クルエルはデジモンではない。ロードナイトモンがそう言い出した時、マミーモンは厨房の中でいつも通り不機嫌な表情を崩さないまま焦っていた。
厨房の出入り口は外に瓦礫があり開かない、複数の換気扇があるからそのままでいれば窒息は無いだろうが普通には出て行くことはできない。とりあえずここに留まる気でも逃げ道は確保しておかなければいけない。
だがマミーモンは早々に単純な力で外そうとする奴らを止めた。
「・・・表には瓦礫がうず高く積まれてやがる。正攻法で行っても無理だ。」
マミーモンはどさっと純玲の調理台に腰かける。少し前、死にたてほやほやの死霊に外の様子をざっくりと見てもらっていた。
「おいユキダルモン、メラモン。蝶番を熱したり冷やしたり繰り返してくれるか。もしかしたらそれで壊れるかもしんねぇ。」
基本的にあらゆる物は熱すれば膨張し冷やせば縮小する。繰り返せば螺子が外れたり罅が入る可能性がある。
ただそれには相応の時間ががかかる。クロンデジゾイドは七大魔王、憤怒のデーモンの業炎を受けても溶けない程に温度による変化が小さい。成熟期程度の温度変化で一体どこまで歪ませられるかわからない。
さらに問題点としてメラモンが炎のデジモンであることがある。いくら換気扇があってもその全てがふさがれていないとは限らない。ふさっがている箇所もままある筈、無理に強行すれば酸素を失い一酸化中毒で死にかねない。
換気扇もクロンデジゾイド製で手順に則って分解しなければ外すことはできない。だから銃弾をぶち込んでその先に詰まっているかもしれないものを取り除くこともできない。
「・・・チッ。」
マミーモンは純玲達の安全を確認できない歯がゆさに舌打ちした。
記憶は魂では無く肉体に刻まれるため死霊に固有名詞で聞いたところでわからない、外を見てもらうことはできるのに純玲達のことはわからない。俺が死霊使いなんかじゃなければ、もっと直接的な攻撃力を持つデジモンだったら。マミーモンはいっそう眉間に皺を寄せる。
そもそもマミーモンがマミーモンに進化していなければこの城まで追われてくることも無く純玲達に会うことも無かったのだがそんなことは考えていない。
「花の首飾り。」
首に突然かかった花輪にマミーモンが振り返ると案の定リリモンがいた。
「・・・ふざけてんのかてめぇ。」
笑顔で佇むリリモンにマミーモンはマシンガンを突きつけながら問いかける。
「ふざけてるわけないでしょー?こんな状況なんだから。」
リリモンはマシンガンがまるでそこに存在しないかのようにいつも通り話す。
「だからこそさー、リーダーが暗い顔で舌打ちしたりとかしてちゃダメでしょー。深刻ですってツラするより無理にでも笑ってる方が絶対マシでしょー?馬鹿なの?」
そう言いながら三個ほど追加でリリモンは花輪をマミーモンの首にかける。
「・・・あほだなお前。深刻な訳ねぇだろが、スミレもブランも無事だし他の奴らも無事に決まってる。これはとっとと迎えに来やがれってイラつきだ。」
マミーモンは花輪を引き千切りながらリリモンの頭をマシンガンで小突き、笑う。
状況は何も変わっていない、厨房からは出れず地道な抵抗しかできることはない。だが確実に厨房の中の空気は前向きに変わった。
「クルエルがデジモンじゃないってどういうこと?」
純玲はマミーモンから聞いた話からまたある可能性を考えたが気づかないふりをして半笑いで聞く。
「クルエルはクルエルなのですけどマタドゥルモンなのです。」
クルエルもそれに同調して袖から出た刃の腕で自らを指し示す。
「勿論説明する。私の話を聞いて欲しい。」
ロードナイトモンはもう肘まで消えた右腕を見せながら言葉を紡ぐ。純玲達は黙って頷き、縛られているオメガモンも聞くだけ聞いておこうという空気を出している。
「まずスミレ達がファイル島に現れたのは誰かが意図的にリアルワールドから運んだからだ。これはスミレの証言からわかる。その後、誰かがわざとレオモンに襲わせ情報を広げてロイヤルナイツが目を通すべき大きな問題になるように誘導した。おそらく理由は自分が堂々とこの件に関わりを持つため、つまりロイヤルナイツの誰かの仕業だ。」
「・・・話にならんな。今生きているロイヤルナイツは私と貴様のみ、空白の席の主が生きているというならば話はまた別だがその確証はどこにある。」
オメガモンがロードナイトモンを束縛されたまま嘲笑う。
「今生きているロイヤルナイツはそうだ。だが純玲達が来た時は違う、ドゥフトモンは生きていた。ロイヤルナイツ随一の策謀家で技術者でもあったドゥフトモンならば遺跡にいながらにしてそれぐらいのことはできてもおかしくない。おそらく介入する機を伺っていたドゥフトモンをオメガモンは殺した。」
ロードナイトモンはオメガモンでは無く純玲とクルエルに向けて話しかける。
純玲はこの世界に来てなかったら立ち直れてなかったかもしれないと本気で思っているし今の生活に満足してる。しかしそれでもドゥフトモンに対しての怒りが込み上げて来ていた。
自分が堂々と介入したいためだけに起こされた騒動でオーガモンもワルシードラモンもアルケニモンもディノビーモンもドクグモンもフライモンもコドクグモンも敵だったけどレオモンもストライクドラモンも、会ったことが無いけどフーガモンもヒョーガモンも他にもいろんなデジモン達が死んだし傷ついた。
純玲は聖人君子ではないけれどクルミが死んで自分が苦しんだから彼らが死んで苦しんでいる誰かに感情移入して怒っていた。
「それからはオメガモンが冴才を唆し、スミレ達は逃げ私の元に来て働いていた。それだけだ。」
ロードナイトモンの左腕も先から消え始める。
「ドゥフトモンはグランドラクモンの無力化の方法を探っていたのだろう。遺跡を巡ったのもグランドラクモンについて調べると言うのが本音だったのかもしれない。ファイル島に送りレオモンをけしかけたのは同時にサングルゥモン本来の凶暴性が抑えられているかの確認だったとも考えられる。」
オメガモンは何も言わずに耳を傾け、純玲とクルエルは実験台にされていたという事実に少し眉を顰める。
「・・・スミレ、私はこれを真相だと信じているが今も話そうかためらいを覚えている。しかし真相を明らかにしなくてはいけないと思う。聞きたくなければクルエルだけ聞いてくれ。」
ロードナイトモンの忠告に純玲は首を横に振った。自分も聞くという意思表示だった。
「・・・グランドラクモンの無力化のためにドゥフトモンが取った行動はグランドラクモンになる前、成熟期のサングルゥモンに大人しい性質を持つ死霊を移植し死霊を第一人格とすることだった。」
何故クルエルがリアルワールドにいたか、何故純玲も付いて来てしまったのか、運転手が突然車が曲がったと言った理由、ロードナイトモンがその答えを言う前に純玲は悟った。
無意識にデジヴァイスとナイフを握る手に力が入り、込み上げてくる笑みは純玲の意思では抑えられない。
「ドゥフトモンは死霊の調達のため大人しい性質の人間を事故に見せかけて殺しその死霊をサングルゥモンに移植した。それがスミレのよく知る、クルミという人間だったのだろう。だからクルエルはクルミに似ていてクルミの未練とでもいうべきものがスミレをこの世界に引きずり込んだ。」
殺されたことに対する怒りが無いと言えば嘘になる、オーガモン達のことも許してない、だけどそれ以上にクルミの存在は純玲の中で大きかった。
冴才は訳が分からずクルエルを見て外見が違うと呟いていた。
浮かれている純玲はクルエルが訳が分からないという表情をしていることには気づかない。クルエルもなんとなく今まで感じていた世界への違和感や純玲の隣にいるべきだという使命感にもにた感覚の理由はわかったもののそれだけでリアルワールドのことは何一つ思い出したりはしない。
「・・・スミレ、クルエルはクルミの死霊に宿った人格ではある。だがクルエルはクルミじゃない、記憶は肉体にあり魂には無い。同じような性質で同じような性格でもクルエルとクルミは違う。」
ロードナイトモンは純玲に向けて断言する。記憶は肉体にあり魂に無い、だから純玲との思い出も何も覚えてはいないのだと、クルエルにとっては全てなかったことと同じなのだと告げる。
純玲はそれを聞いて少し固まった表情でクルエルの方を見る。
「・・・ごめんなさいなのです。クルエルは何も思い出せないのです。」
クルエルは純玲から視線を逸らして謝ることしかできなかった。何も悪くないのに謝らなければいけないような気がした。その行動は純玲の中の勢いに押されるクルミの姿と重なって、似てるのに違う。同じようなことを言って同じようなことを考えて一緒にいるのに違う。
ここにいるのはスミレと呼ぶクルエルであって純玲ちゃんと呼ぶクルミではない。
マミーモンに言われてちゃんとわかってた筈なのに。
ロードナイトモンの話から少し考えればわかる筈のことだったのに。
純玲の中で久瑠実は生き返ってまた死んだ。確かに息を吹き返したのにいなくなった。
純玲は久瑠実がもうどこにも無くなったことを知ってしまった。天国から見守ってるとか背後霊になってるとかそんな気休めすら言えないようになってしまった。
「クルミ・・・また会えると思ったのに。」
純玲の足からは力が抜けてしまって地面に座り込んだ。この失望を、嘆きを、怒りを、悲しみを、一体どこにぶつければいいのか純玲はわからなかった。
ドゥフトモンはすでに死んでいる。オメガモンはムカつくけど根本的な原因はオメガモンにない、ロードナイトモンは同じロイヤルナイツだけどこうやってよくしてくれている。冴才もムカつくけどこれはただのバカだから怒鳴る気にもなれない。
じゃあどうする?純玲は考える、他に責任がありそうな奴はいないかと。そしてすぐに答えが出る。あの時自分がクルミを突き飛ばしていればそれで良かった。平和ボケした日本の中学生は久瑠実程じゃなくても大人しい分類だからドゥフトモンは使ったかもしれない。
「・・・私のせいだ。」
【いいや違いますよ、あなたは悪くありません。】
純玲の頭に小さく声が響く。
【悪いのはドゥフトモンですよ。あなたは非力で弱い人間なんですから何もできなくてしょうがないんです。】
頭の中の声は心地よいバリトンでスポンジのように純玲の頭はその言葉に侵食される。
【そして最も悪いのはロイヤルナイツを生み出したイグドラシルの存在を容認したこの世界・・・しかしあなたにも私にもその力が無い。】
純玲の双眼は光を失い、頭に響く声に従うかのようにこくりと頷く。
【ですがあなたの力を私に注ぎ込めば私は世界を壊せる・・・あなたの失望も嘆きも怒りも悲しみもすべて私が受け入れてあげましょう。全てを私にゆだねればそれであなたも私も解放される・・・】
クルエル達を覆っていた赤い光が消え、すべてデジヴァイスへと集められる。純玲は虚ろな瞳のままにデジヴァイスを掴み、頭の中にくすぶる物を全てデジヴァイスに注ぎ込む、もう何も見たくない、何も知りたくない、何も思いたくない、何も考えたくなんてない。純玲はその瞬間、堕ちた。
デジヴァイスから放たれたのは赤い光、いつものような鮮やかな赤ではなく底知れぬ暗い感情を具現化したような黒ずんだ赤。その色は例えるならば血、贄から魔王へと捧げられた神聖なる供物。
それを受けたクルエルは体の中がぐちゃぐちゃになるのを感じた。視界は歪んでただ純玲の中の久瑠実への気持ちが渦を巻き、怒りが暴れだし何かが体との接続を絶たれた。
腕も足も何も動かない、スミレと叫びたくても叫べない、体が自分のものじゃなくなっていく、また体が自分のものじゃなくなっていく。
クルエルの伸ばしたはずの手は何も掴まず、何も触れない。いや、それが微かに何かに触れた。
何かはその手を優しくとり顔をクルエルへと向ける。
『ありがとうお嬢さん、私の中に入ったのがあなたでなければ私はまた表に出てくることはなかったでしょう。さぁ眠ってください、私と違い死ねるのだから。』
何かにトンと押し出されクルエルの意識は深く暗い闇の中へと落ちていく・・・
その時、クルエルの体は血のような光に包まれみるみる膨れ上がりケンタウロスの様な四足獣の体に人の形をした胴が生えた姿を取る。
人の部分は流れるような金髪を持ち妖しく艶っぽい雰囲気を醸し出している男性で背中に蝙蝠のような羽が一対映えているものの理性的な印象を受ける。一方四足獣の部分は反対に野性的で荒々しく獣そのもの足の付け根の部分には鰐のような長い大顎が二つせり出していて人の部分と関係なく舌を動かし荒い息をしている。
「ふふっ・・・グランドラクモン降誕と言ったところでしょうかね。」
吸血の魔王は手の内に虚ろな目のままぐったりとした純玲を抱いて満身創痍の宿敵二人に向けてにこやかに笑いかけた。
ロードナイトモンは変形を始めた時点ですぐさまオメガモンの拘束を解き帯をグランドラクモンの首へと向けていたが帯にまでデータの浸食が進み辿り着きすらせずに帯は消える。
「・・・くっ。」
ロードナイトモンの体はもう胸の辺りまでデータの浸食がすすみ切り裂くための帯も何ももう動かすことすらできない。ただグランドラクモンの挙動を死ぬまで見届けるしかない。
オメガモンももう戦う力はほとんどない。グランドラクモンに全てが蹂躙されるだろうことは考えるまでも無いことだった。