スミレには嘔吐等を引き起こす毒がある。   作:へりこにあん

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お久しぶりです、後日談なので本編自体には影響ないですしぐだぐだですが読んで下さると嬉しいです。

これは妖精の銛と爪には即効性の麻痺毒がある。【始】の前に読んでください。タイトルに騙されないでください。


妖精の銛と爪には即効性の麻痺毒がある。【終】

なんだろうこれ。これは私のいた世界じゃない、これは、なにか別の世界に違いない。

 

小さな小さな妖精はそう思った。

 

迫り来る魔竜に突きだした銛は空を掻いて魔竜のただの体当たりを食らい体は壁に叩きつけられる。

 

幸い翅に穴は空いていなくてまだ飛べる。しかし退化の力を持った鱗粉はあらかた壁にぶつかった時に落ちてしまい魔竜に抗う術は毒を塗ってあるとは言っても相手にとっては爪楊枝ほどの大きさでしかない銛のみ。

 

「ピーターモン・・・ピーターモン!助けてよピーターモン!」

 

いつも守ってくれる筈のヒーローは必死の叫びに応えてくれない。いつも思いを寄せている愛しい相手の姿は視界に映らない。

 

時が緩やかにゆっくり流れ、壊れた家の窓からピーターモンの緑の帽子だけが風に飛ばされているのを視界に納め、ティンカーモンはツーッと涙を流した。

 

いつものように癇癪を起こすこともなく、ピーターモンの死を悟りティンカーモンはピーターモンと過ごした日々を残された短い時間で回想する。それはいわゆる走馬灯なのだがピーターモンとの思い出はティンカーモンを小さく小さく笑わせた。

 

「・・・あの世でも一緒になれたらいいな。」

 

ティンカーモンの呟きを掻き消すかのように振るわれる黒い魔竜の腕は、

 

――ゴキッ

 

何を掻き消すこともできずに漆黒の鞘に地面に叩きつけられる。

 

「大丈夫ですか?」

 

漆黒の鞘に入れた刀を携えた武人、タクティモンはティンカーモンと魔竜の間に立ち塞がり、魔竜の開いた顎を下から膝を突き上げることで強引に閉めさせ、その額に刀を持たない手で作った拳を殴り付けた。

 

さっきティンカーモンが飛ばされた時とはわけが違う。魔竜はティンカーモンより遥かに大きい。タクティモンはティンカーモンよりも大きいが魔竜より一回りは小さい。それに最初の一撃は見えなかったのに次からはティンカーモンにも見えていた。明らかにそこには手加減があった。しかしそれでも魔竜は飛ばされた。

 

ティンカーモンはもう一度大丈夫ですかと問いかけてきたタクティモンには軽く頷いて答えた。心中ではピーターモンのことで一杯でもっと早く来てよと叫びたかったがピーターモンはきっとそれを望まないだろうとわかるから堪えた。

 

「・・・すみません。もっと早く私が来れていればこうはならなかったかもしれません。」

 

タクティモンはティンカーモンをそっと掬い上げて頭を下げた。助けたのだから誇ればいいのに。ティンカーモンはさっき思ったことを一瞬忘れ固まった。

 

「全くもってその通りよね、タクティモン。デートで女の子待たせると手痛いしっぺ返し喰らうってロードナイトモンは教えてくれなかったのかしら?」

 

タクティモンが入ってきたであろう屋根に開けられた穴。その穴からなんちゃって十二単のような服を着た女性の形をした悪魔がティンカーモンとタクティモンを見下ろしてクスクスと笑った。

 

「私はあなたとデートの約束はしてない筈ですけど、りリスモン。」

 

タクティモンはティンカーモンに隠れていてくださいと告げリリスモンを睨み付けた。

 

リリスモン。その名前にはティンカーモンも覚えがあった。ロイヤルナイツと同等の実力と言われる七大魔王が一柱、色欲を司る存在。数ヶ月前に七大魔王やロイヤルナイツが同時期に何体も復活したとは聞いていたもののまさか自分が関わることになるなんてティンカーモンは一切思ってなかった。

 

「へぇ、私よりもそっちの娘の方がいいんだぁ・・・」

 

リリスモンの視線はタクティモンの後ろのティンカーモンへと向かい、すぐにタクティモンへと戻った。

 

「ふざけないでください。あなたは何度こんなことをすれば気が済むんですか?」

 

タクティモンもリリスモンもお互いに顔馴染み以上のものがあるらしく、お互いにいるだけでティンカーモンの体が勝手に震えるほどの覇気を放ちつつもまるで友人のように話す。

 

「ふざけてなんかないわよぉ、私はあなたに私だけの騎士になって欲しいの。私、色欲の魔王だけど独占欲も強いみたいね。」

 

「私にはすでに主がいます。そしてあなたは質問に答えていません。」

 

「タクティモンが私だけの騎士になってくれたら、もうやめてもいいわ。私の部下たちがどうするかは保証できないけど。」

 

「リリスモンが部下達をなだめてくれるならリリスモンだけの騎士にはなれなくてもあなたの騎士になってもいいですけど。」

 

「・・・もぉ。わかってないのね。私だけの騎士っていうのは比喩表現に決まってるでしょ?私は色欲の魔王なんだから・・・言ってる意味は分かるでしょう?」

 

妖艶に唇に手を当てるリリスモンの姿は女性型であるティンカーモンから見ても美しく、一瞬全てを忘れてリリスモンに付いて行きたいと思わせるものがあった。

 

「それでもいいですよ、七大魔王がロードナイトモンの仮の後継者と仲良くなる。それだけで世界は一つ平和になるかもしれません。」

 

だがタクティモンはもう慣れていると言わんばかりでリリスモンのことをまっすぐに見据えてそう言う。

 

「・・・本当にわかってないのね。あなたもどっちかと言えばこっち側でしょう?」

 

リリスモンの瞳がタクティモンをあらためて見つめ、金色の異質な腕で自身を指し示す。

 

「・・・種族としては、そうですね。」

 

「本当はわかってるんでしょ?あなたが私に染まったとして、私があなたに染まったとして、どっちにしても争いが収まることはない。種族で差別されたデジモンも種族に染まったデジモンも、何はともあれ他種族と争う。ロードナイトモンみたいな、あなたみたいな全員受け入れる考えは弱者には受け入れられない。自分が死ぬ恐れが無いから言えることだとそれで終わってしまう。」

 

そういうリリスモンに色欲の欠片も無く、ただそこにいたのは魔の王たる者。忌み嫌われる種族とされる者、種族に飲まれて聖なるデジモン達に牙を剥く者、望む望まないにかかわらず魔に堕ちた者達をまとめ上げる者。

 

「タクティモン。あなたが救うべき弱者は私達の側にいる。種族に胡坐をかいて正義を気取っているデジモン達だってそっち側には少なくない筈よ。一緒に来なさい、正義を挫くのは私達の正義。ロードナイトモンの思想は私達に近い。」

 

さっきとはまた違う形の誘い、リリスモンという一デジモンとしてではなく色欲の魔王リリスモンとしてのスカウト。

 

「・・・私も確かに理不尽にさらされた側です。でも私の主の考え方はあなたとは違いましたから、あなたの側にはつけません。」

 

タクティモンは毅然とした態度で誘いを断る。

 

「どういうこと?ロードナイトモンは正当な報復なら自ら殺したことも多々ある筈、何が違うの?」

 

「私の主は女王様と王様と、そしてスミレです。何人の恩人が殺されてもスミレは許してなくても堪えてました。スミレから大切なものを奪った世界を、滅ぼすのでなく救いました。」

 

一度闇にも堕ちた、だけど最後には純玲はこっちに戻ってきた。タクティモンはそんな純玲を見てきた。

 

「だから私も堪えようと思うんです。」

 

「・・・ということはやっぱりダメ?」

 

口調を戻したリリスモンがタクティモンに問いかけ、タクティモンは首を縦に振る。

 

「じゃあ力づくでお持ち帰りするしかないのね・・・」

 

「あなたも力づくで帰ってもらうしか無いんですね?」

 

さっきまでが遊びだったと実感させられるほどに空気は冷え込み、リリスモンとタクティモンの視線が正面からぶつかり合う。ティンカーモンはあらためてこれは私の知る世界でないと思う。これを現実だなんて思えないし思いたくない。

 

リリスモンの口から紫色の吐息が放たれればタクティモンはそれを刀で振り払い、タクティモンが突きを放てばリリスモンが金色の腕で受け止め逆の手によるカウンターを、タクティモンはそれを下から軽く叩いて軌道を逸らし足払いをかけにいき、それをリリスモンはほんの数十センチだけ浮いて紙一重で避け、蛇鉄封神丸を引っ張ってタクティモンを自分に寄せ再度紫の息を放つ、タクティモンは背の砲を地面に向けて撃ち吐息の漂う空間を離れて蛇鉄封神丸を奪い返し地面に投げ刺し、隆起する大地の上で第二ラウンドへと移行する。

 

ティンカーモンが目で追えたのは最初の吐息と隆起する大地の動きのみ、他は対峙していることしかわからなかった。

 

ピーターモン、ピーターモン、私はいったいどうすればいいの?ティンカーモンがいくら問いかけてもピーターモンはやっぱり答えてはくれない。さっき死んだと諦めたはずなのにこれ以上死者に問いかけてどうするんだろう。私はピーターモンがいないとそんなに動けないデジモンだったのかとティンカーモンは実感する。

 

昨日までは楽しかったとティンカーモンは思う。弱いデジモン達で集まって、時折襲ってくる強いデジモンをピーターモンが止めて自分が退化させ、そのデジモンも仲間に加えて・・・

 

そんな回想が終わらされたのはタクティモンとリリスモンが何言か交わしてリリスモンが撤退、同時に空を覆っていた魔竜や悪魔達が撤退していったからだ。

 

「・・・とりあえずリリスモンは去りました。ですがここにいるとまた来るかもしれませんし、色々と聞きたいこともあるので一旦私のところであなたの身柄を預かっていいですか?」

 

自らが立てた土の塔から降りてタクティモンはティンカーモンに問いかける。それはタクティモンとしては提案だったがティンカーモンから見れば拒否権はなかった。相手はあのリリスモンを退ける力を持っている、それがなによりティンカーモンを萎縮させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ティンカーモンがタクティモンに連れていかれたのは修理の跡が生々しく残っている白亜の城。それが噂に聞いたロードナイトモンの薔薇城だと紹介されティンカーモンはまた一段と萎縮した。

 

「今はアルファモンに言われて新しいロードナイトモンが生まれてくるまで私と何体かの究極体で運営してます。」

 

幻のロイヤルナイツ、アルファモン。ティンカーモンはおとぎ話でその存在を聞いたことはあったが実在するなんて考えてなかった。そしてそんな存在に任せられた存在であるということがタクティモンの姿をさらに大きく思わせた。

 

怖いよピーターモン、私はいったいどうなるの?ティンカーモンはぎゅっと銛を握りしめる、まだ少しは安心できるように。

 

「今日はもう休むべきでしょう。ただ、実は中はまだ使えない部屋も多いので相部屋になります。一緒の部屋になるルームメイトを紹介します。」

 

「・・・はい。」

 

ルームメイト、もしかして監視なのだろうか。特に悪いことをしたわけでもないとティンカーモンは思っているがリリスモンと友人のように話していたことを考えるとわからなくなってくる。

 

「大丈夫、ちょっと抜けてますけど優しいデジモンですから。」

 

ティンカーモンの不安を別の方向にとらえたタクティモンはそう言って居住スペースではなく厨房の方へと歩いていく。

 

「騎士見習いではなく厨房勤務の人ですし。」

 

確かに騎士見習いよりは厨房勤務の方がまだいいかもしれないとティンカーモンは胸を撫で下ろす。

 

タクティモンは金属製の厨房の扉に耳を当て、ちょっと私の後ろから動かないでくださいと前置きしてから扉を開けた。

 

――ダダンッ

 

――ガガッ

 

二発の銃弾をタクティモンが入りながら受け止める。跳弾すらさせずに完璧に衝撃を吸収しきるその技術はもはや神業のレベルでティンカーモンはやすやすと行っていることを恐ろしく感じた。

 

「ノワール。厨房で銃を撃つ時は出入り口の方に行かないようにって決めたじゃないですか。」

 

出入り口に行かなければいいのかとティンカーモンは言いたかったが銃を構える黒い修道女、シスタモン ノワールもタクティモンも怖かったので静かにタクティモンの後ろに隠れていることにした。

 

「だって暴力根暗マンサーがまともに料理してるんだもん。もしかしたら銃声聞けば元気になるかなって・・・」

 

まともに料理しちゃダメなのと出かけた言葉をティンカーモンは飲みこんだ。ノワールが指差した包帯男、マミーモンがいかにも逆らっちゃダメな人風な空気を醸し出していたうえにその料理があまりに美しく盛り付けられていてなんだかギャップが怖かったのだ。

 

「何回目ですかその言い訳・・・スミレがいなくなってから四か月、ずっとそんな感じじゃないですか。もういまさらですよ。」

 

「そうです!姉さんはただストレス発散したいだけでしょう!!」

 

「ストレス発散したいなら私の部屋に来ればー?私がとーっても楽しいことしてあげるからー・・・ハァハァ・・・」

 

白い修道女、ブランが頬を可愛らしく膨らませながらノワールを叱ればリリモンが息を荒げながらノワールに後ろから抱きつく。そこにいたのは紛れもなく変t・・・変態と言う名の淑女だった。

 

――ガンッ

 

そのリリモンはマシンガンで側頭部を殴られ、殴った張本人のマミーモンは自身の盛り付けを否定するかのようにフォークを料理の真ん中に突き刺し、ワンテンポ置いてふらりと立ち上がった。

 

「・・・で、タクティモン、今日は何の用だぁ?俺は忙しいんだ手短にしてくれ。」

 

「失恋のショックを料理に八つ当たりするのにー?マミーモンショック受けると料理に集中するよねー。その時だけはちゃんと料理長なんだからーッ!?」

 

――ガンッ

 

「俺は失恋なんてしてねぇ。ただスミレがいなくなって若干ものたりねぇだけだ。」

 

マミーモンはリリモンを壁に押し付けそのこめかみに銃口を突きつけながら言う。

 

そして一連の流れにティンカーモンはついていけなくて猛烈に家に帰りたくなった。だが、もう帰る家が無く仮に家があっても帰る場所が亡くなったのが思い出されてティンカーモンはぐっと歯を食いしばる。

 

「・・・またリリスモンが出まして。というわけでクルエルはどこにいますか?」

 

「もうすぐ畑から戻ってくると思うけど。その子、クルエルに任せて大丈夫?」

 

魔女のような姿をしたデジモン、ウィッチモンがマミーモン達に変わって答える。その表情はかなり心配そうでティンカーモンは少し不安を覚える。

 

「大丈夫じゃないですか?少なくとも悪い性格はしてませんし。」

 

「でもクルエルは・・・襲うかもしれないわよ?」

 

「後一週間は大丈夫だと思いますけど・・・」

 

タクティモンとウィッチモンの会話にティンカーモンの中には不安だけが募る。

 

「・・・よかったら私のとこで引き受けようか?そっちの方が無難でしょ。」

 

ティンカーモンはすかさず頷いた。よくわからないけど襲われるのは怖かった。

 

「じゃあお願いします。しかし一応紹介だけはしておいて下さい。」

 

わかってると言ってウィッチモンはティンカーモンに来い来いと手招きする。ティンカーモンは少し怯えながらそのままウィッチモンの調理台まで付いていく。

 

「・・・大変だったんでしょ。なにか飲めばいいわ。」

 

なにかと言われてもティンカーモンは何を飲んでいいかわからない。それに調理台には濃厚そうなシチューしかない。

 

「あ、あの・・・」

 

「あぁ、ちょっと待ってて・・・」

 

ブラン、フルーツちょっと分けてとウィッチモンが言って指を動かすとブランの調理台から幾つかの果物がウィッチモンの大きな手のひらに収まる。

 

調理台の上にある機械でそれを搾るのだろうかとティンカーモンは思ったのだがウィッチモンはそれを握った。

 

――ブヂュッ

 

そして潰した。

 

リリスモンはもちろん怖かった。リリスモンと互角に戦うタクティモンも怖かった。厨房で銃を撃つノワールも、マシンガンで躊躇なく殴るマミーモンも怖かった。リリモンも違う意味で怖かった。

 

だがティンカーモンは直接誰かが死ぬところを見た訳じゃなかった。今も見てはいない。しかしティンカーモンと果物のサイズはかなり近い。

 

もしもあれが自分だったらと考えてしまうと恐怖の度合いは一つ抜きん出る。

 

「あ、ぁあ?ぁぁあっ?」

 

ティンカーモンの体は震え、言葉にならない言葉が口から漏れる。それはあたかも何かの発作のようだった。

 

「・・・ミスった。」

 

ウィッチモンが頭を押さえながらジュースをコップに注ぎユキダルモンを目で探す。どう対応すればいいのかユキダルモンならわかるだろうとウィッチモンは思った。

 

「とりあえず落ち着いて・・・」

 

伸ばされた大きな手はティンカーモンには恐怖でしかない。心なしかリリスモンの毒手とも似ているし今まさに果物を握り潰した手だ。それが伸ばされて来てティンカーモンが取った行動は逃亡だった。

 

小さな体を最大限生かして物と物、デジモンとデジモンの隙間を器用にすり抜けて一目散に出口へと向かう。ただ頭の中が逃げることと恐怖で占められていたティンカーモンはタイミングよく少し扉が開いたのを勝機だと思った。普通に考えれば誰かが入ってくるということは想像がつくはずなのに。

 

――ボスッ

 

ティンカーモンは何か柔らかいものに体を思いっきりぶつけ、そしてそれに埋まった。

 

体を精一杯捩ってその柔らかい何かを押しのけてどうにか抜け出そうともがくがなかなか抜けられずさらにもがく。

 

「ふぅぁっ!?」

 

その時何かの外側からティンカーモンの耳にかわいらしい声が響いてくる。それに余計にパニックに陥りティンカーモンが暴れるとその声は次第に大きくなって行きティンカーモンはさらに暴れる。

 

「ブ、ブラン助けてなのです!お肉がぐにゃぐにゃになってるのです!」

 

入ってきていたのはクルエルだった。ただその姿はサングルゥモンではない、マタドゥルモンでもなく、もちろんグランドラクモンでもない。全く別、獣ではあるが四足では無く、舞を踊るが刃物を持たない。猫の獣人の舞踏家、いや、舞姫と言うべき姿をしていた。

 

純玲がいなくなって一か月ほど経った頃、クルエルはバステモンというデジモンに進化した。何故マタドゥルモンに進化しなかったのか、マミーモンとアルファモンの見解は体がクルエルを受け入れたのではないかというものだった。

 

純玲が進化させていたのはあくまでサングルゥモンだった。だからマタドゥルモンに進化したし最終的に純玲の感情が適した形になったとは言えグランドラクモンに進化した。それは主となる魂がクルエルのそれに変わり、肉体とのリンクがちゃんとつながったため、魂の性質とでもいうべきものが進化に反映されたのではないかということ。これは体がクルエルのものになったということで、この肉体とグランドラクモンの呪われたつながりが消えたことでもある。

 

この説明を聞いて最初のクルエルの反応はこれでグランドラクモンは救われたのです?だった。まだグランドラクモンの代わりにクルエルが不死になってしまう可能性は残っていたのだがクルエルが気にしたのはグランドラクモンのことだった。

 

「ふぁぅっ!?ブラン、これ、なんだか、変なのです!助けて欲しいのです!!」

 

クルエルが涙目でブランの方を見ると何故かリリモンが立ちふさがっていた。

 

「リリモンはなんで邪魔するです!」

 

ブランが痺れを切らして愛用の三つ又鉾を構えるとリリモンはそれを蹴りあげて弾き飛ばし軽く跳んでそれをキャッチした。

 

「声だけ聞いてみるとねー・・・なんかエロいのよー?」

 

「なにいってるんです!?せっかくの極上肉が中からぐにゃぐにゃになっちゃってるだけです!」

 

ブランがクルエルの胸のあたりを指さして訴える。

 

クルエルが畑から収穫して抱えて持ってきた極上肉と言われる肉。そこにティンカーモンは突っ込んでいた。この城内出で取れる贖罪としては最高級のものでダメにしたとなると騎士見習い達の落胆の声が聞こえてきそうになる一品でもある。

 

「確かにあのお肉は極上よねー・・・食べちゃいたいなー・・・」

 

リリモンはブランの指の先を見てうっとりとしながらそう言った。それになんだか知らないけど話が通じてないことだけはひしひしと感じたブランは誰かに助けを求めようと周りを見回す。

 

ウィッチモンはティンカーモンを怖がらせた張本人、ノワールはストレス発散のために模擬戦してくると言って厨房から出て行ってしまった。リリモンに対抗できそうなデジモンというと後はお母さんなユキダルモンかマミーモンしかいない、だがユキダルモンはある意味厨房の要と言ってもいい冷蔵庫係、呼んだら厨房の機能が止まる。

 

消去法で辿り着いたのはマミーモン。ブランが視線を向けるとまた妙に凝った美しい盛り付けをしていたマミーモンは視線に気づいて今度はナイフを料理に突き刺しながら立った。

 

――バキッ

 

無言で振るわれたマミーモンの右ストレートををリリモンが避けながら下から蹴り上げてのカウンター、を紙一重で避けてのマミーモンのヘッドバッド。瞬きする間もない一瞬の攻防、下手な完全体にはその動きを捉えることができたか怪しいレベル。

 

正直に言うとリリモンという種族の平均値から考えると最初の右ストレートの時点でカウンターに移行できるはずがない、そしてマミーモンの種族の平均値から考えるとそのカウンターを避けつつヘッドバッドなどというのもまた不可能。純玲の下着を掛けたムシャモン、セクハラを拒否されたウィッチモン、厨房で暴れすぎて介入してきたロードナイトモン、妹のためなら時に完全体を凌駕するノワール達との死闘の数々がこの二体を平均値を大幅に超えた実力者へと成長させていた。

 

だが力の振るうポイントがおかしい。

 

「もー、マミーモンは。純玲がいなくなったからって本気出さなくてもー。」

 

「うるせぇ。」

 

マミーモンとリリモンの格闘戦はさらに勢いを増し、拳と拳、脚と脚がぶつかり合い火花が舞う程の攻防が始まる。騎士見習い達が見たらお前が騎士やれよということ間違いなしだ。そしてそれが示すのはブランがクルエルのところに行く道がふさがれたということである。

 

「クルエル!とりあえず極上肉を置くです!!」

 

ブランが叫ぶがクルエルは未だパニックになっていて気づいてない。

 

そんな中でティンカーモンがやっと極上肉からべとべとになりながらも抜け出した。抜け出し、外の空気を吸って少し冷静になったティンカーモンはクルエルを視界にとらえても今度は逃げなかった。

 

「・・・こんにちは、なのです?」

 

「・・・こんにちは。」

 

お互いにわけのわからない状況だった。クルエルからしたら厨房に入ったら極上肉が暴れだし、中から生まれたように見えた。ティンカーモンはある程度状況を把握してたが気が付いたら厨房の中で戦闘が始まっている。

 

「え、と。ティンカーモン、って言います。その、ちょっとお邪魔させてもらってて・・・」

 

「あ、クルエルはクルエルなのです。」

 

ティンカーモンはまたもや混乱した。一瞬一人称がクルエルだということがわからなかったので何を言っているのかわかってなかった。

 

「あの、種族は・・・」

 

「種族はバステモンでクルエルは個体名なのです。よろしくお願いするのです。」

 

クルエルが落ちかけた極上肉を胸に押し付けるような形で抑えつつ長い爪の生えた左手の先だけをティンカーモンの方へと笑顔で向ける。一瞬それにびくりとしたティンカーモンだったが両手でその爪を掴んでぺこりと頭を下げた。

 

「お願いします・・・」

 

そう言ってティンカーモンは思い出す。さっきタクティモンが言ってた最初に任せようとしたデジモンをクルエルと呼んでいなかったか?そしてウィッチモンは襲うかもしれないって言ってたような・・・

 

「あー、大丈夫よ。クルエルは血が切れると血が欲しいーって唸りだすけど十日に一回ぐらいしかそうならないから。」

 

ウィッチモンがそんなティンカーモンの後ろに陣取って後ずさったティンカーモンをキャッチした。

 

「それもほんの一舐め二舐めで大丈夫なのです。だから怯えなくて大丈夫なのです。」

 

これもクルエルが主となった影響だとマミーモンとアルファモンは考えた。魂の性質が肉体に影響するようにまた、肉体の性質も多分に発揮される。吸血デジモンだったのに今までクルエルに吸血衝動が芽生えていなかったのがそもそもおかしかったのだ。ただ、あくまでクルエルの性質も影響しているのでその量は非常に少ない。一舐め二舐めは多少大げさであるが大さじ一杯二杯ぐらいを摂取すればいい。

 

ただティンカーモンのサイズで考えるとこの大きさのデジモンの一舐め二舐めはそこそこ危険な量に感じられる。だからもうすでに背中はウィッチモンの掌に当たっているにもかかわらずティンカーモンは全力で後ずさりぐいぐい押しつけるような形になっていた。

 

「何なら今飲むから気にしないで欲しいのです。ブラン、お願いなのです!」

 

「へ?」

 

なんとかマミーモンとリリモンの闘いを切り抜けてきたブランがクルエルに聞き返す。

 

「一昨日飲んだばかりで悪いのですけど血を飲ませて欲しいのです!」

 

「いいですけどもう欲しくなってきたです?」

 

「ティンカーモンに怖がられたくないのです!」

 

ティンカーモンが見ている内にあれよあれよと話が進み、クルエルが口の中に生えているするどい牙をギラリときらめかせブランに近寄っていった。ティンカーモンはそれを見て首筋に牙を突き立てるのかと少し怖くなりあんなに怯えていたウィッチモンの指に縋りつくようにしていた。

 

ただそんなことはなくてクルエルは物語の王子様がお姫様にするように手を取って指先を軽く齧って血を出させてから口に含んだ。ちなみにその時リリモンはそれに気を取られてマミーモンのボディーブローを喰らうことになった。

 

「・・・結構長い。」

 

一分ほど経った頃ティンカーモンがそう呟いた。確かに一分間ずっと吸い続けているなら結構な量を飲んでいることになるだろう。ただクルエルの場合流れてくる分だけしか飲んでいないから長くなっているだけだ。だったら大きな傷をつければいいのにそれも嫌いなので小さくしか傷をつけない。

 

「あれ、クルエル一昨日も飲んだのに今日も飲んでるの?うらやま・・・じゃなくてどうかしたの?」

 

体に多少の傷を負ったノワールが厨房に入ってくる。厨房の面々にとっては日常のノワールだったがティンカーモンにとってはかなり危ない人に思えた。

 

「クルエルが襲わないってティンカーモンに納得させるためにね。逆に不安にさせてるように見えなくもないけど。」

 

ティンカーモンはさっきよりはまだ安心してた。ブランが普通に猫をあやすみたいに指をくわえるクルエルののどの辺りを弄んでいた。とりあえずこの厨房で今まで見てきた中で一番まともに見えたブランがリラックスして接しているのだから大丈夫かなと思えた。

 

ただティンカーモンにの中にあまり一緒にいたいという気はない。でもウィッチモンもマミーモンも怖い、リリモンも何か違う意味で怖い。他のデジモン達はそもそも知らないということでティンカーモンは何とかブランと相部屋になれたらと思ったがノワールを姉さんと言っていたから相部屋なんだろうなとも思った。

 

「ところでさっきはティンカーモンのことは私がいったん引き受けるって話になってたけど・・・どうする?」

 

ティンカーモンは考える。ウィッチモンとクルエル以外は論外。ウィッチモンは多分いいデジモンなんだろう、だけどやっぱり少し怖い。一方でクルエルはもう血を飲み終わったのにも関わらずずっと気持ち良さそうに喉をごろごろされていて怖いという気が起きない。

 

「じゃあ、クルエル・・・さんで。」

 

ティンカーモンがウィッチモンにそう言うとクルエルが今度はブランに後ろから抱きつくいわゆるあすなろ抱きをした状態でとことこと二人して近づいてくる。ちなみにそれを見てノワールは羨ましいと指を噛み、リリモンはマミーモンにチョークスリーパーをかけられていた。

 

「何の話なのです?」

 

「です?」

 

クルエルが言いながらこてんと首を傾げるとそれに続いてブランも首をこてんと傾げる。それを見てノワールはこれは可愛いと網膜にブランの姿を焼き付け、リリモンはちょうどマミーモンに首をごきっと折られそうになっていた。

 

「ティンカーモンは多分数日はここにいることになるからその泊まり先を・・・」

 

ノワールが言いきる前にクルエルの手がティンカーモンに伸びて捕獲した。

 

「だったらクルエルの部屋に来て欲しいのです!!」

 

ちなみにその時我慢できずにクルエル達に飛びつこうとしていたリリモンはマミーモンに包帯で捕獲されて地面に叩きつけられていた。

 

あまりにも騒がしい厨房の面々にティンカーモンはふと賑やかだった自分達の村を思い出した。私達だってただ楽しくやってただけなのに、何でこんな理不尽な目に合わなきゃいけないんだ。なんでこのデジモン達は私がこんな風に笑っていていいんだろう。

 

クルエル達の事情をティンカーモンは知らない。だからこそ思った事でどこに怒りの矛先を向ければいいのかわからないティンカーモンの防衛策だった。

 

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