お食事処 作:シスコン
「ごちそうさま。とてもおいしかったです」
「ありがとうございます、またのご来店をお待ちしております」
「この味でこの値段なら、また何回でもくるよー」
今のお客様方で、店内にいらっしゃったお客様は最後でした。つい先ほどまで埋まっていた調理場に面したカウンター席も、もう誰もいません。私はこの、少し前までお客様で賑わっていたのが静かになる瞬間が、この上なくうれしいのです。私の料理を食べに来てくださったお客様の、そしてそれを美味しいといってくださり、また来るといってくださったお客様の、なんてことない世間話をしてくださるお客様の、皆さまの温かさを、より一層体験できるような気がして。
そんな満足感に浸りながら、皆さまが取りやすいようにあげてくださった食器類を回収して、それを食洗器には入れずに自分の手で洗います。
もちろん、お客様のいらっしゃるときは食洗器に入れます。それでも、何となく、誰もいないときはこうして自分の手で洗いたくなるのです。
まずは次のお客様がいらしてもいいように調理器具を洗い、次に食器類に手をかけたところで……カラン、と音が。ご来店のようです。
汚れ物を見えるところに残すわけにはいかないので、お客様が席におつきになる前に全て食洗器に入れ、手を洗い、お冷を出だしする。
「いらっしゃいませ、ルイオス様。貴方がこちらにいらっしゃるのは久しぶりですね」
「ああ、うん。最近はちょっと大きな取引がある関係で忙しかったからね……それも、今日全部潰れたんだけど」
どうやら何かあったらしいルイオス様にいつも通り熱燗をお出ししてカウンター越しに酌をする。
「ああ、ありがとう……今更だけど、よく僕の気分が分かったね」
「何度もいらしてくださったお客様ですから。何をお飲みになりたい気分なのかは、察せているつもりです」
何かあってちょっと不愉快な時。そして落ち込んでいる時、ルイオス様は熱燗をお飲みになられます。これで合っていたということは、何かあったのでしょう。
「しかし、ルイオス様も男に酌をされてもうれしくはないでしょう。その埋め合わせというわけではありませんが、私でよければ話を聞かせていただきますよ?」
「いや、アンタほどの人に酌をされるのは別に嫌じゃないんだけど……まあでも、聞いてもらっていい?もともとそのつもりで来たし」
「ええ、勿論です。そのために当店はこのような内装になっているのですから」
お客様の話を聞きたい、という思いから決めた、この内装。カウンターに面した調理場だけは、譲れませんでした。
「助かるよ。誰かに愚痴りたいけど、部下に話すわけにもいかないし、うちのコミュニティのへまだから他のコミュニティの人間に話すわけにもいかないから」
「なるほど、そのような事情でしたか。もちろん大丈夫ですよ。お客様と話した内容は、望まれないのであれば決して他言は致しません」
さて、今日はどのような話を聞くことができるのでしょうか。とても楽しみです。
「では、話を聞きながら何かお出ししましょう。何がよろしいでしょうか?」
「あー……いいや、お任せで。何か出してよ。あと、熱燗おかわり」
「畏まりました」
コミュニティのへまと仰っていましたし、あの品にしましょう。幸いにも話にも合いますし、ルイオス様のお好みでないものも含まれていません。熱燗をお出ししている間にプランは纏まりましたので、調理を始めます。
「……実は、さ。僕のコミュニティ、もう少ししたらちょっと大きい取引をする予定だったんだよね。箱庭の外のコミュニティと」
「箱庭の外とは、珍しいですね」
「もちろん、箱庭の外でもかなり大きいところとだったんだけどね」
ぐいっとお猪口の中身を飲み干してから、再びそれを満たす。
そんな光景を見ながら、話の内容を頭の中で整理しながら、手を動かします。
「元々はその品もさ、“サウザンドアイズ”名義で開催するギフトゲームの商品にする予定だったんだけど、そっちが見つかったから変えてるんだ」
「それほどの取引だったのですか?」
「ああ。ちょっとしたコレクターがいてでね、かなりの額を付けてくれたよ」
「それほどの品とは、一体……」
「レティシア=ドラグレアだよ。アンタも知ってるだろ?」
「……懐かしい、名前です」
なるほど、言われてみれば確かに彼女を商品としたギフトゲームが開催されるという話を聞かなくなりましたね。そういう事情でしたか。
そして、確かに彼女なら高値を付けられるでしょう。純血の吸血鬼という希少種でありながら、同時にあれほどの容姿ですから。
「何も言わないんだ?」
「たとえヒトであっても商品となるのが、この箱庭の世界ですから」
「ずいぶんと冷めてるんだな」
「そもそも、コミュニティを抜けた人間が何か言っていいわけがありませんから」
自分勝手な都合であそこを抜けた時点で、何か手出しをする権利はなくなりました。なら、今のルイオス様の発言に対して口出しをする権利も、同様にありません。
「まあ、それならいいんだけど……それで、あと少しすれば取引ができるってところで、邪魔が入ったんだよ。ギフトゲームの取り消しに直接文句を言いに来た連中がいたんだ」
「よほどそのゲームに参加したかったのでしょうね。一体どこのコミュニティが、そのようなことを?」
「“ノーネーム”だよ。……アンタともかかわりの深い、な」
「……もうプレイヤーもいないのに、よくやるものですね」
「そう思うんなら、帰ってあげたら?」
私が返事をできないのを分かっていたのか、ルイオス様は間をあけずに続けます。
「まあでも、そうでもないみたいだよ?新しく異世界から召喚してたから」
「ああ、なるほど……確かにそれなら、新たに戦力を得たのも納得ですね」
「しかもそれが無茶苦茶なくらいに強いギフトを持った連中みたいだし、安心していいよ」
身勝手に抜けたコミュニティとはいえ、とても安心します。それなら、あの子供たちも平和に暮らしていけるかもしれません。
「まあ、僕にとってはそこが問題だったんだけど」
「つまり……その彼らに?」
「ああ。結果として、取引をぶち壊された」
ぶち壊すとは、あまり平和ではありませんね。
「そのような暴力的手段で?」
「あー……いや、どっちともいえそうなんだけど、ちゃんと箱庭らしい方法で」
「なるほど、ギフトゲームですか」
「それもあいつら、たった一週間でクラーケンとグライアイのゲームをクリアしてきやがった」
それは……本当に、どうにもなりませんね。
その二つのゲームをクリアしてしまえば、ペルセウスに対して無条件でゲームを開催させることができる。それも、旗印をかけたゲームを。万が一にも勝たれてしまったら、それ以上の人質はありません。
「まあ、侮ってた僕にも問題はあるんだけど……」
「それは確かに問題ですけど、相手は人類だけだったんですか?」
「ああ、それは間違いないよ。あの三人は、間違いなく人間だ」
「ならなめてかかっても仕方ないですよ。貴方はゼウスの血を引いていて、さらには星霊であるアルゴールまでいるのですから」
「そのうえで、あのゲーム内容にしたんだ。知ってるだろ?」
彼の言うとおり、私はペルセウスのゲームを知っています。確かにあのゲーム内容で彼らの持つ恩恵があれば、人間相手に負けるなどという可能性は考えないでしょう。
「それでも?」
「ああ、負けたよ。それはもう見事に。しかもあのガキ、そこで僕を脅してきた」
「穏やかではありませんね」
「次は名をかけてゲームしろ、って脅してきた」
本当に穏やかではありませんね。さらに言うなら、断ることもできない。
「そのゲームは行われたのですか?」
「いや?死に物狂いで全力出して、全力以上でぶつかって、それでどうにか満足してもらったよコンチクショウ!」
ルイオス様がそう仰りながら徳利を差し出されたのでそれを受け取り代わりに新しいものをお渡しします。
「さらに言えば、勝手にいろいろやった関係でサウザンドアイズからは追い出されて、階層も一つ落ちて……」
「まさに踏んだり蹴ったりでございますね」
「本当だよ……ねえ、料理まだ?」
「いえ、ちょうど今完成いたしました」
そうお伝えしてからお皿を準備して、オーブンから取り出したものにフライパンの上のソースをかけ、お出しします。
「どうぞ、ルイオス様」
「……ねえ、確か僕は君がジャガイモとかキノコとかをいじってるのを見た記憶があるんだけど?」
「ええ、確かにそれらのものもこの皿の上です」
「……一切、見当たらないんだけど。思いっきり肉の塊……ローストポークなんだけど」
「では、どうぞあなた自らの舌でご確認ください」
そういってからナイフとフォークを差し出し、食していただくよう促します。ルイオス様はおっかなびっくり、といった様子でそれを一つ切り取り……お食べに、なる。
「こ、これ……ジャガイモとか、全部中に?」
「ええ、ジャガイモもキノコも、全て中に。余談ではありますが、外側にまかれていますのは厚切りのベーコンです」
「それなのに、こんなにも肉汁が!?」
ルイオス様はそうおっしゃってから再び一切れ、口に運ばれます。どうやら、お気に召したようです。
「……これは、君のオリジナルなのか?」
「いえ、これは少々縁を作り、習った品でございます。私のギフトはご存知でしたよね?」
「ああ……確か、こことは別の世界の料理人と縁を作り、料理を習う……だっけ?」
「はい、その通りです。私がプレイヤーを引退した後にとある神様より頂いた、ギフトでございます」
「それで習った品なんだ……まさか、外界にここまで驚かせてくれる料理を作れる料理人がいるなんてな」
「そうであるからこそ、私は私が料理人であることを誇りに思っております」
おっと、話がそれましたね。これはいけません。
「では料理の話に戻させていただきますが、こちらは『なんちゃってローストポーク』という料理名の品です」
「なんちゃってって……いや、確かにそうだけどさ」
「はい、まさしく。肉を用いているのは外側のみで、中にはふかして潰したジャガイモに繊維類のキノコを刻んで練りこんだものです。……これがまた、ベーコンから出る肉汁をよく吸ってくれまして」
それでこんなに……と納得したご様子のルイオス様を見て、私は少々ホッとします。このことについては、細かい説明をするのが難しいですから。
「では、ここからが本題なのですが……この品、元々は失敗作からアイデアを得たものだそうで」
「失敗作から?」
「ええ。お客様にお出しするお皿。そこに肉料理とポテトサラダを盛り付けてお出しする手はずだったのですが……そこで盛り付けを間違えてしまい、ポテトサラダに肉汁が吸い込まれてしまう。そこから、この料理を思いついたのだとか」
「へぇ……失敗作から、そんなことが」
「はい。失敗作から、このようなアイデアを」
ああ、駄目ですね。私はどうも、口を出しすぎてしまいます。
「つまり、失敗から得るものというのは、あるかもしれないということです」
「……それは、今の僕たち……“ペルセウス”のことを言ってる?」
「はい。もしかすると、今回の失敗のおかげでこれまで以上の力を持つことができるかもしれません」
「絵空事だね」
「はい、絵空事です。しかし……何か得ようとしなければ、何も得ることはできませんよ?」
そう言うと、ルイオス様は再び一切れ、口に運ばれます。
「いかがでしょう?」
「ああ、すっごくおいしい。そもそも、コミュニティの事情を料理と一緒にされても困るんだけど……そうか、こんなにおいしい料理が、失敗からできるんだ」
ルイオス様はそう仰ってから、最後の一切れを口に運び、飲み下され……
「……ありがとう、ちょっとやる気になった」
「そうですか。私などの言葉で元気になっていただけたのであれば、それはよかったです」
「アンタはもう少し、自分の名前が有名だってことを知った方がいいよ。お勘定、お願い」
「かしこまりました」
私がお代を告げると、ルイオス様はサウザンドアイズ発行の通貨でちょうどを支払ってくださいます。
「それじゃあ、ちょっと頑張ってみるよ。……あー、それと、さ」
「はい、なんでしょうか?」
「いや……こんな僕についてきてくれるバカたちのためにも、ある程度復興できたらパーティでもしたいんだけど……」
「もちろん、大歓迎ですよ。お代も多少サービスさせていただきますし、こちらからそちらにお伺いいたしますので、いつでもご依頼ください」
「じゃあ、まあうまくいったらよろしく。……おいしい料理をありがとう、ごちそうさま」
とてもうれしい一言を残して、ルイオス様はお帰りになられました。
扉が閉まるガラガラという音に、扉に取り付けたお客様より頂いた鈴がカラン、と鳴ります。では、まずは調理器具を、その次に食器を洗いましょうか。
○○○
「あ、アンタ……」
「おや、こんにちは、ルイオス様」
ルイオス様がご来店してくださってからしばらくたったある日、買い足しをしていると偶然にもルイオス様にお会いしました。
「聞きましたよ。出来ることの多くに手をだし、コミュニティの名前も広まってきているとか」
「ああ、うん……まあ、おかげさまで何とかやれてるよ」
「はて、何のことやら。私はお料理をお出ししただけですが」
それにしても、ちょうどよかったです。一つ依頼したいことがありましたから。
「時にルイオス様。“ペルセウス”では鍛冶の類も引き受けていらっしゃるのですよね?」
「ああ、うん。これでも一応、ヘパイストスの神格を授かってるからね。……何か武器がほしいの?」
「私は料理人ですよ。武器なんてとんでもない……頼みたいのは、まずこちらです」
そういいながら、持っていたケースを開いて見せます。そこに入れているのは、私の包丁の一部です。
「少々切れ味が落ちてきまして……切れ味が戻るようであれば、戻していただけないかと」
「いやまあできなくはないだろうけど……ヘパイストスの神格ですごいことを頼むね、アンタ」
「もちろん、無理なようならお断りいただいてもかまいませんよ」
「いや、やるよ。十分できるだろうし。しばらく預かっても?」
「はい。もう一セットありますので、問題ありません」
うれしいことに、ルイオス様は受け取ってくださいました。ヘパイストスの神格であれば、安心して預けることができますから。もし受け取っていただけなかったら、“ウィル・オ・ウィスプ”のほうまで行って頼まなければなりませんでした。
「それで、まだ何かあるの?ある程度までなら無茶なことでも引き受けるけど」
「それでは、もう一つ依頼させてください。……実は先日、刺身包丁がダメになってしまいまして……」
「ん、わかった。それも作って、一緒に届けさせるよ」
「よろしくお願いします。代金はその時でよろしいでしょうか?」
「あー、そうだな……ま、その時で。切れ味戻す方は、ちゃんと見てみないとできるかどうか怪しいし」
「もしできそうになければ、それも新しいものをよろしくお願いします」
「了解。確かに引き受けました」
ルイオス様はそう言うと私の横を通って自分のコミュニティの本拠へと向かっていきました。さて、それでは私も材料を揃えて、店に帰りましょうか。私の店は最下層の七階層。今いるのは六階層ですし……急いだ方がよいかもしれませんね。開店準備もありますから。
とまあ、はい。こんな感じの作品です。
せめて僕が自分で考えた料理でやれという話ですが、まあ無理なので……言い訳にもなってませんね。