾られ、ボスの趣味であるアンティーク調の拳銃なども並べられていた。

 しかしその部屋の主がこの部屋に訪れることはもうない。辞めた訳でも病気で休んでいる訳でもない。もう二度と、この組織のボスが現れることはない。

 

 いや、正確に言えば今ここに居る。この部屋に居るのは呉織あぎりただ一人。そう、この女子校生忍者こそが今現在この組織のボスである。なら前のボスは一体どうなったのか。簡単なことである。

 

 あの日発令された、ソーニャのやすな救出行動阻止作戦。人質にされたやすなをソーニャが救出に向かわせない指令。万が一破られた場合、一切の支援を禁止するというものであった。

 

 あぎりももちろんその命令を聞かなければならない。真っ先に辞令が下ったのは彼女である。だから何もしてはいけなかった。

 だが、自分はその命令を受けることはなかった。彼女は誓った。かつての自分の様な存在を生み出さないと。『彼』の前でそう誓った。やすなとソーニャを見守る為に生きていくと。だから、彼女の誓いの障害になる者は排除するだけだった。

 

 そう、あぎりは自分の組織のボスを排除した。そして排除した自分自身がこの組織の指揮権を所持していると宣言。やすなとソーニャの救出を命令した。

 

 こうして二人は救助された。二人とも無事に窮地を脱し、またいつもの日常を取り戻すことに成功した。正確に言えば、あの二人の仲により大きな進展が起きたと言う変化はあった。応援する側であるあぎりにとっては喜ばしい事で、加えてソーニャを弄くり回すにはこれほどにないネタであった。

 

 そんな二人を見ているのは本当に楽しかった。もし、自分が殺し屋じゃなかったら彼とあんな風に接していただろうか。やすなのような笑顔を向けていただろうか。色々考えても結果論にしかならない。それでも、考えてしまうものだ。そしてそれはとても楽しかったから、これと言って辞める必要性も感じなかった

 

 このままあの二人を見ながら生きていたい。そう思っていたあぎりだったが、残念ながらそうもいかないようだった。組織のボスになった、と言うことがどう言う事か。

 

 あぎりを目の敵にして、引きずりおろす、或いは消そうとする人間、そして敵対組織だっている。そう、彼女もう女子校生忍者として過ごすことはできないのだ。

 

「もう少しあの二人を見守りたかったですね」

 

 ため息交じりにあぎりはデスクの上に腰を降ろす。ぎし、とやや苦痛そうな音を立てて高級木材で作られたデスクは抗議の声を上げる。何を言うか、むしろご褒美じゃないのか? そんなどうでもいい事を考えながらあぎりは適当に手に取った書類に目を通し、興味無さそうに放り投げた。

 

「…………」

 

 デスクの上に置かれた電話が鳴り響く。あぎりはややけだるそうな表情をしながら受話器を受け取り、「はい」と応答した。

 

「呉織あぎりです。…………はい、なるほど。意外と早かったですね。情報提供ありがとうございます。もう私に関わらなくても大丈夫ですよ。どうかお元気で。ありがとうございました」

 

 ガチャン、と電話を切る。相手はあぎりの事を支持してくれている組織の人間である。その人物からの情報は、近々敵組織からの大々的な侵攻が始まると言う物だった。その際の指揮権はもちろん彼女にある。こちら側の組織も迎え撃つ姿勢だ。

 だが、さっきも言ったようにあぎりがトップになることを思ってない連中だっている。それも一人や二人ではなく、部署その物があぎりをよく思っていないのだ。

 

 つまり、どさくさにまぎれて背後から撃たれる、と言うことだってあり得る。『一発だけなら誤射』とはよく言った物だ。

 

 すとん、とあぎりは床に降り立つと、ドアに向かって歩き出す。それに合わせて美しい髪の毛が揺れ動く。ソーニャには無期限の休養期間を与えたついでに、ソーニャにはクビ宣告をしておいた。

 

 そっと自分の首にかけている雪の結晶の形をしたネックレスを取り出して見つめる。あるはずのもう一個のペアのネックレスを思い出し、ふっと溜め息を吐く。

 

「……そろそろ、会いに行きますね」

 

 そう言うと、あぎりはドアノブに手を掛け、外へと出る。その背中を見つめる者はいない。一体彼女がどんな気持ちで、どんな考えをしているのかは分からない。ただ、物言わぬ机だけが彼女の事を見送り、そして眠りにつくかのように照明が消えた。

 

 

 

 

 学校のチャイムが鳴る。やれやれ、今日も終わったかと教科書を鞄にしまいながら、ソーニャは軽いため息を吐く。様々な英才教育を受けた彼女にとって、高校生の授業という物は既に学んだ事の復習にしかならず、要は退屈なのである。見た目は子供、頭脳は大人の名探偵もさぞこのような心境で生活している事であろう。

 

 しかし、自分の隣に居る人間は、さてこの高校生で学ぶべき大切な座学をしっかりと頭に入れているのだろうか。いや、NOだとソーニャは軽く首を振る。

 

「いやー、終わった終わった! これからついに私にとって最高の時間、放課後が訪れる! HOUKAGO!」

 

 ぶんぶんと腕を振り回し、やすなは鞄に教科書やノートを放り込み、勢いよく椅子から立ち上がるとソーニャの方をがっしり掴んでゆさゆさと前後に揺らす。まったく鬱陶しいと思いつつも、ソーニャは軽く頭にげんこつをお見舞いして落ち着けと促す。

 

「ったく、毎日のことだろ。そんなにはしゃぐ必要もないだろうに」

「何を言うかソーニャちゃん! 何気ない日常でももうその日は帰ってこない! 私たちが過ごしている一分、いや一秒は二度と戻らないのだよ! 大切なソーニャちゃんと過ごすこの時間、無駄にする訳にはいかないのだ!」

「そりゃそうだろうが、そんなこと言ってたらキリが無くなるぞ」

「いーや、そうやって人は大切なものを失っていくのです!」

「気にしすぎもどうかと思うが……」

 

 ぶーぶー、ソーニャちゃんの堅物頭~。と、ソーニャの方に腕を回しながらやすなは唇を尖らせる。毎度のことながら鬱陶しい物である。が、もうすっかり慣れてしまったし、それ以上にこれが無いとやや物足りないと思ってるのも本音である。

 

 やすなとソーニャが一歩進んだ関係になって早半年近く。二人はいつも通りの日常を過ごす。

 

 しかし二人は知らなかった。忘れていたと言うべきだろうか。自分たちの幸せの水面下で崩れ行くあぎりのことを。いや、彼女たちが気付くのに時間が掛った原因は、ほかならぬあぎり本人が気が付かせないようにしていたためだった。

 

 二人がそれに気づいた時。事は既に始まってしまっていたのだった。

 

 

 

 

 寄り道をしようと言うやすなの提案に、ソーニャは受け入れて二人は繁華街を歩いていた。特に意味はないが、賑やかな所で歩き回ろうと言うことで特に当てもなくふらふらと目に付いた店に入っては出て入っては出るの繰り返しであった。

 

 すれ違う街の住人からしてみれば、やすなとソーニャはただの仲のいい女子高生にしか見えないだろう。いや、間違ってはいない。ただ仲が良いと言ってもそのまた一歩上を行く関係だ。

 

 人によってはアブノーマルと言うだろう。人によっては塔を建てようと言うだろう。だがそんなことは二人にとってどうでもよく、今を平穏に過ごせればそれでよかった。

 

 しかしである。ソーニャは先を行くやすなの後ろ姿を見て思う。もはやクビ同然になったとはいえ、自分は多くの罪を重ねてきた身だ。更生するとか罪を償うとか、そんな事をしたいと思う訳ではないが、いかんせん後ろめたいことがあると時折り思い出して複雑な気分になってしまう。誰かがこうして過ごしていた日常を、自分が思ったのだと思うと……。

 

「ソーニャちゃん、また難しい顔してるね」

「え……」

 

 顔を上げてみると、やすなが少し怒ったような顔でソーニャの事を見ていた。思わず手を頬に当てて、そんなに自分は顔に出していたのだろうかとゴシゴシと擦る。

 

「私……変な顔してたか?」

「うん。と言うか、一日に一回はそんな顔してるよ。まるで自分はこんな事して良いのかって感じ」

 

 ぎくり、とソーニャは嫌な汗が流れるのを感じた。そんなソーニャを、やすなはじっと見つめる。濁りも汚いものが一切無いやすなの目。純情無垢とも言えるそんな美しい目を直視できなくなり、目を反らしてしまう。

 

 やすなは呆れたような溜息をつき、まるで悪戯をした子供を叱りつける母親の様な溜め息を吐いた。

 

「図星でしょ?」

「あ、いやっ……そんなことは……」

 

 そんなことはない、と言おうとしてソーニャは言葉に詰まった。少し前なら簡単に嘘をついての否定が出来たのに、今は出来なくなっていた。ああ、また一つ自分は普通の女の子に近付いているんだなと自覚する。

 

「……すまん、ちょっとな」

「もー、せっかくの放課後デートなのに気にしちゃダメだよ」

「そうしたいのだがな……今の私じゃ、まだ時間が掛る」

「……そっか簡単に忘れられる物じゃないもんね」

 

 やすなは少しばかり複雑そうな顔になるも、すぐにいつもの笑顔を取り戻してソーニャの手を握る。

 

「確かに許されないかもだけど、ゆっくりでいいから考えていけばいいと思うよ」

「ゆっくり、か……」

「さて、細かいことは無し無し! 次はクレープ屋さんの新しい焼きそば味を食べに行くよ!」

 

 と、やすなはソーニャの手を引っ張って走りだす。そう言えばこんな光景を夢で見たような気がするな。そんなどうでもいい事を思い出しながら、ソーニャはやすなについて行った。と、その時である。

 

「エマージェンシー! アギリデス!」

「?」

 

 頭の上からだみ声の何かが聞こえてきて、やすなとソーニャは思わず足を止めた。一体さっきの声の正体はなんだ? 二人が空を見上げると、一羽の黒い鳥が二人の頭上で円を描くように飛んでいた。

 

「エマージェンシー! アギリデス! エマージェンシー!」

「ソーニャちゃん、あの鳥って……」

「ああ……あぎりの九官鳥だ」

 

 二人が自分に気が付くのを待っていたかのように、九官鳥がやすなの頭の上に着地する。何か様子がおかしい。まるで何かに慌てているような……いや、実際慌てているのだとソーニャは察する。それにさっき口にしていた言葉……まさか。

 

「え、なんであぎりさんの九官鳥がここに? それにエマージェンシーって……」

「…………」

 

 ソーニャは知っていた。あぎりの九官鳥がこの声を発するときが何を意味しているのかを。いや、おそらく誰だって気付くだろう。そう、彼女の身が危険になっているということ。九官鳥がこの声を発するとき。それはあぎりがかつて類を見ない最強レベルの危機に陥っているというサインだった。

 

 それをやすなが知ったら……ソーニャは、嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「エマージェンシーって……なんかかっこいいね!」

「……は?」

「響きがすっごくかっこいい! なんかすごい、エマージェンシーアギリ? あぎりさんが第二形態とかになったとかかな!」

 

 ああ……こいつがバカでよかった。ソーニャは思わず腰が抜けそうになった。やすなにあぎりの危機がばれるという最悪の事態を回避することに成功し、とりあえず別の思考へと移行する。

 

 今ソーニャの中には疑問がいくつかある。一つ目はなぜ、あぎりの九官鳥が自分に向けてエマージェンシーを訴えたのか。やすなには言ってなかったが、つい先日あぎりから「ソーニャはクビになりました~」と一言書かれた通知を渡された。普通ならクビ=死なのだが、新たなトップとなった彼女の権限で一切なし。一般人として生活しろとのことだった。

 

 言い換えれば、もう自分の手伝いなんてしなくていい。自由に生きろ。むしろ、関わってはいけない。そういう意味だ。だから助けに行く必要もないしむしろあぎりからして見れば「絶対に来るな」というメッセージだ。

 

 なのになぜこの九官鳥は自分にあぎりの危機を伝えに来たのだ? それだけが疑問である。ただ、今言えるのはやすなを放っておくと何かのはずみで事がばれるかもしれない。なら彼女と行動を共にしたほうが穏便に済むと踏んだ。

 

「よくわからんが、とりあえずお前の家に連れて行け。オウムだって飼っていたんだから大丈夫だろ」

「おー! あぎりさんの九官鳥我が家にご招待! しかも今日は鳥政も居るし、しゃべる鳥同士の夢の共演! いいねー、しびれるねー!」

 

 くるくると回転してテンションの上がるやすな。いい感じに話題から道が外れてる。それでもってもう一歩彼女は念を入れた。

 

「……やすな、やっぱり今日はお前の家に行っていいか? なんだかお前に任せてるといろいろまずい気がするし」

「えー、なんでー? 私変なことなんてしないよ?」

「人様の鳥に変な言葉でも覚えさせられたら怒られるだろう」

「……ソーニャちゃん、なんか変じゃない?」

 

 うぐ。しまったとソーニャは嫌な汗が流れるのを感じた。さすがにこの切り出し方は無理がありすぎたかと一分前の自分を呪う。バカだと思っていたがそのバカに怪しまれるなんて自分も落ちたものだと考えながら言い訳を必死に探す。だが、その前にやすなが何かを察したような「ニンマリ」とした笑みを浮かべて口を開く。

 

「はっはーん……ソーニャちゃんさては何か隠してるな?」

「そ、そんなことあるわけないだろ!」

 

 実際あるのだが。しかしやすなはソーニャの顔をじっくりと覗き込み、何かを確信したかのように切り出した。

 

「ふっふっふ……隠し事はよくないよソーニャちゃん。あなたの嘘はすべてお見通し!」

(くそ、さすがにばれたか!)

「ズバリ、ソーニャちゃんは私の家でお泊りして一緒に寝たいのでしょう!」

「…………ああ、そうだよ。さすがにボロが出て……は?」

 

 ボロが出ていた、と言おうとしてソーニャは疑問符を浮かべた。

 

 ソーニャは目が点になる。そんな彼女をよそに、やすなは両手を頬に充ててくねくねと軟体生物真っ青な柔軟な動きを見せる。

 

「んもぅ、ソーニャちゃんったら可愛い! 私との愛を育みたいのなら最初からそう言えばいいのにぃ! この、い・け・ず」

 

 つんつんつんと胸板を人差し指で突き、やすなはまたキャーキャーと顔を赤くしながらくねくねになる。ソーニャは予想外の回答が来たことでしばらくぽかんとしていたが、どうにか意識を引っ張り戻していつも通りを装うとやすなに関節技を入れた。

 

「ふんすっ!」

「あだだだだだだ、ソーニャちゃんいだぁああーーーーい!!」

「いい加減しつこいと締めるぞ」

「もう締めてるぅう! ギブギブギブ!」

 

 必死のタップ。まぁいいだろうとソーニャはやすなを離してやる。これでしばらくの間はさっきのことを忘れるだろう。ひとまずやすなの家に行き、組織が今どうなっているのかを知る必要がある。その上で今後自分がどうすべきか、やすなになにを伝えるか、或いはこのまま隠し通すのかを決めよう。

 自分が今後どうするかの作戦を計画し、ソーニャはあぎりの九官鳥に目を向ける。もう喋らなくなってピーチクパーチクと普通の鳥らしい鳴き声に戻っていた。

 

 ゴロゴロ、と雷の音。二人は思わず顔を上げると怪しい色をした雲が空を覆い尽くそうとしていた。「早く行こうか」やすながそう言い、ソーニャも同意する。不穏な雲が彼女たちを見下ろしていた。

 

 

 

 

 とりあえずやすなの家に到着したソーニャは、九官鳥を適当な場所に乗せて一息入れることにした。やすなはご飯を作ってくると一階に行き、待機状態である。やすながまた預かっているというオウムの鳥政は見慣れない黒い鳥に不思議そうな顔をしながらも、人間の言葉で話しかけた。

 

「ワタシ ソーニャチャン」

「ワタシデス、アギリデス」

「ソーニャチャン カーワイ」

「ソーニャ、ヤスナノコトスキ。ヨメ。ダンナ」

「キマシタワー。ココニトウガタツ」

「……なんだこれ」

 

 こいつらもしかして気が合うのか? というかあぎりの奴、九官鳥になに吹き込んだんだと突っ込みたくなる。本人がいたら真っ先にナイフを投げつけていたところだ。だが、その当の本人は連絡つかずである。ひとまず組織の状況について調べようと、タブレット端末を取り出した時だった。

 

「アギリ、オマエ クビニ ナニカアル」

「メッセージ。ソーニャニ アギリデス」

「なにっ」

 

 ソーニャは急いで立ち上がり、九官鳥の首元に目を向ける。それはいつだったかあぎりが声を出すのに使っていたスピーカー。それを九官鳥が傷つかないように外すと、裏にスイッチを見つかる。迷わずにそのボタンを押した。

 

『はーい、あぎりです~。ソーニャ、その後はどうですか~?』

 

 間の抜けた声が響く。このスピーカーには録音機能も備えられていたのかとソーニャは驚くが、まぁあの忍者なら何かしら仕込んでいそうだとは思うからそんなに不思議ではないと持ち直す。

 

『とりあえず、このメッセージは私の遺書だと思ってください。あ、もちろんお助けなんていりませんよ。あなたは組織の人間ではなくなりましたし、このことに一切関与してはいけません。やすなちゃんのことを大事にしてくださいね』

 

 その辺りから何か雑音が混じるようになる。録音環境が悪いのだろうか。そんなことを考えながらソーニャは聞き耳を立てる。

 

『今組織は敵対組織の総攻撃を迎撃――です。はっきり言って泥沼ですね。この声を聴き終わる頃には決着がついていればいい――ですが、私の背中を狙っている人も多いのでどのみち私は助かり―――ありません。でもいいんです。私は目的を達す――ことができました。あとはあなた――が平和に暮らせるように手を回すだけです』

 

 その時である。窓の外に閃光が走り、ほぼ同時に雷の轟音が折部家をビリビリと揺らした。思わずソーニャは悲鳴を上げそうになるが、いまはそれどころではないと聞く耳を立てる。そして、スピーカーに耳を傾けた直後、さっき自分が聞いたのと全く同じ雷の音が大きく響き渡った。それが何を意味するのか。そしてさっきから聞こえるノイズ音。これはノイズではなく、銃声だ。

 

「……あぎり?」

『…………』

「おい、あぎり……これ、録音じゃないよな……あぎり!!」

『……最後に、あなたたちと出会えて本当に良かったです。私のペットたち、やすなさんに預かっていただけると幸いです。それでは』

「あぎり、あぎりまて!! 呉織あぎり!!」

 

 それ以降、スピーカーに電源が入ることはなかった。窓の外を雨の音が叩く。ソーニャはノイズしか聞こえなくなったスピーカーをただ見つめることしかできない。

 

 九官鳥がソーニャをじっと見下ろす。少しして、ほんのわずかに開いたドアの隙間に向けて視線を伸ばす。

 

「……ソーニャちゃん」

「!?」

 

 はっとしてソーニャは後ろを見る。そこにはいうまでもなく、目を見開いている折部やすなの姿がそこにあった。

 

「やす……な……」

「ねぇ、今のなに? どういうこと? あぎりさん、どこにいるの?」

 

 明らかに震えた声だった。失態だ、こいつにだけは知られてはいけなかったのに。ソーニャはもっと隠れて事態を収拾すべきだったと悔やむ。だがもう遅い。ソーニャがじっと黙っていると、やすなは何かを決心したかのように廊下を駆け出した。ソーニャはとっさに立ち上がって追いかけ、やすなが玄関に到着しようとしたところで腕をつかむことに成功する。

 

「待て! 今家から出ることは私が許さないぞ!」

「だって、だってあぎりさんが……あぎりさんが危ないんだよ! 今行かなくていつ行くの!?」

「お前だって聞いただろう、このことに一切関与するなって!」

「だからって放っておくの!? そんなのできない、私たちがこうして一緒にいられるのは全部あぎりさんのおかげなのに! なのに助けに行っちゃダメなの!? ソーニャちゃんは見殺しにするの!?」

「助けたいに決まってるだろ!!」

 

 ソーニャの声帯から、今まで出したことのない量の声が響き渡り、やすなの鼓膜を殴りつけた。その叫びでやすなは頭の中が一気に冷えていく気がした。そして、自分の腕を握るソーニャの手が震えていることに気が付いた。

 

「私だって……今すぐに行きたい……けど、今の私の最優先任務はお前を守ることなんだ。まだ完全に安全になったわけじゃない。また刺客がお前を狙ってくるかもしれない。あぎりは言ってただろ。お前のことを守ってやれって。それがあいつの最大の願いだ。あいつは、もとより死ぬつもりなんだ」

「でも……でもっ!!」

 

 やすなの目に涙が浮かぶ。頭では分かっているのだろう。だが本能はそれを理解しないと拒絶反応を起こす。やすなの泣いているところなんて見たくない。でも、今は泣き叫ぼうが何をしようが、こいつを家の中にとどめておくのがソーニャの「任務」である。

 

 やすなはそれ以上声を上げることができなかった。ただ無力な自分と、ソーニャの言うことの正しさを受け止めきれずに涙があふれる。力のなくなった彼女を、ソーニャはそっと抱きしめる。こいつが落ち着くまで、どうかすべてが終わっていてほしい。元殺し屋は、ひたすらに目の前の恋人のことを想った。

 

 

 

 

「……っ」

 

 どれくらい意識を失っていたのだろう。あぎりはずきずき痛む頭を押さえると、ぬるりと生温かい感触が手の平を包む。それで自分の頭部から出血していることに気がついた。

 だがその前に体の状態を確認しなければ。右手、よし。左手、よし。足も痛みは伴うが両方動く。大きな外傷も無しで五体満足だと思った。

 

 が。立ち上がろうとした瞬間、腹部に強烈な激痛が走った。たまらず手で押さえこむと、ぐちゃりと聞きたくない水分を含んだ音が耳に届く。腹部から大量の血が流れ出ていた。

 

 ぼんやりとする視界を引っ張り戻して周囲を確認する。散らばった瓦礫の山、むせかえる様な血の臭いが鼻を突く。組織の本部ビル最上階の一角。しかし全盛期時代の華やかさは一切合財失われ、分厚く広がっていたはずの天井は半分が崩落していた。

 

 敵対組織の襲撃から数時間。どうにか食い止めることには成功したが、こちら側の損害も非常に多く、おまけに味方の一部からも背後から狙われると言う完全詰み状態である。耳を済ませればまだ銃撃音が聞こえる。遠くの方でパトカーのサイレン音が聞こえたが、あまり干渉は出来ないだろう。警察関係者にだって協力者はいくらでもいるのだ。落ち着くまで警察が動くことはない。

 

 あぎりはどうにか移動しようとするも、ずっしりと重い体がいうことを聞いてくれず、秘伝の丸薬を飲んで動かそうとしたがどさくさに紛れて落としてしまったらしく、あるのは申し訳程度の栄養剤だった。まぁ、無いよりはましか。あぎりはそれを口に含み、飲み込んだ。

 

 少しだけ楽になった所で再チェックする。その結果お得意の変わり身の術もストック切れであることが判明し、残ってるのは二枚の手裏剣と忍者御用達お手軽爆弾だけだ。打つ手なし、どうやらゲームオーバーの様だった。

 

「……年貢の納め時、ですね」

 

 そう言ってあぎりは笑みを浮かべた。助かる見込みが無いと知って逆に余裕が出て来た。しかし、ただで死ぬわけにはいかない。もう一発この下らない組織たちの存在を削ることにしよう。

 あぎりは爆弾を手に取り、鉄の様に重い体を引きずったその時だった。

 

―ピピッ、ピピッ―

 

 ポケットに入れていた端末のコール音が鳴る。それは自分が最後の言葉を残そうと九官鳥に持たせたスピーカーマイクの受信音だった。ただ、向こう側からしてみればただのスピーカーなので、今から自分が発する言葉は録音だと思うだろう。実のところこんなものをソーニャに届けるべきではなかったと思うが、せめて最後に彼女の声を聞きたいと言うあぎりの願いだった。それで改めて「絶対に来るな」と念を押せばソーニャは来ることはないだろう。

 

「はーい、あぎりです~。ソーニャ、その後はどうですか~?」

 

 あぎりは極力体力の消耗を悟られないようにしながら喋る。演技力には自信がある方だったから騙しきる確信はあった。これで仕留めたターゲットは数知れずである。

 

「とりあえず、このメッセージは私の遺書だと思ってください。あ、もちろんお助けなんていりませんよ。あなたは組織の人間ではなくなりましたし、このことに一切関与してはいけません。やすなちゃんのことを大事にしてくださいね」

 

 と、その時である。なりを潜めていたビルの内部で再び銃声が響いた。こんな状態になってもまだやるのか。果たしてこちら側の組織が優勢なのか、劣勢なのかも分からない。ただ言えるのは、あぎりに味方はもういないと言うことだった。銃声が響く中、あぎりは再びマイクに向けて声を掛ける。

 

「……今組織は敵対組織の総攻撃を迎撃中です。はっきり言って泥沼ですね。この声を聴き終わる頃には決着がついていればいいのですが、私の背中を狙っている人も多いのでどのみち私は助かりそうにありません。でもいいんです。私は目的を達することができました。あとはあなた達が平和に暮らせるように手を回すだけです」

 

 その瞬間だった。遠くの方で空の上が光り、数秒遅れて雷の轟音がビルを包み込んだ。一瞬顔をしかめるあぎりだったが、この雷がきっかけで自分の人生を大きく左右することに気付くのはもう少し後の話だった。

 

『……あぎり?』

「…………」

 

 何かに気付いたソーニャの声色。あぎりは今の雷でこれはリアルタイムの通話だと言うことがソーニャにばれたと察した。その予測通り、ソーニャの叫びが響き渡る。

 

『おい、あぎり……これ、録音じゃないよな……あぎり!!』

 

 ばれた以上、長く通話することはない。あぎりは最後に一言一方的にソーニャへ遺言を残した。

 

「……最後に、あなたたちと出会えて本当に良かったです。私のペットたち、やすなさんに預かっていただけると幸いです。それでは」

『あぎり、あぎりまて!! 呉織あぎり!!』

 

 端末のマイクを切り、あぎりは空中に放り投げる。そして残った手裏剣を投げつけ、それは見事に端末のど真ん中を突き抜け、そのままの勢いで壁に突き刺さる。

 

 そして、ポケットから懐かしいネックレスを取り出す。ペアルックの氷の結晶。そのもう片方の持ち主の事を想い、あぎりは瞳を閉じる。恐怖はない。あるのはどちらかと言うと幸福感だった。

 

「……もうすぐ……会えますね」

 

 

 

 

 やすなはあれからしばらく泣き続け、ソーニャはじっと抱きしめてやった。その後泣きつかれたやすなをベッドに入れてやると、ソーニャも同じベッドに入って出来るだけやすなの傍に居てやることにし、どうにかその場は落ち着いてくれた。

 

 そのまま時計の針は深夜を刻み、降り続けていた雨も鳴りを潜めて静かな夜になっていた。カチコチと部屋の中を時計の針の音と、二人の少女の寝息だけが響く。そんな中、むくりとやすなは体を起こす。ちらりと隣で眠っているソーニャを見つめ、完全に眠っている事を確認して布団から抜け出すと、タンスをゆっくり開けて適当な服を取り出すとそれに着替える。

 

 続けてリュックを取り出してその中にお菓子や絆創膏などを放り込んでそれを背負い、もう一度ソーニャが眠っている事を確認すると部屋から抜け出す。物音を立てないようにゆっくりと階段を下り、玄関前まで到着すると再度周囲を確認。靴を履いてドアを開け、念入りに周辺を見回して誰も居ないことを確認するとゆっくりとドアを閉めて脱出。あぎりを助けるため、歩き出そうと門へと体を向けた瞬間だった。

 

「どこへ行く気だ」

 

 心臓が止まるとはこういうことを言うのだろうか。やすなは悲鳴を上げそうになったが、目の前に待ちかまえていたソーニャの眼光によって声帯は機能を完全に失った。

 

「家から出さないと言ったはずだ」

 

 ソーニャは構わず言葉を続ける。冗談抜きで殺意がこもったかのような声色に、やすなは身動き一歩取れなくなる。それと同時に、ソーニャもまら本気でやすなを守るために行動しているのだと悟った。しかしそれでもやすなは意を決して反論する。

 

「出来ないよ……それでも私はあぎりさんを見捨てるなんて出来ないよ!」

「私だって助けたいと言った。けど、仮に行ったとしてお前に何が出来る? 武器を扱った事もないお前が」

「もし怪我していたら手当てくらいならできる!」

「体が五体満足なんて保証はないんだぞ」

「止血くらいできるよ!」

「銃弾が飛ぶ真っただ中に飛びこめるか?」

「そんなのが怖くて友達なんてやっていけない!」

「…………そうか」

 

 ソーニャが瞳を閉じる。何を? やすながそう思った瞬間、ソーニャの姿消えた。刹那、後ろから腕を掴まれて体をがっちりと固定され、喉元に何かが突きつけられる。

 

「絶対にお前を出す訳にはいかない。それが私の使命だ。あぎりだって望んでいることだって言っただろう」

「っ!」

 

 やすなは声が出せない。これ以上進むなら容赦なく殺す。ソーニャから溢れ出る殺気が全身を包み込む。出来る事なら今ここで泣き崩れたい、恐いと叫びたい。だがそうする訳にはいかない。今こうしている間にも、あぎりは危険な目に遭っているのだ。行かなければならない。

 しかし、ソーニャの気持ちだって重々承知している。自分がさらわれた時、命がけで助けに来てくれた。その時のことがいやでも脳裏に焼き付いているだろう。言うなればトラウマだ。自分は彼女の触れてはいけないトラウマに触れていると思うと、心が痛んだ。

 

「ソーニャ……ちゃん……」

「私は引退したとはいえ殺し屋だ。お前を切ってまで止めることだってできる。お前があぎりの所に行って、そして死ぬより断然ましだ。だから一人で行くことは許さない。絶対に」

「……組織を抜けたんじゃ、命令なんて関係ないじゃん」

「あれはあぎりの友人としての頼みだ。私だって付き合い長いんだ。友人の頼みを断る訳にはいかない」

 

 その言葉で、やすなの脳内に人生で最強レベルのひらめきが駆け巡った。そして同時に確信する。ソーニャは、かなり面倒な人間なんだなと。なら、これしか手はない。

 

「……ソーニャちゃん」

「なんだ?」

「……私の依頼を受けて」

 

 そう、ソーニャを雇えばいいのだ。

 

「何を言い出すかと思えば。私がタダで動くと思ってるのか?」

「報酬はもちろん払う!」

「ほーう。私を動かすだけの報酬がお前に出せるのか。だったら出してもらおうか」

「…………」

 

 正直な話、やすなにソーニャを充分動かすだけの資金はない。だがそれでも正当な報酬が無ければソーニャは動いてくれないだろう。だが、やすなには秘策があった。どうあがいてもソーニャが依頼を受けてくれるであろう、最強の報酬が。

 

 やすなはその報酬内容をソーニャに伝える。堂々と、間違いなく保証すると。その前金変わりの品も渡した。

 

「これで……やってくれる?

「……ああ、十分だ! お前は今から私のクライアントだ!」

 

 その言葉の直後、二人をまばゆい光が包み込む。強い風が地面を吹き付け、やすなは目が開けなくなる。だが空に浮かぶそれを認識し、ソーニャもまた自分とおんなじだったことを知って安堵した。

 

 

 

 

 あぎりが目を覚ますと、全く見知らぬ土地に一人で立っていた。さっきまで出血がひどかったからだはすこぶる調子が良く、どこをどう見ても無傷の健康体であった。

 辺りを見回せば一面の花畑。遠くにはまるでアルプスを想わせるような壮大な山がそびえ、その頂上付近は雲に覆われて視認することが出来なかった。

 

 そして目線を少し下に向けると、幅の広い川が目の前を横切っていた。近付いて覗きこんでみると、驚くほど透明度が高く、口に入れてみるとどこのメーカーが作ったミネラルウォーターよりも美味な味だった。そしてあぎりは唐突に理解する。

 

「……ああ。ここ、天国なんですね」

「ちょっと違いますよ」

 

 突然声を掛けられてあぎりは戸惑う。そしてその声はとても懐かしくて、愛おしくてたまらない声だった。思わずあぎりは声を上げそうになり、振り返った。

 

「…………あぁ……」

「お久しぶりです、呉識さん」

「あぁ……ああっ!」

 

 涙があふれる。今まで流さないようにと思っていた涙がいとも簡単に、そして大量に溢れだす。思わず足が震え、声も上手く出せなくなる。ただ一歩だけ歩み、手を伸ばす。

 

 そこにはあぎりが心から愛し、そして殺してしまった「彼」の姿があった。何も変わらない、あの時と全く変わらない笑みをあぎりに向ける。それが嬉しくてたまらなくて頭の中がパニックになる。今の彼女は女子校生忍者ではなく、ただの恋心抱く少女だった。

 

 あぎりの伸ばした手を、そっと彼は受けとめる。温かい。あの雪の日に握った死んでいく人間の手とは違う温かい手。それはあぎりにとって大きな救いの様な気がして、思わず頬にその手を当てる。

 

「ごめんなさい……本当に……」

「言いっこなしですよ。あなたと出会えて後悔した事なんてありません」

「私は……後悔しか無かったです……あなたの事が、本当に好きでたまらなくて……なのに……!」

「もういいんですよ。俺はあなたの事を微塵も恨んではいません。どこかの知らない誰かに殺されるより、あなたに手を掛けてもらった方が断然よかったです。呉識さんが無事ならそれでいいんです」

 

 思わずあぎりは彼の胸に頭を押しつけて涙を流した。腕をまわしてこれでもかと抱き寄せる。救われた。自分は今この瞬間救われたのだと断言できた。

 

「ありがとう……ありがとうございます……」

「もう、しっかりして下さいよ。そんなに泣いたんじゃ俺が悪者みたいじゃないですか。でもちょっぴり新鮮だから悪くないかもです」

「……うふふ、主導権はいつも私が握っていましたもんね」

 

 そこでようやくあぎりは笑みを浮かべて彼の顔を見ることが出来た。まだ涙は止まらなかったが、それでも今向けないとダメな気がしてみっともない感じはしたがこれでいいと思う。

 

「もう何も要りません……あなたと一緒なら、私はそれだけでいいです」

 

 このまま死んでもいい。あぎりは本気でそう思った。だがあぎりを支えていた彼はゆっくりと彼女を引き離し、その行為に不安がよぎる。

 

「呉識さん。残念ながらあなたと一緒に居ることはできません」

「……え」

「さっきも言いました。ここは天国とはちょっと違います。俗に言う、三途の川の一歩手前って奴です。つまり、あなたはまだ死んではいません」

「じゃあ……」

「そうです。あなたは帰らなければならないんです。俺と一緒に来てはいけません」

「そんなの……そんなの無理ですよ。私はもう未練はありません。あの子たちも、もうこの先きっと大丈夫です。だから……」

 

 だからここに居させてくれ。そう言いたかったあぎりだが、彼は目を閉じて小さく首を横に振る。言葉に出来ない不安と絶望があぎりを包んだ。

 

「俺は、呉識さんをこちら側に来させないようにするために今ここに居ます。これが俺の使命です。あなたはまだ生きるべきです」

「嫌です! 私は、私はもういいんです! あなたと一緒に居ればそれで!」

「ダメなんです。あなたはまだ必要とされている。体だってまだ生きてるんです。簡単に諦めてはいけません」

「もういいんです! もう私はここで死んでも構いません、もう楽になりたいんです。あなただっている、これ以上にない私の欲しい物があるんです! それなのに……」

「あぎり!!」

 

 必死に食いつこうとするあぎりに、怒号が響く。今まで聞いたことのない、彼の本気の叫びだった。思わず口が動かなくなり、頭の思考が追い付かなくなる。その瞬間を突き、彼はあぎりを強く抱きしめると言葉を重ねる。

 

「あなたは死んではいけない。まだあなたの事を必要としている人がいるんです。ええ、あなたが守ったあの二人です。例えあなたが大丈夫だと思っても、あの二人はあぎりさんの事を必要に思ってます。だからまだこちらに来てはいけません。けど、ずっと待ち続けます。俺はあなたが役目を終えてこっちに来るまで、ずっとずっと待ってます」

「…………そんなこと言うの……ずるいです……私、地獄に落ちると思うのに……」

「俺が直談判してまで止めますよ。それでも落ちるんだって言うなら、俺も一緒に地獄に行きます。それでどうです?」

 

 いつもの優しい彼の声に戻り、あぎりは心がほっとするのを感じた。けど拭えない寂しさはある。これが終わればまた別れてしまう。それを想うと胸が張り裂けそうになるのだけは押さえられなかった。

 

「……どうしても、戻らないといけないんですか」

「はい。それにほら、聞こえませんか?」

 

 そう促されてあぎりは耳をすませる。穏やかな風に混じり、何かの声が聞こえる。よく聴き耳を立ててその正体を探ると、確かに誰かが自分を呼ぶ声がした。

 

『……ぎり……あぎり!』

「……ソーニャ……」

「ね? だからここまでです。安心して下さい、俺はあぎりさんの事をずっと見守っています」

「……わかりました。ただ、最後に一つだけお願いをして良いですか?」

「もちろんです。何でも言ってください」

「……もう一度、呼び捨てで私の名前を呼んでくれませんか?」

 

 ぎゅう、と彼の手を強く握り、そして握り返される。自分が求めた幸せがこの先にあるのかもしれないと思うと、あぎりはこのまま現実から逃げたくなってしまう。しかしそう言う訳にはいかない。彼にそんな事を言われたらどうしようもないではないか。ずるい人だ。

 

「いいですよ。なんならちょっとしたサプライズ付きにしましょう」

「え?」

 

 頭に疑問符を浮かべるあぎり。そんな彼女をよそに、彼はあぎりの心を簡単に鷲掴みにしてしまう笑みを浮かべ、言った。

 

「愛してますよ、あぎり」

 

 そう言って唇に何か触れる。ものすごく温かくて、吸い込まれそうな感覚。ああ、あの悲しいキスとは全く違う幸せな温もり。自分には味わう資格のない物なのに、感じてしまっていいのだろうか。そんなどうでもいい事を想うあぎりだったが、徐々に意識が薄れていき、やがて真っ暗になって消えた。

 

 

 

 

「……あ……り……」

 

 誰?

 

「あぎ……あぎり……!!」

 

 真っ暗。何も見えない。あの人はどこ? 私は一体何をしているの?

 

「あぎり……あぎり!!」

「っ!」

 

 あぎりが目を覚ます。視界が回復するのに少し時間が掛り、自分gな一体何をしていたのかの思考も追いつかずに軽くめまいを起こす。が、ゆっくりと記憶を引っ張り戻して自分がどうなったのかを思い出し、そしてさっき見た夢の事もはっきりと思い出した。

 

(……夢……でしたか)

 

 落胆が頭の中を埋める。しかし今はそんな場合ではないと自分を読んだ張本人の顔を確かめようと首を曲げた。

 

「やっと起きたか、このバカ」

 

 顔を覗きこむブルシアンブルーの瞳。艶やかに伸びる金色のツインテール。ああ見間違える訳が無い、ソーニャだった。

 

「ソーニャ……あなた、どうして……来てはいけないのに……」

「ああ、そうだな。私は一友人としてお前の頼みを聞いた。それは順守するつもりだったが……」

 

 と、銃声が鳴り響き、ソーニャの体がはじけるように飛び、あぎりを庇いながら自らも銃撃で応戦する。一体誰が攻撃しているかどうか分からないあぎりだったが、ここまできた以上攻撃する輩はすべて敵だとソーニャは判断してありったけの弾幕をお見舞いする。

 

「ちっ、分かってはいたが自分の組織も敵に回すと厄介な事この上ない」

「分かってるなら何で……!」

「黙ってろ、一回派手に行くぞ」

 

 ソーニャは手りゅう弾を取り出し、ピンを引っこ抜くとそれを空中に放り投げる。そして華麗な弧を描いて空を飛ぶ手りゅう弾に一発の銃弾を撃ち込んで無理矢理起爆させ、爆炎が周囲を包みこんだ。

 

「移動するぞ。動けるか」

「な、なんとか……それよりも」

「分かってるって、ちゃんと話してやる。確かに私はお前の言ったことは順守つもりだった。けどな、裏を返せばそれは個人的感情の頼みだ。組織を引退したとはいえ、私の腕を見込んでの個人的依頼も来るだろう。さしずめ傭兵ってことだ」

「……まさか」

「ああ。そのまさかだ。私のクライアントは……」

 

 二人をまばゆい光が包む。その先に一機の輸送ヘリがホバリングし、二人を迎えるべく待機していた。そしてその扉が開き、中から一人の少女が飛び出す。

 

「あ・ぎ・り・さぁああぁああああんん!!」

 

 折部やすながヘリから飛び出し、ビルの上に鮮やかに着地すると顔面涙ぐしゃぐしゃで飛びついて来た。いつだったか似たようなことがあったが、その時よりも圧倒的にひどいその顔はギネス物だったと後にソーニャは語る。

 

「うえぇええぇあぎりさん、あぎりさんが無事でよかったですぅうう!!」

 

 だみ声全開で後半何を言っているのか分からないやすな。ソーニャはやれやれと思いながらもヘリから降ろされたロープを掴み、あぎりを固定する。

 

「そう、今の私のクライアントはやすなだ。呉織あぎりの救出。私の最優先事項は任務の完遂だ。だから依頼がきたら友人の個人的な頼みなんて一切受けない。引退しても仕事が着たらきっちりやるもんでな。しっかし、バカなやすながこんな所に隙を見つけて付け込んでくるなんて思ってもみなかった」

「……一応聞きますが、報酬は?」

「焼きそばパン一年分」

 

 そう、やすなの提示した報酬は焼きそばパンだったのだ。しかも前金代わりに夜食用にとやすながあらかじめ作っておいた三つを渡し、より正式な物へと近づけた。むしゃり、とソーニャは食べかけの焼きそばパンを口に入れた。

 

「……それ、わざとですよね?」

「食料は大事だ。金があっても飯が無いとただの紙くずだからな。そんでもって私の古い知り合いたちに呼びかけてヘリ一機と護衛用の戦闘機一個小隊引っ張ってきた。制空権はこっちのものだから脱出は簡単だ。おいやすな、しっかり掴まらないと置いてくぞ」

「あーん、待って待って!」

 

 やすなが慌てて与えられたベストにヘリのワイヤーを繋ぎ、準備おっけーだとサインを作る。ソーニャはそれを確認してハンドサインを送り、ピックアップが開始された。

 

「それに、お前を助けて欲しいって思ってたのはやすなだけじゃない」

「え?」

「ソウデス、アギリデス」

 

 と、釣り上げられる二人の元にあぎりの九官鳥が飛んできた。九官鳥はあぎりの腕に乗ると、心配そうに彼女の顔を覗きこむ。

 

「こいつが緊急事態を宣言しながら私の所に飛んで来たんだ。私たちに気付かれずに死のうとしたお前のことだ、まさかこの鳥がお前の危機を私たちに伝えるとは思わなかっただろう。だがこいつは独断であぎりを助けて欲しいと私たちに訴えかけて来た。そして」

 

 ヘリへと無事収容され、やすなもわたわたしながらも機内にしがみつく。と、座席の上から何かがぴょこんと降り立ち、すり寄ってきた。

 

「こいつらのおかげでお前の居場所も分かったわけだ」

 

 それはあぎりの忍者猫をはじめとする彼女のペット達だった。空き地で拾ったあの猫は道案内、忍者蜘蛛は状況偵察、に忍者モグラは進入経路の捜索。勢ぞろいであぎりを救うために動いていた。

 

「あなた達……」

「お前、動物からの人望熱いよな。動物園でも開いたらどうだ?」

「……ふふっ、本当にあなた達は」

 

 あぎりは笑みを浮かべる。本当に予想外な事をしてくれる。おかげでこの先の人生まったく退屈せずに済みそうだった。あなたの言う通り、確かにまだやるべきことは多そうだし、必要としてくれる人がいる。なら、もう半世紀ほど頑張って見ようか。

 

「あぎりさぁあん……お願いだからこんな悲しいことしないでくださいぃいい……うわぁあああんん!!」

「やすなお前は静かにしてろ」

「私は、あぎりさんが居ないのなんて嫌なんですぅう! 三人でいつも、三人で仲良くが一番なんですぅうう!!!」

「……だとさ」

 

 ソーニャは「助けないぞ」の姿勢。またこのパターンかとあぎりはやや困ったが、たぶん彼はこう言うだろう。「人を心配させた罰ですよ」と。

 

(……分かりました。もう甘えることはしませんよ。このお二人と一緒に生きていきましょう。それで私が寿命でそちらに行ったら、しっかり弁護して下さいね?)

 

 あぎりが二人を見ると、二人とも自分の事を見ていた。それが妙に恥ずかしくて顔を毛布の中にうずめてしまう。それをやすなとソーニャは微笑ましく見守る。

 

 三人を乗せたヘリは、一路安全な場所へと向かう。東の空が明るくなり、機内を照らし出す。やがて夜が明け太陽がその姿を見せる。三人はその夜明けに目を向ける。その太陽はまるで新しい三人の人生の始まりを知らせるかのように、光り輝いていた。

 

 

 

 

 三つの塔よ、永遠に    おわり

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。