音SAGA   作:姫崎しう

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十音目

 空が白んできたころ、テナー達がいる部屋のドアがそっと開かれる。

 

 息を殺し、足音も立てないように気を付けながら部屋の中に入り、ドアノブを離そうとしたところで、冷たく尖ったものが首にあてられた。

 

 忍び込んだユメは諦めたように両手をあげると考え始める。

 

 この状況、たいていの相手ならば簡単にひっくりかえせる自信はある。

 

 しかし、現在積極的にそういうことはしたくない。このまま相手のアクションを待ってみようかと思った所で、一枚のメモ用紙を手渡された。

 

 薄暗く読み難いが、そこには『何をしに出てきたの?』と書かれている。

 

「朝ごはんを作ろうと思っただけっすよ。今日は三人分作らないといけないっすからね。

 

 それに、全身調べて貰っても良いっすけどユメは今丸腰っす」

 

 ユメがそう言うと、メモ帳を渡された方の手を掴まれそれをドアノブに持って行かれた。

 

 一旦部屋に戻れと言う事かと判断したユメはゆっくりとドアノブを掴み中に入る。

 

 その時に入っていくユメには一人分の音しか聞こえなかったけれど、部屋に戻り後ろを見ると自分と同じくらい、下手すると自分以上の美少女が無表情でユメの方を見ていた。

 

「ソプラって、そんな顔してたんすね。テナーはどうしたんっすか?」

 

 昨日と変わらないユメの声を聞いてソプラはメモ帳に文字を書き始める。

 

 ユメがそれを耳を澄ませて聞いてみても、ペンが紙を走る音どころか衣擦れの音すら聞こえてこなかった。

 

 書き終えたソプラはユメに近づきそれを手渡す。

 

『昨日の話やっぱり嘘じゃなかったのね。ごめんなさい』

 

「まあ、良いっすよ。これで信じて貰えたのなら。でも、気を付けないとユメじゃなかったら返り討ちにあってる所っすよ?」

 

 やれやれと言った感じで首を振るユメにソプラは笑うだけで返す。

 

 自分のペースに持ち込めないことに少しショックを覚えながらも、一つ息を吐いてからユメが口を開いた。

 

「それでテナーはどうしたんすか? こんな危ない事を女の子にさせる子じゃないと思ったんすけど」

 

 ソプラはユメの言葉に困った顔をしてからペンを走らせる。

 

『まだ寝てる』

 

「頼りない騎士ナイトっすね。昨日ソプラに寝ててって言っていた割に、お子様だったって事っすか。

 

 それで何でソプラは起きてたんすか。折角朝ごはんを作ろうと張り切っていた所だったんすけど」

 

『テナーは頼りになるよ。私が起きていたのは聞かなくても分かると思う。ご飯はごめんなさい。ユメの料理食べてみたい』

 

 抗議、返答、謝罪、要求と並べられた返事、特に最後の一言を読んだところでユメが思わず吹き出す。それから、半笑いの状況で口を開いた。

 

「分かったっす。ちゃんとご飯は作るっすけど、周囲を警戒しながら眠れる割には空腹には弱いんすね」

 

『空腹を我慢する必要ないでしょ? 警戒する必要もなかったけど』

 

「まあ、そうっすね。食べられる時に食べておかないと困るっすからね。

 

 それが普通の旅人であったとしても」

 

 そこまで言ってユメがもう一度ドアを潜ろうとするので、ソプラがその手を掴んだ。

 

 首を傾げるユメの手にソプラがゆっくりと文字を書く。

 

『テナー、疲れていると思うからせめて日が昇り始めるまでは眠らせてあげて』

 

「……了解っす」

 

 ユメは小さくそう返すと、ソプラの方を向いて「羨ましいっすね」と笑った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 テナーの目が覚めたのは美味しそうな香りが漂ってきたから。

 

 昨日はユメを見張るべく、頑張って起きていようと思ったテナーだったが気が付けば眠ってしまっていて、自分の役目を果たせなかったと思わず飛び起きる。

 

「あ、御姫様のお目覚めっすね」

 

『おはよう』

 

 ソプラは大丈夫だろうかと、テナーが肝を冷やしかけた所でかけられた和やかな言葉――ソプラは口パクだったが――に二度ゆっくりと瞬きをする。

 

 冷静になった頭でテナーがよくよく状況を確認すると、ユメが料理を作りそれをソプラが椅子に座って待っていた。

 

 打ち解けたようにも見える二人の様子に、テナーの毒も抜かれてしまい「おはよう」と気の抜けた返事をする。

 

「料理代って事でソプラからいくつか材料貰ったすけど、良かったすよね?」

 

「う、うん。それは良いんだけど……」

 

「どうしたんすか、そんな間抜けな顔をして」

 

 そう言ってユメが笑う中、テナーがソプラの方に近寄って耳打ちするように尋ねる。

 

「ユメと何かあったの?」

 

『少なくとも、ユメは私達の味方だよ』

 

「ちょっと、女の子同士秘密のお喋りしていただけっすよね」

 

 ソプラから答えになっていない返答を貰った所で、ユメがぬっと会話に入ってくる。

 

 それにテナーが驚いて「わっ」と声を出しながら飛び退いた。

 

「それよりも早くご飯を食べるっす。今日の事を話さないといけないんすから」

 

 テーブルの上に並べられた料理はどれもとても美味しそうで、パンの一つをとってもただ焼くだけではなくて何かが塗られていて上にパセリがふられている。

 

 テナーは美味しそうだと生唾を飲み込んだが、同時に何か入っているのではないかとも疑った。

 

 しかし、テーブルの上に料理が置かれた瞬間、ソプラが待ちきれませんでしたとばかりに手を付け美味しそうに食べるのを見てテナーの考えも変わる。

 

 テナーの数倍も警戒心の強いソプラがこんなにも無防備に料理を食べると言う事は、本当にユメを信頼してもいいんじゃないかと。

 

 ニコニコ笑うユメにテナーは「いただきます」と言ってから料理を食べ始めた。

 

 

 

「いやあ、ここまで美味しそうに食べてくれると作った甲斐があったっすね」

 

「ユメってこんなに料理が上手だったんだね」

 

「何っすかテナー。美少女で料理上手でお嫁さんにしたいって言ったっすか?

 

 残念ながらテナーはタイプじゃないっす。友達としては良いっすけどね」

 

「そんな事言ってないけど、どうしてこんなに上手なの?」

 

 ユメの軽口を正面から受け止めてはいけないと悟ったテナーは、ユメの話を受け流すようにして聞きたかったことを尋ねる。

 

「それって暗にユメががさつそうだって言っているように聞こえるっすけどね。まあ、いいっす。

 

 ユメは自由人っすから、楽しめる所では存分に楽しむようにしているだけっすよ」

 

「どういうこと?」

 

「たかが食事、されど食事。一日に確実に何度か行われる行為を楽しまなかったら損ってもんっす」

 

「つまり、せっかくだから美味しいものが食べたかったって事?」

 

「そういうことっす」

 

 そう言ってユメが笑う。ユメはササッとテーブルの上の食器を片づけると「ここからが本題っす」と話を変えた。

 

「本題?」

 

「本題って言っても今日二人がどうするのかって話っすけどね。自由に町を見て回っても良いっすけど、その前に一度ソメッソさんの所に行った方が良いと思うっす。

 

 それから、出来ればユメに付き合って貰いたいっすね」

 

 他意のないユメの言葉に、しかしテナーは考える。

 

 ソメッソに会わないといけないのは分かる。テナー達の身の潔白を証明するため。しかし、そうなるとソプラの事がバレる可能性も高くなる。

 

 テナーが悩む理由をユメは悟ったのか口を開いた。

 

「勿論ソメッソさんにソプラの事がバレないようにフォローはするっすよ」

 

「そういうことなら……ところでユメに付き合うって何をしたらいいの?」

 

「それは行ってのお楽しみっすよ」

 

 そういう所が無ければもっと簡単に信用しようと思えただろうに、とテナーは内心でため息をつきつつソプラの方を見る。

 

「ソプラは大丈夫?」

 

 テナーの問いにソプラが頷いたのを確認して、テナーは「分かった」と返した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ユメに率いられてやってきたのはリュミヌのオフィス。

 

 エスティントと比べても大きく、また沢山の人がいる。

 

 ユメは受付の男性に「おはようっす」と声をかけたが、眼鏡をかけた真面目そうな受付は軽く会釈するだけでそっぽを向いてしまった。

 

 エスティントのスターレとは大違いだとテナーが思っていると、ユメが「ほら、テナーこっちっす」と急かす。

 

 ユメについて行った先には四人掛けのテーブルにソメッソが一人座っていた。テナーはソメッソから一番遠い位置にソプラを座らせ、自分がその隣に座り、ユメがソプラの正面に座った。

 

「そんなわけで、この二人は普通の旅人っすよ。警戒心が足りなくてむしろ危ないって感じっす」

 

「そうか」

 

 無感動に、低くソメッソが言うと対照的にユメが感情をむき出しにして声を出す。

 

「そうか……じゃないっすよ。疑ったんだから謝るのが筋ってもんっす」

 

「そうだな。すまなかった」

 

「いえ、こっちも疑われるような行動をとってしまったみたいですし」

 

「仲直りも済んだところで、今日も行くっすよ」

 

 ユメが急にそう言って立ち上がった。それに続いてソメッソも「そうだな。行くか」と立ち上がる。

 

 状況の読めないテナーが「どういうこと?」と尋ねると、ユメは「付き合ってくれるんすよね」と言って笑った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 町を抜け、門を抜け、絶える事のない松明の並ぶ街道から外れた所にある大きな岩山。

 

 高さ的には一般的な大きさの家程度の岩山の、家で言う丁度ドアがありそうなところに人一人が入れそうな半円型の穴が開いている。

 

「さて、今日も押し返す作業を始めるっすよ」

 

「えっと、どういう……」

 

「勿論分け前は皆で等分っす」

 

「ユーバー、ちゃんと説明した方が良い」

 

 急に張り切り始めたユメを見て戸惑うテナー。さらにそれを見たソメッソがユメを諌める。

 

 ユメは鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔をすると、思い出したように話し始めた。

 

「えっとっすね。言ってしまえばあの穴がスライムの本拠地なんすよ。

 

 だから、夜はもちろん昼間もこの付近にスライムが沢山隠れているっす。

 

 そいつらが夜に動き回らないようにあの中に押し戻すなりして閉じ込めようって寸法っす」

 

「いくつか質問していい?」

 

 ユメの言葉にテナーが怪訝そうな顔をしながら尋ねると、ユメは笑顔で「何っすか?」と応じた。

 

「今日もって事は昨日も閉じ込めてたんだよね? それにしてはあの穴空きっぱなしだと思うんだけど……松明置いたりしたらダメなの?」

 

「残念ながら壁も松明も時間稼ぎにしかなっていないのが現状っすね。

 

 どうして時間稼ぎにしかならないのかの説明は……まあ、見て貰った方が早いっす」

 

 そう言ったユメの目線が大きく開いた穴の方へと注がれる。何事だろうかとテナーもそちらの方を見るとテナーの和太鼓程の大きさがあるであろう、紫色をしたスライムが姿を現した。

 

「じゃあ、ちょっと説明を兼ねるっすから、ソメッソさんは手を出さないでほしいっす」

 

「分かったが、無理はするなよ」

 

「了解っす。それじゃあ、テナー達は邪魔にならない程度についてきてほしいっす」

 

 そう言ってユメがスライムに向かって走り出す。

 

 その速さはテナーがギリギリ追えるかと言ったぐらいで、ソプラと手を繋いでは邪魔になるどころか近づけもしない。

 

 動きの遅いスライムまで後数メートルと言った所でユメは止まると、足元に落ちていた石を拾った。自らの拳ほどの大きさの石を持ったユメは躊躇うことなくスライムに投げる。

 

 空を切りスライムのゲル状の身体に当たった石は、ジュッと言う短い音を立ててその内側に取り込まれてしまった。

 

 見ると、半透明の身体の中に埋まった石が徐々にその形を無くしていくのが分かる。

 

「溶けてる!?」

 

 スライムの中で行われている事に気が付いたテナーが驚いた声を出すと、ユメは満足そうな表情を見せて今度は腰から小さめのナイフを取り出した。

 

 そうしている間にも石の消化を終えたスライムに変化が起こる。

 

 グジュグジュと不定だった身体の中央付近。頭と呼べそうなところから、鋭い角のようなものがひょっこり生えてきた。

 

 それにテナーは見覚えがある。正確にはそれとは違うけれど、倒してきたスライムの中に爪のようなものを持っていた個体や牙のようなものを持っていた個体が確かに居たのだ。

 

 テナーの中でそれはどれもスライムで片づけられていて気にも留めなかったが。

 

 ユメはその角をめがけてナイフを投げる。寸分違わない精度で投げられたナイフは正確にスライムの角を捉えると、カンッと高い音を立てて弾かれた。

 

 テナーの目には初め全く効果が無いように見えたが、角を捉えられたスライムは必要以上に形を変えると、穴の方に戻って行く。

 

 ユメは何事もなかったかのように戻ってくると口を開いた。

 

「まあ、こんな感じっす」

 

「えっと、何かで穴を塞いでもスライムが溶かしちゃうって事?」

 

「それに、あのクラスの大きさになると松明も構わず外に出て来るっす」

 

 頷いて続けたユメにテナーは納得したが、別の疑問が出てきたので再度問いかける。

 

「何でスライムは帰って行ったの? そもそもあの角って……」

 

「どうやら、スライムは取り込んだものを使って身体を硬質化させることが出来るみたいなんすよ。それを武器に獲物の足を奪い取り込んで溶かして栄養にするっす」

 

 「生きたまま徐々に溶かされるってどんな感覚っすかね」とユメが脅すように言うので、テナーは背筋がぞっとする。

 

「ただ、硬質化させたところは武器だけじゃなくって弱点にもなってるっす。そこだけ形を保っているせいかダメージを受けるらしいっすね。

 

 そうは言っても倒しきる事は出来なくって、今みたいにお帰り頂くのが限界っすけど」

 

「じゃあ、ユメの手伝いって言うのは……」

 

「スライムを追い払うのを手伝って欲しいっす。というか、テナーが居たらユメがかなり楽出来るっす」

 

「ほお、ユーバーが楽できるとなると、結構な逸材のようだな」

 

 ユメの言葉を聞いたソメッソが心なしか楽しそうな顔をする。

 

 それに対してユメが首を振るので、ソメッソは怪訝な顔で「どういうことだ?」と問いかけた。

 

「ユメもどれくらいテナーが強いか知らないんすよ。昨日一夜を共にしただけっすからね」

 

「それもそうか。では今日はオレとテナーがメインでやるとするか」

 

「え、あ、はい」

 

 知らぬ場所で進む話に困惑してしまうテナーに、ユメが「じゃあ、そう言う事でユメはソプラと一緒に居るっすね」と声をかけると、ソプラを連れて行ってしまった。

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