ティンカーモンは数日城で暮らしてストレスが溜まっているのを感じていた。まずタクティモンが一向に城に戻ってこないから村に関する情報が何もない、そしてクルエルの対応もティンカーモンを苛立たせた。
気遣いして身の上話を聞いて、ティンカーモンと気が合いそうなデジモンに積極的に紹介していって、小さいながらも厨房での仕事を任せて、親切すぎるぐらいに親切で優しすぎるぐらいに優しくて気が付けば城の中にティンカーモンの居場所が作られるほどになっていた。
自分が笑っていられるような状況を作ってくれて一緒に笑ってくれている。でもティンカーモンにとって一緒に笑ってくれる相手というのはピーターモンであってクルエルではないという意識がある。だから違うと思ってイライラしてしまうのだ、クルエルが悪いわけじゃ無いとわかっているのにも関わらず。
ティンカーモンはピーターモンが生きているのではないかという期待を捨てきれずにいる。ティンカーモンが見たものだけを考えればそれがどれぐらい非現実的なことであるかわかっている筈なのに目を背けて、クルエルのこと以外にもそれを思い知らされそうなことからは目を背けた。
ただそれにティンカーモンは気づかない。だから頭の中で彼女は無茶苦茶な理由をこじつけた。
自分の方が辛い目に遭っているのに自分が幸せになれないでこいつらが幸せなのはおかしい。自分と同じように何か訳があってここにいるのだという可能性からも目を背けていた。
今ティンカーモンはクルエルの部屋の窓枠に座って空を薄く覆っている雲の裏にぼんやりと移る月を見ていた。この城に来てから寝るとふとピーターモンがリリスモンの毒手でボロボロにされて死ぬ夢を見る。それでどうしても眠る気にはなれなかった。
そんなティンカーモンの視界の端でクルエルはベッドの中で少しアホっぽく口を開けて寝ている。それはとても幸せそうでさらにティンカーモンの心を苛立たせる。
「なんであんたはそんな幸せそうに・・・」
口から漏れ出た言葉は意図していなかったにも関わらず恨み言のようになって傍らに置いてある銛に自然と手が伸びて逆手で掴んでいた。
ティンカーモンがもう一度クルエルを見るとそんな気配には一切気が付かずにやっぱりのんきな顔で寝ている。
今ならいくら実力に差がある完全体でも首を一突きするだけで簡単に殺すことができる。ピーターモンがいるべき場所にいてしまっているクルエルを殺せばピーターモンがいる場所が戻ってくる。なら、クルエルを殺せば・・・
ティンカーモンの疲れ切った頭は自分の思考がどう考えてもおかしい方に向かってしまっていることにも気づかずに片手だけでなく両手でしっかりと銛を持ち背中の翅でふわりと宙に浮いた。
――ベキッ
「おい、そいつを殺してもただお前が俺に殺されるだけだぞ。」
ふと鍵のかかったクルエルの部屋の扉がこじ開けられて隙間から黒い爪が三本とぱっくりと裂け目の入ったような黄色い目がティンカーモンの姿を捉えていた。
ぎりぎりと扉が開けられてそこには厨房の時のそれとは違う表情のマミーモンが立っていた。リリモンと戦っていた時のそれもそれなりに恐ろしい表情ではあったのだが明らかに違う。殺意以外の意志が全て抜け落ちたかのような感情の無い表情。さらにはリリスモンやタクティモンのそれのような体が凍りつく威圧感を出していて、自分に向けられている分それはタクティモンやリリスモンのそれよりも恐ろしいとティンカーモンは感じた。
「あ、ぁ・・・?」
無理やり冷水をかけられるような形で自分のやっている行動を自覚させられたティンカーモンは銛を振るえる体に寄せるようにして怯えた表情でマミーモンを見た。ただそれはマミーモンのプレッシャーを正面から受け止めることで、ティンカーモンはついにそれに耐えきれなくなって銛を落として地面に落ちた。
「俺はお前に何があったかなんて知らねぇ、ただお前はここにいる奴ら全員それなりのことを経験をしてることもお前より辛い目に遭ったやつもいることも知らねぇ。」
マミーモンの言葉にティンカーモンはイラつく気持ちが抑えられずそれは怯えを上回って銛を拾った。勝てるわけも無いのに一時的な怒りがティンカーモンを立ち上がらせた。
「私はっ・・・ぐっ」
マミーモンはティンカーモンに包帯を巻きつけて引き摺りクルエルの部屋を後にして厨房に放り込んだ。
「何か言いたいことがあるならちゃんと聞いてやる、だけど変なことはするな、面倒でしかたねぇ。」
調理台の上で途中までしていたらしい食材の仕込みをし始める。しかし視線は食材の方に行き表情も普段のそれに変わりプレッシャーも消えたものの意識はティンカーモンから逸らされることはない。
「・・・私は一番大事な相手を失ってしまって!」
ティンカーモンの脳裏をよぎるのは壊れた窓からちらりと見えた風に流されるピーターモンの緑色の帽子と夢に見たリリスモンに殺されるピーターモンの姿、そして笑いかけてくれていた健在な姿のピーターモン。ティンカーモンの心を占めるピーターモンへの強い愛情は口に出したこともあってより強くティンカーモンの心を締め付ける。
「居場所も失ってしまって!」
ピーターモンと一緒にいた時の幼年期、成長期だらけの村。あそこが自分の世界だったのにとティンカーモンは思う、ここは自分がいる世界じゃないんだと、マミーモン達の暴力的で騒がしい日常風景にはどうしてもなじめる気がしない。言ってしまって自分はまるで独りなんだとティンカーモンは感じた。
「なのになんであんた達は楽しんでて良くてこれだけ辛い目に遭った私はまだつらい気分でいなきゃいけないの!!」
ティンカーモンの叫んだことは理屈の通っていないわけのわからないようなものだったが境遇だけ見れば少しぐらいは同情を受けるぐらいのことはあってもいいようなものだった。
「・・・で?結局お前はどうしてぇんだ?」
マミーモンは作業の手を止めてティンカーモンを睨みつける。
「それぐらいのことで腐りやがって自暴自棄になって挙句の果てにその大切な相手とやらがいたところに今いるクルエル殺せばその大切な相手が戻ってくるとでも思ってたのか?」
厨房の壁に立てかけられていたマシンガンをマミーモンは手に取って銃口をティンカーモンに突き付ける。
「それはお前にとって辛いだろうし苦しいだろうが、八つ当たりすんな。もっと苦しんで受け入れろ。他の奴の気持ちなんて理解できねぇし外に発散しても何の解決にもならねぇ、余計に苦しむことになるだけだ。」
そう言ってマシンガンの銃口でティンカーモンの頭を小突く。スミレにも言った言葉、受け入れなかった純玲と八つ当たりするティンカーモン、厳しく言うか優しく言うかの違いはあれどあくまでマミーモンの考え方は変わらない。
少しぽかんとしながらもでもどうしようもないじゃないとポツリと呟いたティンカーモンにマミーモンはマシンガンを捨ててティンカーモンを摘み上げもう片方の手を開いてその上に落した。
「俺は八つ当たりすんなって言っただけだ。受け入れるために誰かに話聞いて欲しいってんなら誰でも聞いてくれる、俺だって聞いてやってもいい。後、居場所がねぇって言ってたけどここは去る者は拒まねぇし来るものは何でも受け入れる、お前がここに居場所が欲しいと思ったらここにお前の居場所はちゃんとある。」
爪の先でティンカーモンの頭をぐりぐりと乱暴に撫でながらむしろサボる口実になるから俺に相談しろとマミーモンは言ってさらにぐしゃぐしゃと撫でる。
「それ、マミーモンがサボりたいだけなんじゃ・・・」
ティンカーモンは呆れながら小さく笑った。ここに来てから初めて愛想笑いとかじゃない、ふっと出た自然な笑いだった。
「ちげぇよ、お前がちゃんと大人になれるように協力してやるって言ってんだ。クソガキ。」
大人になれるように。ティンカーモンとピーターモンは大人になることを否定するような生活をしていた、本当はそんな風に全員進化しないでずっと子供のままでいるということにティンカーモンは少し違和感があったし進化して得られるだろう大きな体もそうだし変化することにも少し憧れがあった。
ピーターモンはずっと子供でいようと言っていて成長期以下のデジモン達には優しかったけれど進化したいというデジモン達は容赦なく村から追いだしていた。それを見ていたからティンカーモンはピーターモンと一緒にいたかったけれど憧れも望みも口に出すことはなかったし、むしろいけない事なんじゃないかとすら思っていた。
「私、大人になってもいいの・・・?」
「はぁ?駄目な訳がないだろが、とっとと大人になれ、進化しろ、厨房にいるにしても村に戻るにしてもそんな爪楊枝みたいな腕でやってけるのか?」
あっさりと自身の内の常識を否定されてティンカーモンは過去のことがまるで何でもない事であったかのような感じがして、それと同時になんでピーターモンのことが好きだったんだろうというような気もしてきていた。
あの村の中でピーターモンは唯一の成熟期で一番強くてかっこよくて・・・良い点を上げている筈なのにじゃあ目の前のマミーモンやタクティモン、リリスモンと比べたら強くも無いしかっこよくも無いし究極体、完全体でもないしとどんどんピーターモンが小さくなっていく。しかもいいところをとティンカーモンは考えてみたのにそうやって考えてみるとピーターモンはティンカーモンを自分が一番であるための道具として使っていたんじゃないかという気にすらさせる。
ティンカーモンが真正面から見ようとしていなかったのはピーターモンの死では無くピーターモンそのものだった。死を受け入れれば自然とピーターモンはどんなデジモンだったのかと考えることになる、そしてピーターモンがティンカーモンが恋しているピーターモン像と食い違ってしまっていることに気づいてしまう。それゆえに深く掘り下げずに周りへと注目した。
ティンカーモンのこれまでの生活はピーターモンありきのもので、ピーターモンはティンカーモンの生活の中心にあった。他のデジモン達が嫌いだった訳じゃないけどティンカーモンの中のピーターモンの価値が下がってしまうと今までの生活の価値もまた急降下すしてしまい、リリスモンに壊されたことに対する怒りも一気に下火になる。
じゃあ、自分は何にイラついてなんで悲しくなってと一気に張っていた気が緩んで落ちる。マミーモンにちょっと笑わされたほんの少しの緩みじゃなくて張っていた物自体が落ちた。すると何もかもが緩んでマミーモンの掌の上でヘタッと座り込みほろほろと涙がこぼれ落ちた。
「・・・マミーモンがティンカーモンを泣かせてるのです。ティンカーモンをいじめちゃダメなのです!」
いつの間にやら厨房の入り口のところに立っていたクルエルがマミーモンを見てそう呟いて非難するような可哀想な物を見るような目をマミーモンへと向けている。
「・・・泣かせてねぇ、勝手に泣いただけだ。」
「マミーモンはスミレのことも泣かせてたのです!スミレ以外に他の女の子達も何度も泣かされたって言ってたのです!!」
長い三本の爪を振りかざしてはいるものの口調と雰囲気に覇気がないために全然怖くない威嚇をするクルエルにマミーモンはティンカーモンを近くの調理台にそっと下ろしてクルエルに近づき頭に軽くチョップした。
「スミレ以外っつってもお前ぐらいだしお前もスミレも勝手に泣いたんだろぉが!」
「スミレがいなくなった直後にスミレのことばっかり話してたらそりゃ泣くのです!マミーモンはデリカシーが足りないのです!!」
「知るか!だいたいなんでここにいるんだこの猫が!」
「クルエルはふと起きたら扉が壊れててマミーモンとティンカーモンの匂いが残っていたからティンカーモンの匂いを辿ってきたのです!そしたら案の定ティンカーモンが泣かされてたのです!!マミーモンの方こそなんでクルエルの部屋のドアを壊したのです!?」
「死霊がお前が危ねぇって言ったから行ったら鍵が閉まってたから壊した、なんか悪ぃか!?」
「ノックぐらいしてから入って欲しいのです!だからデリカシーが足りないのです!!」
言い争う二人を見ながらなんとなく温かいものが胸に満ちていくのをティンカーモンは感じる。ティンカーモンはピーターモンに尽くすような生活をしていた、でも目の前で今クルエルは話が逸れていっているがティンカーモンのために怒ってくれている。それが少し嬉しくてティンカーモンは翅を羽ばたかせてマミーモンの方にふわりと飛び移った。
「とにかく、ティンカーモンをいじめたらマミーモンの血を吸い尽くすのです!ッ痛いのです!!何回も叩かないで欲しいのです!!」
再度覇気のない威嚇をしながら恐ろしいことを言うクルエルにマミーモンは一度ため息を吐いてから無言で何度もチョップをする。
「だから俺はいじめてねぇっつってんだろが、こいつに聞け。」
マミーモンの方に飛んでいっていたティンカーモンのポニーテールを摘み上げてクルエルの目の前に持っていく。
「私はマミーモンに相談乗ってもらってただけなんで大丈夫です。で、今日からマミーモンの部屋にお世話になることにしまーす。」
ティンカーモンはマミーモンの爪を振り払って肩の黒い角に寄りかかるように座ってクルエルにそう言った。
「おい待て、そんな話初耳だぞクソガキ。」
「嫌だと言っても行くので。」
「大丈夫なのです?いじめられたらすぐにクルエルに言うので・・・」
頭痛ぇ・・・と頭を抱えるマミーモンの周りをティンカーモンが飛び回り、急に眠くなったらしいクルエルがふらりとマミーモンにもたれかかって眠り出す。
「・・・ベッドで寝てろっつーの。」
言葉では乱雑だが優しい手つきでお姫様抱っこしてきたクルエルをベッドに横たえて毛布を掛け、ついでにカーテンも閉める。
「話してるうちに眠りますかねー、普通。」
「当たり前に肩に止まるなクソガキ・・・」
「嫌です、ピーターモンよりはかっこいいし。」
「お前キャラが固まってねぇな・・・」
うろちょろと周りを飛び回ったり肩に止まったりするティンカーモンを適当に追い払おうとしながらマミーモンは部屋を出て行き、クルエルはそれを足音で確認してうっすらと目を開いた。
この部屋は純玲とクルエルの二人部屋だった。ムシャモンがいたりリリモンが下着泥に入ったり、ウィッチモンの使い魔が迷い込んで来たり、シスタモン姉妹が遊びに来たり純玲との思い出のある部屋。クルエルはもう純玲がいない生活に慣れてはいたけれど、また二人になってそして一人になると少し純玲がいなくなった時の気持ちを思い出してしまう。
最後、純玲ときっちりと別れたクルエルだったけれどその場では悲しくなくても部屋に戻って、厨房に入って、マミーモンが純玲に文句を言うのを聞いて、それに色々な反応を見せる厨房の面々を見て、少しも悲しい気分にならないわけがなかった。
「スミレは・・・今、何をしてるのです?」
クルエルはそう呟いて毛布に顔を埋める。どうせ応えなんて来るわけないとクルエルもわかっているのだけれどそれでも口に出してみたい時というものはあって。
「クルエルはスミレがいなくても毎日楽しいのです・・・でも、時々・・・」
スミレがいてくれたらいいのにと思うことがあるのです、そう言おうとしてクルエルは飲みこんだ。
ロードナイトモンの説明の通りなら本来純玲はこの世界に来る筈じゃなかった、だけど何故この世界に来てしまったのか、それはクルエルの中にわずかに残っている久瑠実が純玲と一緒にいたいと思ったからなんじゃないかと、そして純玲もそれに応えたからなんじゃないかと。だとするならば純玲に伝わらないとはわかっていてもそういうことを不用意に口に出すべきじゃないんじゃないかと考えた。
クルエルは純玲にもう一度会いたい、また一緒にいたい。だけどそのために純玲を不幸にするわけにはいかない、普通に考えたなら純玲には届かないのだから馬鹿げた理由ではあるがデジヴァイスのような機械もあるのだから絶対にないとは言い切れない。
無理やりにクルエルは瞼を閉じる。スミレのことを忘れたくはないけれどこの悲しい気持ちはちょっとの間でいいから忘れていたいと思う。
でもそう考えれば考える程にクルエルの頭の中は純玲で占められていく、純玲との思い出や今の純玲がどうしているかの想像が果てしなく湧き上がってくる。
幸せそうな純玲がいる良い想像もあれば冴才にいじめられているような・・・それはクルエルも想像できないけれど悪い想像もあって、考えないようにしようとすればするほど考えてしまう、それもいい想像よりも悪い想像の方がより多く。
結局クルエルはその後眠ることができず、眠い目を擦りながら朝厨房に出て朝食を作ることになった。騎士デジモン達は数も多ければ食べる量も多い、クルエルが担当するのが純玲の後釜で比較的量の少ないデザートのところだとは言っても騎士達も甘い物が嫌いな訳ではなく、ロードナイトモンの影響で力が入っているので朝食にも様々なデザートが提供されることになる。
「むー・・・眠いのです、お腹も空いたのです。」
「クルエル、超電磁レモンとオレンジバナナ間違えてるよ。」
疲れが抜けきっていない上に空腹、そんな状態で仕事をしているものだからミスをするのも当然と言えば当然なのかもしれない。ノワールに言われてオレンジバナナの皮をすりおろそうとしていたクルエルは間違えちゃったのですとヘビーイチゴを手に取る。
「ヘビーイチゴはすりおろそうとしたら握力で潰れるから」
――ブチュッ
「・・・やっちゃったのです。」
クルエルの頬や爪を赤い液体がつーっと流れて落ちる、吸血デジモンであるということも相まって猟奇的で狂気的な印象を与えないことも無いが実質はただのドジなので特に怯えるようなことはない。
「夜ちゃんと眠れなかったです?」
「むー・・・」
ブランが聞くとクルエルは爪や指についた果肉や果汁を舐めながら眠いのか目を細める。絵面だけ見たならば普通恥じらうような露出度の高い格好をした猫耳の女性が虚ろげな目をして赤い駅の滴る自らの指に長い舌を這わせている妖しく美しく艶やかに見えなくもない。実情はともかく絵面は妖艶と言っていい。
そしてそんな時に出現するのが厨房に存在する百合の妖精である。
「クールーエールー?私が綺麗にしてあげようかー?」
――ガンッ
「やめやがれ。」
どこからともなく背後を取ったマミーモンがマシンガンでリリモンの後頭部を殴って気絶させ、おまけと言わんばかりにリリモンの調理台へと投げる。
「投げちゃっていいんですかー?かなり痛そうですけど。」
「耳元で言うなうるせぇ、というか働け。」
「マミーモンこそ昨日までは働いてたのに働いてないじゃないですかー。」
「料理長の仕事はお前ら働かせることだから問題ねぇ。」
ティンカーモンと軽くこと版もジャブを打ち合いながらマミーモンは自分の調理台に戻り肉をサンドバックにして殴り出す。また働かなくなったマミーモンに厨房の面々はほっとしたような惜しかったような微妙な表情を見せているがクルエルはもう目が閉じてしまっているのでそれに気づいてすらいない。
「クルエルー、寝てると口に超電磁レモン搾るよ?」
そんなクルエルにノワールが冗談でなく本気で超電磁レモンをクルエルの口へと運ぼうとする。まずいわけではないのだが酸味も強く、電気が流れるような感覚も引き起こす超電磁レモンは直接食べたり舐めたりするには刺激が強い。
「・・・スミレ、超電磁レモンは痺れるから嫌なのです。」
半ば寝ぼけてながらクルエルはノワールの手から超電磁レモンを奪い、気絶状態から覚醒してクルエルの後ろに迫っていたリリモンの口に捻じ込む。
「クルエル・・・私はスミレじゃなくてノワールよ。若干似てなくもないけど。」
ノワールは痺れながらクルエルの代わりにブランへと魔の手を伸ばすリリモンの顔面に拳を叩きこみつつクルエルの間違いを訂正する。
「むぅ、眠いのです、お布団がクルエルを呼んでいるのです・・・」
「クルエル・・・私はお布団じゃなくてブランです。早く仕事に戻って欲しいです・・・」
仕事を放棄してブランに抱き着いたクルエルを押しのけてブランとノワールは作業を続ける。実を言うとクルエルが純玲恋しさに寝不足になり、ノワールを純玲と間違え、あまりの眠たさに白い服のブランを布団と間違えて抱き着き仕事を停止する。この一連の流れはすでに何度か繰り返されている流れだったりする。瓦礫の中から皆で撮った写真や純玲の着ていた服、ノワールのスミレっぽい行動等、何かしらのきっかけでこういう流れが繰り返されているのだ。
「今日のまかない係はクルエルなのにこれじゃ私達が作るしかないわね。」
「姉さん、まかないの前に今やる事やらないとだめです。ちゃんと仕事して欲しいです。」
「クルエルは・・・寝かせて置こうか。」
「もうすぐ一段落するから多分大丈夫です。」
ブランに言われてノワールも多少めんどくさそうな感じではあるが仕事を再開する。今日も厨房は騒がしく愉快な空気で満ちていた。