「ブライモン、ここはお願いします。私はスミレのところに行ってきます。」
「無理がある!究極体に成熟期がかなうはずがないではないか!!」
ブライモンに負傷したデジモン達の事を任せてムシャモンは純玲の元へと走る。ムシャモン自身もブレスを受け止めた負傷者なのだがそんなこと忘れたかのように駆ける。
「くっ・・・」
ブライモンはムシャモンを止めようとしたものの肩に背負っているデジモンを放っておくこともできず追うことができないままその場に立ちつくし少し行こうかどうか迷っていたがとにかく先に避難させることにし、負傷したデジモンを背負って走り出した。
ムシャモンは歯を食いしばり、刀の柄に手をかける。ムシャモン自身ブライモンが言うようにグランドラクモンにまともに相対できるわけがないのはわかっている。だがわかっているからといってその場に留まってただ見ているだけなんてできるわけがない。
話が聞こえていないのでムシャモンは詳細を知らないがそれでもクルエルがグランドラクモンになって純玲に何かあったことぐらいはわかる。
とりあえずグランドラクモンから純玲を引き離して進化を解除するのが一番手っ取り早い。ムシャモンはどうグランドラクモンから純玲を取り戻すか考える。跳びあがっても刀は届かないだろうし届いてもグランドラクモンには簡単に邪魔されてしまうだろうことは想像に難くない。ムシャモンは成熟期でグランドラクモンは究極体、とても叶うわけがない。
ムシャモンの走る姿を見てブランに付き添われていたノワールが拳銃を掴む。
「・・・姉さん?」
「お姉ちゃんは大丈夫だからブランはみんなと一緒にいて?ムシャモンだけじゃ無理があるでしょ。」
瓦礫に挟まれたとはいえノワールは五体満足でかすり傷ぐらいはあるが行動に支障をきたすほどのものではない。ムシャモンの援護に徹すれば多少なり負担は少なくなる。それでも相手が究極体だから大きな負担であることに変わりは無いがそこまでではない。
ブランはさっき純玲を止めなかったことを後悔していた。
さっき止めてさえいれば、手を伸ばしてさえいれば、たったそれだけのことでこうなることを防げたかもしれないのに。バンチョーレオモンの時の二の舞を見たくなんてない、絶対に。
だから今ノワールへとブランは手を伸ばした。今度こそは止められるようにと。
だが普段なら自分から無理矢理取りに行くその手をノワールははたいた。
「・・・姉さん?」
「・・・ブランが止めてれば何か変わったのかもしれない。でも今止めるべきは私じゃない、スミレでしょ。」
ノワールは一度はたいたブランの手を取り優しく語りかける。
ブランはそのノワールの表情がかっこいいと思ったし言葉は頼もしいと思った。だけどその手は小刻みに振るえていて指は細く頼りなかった。
それでもブランは今度は止めなかった。
「・・・姉さん!死んだら怒っちゃうです!!」
オマケにブランはノワールが喜びそうなことを叫んで見送った。
ノワールをきっちり見送った後ブランは避難していくデジモン達の方に走って行った。その中でブライモンを見つけると無理やり背負っていた怪我人を奪った。
「・・・どうした?」
ブライモンがブランに驚いて問いかける。
「私は戦えないから代わりに姉さんとスミレを助けて欲しいです・・・」
ブライモンは剣技込みで考えれば完全体に近い実力、完全体数体しかいないこの城の中ではトップクラスと言えなくてもかなりの実力者と言える位置にいる。ブランじゃ戦力にはならなくてもブライモンならば戦力になり得る。それでもグランドラクモンに刃を届かせることができるかできないかというレベルだがブランはそれにかけることにした。
ブライモンはまるで飛ぶように走りムシャモンとノワールの二人を追い越して先陣に立つ。
それを見てグランドラクモンはオメガモンを踏みながら笑う。いくら力がほとんど残っていないとはいえオメガモンに倒せないものを三体の成熟期でどうこうできるのかと笑う。
「・・・いいでしょう。一期一会という言葉もあることですし丁寧にお相手いたしましょう。余興としては少々物足りないかもしれませんが。」
――ブチッ
オメガモンの体がグランドラクモンの足の下で潰れる。最後の聖騎士の最期はとてもあっけなく無様だった。
ブライモンは背中の翼で高く飛びあがり、ノワールは少し離れたところから城の瓦礫の隙間を縫うようにグランドラクモンの後ろを取ろうとし、ムシャモンだけが愚直に正面から向かう。いくら魔王と言えど同時に三人を視界に収めた上にそれぞれを意識するなんてことは難しい。
ましてやグランドラクモンの復活は完全ではない。冴才の力が加わり素体としてもよかったスレイヤードラモンが弱ったオメガモンの一撃で首を飛ばされる程度の力しか有しなかったようにいくら性質を引き出す純玲の力であっても成熟期をロイヤルナイツと同等と言い切れるほどの力を持たせるには足りない。
だがそれでもグランドラクモンに成熟期三体では届かない。ノワールの銃弾はそもそもダメージを与えられない、だから気にする必要も無くブライモンの援護にもなり得ない。ムシャモンも近づきすぎれば踏み潰されてオメガモンと同じように死ぬ。援護が無ければブライモンは近づくことすらできない。
「音楽が欲しいところ・・・あなた達の葬送曲には一体どんなものが似合うのでしょう。」
グランドラクモンは急ごうとは一切思わない。自分には悠久の時があってしまう、ここで肉体が死んだら死んだでグランドラクモンはまた最初から行うだけですこし遅くなるだけだと考える。だから遊び、おちょくり、言葉だけでなく本気で葬送曲を考える。ブライモンとムシャモンをけん制しながらのんびりと考える。
ムシャモンは忠誠心が強そうだし騎士らしい誇り高い格調高い曲が似合うかもしれないから反骨的で下卑た曲を用意しよう、ブライモンは死をあまり恐れていない様子で戦うことを多少楽しんでいるみたいだから平坦でつまらない曲を用意しよう、シスタモンノワールは修道女というには激しいがそれでもスミレに当たらないような位置にだけ撃つあたり優しく他のために動けるのだろうから非常に利己的な曲を用意しよう。
グランドラクモンは笑う。不死と言われる彼は不死と言われるからこそ生きようとしているデジモン達を笑う。
ムシャモンの様に死んだ誰かのために生きようと生かそうとするものを笑う、ノワールの様に生きている誰かのために生きようと生かそうとするものを笑う、ブライモンの様にただ生きようとするものを笑う。
「一つ言わせてもらえば私がここにいるのはスミレの意思です。クルエルが親友だったこと、その親友は向こうでのスミレとの思い出を全て失ったことを知って絶望しこの世界を壊したいとすら思った・・・ちょっとした悲劇のヒロインですね。あなた達は可哀想な名の無いモブキャラでしょうか?」
ブライモンをハエのように叩き落とし、ムシャモンを殺さないように蹴り飛ばし、ノワールに銃弾を指で弾いて返してグランドラクモンは言う。芝居がかった口調で自分は姫を救うナイトであるとでもいうような語り口で。
「ならば俺の役はどうなる?」
グランドラクモンは無理に身を捩って剣を避けようと動くが完全には避けきれず翼に浅い切れ込みが入る。
切ったのは双剣、双剣の持ち主は金色の鎧と青いマントの聖騎士。オメガモンに真っ二つに切り裂かれたはずのグレイドモンが流星のごとくその場に舞い戻ってきた。
「・・・あまりに蘇ってこないのでただのグレイドモンかと思ってましたよ空白の席の主。何時ぶりでしょうね、数百年はくだらないような気がするのですが。」
グランドラクモンが言った名前がキーワードであるかのようにグレイドモンの鎧は金から黒へ、形状も丸く変わりまったく別物のデジモンがそこに現れる。
「・・・何年経たかも何度目かも俺達にとって意味は無い。」
空白の席の主、神話の中のロイヤルナイツ、始まりの聖騎士アルファモンは空間を切り裂き内部から斧のような形の刃物を取り出しグランドラクモンはそれを見て巨体とは思え脚力で距離を取る。
「いきなり王竜剣だなんてせっかちですね、せめて彼等に私のこと、あなたのことを説明するぐらいしてもいいんじゃないですか?さっきまで死んだふりしてサボってたわけですしね、アルファモン。」
グランドラクモンはスミレを抱いていない方の手でブライモン達を示す。
「俺はロイヤルナイツの一員であるが誰もいない時にのみ動く。それに俺の使命は守るべき価値ある世界を守る事であってこの世界に価値を感じられなければ守る義理など無い。」
アルファモンは背中に新たに生えた翼を広げ、王竜剣と呼ばれた剣をくるりと回して構える。
「ならばなぜ今攻撃を?あなたは守ろうとしているのか守ろうとしていないのかわからない。」
「まだ決めかねている。とりあえずは現状維持を行うだけだ。」
「ならば私の体を殺す気も無いと捉えていいのですね?」
「・・・今はな。ただ殺すことも許さない。俺の方が強いのはわかっているだろう?」
アルファモンは王竜剣をスレイヤードラモンに押さえつけられたまま転がっている冴才の頭の近くの地面に刺す。
「えぇもちろん。」
――グチャッ
そう言ってグランドラクモンはアルファモンの頭部を踏み砕く。
しかしグランドラクモンが足を退けると逆再生のようにアルファモンの頭は戻り、さっきと変わらず立った状態でいる。
「時が戻る能力は健在のようですしね。」
ムシャモン達は未だ状況整理が追いついていなかった。グランドラクモンから純玲を奪還しようとしていたら突然死んだはずのグレイドモンが現れアルファモンになりグランドラクモンと親しげに話し、そして頭を砕かれ黄泉がえり普通にグランドラクモンは当たり前のように接している。
「わからないでしょうね。私とアルファモンの関係性はあなた方には。」
グランドラクモンがスミレを抱え直しムシャモンへと話し掛ける。
「私はこの世界を壊す者なのですよ、本来刻まれ無い筈の魂に記憶が刻まれ何度死んでも何度生まれ変わってもずっとグランドラクモンになる運命を時代だけ変わった世界で永遠と繰り返す存在、そしてそれから逃れようと、死のうともがく存在。イグドラシルを殺してやっと死ねると思ったんですが・・・」
そう甘くは無かったようですとグランドラクモンはため息を吐く。アルファモンは動かないし訂正も否定もしない、無言で佇んでいるだけだったが肯定しているように見えた。
「アルファモンはどちらかと言えば世界を守るもの、死ぬと勝手に時を戻され体が蘇る存在、それを割り切り精神的にはもうデジモンじゃなく神の域にいるでしょうね。だからこの世界の価値を問いだした。守る価値があるのかわからなくなったのでしょう。」
やはりアルファモンは動かない。
「あなた方も私もここで死んでやり直せばいい。その機会を手に入れるために私は世界を壊したい・・・スミレとクルミの話が琴線に触れたというのもありますがね。あなたはどう思いますか?キングもクイーンも討ち取られて残ったただのポーンは何も守るものなど無いでしょう?この世界など滅んでもいいのでは?」
グランドラクモンは芝居がかった口調を止めず身振りを付けながら踊っているかのように軽快に動き語る。
状況にあまりついていけていないムシャモンだったがそれでも話の意味はある程度理解していて少し同情した。しかし魅了の声に脳を侵されることはなかった。
「私はそうは思いません。私は一度キングもクイーンも失いましたが今はまた別の守るべきものがあります。」
ムシャモンは一切の迷いなくそう言いきれた。グランドラクモンは間違っているとそう言いきれた。
それを見てこの場の全ての決定権を握っているアルファモンは思う。デジヴァイスは心を力に変換し、純玲の力は特に性質を引き出すものである。滅ぼしたいグランドラクモンの性質と生きていたいムシャモンの性質の相反する二つの強さを比べることでこの世界は残すべきかどうかを判断できないか。ムシャモンが勝てばそれは生きたい力が死にたい力を上回ったことになる。
アルファモンはグランドラクモンの懐に入り込み純玲を奪い取りムシャモンへと渡す。
「ならば比べればいい。純玲を引き上げその力でグランドラクモンをお前個人が圧倒できたならばこの世界は生きるべきなのだろう。」
それだけ言ってアルファモンは冴才を担ぎ上げ巻き込まれない程度の距離まで下がる。
そしてまだ状況についていけていないブライモンとノワールに離れるように促した。
ムシャモンの手の内で純玲は虚ろな目でムシャモンの顔を漠然と見ていた。
なんで久瑠実じゃなきゃいけなかったの?そのせいでどれだけ死んだと思ってるの?この城でも何十体も死んだんだよ?
もうみんな死んじゃえばそんなこと考えることも無いのかな。苦しくなくなるのかな。辛くなくなるのかな。
純玲の視界に入っていても純玲の眼中にムシャモンは無い。純玲は自分の中に作り上げた幻想の死霊とともにいた。
クルミの、オーガモンの、ワルシードラモンの、アルケニモンの、ディノビーモンの、ドクグモン達の、フライモン達の、コドクグモン達の、この城にいた知り合いたちの、グレイドモンの死霊。
頭の中にしかいない存在だが彼らの幻影に純玲は怯える。彼らに世界が悪いんだとグランドラクモンが言った言い訳を言い続け、しかし彼らは許してはくれない。純玲の周りを固めてそんな言い訳なんていらない、誠意を見せろと迫り続ける。
純玲はムシャモンの先の死霊の幻想を見つめて赦して、世界が悪い、どうしたら赦してくれるのとぶつぶつぶつぶつと言い続ける。まるで狂ってしまったかのように哀れに一心に言うさまはあまりに悲しく儚げに見えた。
「・・・スミレ。悪いのはスミレじゃありませんが今のままだったらスミレは悪いです。」
ムシャモンが純玲に話し掛けるが純玲は反応を寄こさない。やはり虚ろな目でぶつぶつと呟くだけ。
「みんなスミレが悪くないのなんてわかってます。みんな望んでいるのはいいわけでも謝罪でもないんです。」
純玲はやはり反応しない。
「クルミの話。私にはしてくれませんでしたが・・・クルミはスミレがこんな風に苦しむのを喜ぶような人でしたか?」
クルミというワードに純玲の目がうろうろと揺れながらも確実にムシャモンの方を見る。
「オーガモンはどうでしたか?ワルシードラモンは?スミレは二体とも不良みたいだけどいいデジモンだって言ってましたよね。苦しむのを喜ぶと思いますか?」
「クルミ・・・」
純玲の目からつーっと涙が一筋こぼれる。純玲の意識の中ではムシャモンの声に呼応するようにクルミが表に現れて純玲を責めている。
「女王様と王様は絶対喜びません。他のみんなも喜びませんよ、私がその一員だったからわかります。笑って生きていて欲しい筈です。悲しんで泣くんじゃなくて喜んで泣いて欲しい筈です。特別な言葉なんて思いつきませんけど・・・みんなそんな風には思いませんよ。もし怒ってるとしたらそれはきっと今スミレがそんなことで泣いて苦しんで悲しんでいることです。」
ムシャモンの言葉に従うように純玲は死霊達に向けて無理やり笑った。
「それに、このままだと純玲はクルエルを殺しますよ?」
死霊の幻想の正体はいわば純玲の中の堕ちていない部分。グランドラクモンの言葉で誰も喜ばない、クルエルを殺すことになるということすらわからない純玲の堕ちた部分にそれだけの簡単なことを伝えるために取った姿。ムシャモンに言われてそれに気づいた以上幻影は一つになって純玲の心は元通り一つに戻る。
「・・・ありがとう。ムシャモン。」
純玲は手元にあったデジヴァイスを見る。そこには予想通りと言えば予想通りのグランドラクモン退化不能の文字が画面に赤く点滅している。
だよねと純玲は呟いてデジヴァイスの画面をムシャモンに向ける。前に見た時ムシャモンのところにはLevelⅥとあった、それは究極体を表すレベル。大別するとグランドラクモンと同じレベル。
「じゃあ早速だけどクルエルを殺さないようにお願いね、ムシャモン。」
デジヴァイスから放たれた色はグランドラクモンを生んだ時と同じような黒に近い赤。ただその色味は明確に違う、汚れたような赤じゃなくて深いという表現が似合う美しい赤。それは以前にも増して深まり一歩間違えれば堕ちてしまう程に濃密な愛情の色。
ムシャモンが進化した姿は大太刀を携えた黒い鎧の武人。グランドラクモンやアルケニモンが言ったようにチェスで例えるならばナイト。純玲の力を存分に受け本来は慣れないキングも含むどんな駒にでもなれる権利を有したにもかかわらずムシャモンの性質はあくまで誰かのためにいる者であることに変わりは無かった。
黒い鎧の武人、タクティモンは鞘にいれたままの大太刀をグランドラクモンへと突きつける。
「また引っ込んでもらうことになるかもしれなくて申し訳ありませんがクルエルを返してもらいます。」
グランドラクモンとアルファモンに関しては本人達の説明で代えさせていただきます。
タクティモンは今回ウィルス種の究極体として扱わせてもらっています。タクティモンはウィルス種でも究極体でもないという方は究極体相当でウィルス種に近い性質を持つのだということにして下さい。