スミレには嘔吐等を引き起こす毒がある。   作:へりこにあん

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後半は少し戦闘があります。


名前のない魔獸

純玲が目を開けると真っ先に白色の毛が視界に入った。

 

「起きたのです?」

 

なんでこうなってるのだろう。

 

純玲が驚くのも何も無理は無い。昨日の夜は半ば興奮状態だったためそこまで驚かなかったが朝起きたら意識が落ちるちょっと前に少しだけ話した魔獣にもたれかかっており、さらには少し顔をあげると自分のいる場所が少なくとも元いた河原でないことがわかる。

 

いや、水があるのは間違いないのだが水平線の見える川なんてものは日本には存在しない。一番近いところで中国だろう。

 

さらに駄目押しで鼻を突く潮の香り。端的に言えば今純玲がいるのは海辺だ。

 

「え……えっと、起きているのです?」

 

魔獣が純玲の目が開いているのにもかかわらず固まっているので心配している。

 

「まぁ……起きてるけど、それより何なの?これ?」

 

純玲はとりあえずこの魔獣は敵ではないと判断したのか素直に聞くことにした。

 

「ごめんなさいなのです。わからないのです。」

 

クルミに似た喋り方が癇に障る。でも聞き方があいまいすぎたし仕方ないか。もっとわかりやすく聞こう。

 

「ここはどこ?」

 

「……わからないのです」

 

「私に何があったの?」

 

「……わからないのです。ただ呼ばれて行っただけなのです」

 

「私がいつ呼んだの?」

 

「昨日の夜なのです」

 

そういえばあの木にそんな感じの噂があったっけ。涙とか流すのがその条件だったのか。

 

「呼ばれる前は何してたの?」

 

「……覚えていないのです。呼ばれてからしか覚えてないのです」

 

もしかして自分のことすらわかっていないのだろうか。

 

「……名前は?私は純玲って言うんだけど。あなたの名前は?」

 

「名前……?私の、名前は……」

 

「名前、無いの?」

 

「……あったのかもしれないですけど……思い出せないのです」

 

その答えは純玲の予想通りでもあったがとても困った答えだった。この現象に関して今のところ手がかりはこの外見と内面が激しく不一致する魔獣のみなのだ。

 

「……じゃあ私が呼びやすいように名前を付けてもいい?」

 

純玲がそう言いだしたことには特に特別な意図は無い、なんとなくである。

 

何故か魔獣はとてもうれしそうにぶんぶんと首を縦に振る。

 

しかし純玲は本当になんとなく言っただけであり、名前なんて考えてはいない。

 

魔獣の口調のせいか純玲の頭にとっさに思い浮かぶのは親友の名前だ。

 

ただとてもその姿は親友の物とは程遠い。だから純玲は全く同じ名前で呼ぶ気にはなれなかった。

 

だけどたかが呼び名を考えるのにそんなに時間をかけるのもどうかと漠然と思った結果、

 

「クル……クルエルってどう?」

 

純玲はクルミと言いかけて途中で無理やり変えた。ちなみにクルエルは残酷なという意味で、スペルはcruelである。

 

「気に入ったのです!クルエルはこれからクルエルなのです!!」

 

残酷なという意味の名前を気に入った魔獣改めクルエルはふさふさとした尻尾を振り嬉しそうである。

 

「ところでこれからどうする?」

 

結局のところお互いの名前を言っただけである。一切現状が把握できていない中で大切なのは最初の行動。

 

普通に迷ったとかならば近くにある民家などを訪ねたりするが辺りには民家もなにも見当たらない。水平線と砂浜、その後ろの林か森かはわからないが木々だけである。

 

そもそもあの木にある噂の通りだとすればここが元いた世界かどうかもわからない。

 

「え、とスミレがどうしたいかによるのです。とりあえず安全を確保するならばここの近くで洞窟か何かを探すべきだと思うのです」

 

純玲としては本当にどうしたいとかは無い。親友を失い何をする気も起きないのだから何かしたいと思うわけがない。

 

「強いて言うなら……旅したい」

 

純玲が何故旅したいと言ったのかといえば簡単で、幼稚園の時にやりたかったことだからだ。

 

「そういえばクルエルって私と一緒に来るの?」

 

純玲が聞いたのは噂では使者が来るだけでその後どうなるか誰も知らなかったからだ。

 

「だ、駄目なのですか?」

 

クルエルが見るからにおろおろとしだす。

 

「やっぱりちょっとねー……」

 

純玲は本心は付いて来て欲しいがクルエルをいじるのが少し楽しそうなので否定的なことを言ってみる。

 

「クルエルは独りでいなきゃいけないのです?」

 

今にも泣きそうな声をクルエルがあげる。

 

それを聞いて純玲の心に重い物がのしかかる。親友を失った自分はまさに今独りなのにクルエルをいじる資格なんてはたしてあるのか。そう思ってしまう。

 

「……そんなことない、私が隣にいるから。でも、その代り私を独りにしないで」

 

なかなかに変な文だ。純玲の意思で隣にいるのなら独りになれるわけがない。これはつまり純玲の意思で一緒にいられなくてもクルエルの方から一緒にいてくれということである。

 

「わかったのです!二人でいるのです!!」

 

クルエルがそう言って前足を差し出してきた。握手のつもりだろう、しかしその前足は刃物で覆われていて握るのはもちろん触ることもためらわれる。

 

「これだと私手切っちゃうんだけど」

 

純玲はそう言って前足の下に手を入れる。お手をするような形になるけど純玲もクルエルも笑っている。

 

これからどこに行こうかと純玲がクルエルに相談しようとした時、

 

「獣王拳!!」

 

木々の方から獅子の頭のような形のオレンジ色の何かが飛んでくる。いち早く気付いたクルエルが自らの体を分解、再構築して純玲との間に割って入る。

 

――ぼぐっ

 

鈍い打撲音が鳴るがクルエルの体は動かない。

 

動かないように踏ん張っているのだ。もし衝撃を緩和しようと引き下がれば純玲にぶつからざるを得ないから。

 

「忌まわしき吸血の獣よ。今までお前の犠牲になってきたデジモン達の仇、このレオモンがとらせてもらう!!」

 

純玲にもクルエルにも訳が分からなかった。獅子と人間を混ぜたような二足歩行の獣人の言っていることはもちろんクルエルは自分のとれた行動も訳が分からなかった。とっさに手を出すかのようにクルエルの体は動いたのだ。

 

そんなことは構わずにレオモンと名乗る獣人は腰の刀を抜きさり、木々の間を駆け抜けてクルエルへと襲い掛かる。

 

クルエルは横に薙がれた刀を頭を下げて避けてがら空きのレオモンの腹に頭突きをくらわす。前足で切り裂かなかったのは殺しそうで怖かったから。

 

「……っ、いきなり何すんの!!」

 

軽く放心していた純玲が正気に戻ってレオモンに向かって叫ぶ。

 

「黙れ!!罪なきデジモン達を殺してきた貴様らが何を言う!!殺されたうえで何かされて初めて文句を言える立場だろう!!」

 

レオモンは目には目を歯には歯をのようなことを言っている。

 

「クルエルは昨日より前の記憶が無いし私は今日ここに来たばかり、そんな暇ないわよ!!」

 

クルエルが過去にした可能性もあるがその可能性を純玲は無意識に無視した。

 

「しらばっくれても無駄だ!!黒ずくめであることがが闇に生きるものだという決定的な証だ!!」

 

葬儀の場から服を変えていない純玲の服は黒色のセーラー服。ソックスも同じように黒で靴はローファー。確かに不気味だとは思うが闇に生きるものであると決めつけるのは性急すぎるとしか言えない。

 

レオモンが数メートル後ずさりおもむろに腕を回し叫びながら前に突き出した。

 

「百獣拳!!」

 

先程のものよりも圧倒的に多い数の獅子の頭が純玲に向けて飛ぶ。

 

「スティッカーブレイド」

 

クルエルが純玲の前に飛び出て前足に力を込める。

 

前足の刃が爆ぜるように前方に飛んでいく。そのほとんどは獅子の頭と相打って双方に消滅していく。

 

しかし密度がクルエルのほうが高かった。逃げ場を塞ぐように拡散されたものの中心部を食い破るように放たれた刃はレオモンの体に何本も刺さり、致命傷を与えた。

 

それに一番怯えていたのが致命傷を与えた本人だったことはなんとなくわかるだろう。

 

だからクルエルはすぐにでも治療に行こうとしたのだが、

 

「来るな!!俺のデータは決して食らわせはしない!!獣王拳!!」

 

レオモンは獅子の頭を放ち拒否する。

 

「……クルエルは食べたりなんてしないのです。ただ治療をしようとしているだけなのです」

 

クルエルが半泣きになりながらレオモンを説得しようとする。

 

「信じられるわけがないだろう。この傷を与えたのは貴様だ……」

 

そう言ってレオモンは力尽きる。あまりに早すぎると純玲は思ったが刺さった刃の数は少なくないし、深く刺さっても破片が小さいため傷口はふさぐには足りず、さらにその状態で無理したのだからしかたないのかもしれない。

 

「死んだ……?」

 

純玲の口からぼそりと信じられないといった感じの声が漏れる。

 

「多分……そうなのです。」

 

クルエルも純玲も本当はすぐに直感している。ただ信じられなかったのだ。純玲はもちろんクルエルもとても現実のことと見られなかったのだ。何かの撮影を見ているような感じでしか認識できなかったのだ。

 

しばらくの間二人はそこから動くことができなかった。

 

動き始めたのは日も高く上りだしたころ。実に三時間ほど固まっていたことになる。

 

「と、とりあえず、これからどうするのです?」

 

最初に言い出したのはクルエル。逃げ出したい衝動と沈黙の気まずさに耐えかねたのだ。

 

「結局どこかに旅するのがいいんじゃないの?ここにいたらまたレオモンみたいなのに遭うかもしれないし」

 

純玲はそう言ったがレオモンのような何かがここだけにいるとは限らない。ここで当分過ごして様子を見るというのもありだ。

 

「わかったのです。でもとりあえずお腹が空いては力が出ないのです!」

 

純玲は葬儀の後は家に帰らず夕飯を食べそびれているので昨日の昼から何も食べていなかった。

 

「そうだね、でもどうしようか。魚でも採る?」

 

その後クルエルが苦心して魚を捕るのだが捕れた魚があまりにもフグに似ていたためにそれ以外の種類を捕るまで純玲が断固として食べないというようなことがあったりしたのだった。

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