木原演算は、第四学習室の扉を閉め外を出る。
後ろでガチャン、というを音を聞き思わずドアを見る。
「オオウ、電子ロック式とは驚きました。しかしココ、随分と頑丈にできているように見えましたが、そういうことだったんデスネエ?」
あまりの驚きにおもわず独り言を呟いてしまう。
その様は傍から見ていて不審者そのものであった――文字入りTシャツの上に白衣という服装からして怪しいのだが。
だからこそ、その近くを偶然通りかかってしまったこの雲川鞠亜にはそう見えてしまったわけで。
そして、そのメイド少女はさらに彼は何者だと思ってしまうわけで。
こんな女子校にあんなに怪しい男がいるということはどういうことだと思うだろうか。
「この」
そんなもの決まっている。
「変態がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!」
男が女子に絶対呼ばれたくないであろう(一部の性癖の人は除く)称号、『変態』だ。
「オオウ! メイド女の子がこちらにダッシュで近づいてきてますね!? これはあれですね、『一目ぼれ』ですよ。やっぱり私には女の子を引きつけるオーラがあったんで……グギャボアアア!
雲川鞠亜が得意の格闘術プラス
能力者開発など受けていない木原演算にはそんな物などよける術は持っておらず、いいようにやられてしまう。
地面に引き倒された演算は、そのまま絞め技の体制に入られてしまい逃げることもできなくなってしまった。
「痛イ痛イ痛い!! ギブですギブ! ギブアアアアアアアアップ!」
「何がギブアップだ変態野朗! メイド学校に忍びこんでエロゲ設定でも満喫しようってのか!?」
やろうとしていたこと――メイドの姉ちゃん覗きを遠まわしに見抜かれてしまった演算はどうしてばれた! という顔を晒してしまう。
だからこそ、雲川鞠亜の絞め技はさらに威力を増していく。
「ア、ヤバイコれ死ぬかもしれません。ああ、でも最後にせめてパソコンに残った妹物のブツくらいは天国に持ち込ませてくだ」
「死ねクソがッ!」
体の何かが外れるような音と、木原演算の絶叫が辺りに響き渡った。
*****
「し、しししししししししししし失礼しました! ま、まさか客人様だとは思わなくて……。しかも、能力の演算ミスって気絶させてしまうとは……本当に申し訳ありませんでした!」
「ハッハッハ、気になさらないでください。それに……なんだか新しい境地にたどり着けた気ガシマス!」
気絶してしまった演算を医務室に運びこもうとしている最中、廊下で学習中だった女生徒にウチに来た客人であると教えてもらった雲川鞠亜は今、全力で彼に土下座中である。
「モウ顔ヲ上げてください。特に何も気にしてはいまセンノデ」
「いえ、ですが……」
「イイノデスよ、十代の女の子と体を密着させることができたことに比べればお釣りがくるってなものですよ、はッハッハ」
こういうことを言うから誤解されるのではと思った雲川鞠亜だが、さすがにこの状況でそれを口にするのはためらわれた。
「コノ『木原演算』、女の子には全力でやさしくする、それが生きがいなノデスヨ」
「木原……ですって!?」
雲川鞠亜は土下座をしていた頭を振り上げ演算のほうを見る。
「アナタ、ソノ苗字が何なのかゴ存知デ?」
「ええ、まあそういう
裏を知りえる人間、木原はそう考え話をさらに進める。
「イケマセンかね、やはり私がこのような場ニキテハ」
「……そう言いたいですね。あの人たちは私の思う限りろくなことをしてきてないですから」
間違ってない。人の命をゴミのように使い潰し、実験に使っている忌々しいあの一族の苗字。
だが、彼女の中には一つ、例外な人物がいた。
「でも、一人、違うのはいたの。……あなたは知ってる? 木原加群というかわいそうな男のことを」
「…………モチロンデスヨ」
「やっぱり、そっちの中じゃ有名というか目立っていたでしょうね」
「……彼ハ素晴ラしい研究者だと思っています。もちろん、教師としテモデス」
雲川鞠亜は驚く。
それはそうだ。彼女が嫌っていた、一族の人間にまさかこういうことを言う人間が存在しているとは思わない。
「彼ガヤッタことは間違いではありません。生徒の元を離れてしまったのも理由があるのデショウ」
「ええ。あれは正当防衛が認められて、教員免許の剥奪にはならないはずだもの」
木原加群という教師はかつて彼女の担任だった。
しかし、通り魔に襲われた雲川を助けるために花壇にあったスコップで殺害してしまう。
事の顛末はそんなことだった。
「……昔、木原ノ中で異端とされてきた彼のことを私は尊敬の眼差しで見ていました。木原の運命に背き教師を目指した彼をね。ですが彼は、職を辞め、どこかへ姿を消してしまいました……。悔しかったですよ。木原は所詮木原なんだと思い知らされたわけでスカラネ」
演算は苦悶の表情を浮かべ自分の思いを打ち明ける。
雲川はただそれを聞いていた。
「ソシテ調べたのです、彼の居場所を。時間はかかりましたが、それも仕方がなかったようです。彼は今、
演算は真剣な顔で続ける。
「三ヶ月後ノヨーロッパのバゲージシティ、彼はそこで何かをするようナノデス」
「……バゲージシティ」
「ハイ、彼ノコとですからわざと大きな舞台を作って誘い込むのでしょうネ、誰カヲ」
「誰かって……誰のことよ」
「決マッテいるではないですか。彼を教師から下ろしたクソ野朗のコトデス」
あの事件の真犯人は別にいる。雲川には到底信じられない。だがこの木原、ウソをつくようには見えない。
彼の表情には、憎しみの色が浮かび上がっていた、これが演技とは思えないのだ。
「あなたは誰だと思っているの?」
「犯人ハ分カっています。ですが、それは私の口から言いません。彼から、直接お聞きなさい。そして、見てきなさい彼の木原加群としての……教師としての木原加群としての生キ様ヲ」
「……お礼は」
「不要デス。彼を助けられなかった私のミスでもあります。礼など、アナタの満足気な顔を見られればそれで十分デスヨ」
演算は先ほど彼女にぶっ壊されそうになった首を回しながら立ち上がる。
「サテ、ソロソろ菜優花さんのアレも終わっているころでしょうし行かナクテハ」
医務室を出ようと、ドアに手をかける。
ところがその動作は後ろからかけられた声で止まる。
「待って。あなたは……何者なの?」
木原は後ろを振り返る。
「木原演算、『木原』とは違う邪の道を行くものです。……ソレデハ」
とだけ言い残しそのまま医務室を出ていく。
雲川鞠亜はしばらくその場で立ち尽くし彼のことを考えていた。
彼は木原とは違う。
じゃあ、彼は一体何なのだ。
そして、バゲージシティに木原加群は必ず現れると言った。
そこにいけば会える、彼に、私の教師に。
「バゲージシティ……か。先生……」
彼女は拳を握り、誓う。
彼の元へ絶対たどり着いてやる。
と。
三ヵ月後、彼女は本当にバゲージシティで木原加群のために奔走することになるのだが、それはまた別の話。