昨夜の話である。
深夜の二時頃であっただろうか。俺はどういうわけだか唐突にマルボロを噛んでみたくなり、Tシャツに上着を一枚羽織ったかたちでコンビニエンス・ストアに足を運んだ。
ついでに適当な発泡酒とピスタチオをこしらえて、いかにも睡眠不足そうな気怠い面持ちの店員にそいつを差し出し、マルボロの番号を伝えた(頭の固い老人はしばしば銘柄だけ言い放って勝手に苛立っているが、俺はあいにく小心者なのでそんな真似はできない)。店員から釣り銭と別段必要でもないレシートを受け取り、店を出ようとすると、いつの間にか駐車場の付近でどこぞのチンピラが酩酊していた。それも単体である。
チンピラは俺より十数センチほど背丈があり(もっとも俺の身長は日本人男性の平均に及ばないのだが)、いかにもハイ私はヤンキーですといった風情のやたら光沢があるジャンパーに膝の破れたジーパンという格好で、髪は坊主刈り、そして当然のごとくつけられた銀色に光るピアスと、まるで出来損ないのエグザイルみたいな外見であった。エグザイルもどきは何やら言語ともつかぬ大声をあげ、下品なゲップを吐き出しつつ千鳥足で俺に近づいてきた。
大半の人間はそうなのであろうが、俺はどうもこういった風情の男が苦手なので、ゴミ捨て場を漁るカラスでも相手にするかのように、なるべく目線を合わせないようにしてその場をやりすごそうとした。だが、実際のところカラスに威嚇されたときは逆に目を合わせながら移動するのが正解だそうで、この酔っぱらいもまた同じ対処をすべきだったらしい。チンピラはあからさまに背を向けた俺に対し、
「オbgyrァアアアアアアアアア!!!!!!」
と理性の欠片もない狂声をあげた。
これはまずい、と思い一目散に逃走を始めた俺だったが、残念ながら俺はガキの頃から徒競走でペケをとり続けた男である。そしてチンピラはチンピラで、酩酊しているとは思えないほど大きくかつ正確なストライドで俺に迫り、百メートルを過ぎたあたりで俺はそいつに捕まってしまった。
エグザイル風は背後から俺を抑え、気を失わんばかりの酒臭い息を撒き散らし、
「アアアアアアアアアアbgdgry!!!!!!」
とこれまた動物的言語で発狂しながら俺の後頭部に拳をぶちかました。さらに一発、二発と俺の顔面を殴打し、ドデカい声で吠え立てる。それが数セットほど繰り返されると、俺はそのまま地面に突き飛ばされた。
失いかけている意識下、腫れ上がったマヌケな顔で、そいつと向かい合うかたちになった俺は初めてチンピラの容貌をまともに見る。確かにそのチンピラは、あの男に酷似していた。
チンピラは、ジョン・コルトレーンに酷似していた。
特に黒人だったわけでもないのだが、どことなく彫りの深いパーツと大きな目、そしてやや浅黒い肌は、エグザイルのまがい物というよりは、ジョン・コルトレーンのソックリさんだった。なぜあのトレーンがこんな所にいるのだろう、遠い親戚か、それとも全くもって無縁のハーフか何かなのだろうか、と正常な推察力を無くしつつも、いつの間にか脳内で『至上の愛』が自然と流れ始めた俺は、未だ発狂するトレーンに飛びかかられ、とどめの一発を喰らった。
午前五時頃、アスファルトの上で意識を取り戻した俺は、ゆっくりと立ち上がってからしっかりと二千円の入った財布がないことを確認し、脳内で『至上の愛』を再生し直しながら、空になったコンビニエンス・ストアのレジ袋と、首から上の鈍痛をぶら提げつつ、下水の匂いに満ちた路道を千鳥足で歩いていった。