ドクンドクンと、心臓がけたたましく鳴っています。
眼前には、本日着任することになっている鎮守府の本館へ続く門がそびえ立っています。
まあ実際のところただの引き戸ですが、いわゆる文学的な表現ってやつですね。
新たな環境へ足を踏み入れるこの緊張感は、いつになっても慣れません。
しかしいつまでも足踏みしていられるわけもなく――、私は深呼吸して気持ちを鎮めます。
守衛さん曰く、扉の向こうのロビーには、すでに案内役の艦娘が控えているそうです。
つまりは同僚であり先輩であり上官であり、戦友との初お目見えであるということです。
たがいに背中をあずけ合う身なれば、たよりない姿を見せるわけにはいきません。
ここはバシッと決めなければ――。決意とともに右手で軽く扉をノックします。
「どうぞー」と声。引き戸を開けると、一歩前に出て室内へ入り、背筋を伸ばして敬礼します。
「しつれいします! 本日こちらの鎮守府に配属されました、吹雪です!」
「はいはーい! 待ってましたヨー!」
やたらハイテンションな応対に何事かとおもえば。
そこにいたのは――、とんでもなく華やかな美少女でした。
服からはち切れんばかりに膨らんだ胸に、キュッと引き締まった腰、高い位置にあるお尻。つくところに肉はつきつつ、すらりと均整の取れた体型ときたもんです。年の頃は私より少し上といったところでしょうか。成長した身体とは裏腹に、まだまだあどけなさを残した顔つき。長いまつげに縁取られた大きな瞳は明るい光をたたえており、だれもが好感を覚えることでしょう。
一体、天はひとりの艦娘にいくつ物をあたえれば気がすむのでしょうか。おもわずため息がこぼれそうになりますが。何れにせよ、こんな魅力的な方と一緒にお仕事が出来るのです。
そう思えばはやくも緊張は消え去り、今後への期待で胸が膨らみます。
「あの、あなたが案内役の方……ですか?」
しかし、次の瞬間その期待は一気にしぼみました。
「そうデース! マイネームイズ金剛! 見てのとおり、英国生まれ英国育ちの帰国子女デス!」
見てわかんねーよ。
日本人離れした体型は一目瞭然ですが、個人的事情までわかるわけねーでしょうが。
とまれ気分はもうだだ下がりです。萎え萎えです。
戦友との初お目見えかとおもえば出てきたのは英国生まれのデス女。
この地に背負うべき故郷を持たない者が、どうしてお国のために命を賭けて戦えましょうか。
これから先、こんな奴に背中をあずけなければならないのか。すでに憂鬱です。
「……(ニッ)」
「!!?」
わ、私の身体にすばやく視線を走らせてから、一瞬口元に嘲笑を浮かべやがりましたよこのデス女! そりゃ私は小柄で典型的な日本人体型だし華もありませんが……げふんげふん。貞淑でつつましい私の身体を嘲笑うということは、我が国のわびさび文化をコケにしていることと同義!
共通の敵が生まれたことで今は一時的に協力していますが、国家間に本来友情など存在しません。こいつはきっと英国のスパイで、機密情報をこっそり収集して母国へ流しているにちがいありません! 今そう決めました!
「それではブッキー! 執務室へレッツゴーデス!」
なにやら勝手にあだ名をつけられてます。しかし吹雪だからブッキーって、安直な。
「……はい」
私は最大限の警戒心を胸に、デス女についていきます。
***
「ここがテイトクの執務室デース!」
デス女に導かれるまま入室すると、すぐ目の前にデスクが見えました。
このデスク越しに、提督は部下に数々の報告を受け、数々の命令を下してきたのでしょう。これから待ち受けているのは、いわば通過儀礼。つまりこのデスクの前に立って着任の報告をすることで、私もいよいよ本当の艦娘になるということです。
身が引き締まる思いですが――、提督が見当たらないのはどういうことでしょうか。
「あの……」
「こちらへどうぞデース」
私が疑問を口にするより先に、デス女はそういって部屋の左へ向かいます。
そこにはテーブルを挟んでソファーが設置されていました。応接間の代わりでしょうか。
「ささ、おすわりくだサーイ」
私は困惑しつつも、促されるままソファーに座ります。
デス女の階級は知りませんが、すくなくとも先に着任している以上は先輩です。
まったくの新人である私より立場が上なのはまちがいありません。
軍隊において階級はぜったいです。私の内心がどうであれ、表面上は決して逆らえません。
「ちょっとお待ちくだサーイ!」
タタタッとデスクの後ろに移動するデス女。
なにをやっているのか私の位置からでは見えませんが、カチャカチャと音だけは聞こえます。ふたたび姿を現したときには、両手にコップと銀色の容器が乗ったお盆を持っていました。デス女はそれを目の前のテーブルの上に乗せると――、そのまま私の隣に膝をそろえて座りました。
ふつうは、テーブルの向かい側に座るものではないのでしょうか。
「……えーっと」
「どうかしましたカ?」
なぜかニコニコしているデス女にイラッときましたが、ここはぐっと堪えます。
「……どうして私の隣に」
「イヤですか?」
「はいイヤです!」なんていえるわけないでしょうが!
これが海軍名物パワハラってやつでしょうか。覚悟はしていましたがまさかいきなり来るとは。
いや――、外国では人との距離感がやたらめったら近いとどこかで聞いた気がします。
ひょっとしたら無意識にやっているのでしょうか。
「いえ、そんなことは……」
なんにせよ言葉を濁す私に、目の前のデス女は脳天気に笑いやがります。
「ならよかったデース!」
デス女は銀色の缶を手に取ると、テーブルの上のグラスに中身を注ぎます。
こぽこぽと、しかしにわかにドロッとした白い液体でグラスが満たされていきます。
「あの、提督は……」
「え?」と小首をかしげるデス女。
「テイトクは来週まで出張中デスよ?」
「え……」
「そっちに情報、いってませんデシタ?」
「なにも聞いてないです……」
「んー。まあ一昨日いきなり決まった話デスからネ。むこうの方にはブッキーと入れ違いで情報がとどいたのかもしれませんネー」
私がこの鎮守府に向かって出立したのが、ちょうど一昨日でした。
まさにこのデス女がいうとおりの事態が生じたのでしょう。着任当日からトラブル発生。おもわず我が身の前途を危ぶんだ瞬間でした。
「あ、ちなみにワタシはテイトクの秘書艦デース!」
「ええ!?」
「ムフフー。これいうとみんな驚きマース。ブッキーもリスペクトしてくれてかまわないんデスヨー?」
そういって、目の前のデス女は憎たらしいほどに肥大化したそれをまるで誇示するかのように胸を張りました。たしかにおどろきました。提督は、なぜよりにもよってこの女を秘書になど据えているのでしょうか。しかしすぐにある可能性に気がつきました。油断ならぬ存在だからこそ、あえて手元に置いているのではないか――?
どうせ情報が流れていくのであれば、それを逐一こちらで把握していればまだ対処もしやすいはず。時おり意図的にダミーの情報を織り交ぜることだって可能でしょう。こう考えればなにもかもつじつまが合います。
さすがは鎮守府を任されるだけの御方。その深謀遠慮には舌を巻く思いです。
隣のデス女はそんなことも知らず瞳を輝かせてそわそわしています。どうやら私からの賞賛の言葉を期待しているようです。哀れな。
すごいことはすごいんで、「わ~、すごいですぅ~!(黄色い声)」とテキトーに褒めてやってもいいんですが、それはそれでなんか癪です。
というわけで私はあえて気が付かなかったフリをして、話題を変えました。
「いきなりの出張って……、よくあることなんですか?」
「んー、滅多にないデス。いきなり出張が入った時って、大抵やっかいなお仕事を持って帰ってくるんデスよねー。ひょっとしたら、ブッキーの初陣はなかなかの激戦になるかも……」
「激戦、ですか」
デス女ははっとした表情を浮かべると、急にあわて出します。
「ま、まあそういう傾向がなきにしもあらずってわけでかならずしも激戦とは……。だ、だとしても大丈夫デスよ!? なぜならワタシはとっても強いんデス! どんな激戦だろうと、おちゃのこさいさいデース! だから安心してクダサイ!」
戦場において半端な慰めほど害悪なものはありません。
次の瞬間、隣にいた戦友が物言わぬ死体になっているかもしれない非情な世界、それが戦場です。必要なのは徹底したリアリズム。まずはどんな現実でも受け入れて、それからできることを考えるだけ。なればこそ、初陣が激戦であるというなら私はそれを受けいれるだけです。
とはいえ――、気持ちだけは受け取っておいてやろうと思います。
「……お気遣い、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる私に、デス女はなんだか複雑な表情を浮かべました。
むず痒そうな、なにかを堪えるような。
その意味を考えるより先に、デス女はテーブル上のグラスを取り上げます。
「ささ! これでも飲んでクダサーイ。おいしいですよー?」
「……いただきます」
差し出されたグラスを両手で受け取ると、デス女は「むふふー」と意味深に笑います。
「ちなみにこれはミルクデース!」
そんなことは見りゃわかります。
こういった場でお茶が出てくるのはわかりますが、ミルクというのはなかなか珍しいのではないでしょうか。ともあれ、ちょうどここに来るまでの長旅で喉が乾いていたところです。
「ささっ、そのままグビッといくネー!」
「いただきます」
「お残しはゆるしませんよー? なぜならば――」
デス女から今さらいわれるまでもなく、1滴たりとも残す気はありません。当然の義務です。
民間の方ならば「たかが牛乳ごときで大げさだなあ」と思うかもしれませんが。軍隊というのはまあそういうところなのです。
ひとたび戦闘が起きた場合、満足に補給を受けられる保証はどこにもありません。ゆえに与えられた物資は一切無駄にしてはならないと、軍隊学校で徹底的に教育されます。
またなにより――。すべてが国民の血税によって賄われている以上、ここにあるものは何ひとつとしてぞんざいにはあつかえないのです。このデス女にわざわざ注意されるまでもなく、その節制精神は軍人たる私に深く根付いています。
「――テイトクのしぼりたて濃厚ミルクだからデース!」
「ぶふっ!」
「ブッキー!?」
提督の濃厚ミルクって! しぼりたてって! まさかこの女の手で……!?
なんということでしょう……。私が配属された鎮守府の最高責任者たる提督は、すでにハニトラの餌食となっていました……! 盛大にむせた私でしたが。液体を吐き出しかけた瞬間、なんとその前に喉が動いてすべて飲み込んでしまいました。
深く根付いた節制精神を今この時ほど憎んだことはありません。
「だいじょうぶデスカ? ミルクが気管に入っちゃいマシタか!?」
「ひ、ひぃ! だ、だいじょうぶです! だいじょうぶですから!!!」
ずずっと身を乗り出したデス女から、おもわず身を引きます。
これから私はこの女の傀儡となった提督に純潔を奪われ、そのまま慰み者として座敷牢で飼われてしまうのです。戦闘で海の藻屑と消える覚悟はしていましたが、まさかこんな形で社会から消えることになるなんて――。
「そ、そうデスか? ならいいんデスが……。美味しいミルクでしたでショー?」
「はい! はい!」
味なんてわかりゃしませんでしたが、この場はイエスマンになるしかありません。こうなればせめてもの温情にすがるしかないのです。そのためにはすこしでもいい気にさせなければ! うまく取り入れれば「気に入った、殺すのは最後にしてやる」となるかもしれません。
「んふふ……。この美味しさの秘密、しりたいデスカ?」
「ぜひとも!」
「そ・れ・は、デスねー。テイトクのファミリーが愛情込めて育てた牛さんのミルクだからデース!」
「……は?」
「テイトクのスイートホームは牧場なんデース。毎月、缶に詰められたミルクがたくさん送られてきマース!」
ぽかんとする私の前で、デス女はなぜか鼻高々といったようすで「だから」と続けます。
「うちの鎮守府では産地直送のミルクが飲み放題デスよ!」
心底――、ほっとしたしゅんかんでした。
まったく紛らわしいデス女です。それならそうと最初からハッキリいえばいいものを。私は忌々しい気持ちで牛乳を飲み直します。口当たりはすっきりですが、遅れて濃厚な甘味が口内に広がります。これは――
「――おいしい」
「そうでしょうそうでしょう! ブッキーが着任したら、真っ先に飲ませてあげたいと思ってたんデス!」
「ほんとうにおいしいです」
正直ミルクはあんまり好きじゃないんですが、これは好きだとハッキリいえます。
ニコニコしていたデス女の顔に、ふっと物憂げな色が浮かびました。
「これは昔話――、といってもそんなに昔のことではないデスが。着任からしばらく経った頃、ワタシはホームシックにかかってしまいマシタ」
意外でした。
この脳天気そうなデス女にも、そういうセンチメンタルな感情はあったようです。
「この国での生活に不満があったわけではないデスよ? テイトクに会えマシタし……。戦友たちは最高にタフでホットで……。ご飯はおいしいデスし……。なによりテイトクに会えマシタし」
「はあ」
「もっといえばテイトクに会えマシタし!」
「そうなんですか」
「秘書艦にも任命されて……。こうなったらもうテイトクにすべてをささげるしかないデス!」
デス女はハートを飛ばしながらくねくねしたと思ったら、「バーニングラーブ!」なんて拳を振り上げます。はて――、どうして私は惚気話を聞かされているんでしょうか。つーかホームシックの話はどこにいったんですか。
「それでホームシックの話のつづきデスが」
「あ、はい」
忘れてはいなかったようです。別にそのままスルーしてもらって一向にかまわなかったのですが。ぶっちゃけいきなり身の上話を聞かされても困るというか。それより他の同僚と顔合わせをさせてくれませんかね。内なる願いもむなしく、デス女はつづけます。
「英国にはティータイムという習慣があることはご存知デスか?」
「はあ」
「なら話は早いデス。英国人なら誰もが紅茶を愛していて、もちろん英国生まれのワタシも例外ではアリマセン」
「そうなんですか」
「そうなんデース!」
「イエーイ」とサムズアップするデス女。あいも変わらずムダにハイテンションです。
「ふふふー。ワタシは紅茶には一家言アリまして――。実は今回も、ブッキーにミルクと紅茶のどちらを飲ませようか悩んでいたんデスよ?」
「はあ」
心底どうでもいいです。
しかしここまでマイペースな女が一体どうすればホームシックになどかかるのか。不本意ながらちょっと気になってきました。
暇つぶしにひとつ推理してみるのもいいかもしれません。つづく言葉に耳を傾けます。
「初めて来日――書類上は帰国なんデスが――した時も、ティーセットは忘れず持ってきマシタ! これさえあれば、いつだって故郷の味を堪能できる……はずデシタ」
ティンと来ました! "日本の水が紅茶に合わなかった"。さあどうだ!
「ただひとつ誤算だったのは――。ワタシが故郷でいつも飲んでいた茶葉が、この国で栽培されていなかったことデス」
あちゃー、ハズしてしまいました。
しかし当たらずといえども遠からずといったところでしょうか。
「かといって輸入しようにも輸入品目が厳しく制限されていることは、ブッキーもご存知でショウ?」
「そうな……、はい」
深海棲艦に制海権を奪われて以来、島国たる我が国は貿易もままならなくなってしまいました。なんせ輸送ルートは特に狙い撃ちされてますし。輸送船の護衛も我々艦娘の重要なお仕事だったりします。数少ない輸入品は政府によって厳選されるようになり、嗜好品の類はまず滅多に入ってきません。当然、茶葉も例外ではないでしょう。
「もちろん、なければないで他の茶葉で我慢するつもりでいマシタ。しかしこれがまた……、故郷で栽培されているものと微妙に味がちがったのデス」
英国と日本では風土が違うから味もちがうのか。あるいは精神的な錯覚に過ぎないのか。
いずれにせよ――、デス女にとってただ唯一故郷に思いを馳せる手段がなくなってしまった事実は変わりません。日に日に塞ぎこんでいくデス女。このままではいけないと思いながらも、抜け出すあてはなく、精神的に追い詰められていったといいます。そんなある日のことでした。提督にいきなり車に乗せられ、行き先を告げられぬまま連れられた先が、件の牧場だったそうです。
「表面上はいつも通りふるまっていたつもりだったのデスが。テイトクにはバレバレだったようで……。息抜きのためにご招待してくれたのデース」
提督のご両親や従業員は、デス女のことをそれはそれは手厚く歓迎してくれたそうです。
ひと通り施設を紹介された後、搾りたてミルクを振る舞われたといいます。その時、デス女に電流が走ったらしいです。
「故郷から遠く離れたこの国の牧場で、この国の人たちの手で育てられた牛さんのお乳なのに――、このミルクからは故郷の味がしたんデス」
デス女の瞳にはやさしい光がたたえられていました。過去を慈しむような眼差し。
「その時わかったんデス! この世界はたしかにひとつなんだと! ホームシックなんかどっかに吹っ飛んでいっちゃいマシタ!」
デス女は右手でガッツポーズを取ると、「ブッキー!」と私に視線を向けハイテンションにまくし立てます。
「ワタシたち艦娘はこの国のみならず世界の命運を背負っていマス! その誇りを胸に――、これから共にガンバっていきまショウ!」
そういって右手を差し出すデス女。
つまるところ――、これがいいたかったようです。校長の朝礼並にどうでもいい前置きでした。
深海棲艦によって7つの海は支配され。図らずも世界は国家間の枠組みを飛び越えて団結することになりましたが――、それは表向きの話。人が集まればそこに利害が生じるのは必然。すでに様々な思惑がぶつかりあい、軋轢が生じているのが実情です。
デス女だって知らないわけではないでしょうに――。華やかな笑顔。けれど瞳の奥には、なによりも熱い炎が燃え盛っています。私はテーブルの上に空きグラスを置くと、デス女と向かい合いました。私もまた右手を差し出し、握手を交わします。
まだ完全に信用はできませんが――、熱意だけは認めてやらないでもありません。
「これから――、よろしくおねがいします。金剛さん」
デス女はすかさず左手を添え、両手で私の右手を固く握りしめました。
「ハーイ! よろしくデース!」
あれから10分ほど経過しました。私の右手は依然として固く握りしめられています。
先程からさり気なく振りほどこうとしていますが、まるでぴくりとも動きません。
デス女といえば――、私の顔を見つめながら、瞳をうるませ、頬をほんのり赤く染めています。
「ブッキー……」
「な、なんですか?」
「ブッキーは、運命の出会いってあると思いますカ?」
宗教の勧誘かなにかでしょうか。むしろそうであってほしい。
「いや、その、私そういう話はちょっと……」
「私にはありました。あれはそう……」
デス女は陶酔しきった目で、どこか遠くを見つめます。
「初めてテイトクと会った時、まるで雷に打たれたような衝撃が身体に走りマシタ……。これが、一度目のことデス」
そう語るデス女は、夢見る乙女そのものでした。
あれ――、でも待ってください。一度目ってことは……。
「そして二度目は……、わかりますヨネ?」
伏し目がちに私を見つめるデス女の目は、提督への想いを語った時とまったく同じものでした。さっきから背中を流れる汗が止まりません。心臓が狂ったように早鐘を鳴らしています。やばいやばいやばいやばい。もはや本気で掴まれた手を振りほどこうとしていますが、ピクリとも動きません。トンでもないバカヂカラです。これでも私は軍隊学校では力持ちとして通っていたのですが――。デス女の力は格がちがうとしかいいようがありません。
これが第一線で活躍している艦娘の力……!
「ブッキー……」
「ひっ!?」
デス女は私の右手を無理やり引っ張ると、胸元に抱き寄せます。流れるように両手を背中に回され、がっしりホールドされてしまいました。
「聴こえますかブッキー? ワタシ、今こんなにドキドキしてマース……」
自分の心臓の音が大きすぎてデス女の心音なんざさっぱりわかりません。顔に押し付けられたデス女のムダに発育した豊満な胸が、やわらかくて弾力もあり心地いいのもムカつきます。女としての格のちがいをも見せつけられ、色々な意味で打ちのめされた精神を必死に奮い立たせます。
「えっとあの、お気持ちはうれしいのですが……。私まだ新兵ですし、いまは戦場のことだけ考えていたいっていうか……」
「大丈夫デース。ブッキーにはワタシがマンツーマンで、手取り足取り戦いのイロハをレクチャーしてあげマース……。だから安心してくだサーイ」
一体なにを安心しろというのでしょうか。いや、レクチャーしていただけるのは素直にありがたいですが。そもそもお前の存在が一番不安だ。その時です。不意にデス女の抱擁が緩められたとおもえば、私の両肩を掴みました。おやと顔をあげると、やおらデス女の顔が近づいてきて――。近い! マジで顔が近いです! せめて両手を突き出して距離を取ろうとしますが、案の定しっかりホールドされているのでそれも叶いません。
「リラックス……、オーイエー。リラックスデース……。だいじょうぶ、かわいいブッキーにキスをするだけネ……。キスくらい英国ではあいさつ代わりデース……」
仮にそうだとしても、どう考えてもそれだけで済む気配ではありません! デス女の濡れた瞳が近づいてきます。熱い吐息が顔にかかり、こそばゆさと共に鳥肌がぶわっと立ちました。なにか、なにかいわなければなりません。力で敵わないのであれば、なにか、なにか言葉で――!
「こ、金剛さん! あの、こういうことは将来の旦那様としかやっちゃいけないってパパとママが――、んむっ!」
***
あれからされたのは本当にキスだけでした。
そういうことにしてください。しろ。
〆