妙に静かだ。曇っているせいで夕方にもかかわらず真っ暗なのも一役買っているのは間違いない。
しかしそれ以上に普段ならこの時間帯は学校帰りの高校生や値引きシール目当ての主婦、近くのスポーツ少年団なんか、つまりは人間が自分以外いないこと。これが大きいと思う。
まぁ誘拐事件があったのだから当たり前なのかもしれない。親は子供を外に出したがらないだろうし、なるべく子供の傍にいたいと思うだろうし・・・
そう考えると俺みたいな物好きぐらいしかこの木の前には来ようとは思わないのかもしれない。
しかし驚くほどに何も起きない。
異世界から来るものの目印だというこの木は一時間半ぐらい見ているのになにも変化を見せてくれない。
二日前に来たから当分来ないのだろうか?
それとも何か必要な条件がありそれを満たしていないとか?
もし後者ならどうしようもない。偶然条件を満たせるとはとても思えないし何かしら根拠を持ってやるにしてもその下調べに何十年かかるかわからない。少なくとも一朝一夕で成せることではない。
・・・よし、諦めるか。
たった一時間半で都市伝説の解明を諦めたこの自称物好きは冴才(サザイ)という名前で純玲の同級生である。
純玲の不倶戴天の天敵の一人で純玲の親友に淡い恋心を抱いていた一人・・・いや、純玲の親友に淡い恋心を抱いたから純玲の不倶戴天の天敵となった人間である。
そんな冴才がいるのは純玲がクルエルと出会った木の下である。
もちろん純玲が心配でとか言うわけではない。冴才は好きだった女の子の親友がいなくなったから心配になってきたのである。
都市伝説の通りだといいとは思ったけどそもそも誘拐だからこの木を見てたって意味なんてないしな。
ちなみに純玲はいなくなったと思われる時間に強い光が見られたとの話があったため誘拐されたとみられている。
あの子の葬式の日にその親友が消えたって話だから少し気になっただけでこの都市伝説についてもあまり詳しいことなんか知らないし、そもそもどっちにしたってあの子はもういないんだよな。
告白の一つもできなかった俺ってかなり不甲斐ない。
冴才が軽く自己嫌悪し始めた時、その変化は起こった。
『君はそうやって終わるつもりか?』
冴才の頭の中に文章がじんわりと浮かんできた。
自分の記憶の中から出てきたのではないのは直感的にわかった。
「誰だ!?」
冴才は思わず叫んでしまった。
『私はオメガモン。叫ぶ必要は無い。私に向けて発信しようと意識しながら心の中で言葉を紡げばそれで私に伝わる。』
音を伴わない文字は先程と同じようににじむように浮かんできてすっと馴染む。
『名前を聞いたんじゃない。何者かって聞いたんだ。』
冴才は何故か今までに何度もしたことがあるかのように自然に言われた通りのことができたことに驚いた。
『それは説明してもわからないだろう。私と君では文字通り住む世界が違う。それにそんなことはどうでもいい。君がただ自己嫌悪するだけで行動に起こさずに終わるのかどうか。それを聞いている。』
『・・・でももうあの子は死んじゃったんだ。どうしろって言うんだよ。』
そう、確かに純玲の親友はもう死んでしまっている。遺体に告白しても返事なんてもらえるわけがないし言葉がまず通じない。
『せめてもの行動はとれるとは思わないか?学校という場所でのその人間の役割だったことを代わりにするということはできる筈ではないか?他にもいろいろあるのではないか?』
オメガモンの糾弾は的確だった。冴才は確かに何もしていなかった。しかしもう遅いとも言えた。学校での役割なんてとうの昔に代わりの人が係についている。
『いろいろってなんだよ。具体的に言えよ。』
冴才は逆ギレした。なんだか自分が好きだった気持ちまで否定されたような気がしたからだ。
『実現できるだろうもので言えばその人間の親友を救うこと。とかではどうだろうか。』
『・・・そんなのできるわけないだろ。誘拐だぞ?』
冴才の反論は常識的に考えれば尤もだった。事実は小説より奇なりというがそれは一部のことに過ぎない。事実よりも奇抜なところが無いと小説は売れないからだ。素人探偵の高校生や教師、小学生、古本屋、執事、大学の助教授なんかは現実にはいない。
現実はで素人はまず現場に入れず、捜査資料もみれない。一介の中学生である冴才にできることはほとんどない。
その言葉の底には純玲なら見捨ててもいいかという気持ちが引っかかっているのだが冴才自身は気づいていない。
『できるものだろうもの、そう私は言った筈だ。君に私達の世界に紛れ込んでしまったスミレという人間を迎えに来てもらう。それが私が君に話し掛けている目的だ。』
『私達の世界?』
冴才が食いついたのは私達の世界という言葉だった。異界からの使者が来るという都市伝説が証明されることになる。
純玲を好きな女の子についている害虫で汚れとしてみている冴才は純玲を助けることなんかどうでもいい。某RPGみたいに教会で人を蘇らせたりできるような世界ならそっちの方が強く惹かれるのだ。
『そう。君達から見れば異世界ということになる。私がそちらに送り届けることもできなくはないのだが私は軽々しく動けない立場でね。もし無理に動いてしまうと戦争が起きてしまうきっかけにもなりかねない。』
オメガモンはそう語ったが冴才にはピンとこなかった。幸せなことに冴才は戦争なんてものには縁がなかった。人が死ぬものであると認識し直し、そこに最近あった身近な死のイメージを重ねることで初めて恐怖を感じた。
『俺が行くと・・・どうなるんだ?』
『少なくとも戦争にはならずに済む。ただ君が無事でいられるとは限らない。五体満足でいられないかもしれないし、死ぬかもしれない。』
オメガモンは淡々と答えた。もともとこの会話には(笑)や(泣)などを使わないと感情など付加しようが無いのだがそれでもその言葉は今までに比べて余計に淡々としているようで冴才には重く感じられた。
『・・・わかった。どうすればいい?』
『今から起きることに抵抗しなければいい。後はストライクドラモンというデジモンに携帯電話を見せればいい。』
携帯電話が何の意味を持つのか冴才が聞こうとした時、
空の雲に丸く穴が開いた。
穴からは月明かりとはまた違った光が木へと降り注ぐ。
「ぬぁっ?」
木が内部から白色の光を放ち、冴才はその光に包まれ意識を失った。
「これでいい・・・」
剣と砲、勇気と友情、それを包み込む正義の白を持つ騎士、オメガモンは冴才との回線を切り呟いた。
新約聖書に「私はアルファでありオメガでもある。」という一説があるようにオメガは最後を示す。この世界に新約聖書はないがこの世界でもそう言う意味が含まれているのは同じである。
オメガを名に持つ自分は敵を取り逃がしてはならない。オメガを名に持つ自分は滅ぼさなければならない。オメガを名に持つ自分は最後を見届けなければならない。
オメガモンはそれを【オメガモン】という種与えられたに使命だと思っていた。それこそ自分という個体の考える正義よりもロイヤルナイツという集団の世界における役割よりも高い位置に置いていた。
だからあの魔王も終わらせなければならない。
オメガモンは決意を新たにし、かつてはこの世界の神だった大樹の世界全体に張り巡らされた警邏システムを起動した。
蜘蛛の巣のように網の目状に張り巡らされた警邏システム。その機能の一つに情報の送受信がある。元々は大樹を信じるものを鼓舞し、力を与えるもので逆らう者に罰と恐怖を与える物。しかしその機能の大半は失われていて、オメガモンがなんとか修理した送信機能も容量が大きい物は送信できない。
しかし今回はそれは問題にはならない。一部を除いて圧縮すればいい。少し解凍法を特殊にすれば演出としても悪くない。
「ストライクドラモン・・・力はやろう。その代償として私の使命を果たすことに協力してくれ。」
オメガモンは聞こえる筈のない相手に向けて朗々と告げた。
儀式を終えた彼は冴才の携帯電話、に一つのプログラムを送信した。
Digivaice―programと名付けられたそのプログラムはすぐに届き、未だ目覚めない新しい主人に開かれるのを待ちながら圧縮されていない部分の起動にかかった。
オメガモンはヒールもこなせる素晴らしいキャラですよね。