「――ってなところだな。」
緑色の鬼、オーガモンという彼のこの世界の説明が終わった。
純玲とクルエルにとっては結局何もわからないのとほとんど変わらなかった。
わかったのはこの世界の名前がデジタルワールドということ、そしてオーガモンやレオモン、クルエルのようなデジモンと言われる知的生命体がいること。データで構成されているということ。
オーガモンは自称レオモンのライバルでレオモンを探してここに来たらしい。戦闘の跡から二つだけ伸びていたレオモンの物とは思えない足跡をたどりその先にいた純玲達がレオモンを倒したのだと考えたらしい。
最初はレオモンを悼み、かたき討ちとか言っていたが純玲がこの世界に来たばかりなのに一方的に襲ってくんなと言うと何も頼んでいないのに説明しだしたのだ。
「で、お前らはレオモンに突然攻撃されたのか?」
「そうなのです。吸血の獣とかなんとか因縁をつけられたのです。」
「あいつは正義感強すぎて暴走する奴だったからな。」
オーガモンはしみじみと語る。彼が最初にレオモンと戦ったのは転んだ幼年期のデジモンを助け起こそうとした時。強面ゆえに転ばせた上でさらに危害を加えようとしていると勘違いされ、それ以来《悪いデジモン》のレッテルを貼られてきたのだ。
「吸血の獣ってどういうことなの?」
「種族のことを言ってんじゃねぇか?サングルゥモンは血と一緒にデータを吸い尽くすとか聞いた覚えがないことも無い気がするようなしないような。クルエルはサングルゥモンだろ?」
「・・・クルエルは自分のことが分からないのです。」
「かなりイレギュラーだな。デジモンは進化すると種族が変わるけどなんとなく頭の中に自分の種族が浮かんで来るもんなんだがな。まぁでも昔見た本に乗ってた挿絵そっくりなんだよな。」
オーガモンは頭がいい訳ではないが嘘をつくような性格でもない。
「サングルゥモンの話って結構有名な話?」
純玲達が遠くに行くなら海に出る方がいいだろう。しかしあまりに有名だった場合準備期間が無いかもしれない。そしたら陸路にするしかないことになる。
「まぁそこそこじゃねぇか?俺でも知ってるぐらいだから知ってるやつは少なくは無いだろうし、何はどうあれレオモンを殺したんだ。このファイル島ではどうやったって狙われるだろうな。」
「ちょっと待ってここは島なの?」
「あぁファイル島って言う島だぜ?まぁそこそこ大きな島だけどな。」
大きな島だろうが島は島。もしかしたらこの島以外には知れ渡っていないかもしれないというふうにも考えられる。
「別の島か大陸に行く方法ってある?」
死体を見なくて済むかもしれない。そう思って純玲が身を乗り出して聞くのも仕方がないだろう。
「まぁ無いことは無いな。海にすんでいる奴らに頼めば・・・」
「海にすんでいるデジモン達に知り合いとかいないの?」
「うーんあんま乗り心地はよくねぇけどな。ワルシードラモンってやつがいる。なかなかいいやつだぜ。」
「・・・」
純玲の表情が明るくなる一方でクルエルが突然険しい顔つきになる。
「どうし・・・っ!」
理由を尋ねようとしたオーガモンもその理由に気づきおもむろに愛用の骨棍棒を手に取る。
「・・・何か来てるのです。」
「・・・みたいだな。お前を狙ってか俺を狙ってかわからんが、ここは俺が知る限り誰の縄張りでも無い筈だしな。」
いまだに純玲、クルエル、オーガモンの二人と一匹は海辺近くにいる。洞窟なんかも近くにはなく、岩と砂の混じった地面、沖に出るまでの浅瀬も岩だらけで漁場としてはよくても水棲系のデジモンにとっても住みやすいとは思えない。
「戦いに来てる感じなの?」
「クルエルにはよくわからないのですけど。なんか嫌な臭いで嫌な音なのです。」
「俺は鼻も耳もよくねぇが殺気が向けられてんのはわかるぜ。」
クルエルがおもむろに純玲のセーラー服の襟を甘噛みして引っ張る。
「ぐぅっ!?」
純玲がとても女子が出すとは思えないくぐもった悲鳴を上げる。
「うるぁぁあっ!」
オーガモンがつい今の今まで純玲のいた位置に飛び込んで棍棒をななめ下から振る。
――ガッ
上から振り下ろされてきた爪の付け根に当たりその軌道をそらす。
襲ってきたデジモンが後ろに跳んで一旦距離を取る。
オーガモンはその姿を見て舌打ちをし、クルエルは次の攻撃に備えて観察している。
純玲は若干現実逃避気味にあんな仮面を被っていて何故見えるのだろうとか考えていたりする。
しかしそれを言ってしまうと翼のようなもので顔を隠しているクルエルには何故同じ疑問を持たないのかと言う話になる気がするが大切なのは襲ってきたデジモンのことだ。
襲ってきたデジモンは後ろに伸びた角付きの仮面を被りいたるところに金属パーツを付けた二足歩行の蜥蜴のような姿。仮面から覗く髪は青白く、炎のようになっていて、と言うか実際燃え上がっている。
「・・・あいつはストライクドラモン。とてつもなくやばい種族主義野郎だ。」
オーガモンが純玲とクルエルにむけて言う。
「ウィルス種は全て駆除されろ・・・」
ストライクドラモンが両の手を腰のところに持っていき中腰になる。
「ワクチン種がどれだけ偉いのか知らんがウィルス種だからって殺される理由にはなんねぇだろうが。」
純玲とクルエルは知らないがデジモンは大雑把に分けて四種類いる。ワクチン種、データ種、ウィルス種、そしてその他である。オーガモンとサングルゥモンはウィルス種、ストライクドラモンとレオモンはワクチン種だ
ちなみにその他の中にはヴァリアブルだったりフリーだったり不明だったりいろいろとあったりする。
「ウィルス種は悪だ。」
ストライクドラモンの各部のメタルパーツが熱されているのか真っ赤になる。
「覇王拳!!」
オーガモンが前に突き出した左の拳から紫色の半透明の拳がストライクドラモンに向けて飛び出す。
ストライクドラモンはそれを左に跳んで避け、切り替えして純玲の方に跳ぶ。
その間にもメタルプレートはより赤くなり純玲へあと三メートルぐらいになったころには全体が炎に包まれていた。
「ストライクファング。」
ストライクドラモンがその技の名前を呟く。発動する前に言わなきゃいけないなんてルールは無い。
――ドカッ
クルエルが横からストライクドラモンに肩を入れてタックルする。
――ジュウゥゥウウゥ・・・
肉の焼ける臭いが純玲の鼻をつく。
「スミレはそもそもデジモンじゃないのです。殺される理由が無いのです。」
「ウィルス種と共にいる時点で悪だ。」
ストライクドラモンの顔には表情のようなものは見られない。
「種族がそんなに大切なの!?」
「どうせ言っても無駄だ。殺るか隙を見て逃げるかしかねぇよ。」
殺る。その言葉を聞いて純玲が昨日のレオモンとの戦闘とそして親友のことを思い出してしまうのは仕方のないことだ。
純玲の心に浮かび上がって来たのは恐怖。殺されるかもしれないことに関してが二割。昨日殺してしまったのだというのが三割、親友と同じようにクルエルやオーガモンも殺されてしまうのではないかというのが五割。
「スティッカーブレイド!」
クルエルが前足から避けられるの前提で刃をストライクドラモンの足元に飛ばす。
ある程度距離を開けさせればこっちの方が有利だとクルエルは考えた。スティッカーブレイドも覇王拳も離れた状態では一撃必殺とはなりえないがスティッカーブレイドは手傷を負わせられるし覇王拳は距離を開けるためには有効だ。
消耗させて逃げる。それが今クルエルの考えた中でクルエルの思う最善の手。
口に出しはしなかったがオーガモンは戦闘経験の多さからクルエルの考えていることをだいたい察知した。
実際はそれなりに大技を連発することになるので避けられ続けた場合スタミナ不足になる可能性が高いのだが早めの段階でダメージを与えられれば問題ない。
ストライクドラモンのメタルプレートがまた赤くなる。
「スティッカーブレイド。」
再度クルエルが刃を飛ばす。
より広範囲に散らばるように。全力で跳べばストライクドラモンはその範囲から逃れることができるがそうすれば覇王拳の直撃を喰らうのは目に見えている。そして直撃を喰らえばあるていど飛ばされ、純玲、クルエル、オーガモンは容易に逃げられる。
――ガガガガガッ
となると直撃を喰らわないためにはクルエルの攻撃を受けるしかないということになる。
ストライクドラモンが生身の部分を隠すようにガードの体勢をとり受ける。
一つ間違ったのは頭も腕で隠したことだ。
刃の雨が収まりストライクドラモンがガードを緩めると目の前に紫色の拳。ぼんやりとしか認識できない内に頭に直撃して意識を刈り取っていく。
「覇王拳。さぁ今のうちにワルシードラモンのところまで行くぞ!」
オーガモンがクルエルの背に純玲を乗せて走り出す。
クルエルもその後を追い走り出す。
「うわっと・・・」
純玲は戸惑いながらもなんとかクルエルの首に掴まる。
「あいつの狙いが何かはわからんがレオモンはいい意味でも悪い意味でも目立つ奴だったからな。レオモンが死んだことを知ってるやつがいてもおかしくねぇ。」
岬の方向へ向けて走りながらオーガモンが喋る。
「じゃああの差別仮面みたいなのがまだ来るかもしれないってこと!?」
純玲が半ば叫ぶような感じでオーガモンに聞く。
「あぁ、だがもっとやばいのは鳥野郎だな。頭のイかれ具合はストライクドラモン程じゃないが俺よりもはるかに強い。レオモンを倒したんだからクルエルは俺より強いんだろうがあいつには多分負ける。」
ちらりと後ろを警戒しながらオーガモンはそう答える。
「クルエルは戦いたくないのです。でも死ぬ方が嫌なのです!」
「戦わないために今ワルシードラモンのところ向かってんだろ!?お前らもストライクドラモンの標的にされたっぽいからな。とっととこの島を出るに越したことはねぇ。」
――ザザザザザザザザザザ・・・
岬がだいぶ近くなってきた時海が割れ大きな赤いウミヘビのようなものが現れる。
頭に被った黒い兜の中央からは金色の刃が飛び出ていて兜の付け根にはオレンジ色の鬣。
また何か出てきたのかと純玲とクルエルは思ったのだがオーガモンはそれに向けて手を振った。
「よぉワルシードラモン。」
ワルシードラモンが頭をオーガモンと同じ高さに合わせる。
「どうしたよオーガモン。そういや聞いたぜ、レオモンが死んだんだってな。お前さんか?」
クルエルと純玲の顔がサーッと青くなる。
「いや、違う。ところでその情報どれくらい広まってる?ガルダモンの奴のところまで行っちまったか?」
「不自然なぐらい広まってるぜ。奴ももう聞いてんじゃねぇか?」
ワルシードラモンの言葉に純玲の首筋に脂汗が浮かぶ。ファイル島と言うこの島から出さえすればきっと大丈夫だと思っていたのだ。もし行った先まで情報が行ってしまったら戦わなくてはいけなくなる。
「そうか・・・この二人をフォルダ大陸の方まで連れてってやってくれねぇか?レオモンを殺したのはこいつらだ。ただ悪意があったわけじゃねぇ襲われて仕方なくだ。頼む。」
「水くせぇよオーガモン。おれっちがお前さんの頼みを断ると思うか?人間の方は鬣にでもつかまりな。サングルゥモンの方も何とかバランスとって頑張れ。」
ざっくりと言っているが特に無理難題にも思えない。ワルシードラモンはとても大きく鬣の中には純玲とクルエルふたりまとめてもすっぽり入れそうだ。
「すまねぇな。」
「だから水くせぇっての。」
ワルシードラモンがそう言いながら頭をクルエルと純玲の方に差し出す。
「ありがとう。」
「ありがとうなのです。」
二人がそれぞれにお礼を言ってワルシードラモンに乗る。
オーガモンもそれに続き、純玲の後ろに座り込む。人間の腕力だといざと言う時に振り落とされてしまうかもしれないからだ。
「まぁ二人とも安心していいぜって・・・思ったより早いな。」
ワルシードラモンが三人の見えないところで目を細めた。
「・・・羽ばたく音が聞こえるのです。」
クルエルの耳が波の音でも海風の音でもない音を聞く。
「呼んでも無い見送りがきやがったぞオーガモン。」
「ガルダモンの奴か?」
――ビュッ
「そう、みたいだなっ!」
飛んできた影のような鳥を到達するだいぶ前にワルシードラモンが避ける。
しかしそれでもタイミングが遅かったのか鱗の表面に薄く切り込みが入る。
「サンダージャベリン!」
鳥の飛んで来た方向にワルシードラモンの頭の刃から雷が放たれる。
純玲、クルエル、オーガモンがその方向を向くとちょうどこちらに向かいつつ半回転して雷を避ける鳥人がいた。青い太陽のマークの入った赤い仮面に雄大で燃え上がっているかのような翼。
局所的な特徴がストライクドラモンを連想させこのデジモンがガルダモンだとすぐにわからせる。
ガルダモンは避けたままの勢いで腕を振りかぶる。それはくるえるにとってもオーガモンにとってもワルシードラモンにとっても避けるのは難しくない。
そう、純玲以外には。
純玲は水中で息することなんてできないしワルシードラモンの頭から飛び降りることもできない。飛び込みの心得があれば別だが下手に水に飛び込むのは地面に落ちるのとほとんど変わりはしない。骨折する可能性も低くは無い。それも腕とかならまだしも首だったら死に直結する。
「スティッカーブレイド!」
クルエルが飛ばした刃に少し動きが止まりガルダモンが防御態勢に入る。
それを見てワルシードラモンが口を大きく開ける。
「ストレンジミスト!!」
ワルシードラモンの口から紫色の霧が吐き出されてその場にいる全員の姿を隠す。
――バグッ
純玲が気づくと辺りは真っ暗になっていた。すぐに後ろにクルエルがいたのに気づいたが急に揺れ、掴まるところも無く後ろに倒れたところで毛皮に頭をうずめることになったからだ。
「クルエル?」
「ワルシードラモンが私達を口に含んだみたいなのです。」
「じゃあ今って海中なのかな?」
「わからないのです。」
――ザバァァッ
ワルシードラモンが口を開いたのは数分後だった。
そこで純玲は初めて異変に気付いた。
「オーガモンは?」
純玲の中ではそこに一緒にいる筈の緑色の鬼がいないのだ。
ワルシードラモンの頭の上に移動したりしたがやはりオーガモンの姿は無いままだ。
「・・・海の浅さに対しておれっちの体が大きすぎる。影でどこに移動してもばれるからオーガモンは霧に乗じてガルダモンに攻撃していった。」
ワルシードラモンはどうなったかを最後まで見たわけではない。
数分前。
レオモンは紫色の霧に乗じてガルダモンの足にしがみついた。
「貴様・・・お前はレオモンの仇を討とうとはしないのか!?」
ガルダモンがオーガモンに聞く。レオモンとオーガモン。二人の決着がつかなかったのは実力が互角だったから、オーガモンが殺す気でいっていなかったからだけではない。レオモンの方にも友情のような何かが芽生えていたからに他ならない。
「全然?だって俺が殺したんだからよ。」
残りの三人を追いかけようとしていたガルダモンの動きが止まる。
「どういうことだ?」
――ククククッ
オーガモンは口角を上げて軽く笑った。
「どういうこと?面白いことを聞くじゃねぇか。文字通りだぜ?」
ガルダモンの足を掴む手に力を込める。
「勇者と呼ばれていた、」
反対の手を腰の方に持っていく。
「正義の味方だった、」
腰を深く落とす。
「お前の親友だった、」
腰に置いた手に強く強く力を込める。
「俺のライバルだったレオモンは」
拳に紫色の何かが灯る。
「俺が殺したんだよ!!覇王拳!!」
天に向けて突き出された拳から出た技の飛んで行った先はガルダモンの翼の付け根。
――ボグッ
左右の羽ばたきのリズムを狂わされたガルダモンの体が落ちていく。
「貴様・・・・恥を知r」
――ボグッ
今度は顎に当たった。しかしガルダモンにはあまりダメージは無い。
―-ガシッ
ガルダモンがオーガモンを掴み、
――ドゴッ
「ぐがっ・・・」
地面に向けて投げる。
――ガッガッガッ・・・
ガルダモンは苦虫を噛み潰したような顔をして何度も何度も殴った。
オーガモンは抵抗しなかった。それが抵抗できなかったからなのか何か思うところがあったのかはわからない。
「とりあえず・・・俺にしちゃ、がふっ・・・上出来だろ。」
とにかくオーガモンは最後にそう言い残して死んでいった。