特に女性とは、死にもの狂いで可能な限り絶対に親しくなってはいけない。
だって、俺には最凶の
by カルマ
カルマという生徒について話そう。
カルマはヴァルプルギス機巧学院に在籍する一回生の男子生徒だ。白髪を肩口で切り揃えた碧眼の美少年。常に憂いを帯びた瞳で何者をも近寄らせない孤高の男、と言えば聞こえはいいが、実際には人目を避けるただのボッチである。
第三者から見た印象としては「得体が知れない」「何考えてるか分からない」「不気味」などとあまり好ましくない評価がほとんどだ。彼は普段から人混みを避けて行動しており、これといって親しい友人もいない。情報が少なく素性の知れない人間というのは、それだけで人から避けられるに十分な理由となる。
また、カルマには他生徒とは異なる点が幾つかある。
第一に、カルマには個人の自動人形がない。
通常、魔術師や人形使いは自分専用の自動人形を最低でも一体は常備しているものだ。
ましてやここは天下の王立機巧学院。学院内で生活する人間の八割以上が魔術師もしくは魔術研究の専門家なのだ。一体に限らず、二体三体と数多くの人形を所持している者も珍しくない。
だが、なぜかカルマは人形を持っていなかった。カルマの後見人は名のある魔術師で学院にも多額の寄付金を出しているので、金銭面における不満はない。にもかかわらず人形を使わないのは彼に個人的な理由があってのことだが、また後ほど話そう。
第二に、カルマの成績は不自然だ。
普段から講義をサボってばかり。それも大抵は昼寝や散歩といったくだらない理由による無断欠席。最低の出席日数こそ守っていても、肝心の成績は下から数えた方が早いレベル。
それなのに、たまに定期考査で特定の数科目が高得点を取ることがあった。もっとも全科目の内三割ほどだけ。残りが全部赤点なので学年順位としては大きな変動はないので大抵の生徒からは気にも留められなかった。
ところが、教師と一部の成績優秀者だけが彼の成績の不自然さの真の意味に気付いていたのだが、これもまた後ほど話すことになる。
そして第三に、カルマの最も特筆すべき異常性だがーーーー
彼は稀代の〝悪魔憑き”である。
「なあカルマ!! 私の為に、ちょっとそこの壁に頭から突っ込んで死んできて!!」
眩しい陽光が広がるお昼時。お腹を空かせた少年少女の食事と談笑で賑わうヴァルプルギス王立機巧学院の敷地の中で些か物騒な台詞を吐く少女がいた。
黒と白を混ぜ込んだかのような見事なゴシックドレスに身を包んだ小柄な女の子。艶のある漆黒の長髪がさらさらと空気を流れるさまは幻想的。まるで名工の作り上げたアンティークドールを彷彿とさせる極上の美貌は百人が見れば百人が心奪われること間違いなしだろう。
妖精を思わせる可憐な少女が謎のお願いをしていた相手は一人の少年だ。
メインストリートの外れに設置された芝生上のベンチ。食堂からは然程離れておらず、近くに何本か大木があるために日の光が葉に隠れて当たらない絶好の避暑地。あまりにも暗すぎるので誰も好んで使わないこの場所こそ、少年が周囲の目を気にせず過ごせる最高のくつろぎスペースとなっていた。
名前を呼ばれた少年、カルマは鬱陶しそうに眼前の少女を睨む。
「うるさいティア。食事の邪魔をするな」
カルマは簡潔にそう返すと、手元にもったサンドイッチを再び咀嚼し始めた。
そっけない返答を受けたティアと呼ばれた少女はキイイイイイイッとハンカチを噛み締めて怒っている。
「いいじゃない、減るもんじゃないし!!」
「いや、減るも何も死んだら人生終わりだから。
「私は減らない。寧ろいろいろ増えちゃう」
「僕の死体に残る魔力を奪い取れるからだろ。この悪魔」
「その呼び方はやめてっていつも言ってるでしょ!! 私のことはティア、もしくは『我が麗しの女神ティアルキリク様』と呼ぶこと!!」
「はいはいティア」
カルマの返しはどこまでも淡泊だった。小川を流れる木の葉の如くティアの怒声をゆらりゆらりと躱していく。
周囲に響く大声でティアは叫んでいたのだが、他の生徒や教員に聞こえた様子はない。というより、彼女の声はカルマ以外の人間に〝聞こえていない”。
「まったく・・・私は気高く誇りある精霊なんだからね。そのことをちゃんと肝に銘じておきなさい」
「普通の精霊はただの人間にしつこく付き纏ったりしねえよ」
「ふん! この史上最強の精霊ティアちゃんをその辺のゾウリムシと一緒にしないでよね!!」
「確かに最凶だな。鬱陶しさと口の悪さは折り紙つきだわ」
うんざりした顔でカルマがさらに悪態を言おうとした。
その時、唐突に周辺の木々が騒めき出した。
木の幹が大きく揺れて、枝がしなり、葉という葉が絶え間なく飛び散る。何事かと離れた場所で会話していた生徒たちが視線を向けるが、その異変はほんの十数秒で収まった。生徒たちは眉をひそめたが、風の悪戯とでも思いみんなすぐに友人たちとの楽しい時間に戻っていく。
そして、ただ一人異変の正体に気付いたカルマが小さく呟いた。
「片付いたか?」
尋ねられた精霊の少女ティアが木の上から飛び降りてくる。その右手には一メートルほどの管のようなものを掴んであった。
「今潰すところ。大したことない小物の悪魔よ」
「自分が悪魔と言われるのは嫌がる癖に、他の奴はそのまま呼ぶのな」
「当然でしょ。こんな虫けら共と一緒にされたくないから」
管は生き物のようにうねうねと動き、懸命にティアの手元から逃れようとしていた。
それを特に興味なく眺めながら、あっさりと力を込めて握り潰す。半ばで千切られたスライム状の悪魔は分散しながら地面に落ち、そのまま粉々に砕けて霧散した。
同類の死を一瞥で済ませたティアがカルマに向き直る。
「忘れないでよ。あんたの命を頂くのは私だけなんだから」
「ああ。契約は必ず果たす。その代わり、お前は俺の敵を全て倒してくれ」
「まっかせなさい!! それじゃあ、気をとり直してそこの木で首吊って死んでみよう?」
「さて、腹も膨れたし昼寝でもするか」
「スルーされた!? ティアちゃんの美声を聞き逃さないでよね!?」
「おやすみ」
「このバカルマーーーー!!」
--悪魔憑き
人間に対して特に強い敵意や害意をもって接触してくる精霊のことを別称として悪魔と呼ぶ場合がある。悪魔憑きとは、その悪魔を何らかの要因から引き寄せてしまう特異体質を持つ人間だ。
一般的に人間が精霊を感知することはできない。稀に精霊の存在や力を敏感に感じ取れる者がいて、さらに精霊の協力を得て強大な力を行使できる人間は
だが、悪魔憑きに精霊を感知する才能など必要ない。悪魔憑きは人間に害ある精霊ーー悪魔だけを無意識に自らの肉体へ集めてしまう。寄って来た悪魔は悪魔憑きの体に潜り込み、その内部で肉体を壊しながら生命力を喰い尽してしまう。悪魔に肉体を喰われる課程で悪魔の力、純度の高い精霊の魔力が微弱だが混入することにより、勝手に精霊たちを感じ取れるようになってしまうのだ。
そして問題の悪魔を退ける方法だが、これがカルマの場合、悪魔に喰われる代わりに他の悪魔を倒してもらうという荒唐無稽な手段だった。
これは、悪魔に魅入られた少年と、少年に憑りついた悪魔の少女の物語。