――シャクッ、シャリシャリシャリッ
リンゴとナシを足して二で割ったような感じの食感と音に純玲の気持ちが少しだけ上を向く。
「・・・美味しいのですか?」
クルエルが聞いたのは当たり前だがクルエルがその果物を食べていなかったからだ。しかしクルエルが純玲を実験台にしたわけではない
クルエルが食べられそうな物を探して、とりあえず取った物が今純玲の食べている果物。捕った直後で食べられそうだけど果たして本当に食べられるのかと迷っているところを純玲が掠め取ったのだ。
――シャリッ
純玲は一口含んで少し考えた後正直に言うことにした。
「好みはわかれそうだけど美味しいよ。」
純玲は一晩寝たせいか頭の中で思ったよりもすんなりと割り切ることができた。
クルミと重ねてしまった部分があったから駄目だったんだ。クルミとは違うクルエルとしてとらえればいいんだ。
「水っぽいマンゴーみたいな味かな?」
それは美味しいのだろうかとクルエルが首を傾げる。
「マンゴーっていうのは私の世界の果物で・・・」
クルエルがマンゴーについて知らないのだろうと思って純玲は説明する。果物で・・・で止まったのはその後どう説明すればいいのかわからなかったからだ。純玲の知識では黄色く、甘い。ぐらいしか言えることが無いのだ。
原産地がインドからインドシナ半島で4000年以上前からあるらしく、仏教の経典に名前が見られたりもする。実は漆の仲間でマンゴオールというかぶれさせる成分があるなんてことを言うこともできたりするがこの世界にインドという土地は無いし仏教も無いだろう漆もあるか怪しい。クルエルに通じる気がしない。
「マンゴーはわかるのです。でもマンゴーって濃い甘さが一番の売りな気がするのです。その売りが無くなると美味しいのかなって思ってしまうのです。」
――シャクッ
「うーん・・・塩かけたいのです。」
一口食べたクルエルが首を傾げながら言う。
「・・・それはスイカね。」
「じゃあ砂糖かけるのです。」
「だったら砂糖だけなめれば?果物の後味とかしつこくなっちゃうし・・・」
もう一言二言付け加えようとして純玲は止まった。
前にもこんなことがあった・・・チーズケーキか何かをクルミと食べた時に確かに同じような会話をした。
『甘さ控えめのケーキはケーキじゃないのです!スミレちゃん、塩取って欲しいのです!』
『塩ならスイカ。ケーキには何も書ける必要ないの。紅茶に砂糖いっぱい入れれば?』
『じゃあ砂糖かけるのです。それともうすでに紅茶にはジャリジャリ言うぐらいには入ってるのです!』
『ただ甘いのが欲しいなら砂糖だけなめれば?』
もしも、あの時と同じ流れなら・・・確か・・・
「「他のものと合わせるから・・・」」
重なった言葉に驚いてクルエルが黙る。
「・・・甘さが際立つのです。砂糖だけじゃ物足りないのです・・・とか言わないよね。」
「・・・すごいのです!どうしてわかったのですか!?」
純玲は続けて言った。親友が言った言葉そのままかはわからないがほとんど同じ意味の言葉。性格が似てるのだから好みも台詞も一致しててもおかしくない・・・
なんてことは無い。
兄妹でも双子でも味の好みは別れる。性格、口調、好み、台詞どれも生まれ育った環境と現在置かれている状況が大きく影響してくるもの、遺伝的なものが多少なり関わっていたとしても魔獣と人間。まさか一卵性双生児なんてことはもっとありえない。
この無邪気にはしゃぐクルエルがその見た目の何倍も何十倍も恐ろしいものに見える。
私がクルミに対して罪悪感に近い物を持っているとわかっている何かが嫌がらせのためにけしかけていると考えた方がまだ納得がいく。
「・・・スミレ?」
覗き込んでくるクルエルの魔獣の顔にクルミの人間の顔が重なって見える。
「・・・が、うぅっ!」
――ビチャッ、ビチャッ
胃から苦酸っぱい物がこみあげ、手で押さえはしたもののそれに耐えきれずに吐き出した。
「スミレッ!?」
驚く時に声が裏返るのもクルミに似ている。
割り切ったと思ったのに、割り切ろうとしたのに、割り切らせてくれないほどクルエルはクルミに似ている。
「ぐ、うぇっ!」
――ビチャッ、ビチャッ
二回目に込み上げてきた物は手で押さえることすらできなかった。二度目はほとんど胃液だけだった。そういえば昨日は逃げ続けであまり食べられていなかった。
クルエルが対応に困ってうろうろしだす。テンパりやすいところもクルミのようだ。
もう込み上げてくるものすらない。たった二回で胃の中の物全て吐き出してしまったのかもしれない。
――ガサッ
近くの茂みから半分蜘蛛のような人間のようなゲームとかに出てくるアラクネのような姿の多分デジモンが覗いていた。
その目は大きく見開かれ、変な奴がなんかやってるっぽいからいつでも攻撃できるような態勢で出てきたけどなんか勝手に苦しんでね?みたいな感じだ。
クルエル、私、クルエルが食べていた果物という風にアラクネっぽいデジモンの視線が動いた。
何かしら察するところがあったらしくただでさえ白い顔をさらに青ざめさせると口から糸を吐いて純玲に巻きつけ、一気に手繰り寄せ下半身に乗せて走り出した。
まぁ要は拉致したわけである。
「・・・」
咄嗟のことにクルエルは動けなかった。今までの敵は大概クルエルを狙ったものだった。中にはストライクドラモンのように純玲を使って攻撃を避けられないようにする者もいた。しかしまさかいきなり純玲を狙ってくるとは考えていなかったのだ。
しかしそれだけが理由ではない。いくら自分に狙いがつけられていると思い込んでいたからってそこはクルエルである。純玲に対して攻撃が来たらすぐに飛び出す気でいた。ようはそれすらもできないほどに吐かれた糸は速かったのだ。
「・・・っスミレ!!」
そしてはっと弾かれたように走り出した。まだ何とか視界に収めていられる後姿を見失うまいとクルエルは全力で走った。途中に倒木や細くなっている道があっても体を分解しながら隙間をすり抜けて走った。
アラクネのようなデジモンが止まったのは一本の巨木の前だった。どうやらあちこち腐ってしまっているようで何か所も大きな穴が開いている。
クルエルはそれを確かに視界の中央に捉え今まで手を抜いていたわけでは決してないのだが今まで以上に強く踏み込んで速く走った。
「スミレエェェェエエエエェェェエエェェェェエッ!!!」
脚と咢だけの怪物のように走りながら叫んだ。アラクネのようなデジモンが驚いてこちらに手を向ける。
「スミレェェェエエェェエエエッ!!」
クルエルは知らなかった。自分が前に進むだけ、敵を噛み砕くだけに最低限必要な部位以外をデータ分解して後ろに置き去りにしているため本当に脚と咢だけの化け物になっているだなんて。
「スパイダースレッド!!」
指先から細いワイヤーが出てクルエルを切り裂こうと迫る。
しかしクルエルにそれを避ける必要などない。ただ攻撃が当たってしまうだろう部分のデータを分解するだけでいい。
クルエルは肉薄しながらその咢を大きく縦に広げた。
「待って!」
それは間違いなくクルエルの知る純玲の声だった。
それを聞いてクルエルは止まり、声の方向を向いた。
そこにはさっきまで嘔吐していたとは思えないほどに清々しい顔をした純玲。そしてその周りには蜘蛛のようなデジモンが数体いた。
クルエルは何が起きたのか理解が追いつかずそこで初めて自分の体の惨状に気づいて体を一か所に集めた。
「・・・どうなってるのです?確かにこのデジモンはスミレをさらって?でも?スミレ元気?ん?」
狙ってやっているんじゃないかという程にクルエルは見事にテンパりだし、純玲も状況を正確に把握しているわけではないのか蜘蛛から渡されたほうじ茶のような色の液体をすすりながらアラクネのようなデジモンの方を見た。
「まぁ突然さらったんだから当然だね。無理かもしれないが落ち着いて話を聞きな。」
アラクネのようなデジモンはそう言って蜘蛛の内の一匹を指さし軽く動かした。蜘蛛の方はそれで理解したようで純玲が飲んでいるものと同じ液体をもう一つ持ってきた。
「私はアルケニモン。自慢じゃないがこの森の女王、そしてそこの蜘蛛達はコドクグモン。まぁ私達が何者かはどうでもいいね。」
その時ふと純玲は嫌な予感がした。
この世界に来てから世話になったデジモンの内の一体、オーガモンのようだと思ったからだ。
無論見た目はかけ離れている。似ていると思ったのはその態度だ。なんか勝手にいろいろと世話を焼いてくれそうな感じ。そんなの当てにならないかもしれないが朝の占いを少し気に掛けてしまうような普通の女子中学生である純玲にとっては大きな問題だった。
しかしあなた死にそうな気がするなんて言えるわけがない。
「大切なのはなぜ攫ったかなわけだけど。あの果物、毒持ってんのよ。」
アルケニモンはサラッと言って別の果物を持ってくるようにコドクグモンに命じた。
「それも即効性の弱い毒と遅行性の強い毒の二種類。そっちのお嬢ちゃんが吐いてたのは多分そのせい。吐いたから大丈夫かとも思ったけど薬が中和させるのにも時間かかるからね。すぐに薬飲ませるべきかと思ったのよ。ちなみに薬はその飲み物に溶かしてあるからちゃんと飲み干してね。」
それを聞いて純玲とクルエルは慌てて飲み干した。もっとも純玲は毒のせいだけじゃないだろうなと思っていたのだが言わなかった。
「ありがとう。」
純玲が言い、クルエルがぺこりと頭を下げる。
「でもなんでクルエル達を助けたのです?」
クルエルが、果物を頬張りながらこちらを観察しているアルケニモンに質問した。
その質問は純玲にも尤もに思えた。アルケニモンから見れば純玲達は御尋ね者の侵入者なのだ。助ける義理など欠片もありはしない筈だ。
「この森の女王だからって侵入者は殺さなきゃいけないってわけじゃないから。後、私も私で森に巣食う蜘蛛の魔女とか言われるお尋ね者だからあんた達を放っておけなかったのかも。まぁ要は自己満足ってことよ。」
ワルシードラモンはオーガモンとの約束のために戦ってくれた。それに、クルエルは私のために行動している。なんでみんなこんなに他人のためによくしてくれるのだろう。
――ぽたっ
そう思った純玲の目から自然に涙がこぼれてきた。
決してこの世界に来てよかったとは思っていない。この世界に対する不安が消えたわけじゃない、この世界に来たくはなかった。
でもクルエルやオーガモン達に会えてよかった。
見ず知らずの人に親切にされた経験なんて純玲には数えるほどしかない。それも交番のお巡りさんとかそういった職業の人達ばかりだった。
「えっ!?ちょっと待って、私そんな涙出るような話してないのよ?え、どうすればいいの?サングルゥモン何とかしなさい!」
「クルエルもどうすればいいのかわからないのです!後クルエルはサングルゥモンじゃなくてクルエルなのです!!」
両方それなりに強面だったり威圧感のある姿だったりしているのだがそれゆえか狼狽えてる姿は滑稽に見えた。
純玲も最初は本当に泣いていたのだがその内これを見ているのはなかなか面白いという結論に至り嘘泣きにシフトしている。
それを静観していたコドクグモン達だったがやれやれまたかといった感じで数体がどこかに行った。
「まずなんで泣いたかの原因解らなきゃ無理じゃん!?」
「でもでもクルエルにはわからないのです!!」
流石にそろそろかわいそうかなと純玲が思い始めた頃に一体のデジモンがコドクグモンを抱えて文字通り飛んで来た。
「・・・何事だ?」
そのデジモンは表情が無い奇妙なデジモンだった。昆虫のようで爬虫類のよう。無機質で生々しい。
「ディノビーモン!?なんでいるの!?」
アルケニモンに名前を呼ばれたそのデジモンはでかい野性的な水色の手でコドクグモン達を指さした。
「それより状況の説明求む。とりあえず追手の有無を頼む。」
どうやらディノビーモンも純玲達が追われているということは知っているようだ。
「どうやら追手は振り切っているみたいよ。でもロイヤルナイツが介入してくる可能性は十分すぎるほどあるわ。なんでいるかというと毒を喰らってたところを拾ったから。」
ロイヤルナイツについて純玲とクルエルは何も知らない。だから純玲が思ったのは拾ったって私達捨て犬?みたいなことだった。
「・・・まったく、どうする気だ?ずっとここに匿い続けるのは無理だぞ?」
ディノビーモンは呆れたような声を出したが無表情なので不気味なことこの上ない。
「うぅ、でも拾ちゃったもんは仕方ないだろ!!」
アルケニモンはまるで捨て犬を拾ってきてしまった子供のように逆切れした。
「私、この森の女王だぞ!何とかしろ!!」
「はいはい女王様。でも俺は家臣じゃないんだ。従う義理は無い。」
「この森に住んでるんだから私の家臣だ!!何とかしろ!!」
「じゃあこの森から出てく。ほんの少しだけだが世話になった。」
「それはダメだ!!お前がいないとけんか相手がいなくなるだろう!!」
「そんなの俺の知ったことじゃない。」
「その羽と鬣毟るぞ!!」
二人とも純玲とクルエルはもう目に入っていないらしい。コドクグモン達は慌てずにいつものことなんですよとばかりに純玲とクルエルに向かって軽く頭を下げた。
「あぁもう、わかったからまずどうしたいのか言え。」
ディノビーモンが折れたのは喧嘩しだして三時間も経った頃。
「とりあえず助けちゃったからには命だけでも保障してあげたい。」
「無理だ。俺達じゃサングルゥモン加えても完全体二体まで、三体以上になったら確実に逃げれる保証は無い。それにこの森が終わる。焦土にされるかもしれない。永久凍土にされるかもしれない。結界に閉じ込められるかもしれない。最悪空間ごと消滅させられるかもしれない。」
アルケニモンは本人が言うようにこの森の女王。自分のわがままで森を失っていい理由がない。
「・・・だが、木の実の見分け方、川の見つけ方、追手の撒き方、ここら辺の地理の説明に大まかな地図を描いて渡すぐらいのことはできる。」
それを聞いてアルケニモンがディノビーモンに抱き着く。
ちなみに純玲とクルエルはというとコドクグモンを大きくしたようなドクグモンというデジモンと巨大な蜂みたいなデジモンフライモンからちゃんとした火打石と火打ち金をもらい、サバイバル調理法についての説明を受けていた。