休憩を終え立ち上がった一行は、先ほどまでの足取りで進むことは無かった。
先頭にいるテナーが、必要以上に警戒しながら歩くから。
それもあって、テナーはそれをいち早く発見することが出来た。
炎の光に照らされたそれは、時間や見る角度が変わる毎に色が変わるように見える。
テナーがすぐに岩陰に隠れ、観察すると、まずその大きさに目が行く。
休憩中にユメが言っていたように、先ほどテナー達が遭遇したスライムとは比較にならない大きさ。先ほどの部屋の三倍ほどの空間の、三分の一がそのスライムで埋められている。
大きさと色以外は他のスライムとあまり変わらないようで、むしろ、大きすぎる身体はその敏捷性をきわめてゼロに近いものにしていた。
半透明の身体の内側にはユメが言っていたように貴金属や宝石が変に融合した固まりがあり、それはスライムの表面の二割程度をも覆っている。
「あれが親玉?」
「そうっすよ」
「あれより大きいのがさらに後ろに居たりは……」
恐る恐るテナーが尋ねると、ユメは自信満々に首を振って否定を示した。
それから、いつも通りの軽い口調で話し出す。
「流石にそれはないと思うっすよ。どうやら、あそこでこの洞窟も最後みたいっすし」
そう言ってユメが指差した先、スライムの向こう側はやや見づらいが、確かに道が続いているようには見えない。
「それから見ていたら分かると思うっすけど……」
ちょうどユメが説明を再開したところで、巨大なスライムの身体の一部が不自然に伸び始める。触手を伸ばすとも違う動きをしたそれは、他人の膝丈にも満たない大きさの塊になって、やがて本体から切り離された。
普通のスライムならば切り離された方は動くことはないが、このスライムは全く別の意志があるかのようにテナー達の方へ向かってくる。
「分裂……? というかこっちに気が付いて」
「気がつかれてはいないっすけど、攻撃はされたくないっすからこっちまで来たらちゃちゃっと倒しちゃってもらって良いっすか?」
「でも、ユメ、こっちに」
少し焦ったように言うテナーにユメが一つ息を吐いてから答える。
「出口がこっちにしかないだけっす。ここに居ても栄養になりそうなものはないっすから、餌を探しに外に出るって自然だと思うっすよ。
ほら、子スライムがこっちに来たっす」
ユメの言葉に、それもそうだ、と落ち着いたテナーの目の前に今しがた生を受けたスライムが現れる。生まれて初めて見つけた食事にスライムが飛びつこうとしたとき、その身体は炎で蒸発してしまった。
「奴はこっちに気が付いたら触手を伸ばして攻撃して来るっす。動くことはないと思うっすが、触手にかすっただけでも結構痛いっすから、出来るだけ触手は焼き尽くす方向で行きたいっす」
「さっきユメがやったみたいに、切り落としてもいいんじゃないの?」
テナーが首を傾げるのを見て、ユメがやれやれと首を振る。
「今見たっすよね。切り落としたら、別個体のスライムになるっす。
見方によってはそっちの方が対処も楽だと思うっすけど、敵が増えるのと同じっすから、結局燃やさないといけないっす」
「あ、そっか。でも、流石に触手の相手をしながら、あの大きさのスライムにダメージが通りそうな火の玉を作るのって難しいと思うよ?」
ユメの指摘に納得したテナーが、今度は先ほどの経験を思い出して言葉にする。
ユメは特に困ったように「そうっすね」と言うと、続けて話した。
「結論から言ってしまえば、触手を蒸発させるだけでも十分だと言えるっす。それだけでも確実に奴の身体は消耗し小さくなるっすからね。
あと、テナーに一つ考えて欲しいんっすけど、炎の強さってその大きさだけっすかね?」
ユメはそう言うと、テナーの反応を待たずにソプラの方を向いた。
「そんなわけで、この辺に隠れていたらソプラは狙われないっすから、しっかり隠れておいてくださいっすね」
ユメの言葉に頷いたソプラは、じっとユメを見るとそのまま手を取った。
『今までスライムをわざわざ退治していたのって』
「もちろん、挟み撃ちを警戒するためっすよ」
『気を付けてね』
当然とばかりに言うユメの言葉に、ソプラは目を細めるとそれだけ書いて手を振った。
ユメは手を振り返すと、テナーの肩を叩く。
「それじゃあ、行くっすよ」
「待ってよ、ユメ。大きさだけじゃないってどういう事?」
「それくらい、自分で考えるっすよ」
そう言うとユメが巨大スライムの方へと走り出した。
テナーもすぐに追おうとしたが、一度踵を返してソプラを見る。
「ソプラはそこで見てて」
テナーはそう言うと、ソプラの反応を待たずにユメを追った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あまあまっす」
ユメがそう言ってバックステップをすると、ユメが立っていたところを巨大スライムの触手が叩く。
その威力はすさまじく、ドゴッと音を立てて地面をえぐった。それと同時に、ジュッと何かが溶ける音もする。
ユメがそれを見届け、丁度地面に足を付けた所に別の触手が追撃をかけてきた。
迫る触手がユメを捉える直前、思いっきり地面を蹴って大きく跳躍する。
「今のはちょっと危なかったすね」
ユメが安心したのも束の間、四本の触手が待っていましたとばかりに空中のユメに向かって突進してきた。
しかし、ユメは楽しそうに笑うと、ナイフを両手で逆刃に持ち目にもとまらぬ速さで四本すべてを切り落とした。
べちゃっと音を立てて落ちたスライム片から離れた所にユメが着地したところで、四匹の子スライムが炎にのまれる。
「助かったっすけど、もっと早く助けてくれたら嬉しかったっす」
別に気にしていないと言う様子でユメがテナーに叫ぶと、テナーはため息をついて返した。
しかし、ユメが一度スライムの知覚範囲から離れてしまった為に、無数の触手が今度はテナーを狙う。
ユメに気を取られていたテナーは、その事に気が付くのが一瞬遅くなり、気が付いた時には魔法の発動が間に合わないことを理解した。
せめてダメージを抑えようと、テナーが防御姿勢に入ったところで、しゅっと何かの影がテナーの前を横切る。
触手はその動きを止め、重力に負けたかのように地面に自由落下していった。
テナーが影の過ぎ去った方を見ると、ユメが何ともないかのように立っている。
「テナー気を抜いちゃ駄目っすよ」
「今のはユメのせいだと……」
「ほら、下に落ちたの頼むっす」
ユメに言われてテナーが慌てて太鼓を叩いて、動き出そうとしていたスライムたちを蒸発させる。
それを見届けたユメが本体の方を見ると、わずかにスライムと天井の間に隙間が出来ている事に気が付いた。
「うーん……やっぱり、触手を切り続けてもジリ貧見たいっすね」
「むしろ、ちゃんとダメージ入ってるのかな?」
「ちょっとだけ小さくなっているっすよ。でも、このままだと日が暮れても倒せない気がするっす。流石にユメもそんなに長時間戦うと疲れて動けなくなると思うっすから、テナーに任せるっす」
何気なく言ったユメにテナーが驚いて「任せる……って」とユメの言葉を繰り返した。
「ユメがあいつを惹きつけておくっすから、さっきのスライムを倒したときくらいの攻撃をして欲しいっす」
「でも、多分倒せないよ?」
「それでも、確実に効率は上がるはずっす。少なくともダメージは入ると思うっすし、余力があるうちに試行錯誤は大切っす」
ユメはそう言うと再度スライムの前に躍り出る。
ナイフを順手に持ち替え、つま先だけでトーントーンと跳ね始めた。
様子を窺っていたのか、動きの無かったスライムが焦れたように十数本、触手を伸ばす。
その三分の二ほどはユメの方へ向かってくるが、残りの三分の一はテナーの方へ伸ばされた。
ユメは一瞬だけ足に力を入れると、一瞬でスライムの前を横切る。それと同時にすべての触手を切り裂いた。それから間髪入れずに落ちた触手に向かって石を投げる。
石はすぐに溶かされてしまったが、生まれたスライムの柔らかい体の一部に硬化した部分が現れた。
そのスライムたちが動き出す前に、同じように石をその硬化した部分に当てる。すると、スライムたちは外にはいこうとせずに親玉の方へと戻り、そのまま吸収されてしまった。
「ユメ、退いて」
テナーの声が聞こえてきたので、ユメはその場から飛び退いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ユメが一人で戦い始めたのを見て、テナーは自分の存在の必要性に疑問を持ち始めた。
簡単に言うと、あまりのユメの強さに「ユメ一人で良くない?」と思い始めていた。
しかし、相手がスライムだと言う事で、すぐに首を振るとテナーはユメに言われたように攻撃の準備を始める。
迫りくる触手はすべてユメが切ってくれたと言う事で、集中できたこともあり、すぐに先ほどと同じか少し大きい位の炎の球が完成した。
「ユメ、退いて」
ちょうど敵とテナーの間にいるユメにそう声をかけ、ユメが飛び退いたのを見てテナーが炎を打ち出す。
赤々と燃える炎の球は、一直線にスライムの方へと向かうと、スライムに当たる直前何かにぶつかるようにはじけた。
威力が低すぎてスライムに殆どダメージが入らなかった時とも違う結果に、テナーがっ困惑の表情を浮かべる。
「あー、やっぱりそれってそう使うんすね」
「どういうこと?」
「よく見てみるっす」
ユメにそう言われてテナーが改めてスライムの方を向くと、表面を覆っていた貴金属が先ほどとは違う位置、ちょうどテナーが攻撃したところに移動していた。
テナーが呆然と立ち尽くす中、一人スライムと対峙するユメを見て、テナーは大きく首を振ると自分の頬を両手で叩く。
「アレにガードされないように、威力の高い攻撃を……」
「うぉ……っと」
考えるテナーにユメのそんな声が聞こえた。
顔をあげてみると、ユメの左腕の袖部分が不自然に無くなり、そこから見える素肌が真っ赤になっている。
「ユメ、大丈夫?」
「掠っただけっすから、大丈夫っすよ」
そうは言いつつも、ユメの動きが徐々に悪くなっていることくらいテナーにもわかった。
十数もの触手を終わりなく倒し続けなければない状況、むしろここまで持ったユメが異常な事も、残された時間があまりない事もテナーは理解した。
「何か、何か……」
焦ったテナーの頭に音が鳴り始めた。どうやらそれは太鼓の音のようで、まるでメロディを奏でているらしい。
聞いているうちに、その音の意味を理解したテナーは手に持つ撥と目の前の和太鼓で、頭の中でなっているように太鼓を叩く。
最初はドンドンと革部分を叩き、それから縁をカッと鳴らす。
最初の音で生まれた炎は、テナーが思いっきり太鼓を叩いた時よりも小さいもので、縁を叩いた時にその炎が揺らいだ。
それから同じことを何度か繰り返しながらも、縁を叩く回数を増やしていく。
揺らぐ炎が、その色を徐々に赤から白へと変貌していき、テナーが手を止めた時には青白いなっていた。
「ユメ退いて」
テナーが叫ぶと、ユメが逃げるようにテナーの後ろに回った。
「何て言うか……青いっすね」
「うん、青いね。というか、ユメ。もう少し緊張感を持たない?」
「無理っすね。緊張する場面ないっすもん」
そう言って笑うユメに、テナーはため息をついて返すと和太鼓を思いっきり叩いた。
青白い炎は真っ直ぐにスライムの方に向かう。スライムは先ほどと同じように、その軌道に合わせて、身体の表面にある盾を移動させた。
炎とスライムが、あと一メートルもない程の距離に近づいた時、テナーがもう一度太鼓を叩く。その音に合わせて炎は軌道を変えると、無防備だったスライムの身体を音を立てながら蒸発させていく。
白煙が辺りをつつみテナー達の視界が奪われた頃、煙の向こうで何か重いものが地面に落ちる音がした。
やがて視界が晴れた時、そこには表面が焦げた板状の金属と、宝石や金属の混ざった何か、そして大きな音符のようなものが残されている。
音符は青く光り、ふよふよと宙に浮いていたかと思うと、テナー達の方へ向かってきた。
「これは?」
「何っすかね?」
首を傾げる、テナーとユメの間を通り抜けた音符は、二人のすぐ後ろまで来ていたソプラの所まで行くと移動を止めた。
振り向いたテナーは、驚いたように声を出す。
「ソプラ、それってまさか……」
テナーが言葉を言い切る前にソプラが頷く。それから、音符の方へと手を伸ばすとそれに惹かれるようにスーッと音符がソプラの中に入って行った。
一連の出来事に頭がついて行かないテナーが「ソプラ……大丈夫?」と尋ねるとソプラはすぐに頷いた。
しかし、すぐにソプラが足踏みをしたり、確かめるようにくるくると自分の様子を見回したりするので、テナーが不安そうな顔をする。
最後にソプラが拍手でもするように手を叩いた時、パンッと短い音が洞窟内に響いた。
それを聞いたテナーが嬉しそうにソプラに駆け寄る。
「ソプラ、音が」
我が事のように喜ぶテナーを横目に、ユメは二人に背を向けるとスライムがいた方に歩き出す。
「やっぱり、そう言うことだったっすね」
一人つぶやくユメに気が付かないテナーは、ソプラに話しかける。
「えっと、今のが星って事だよね?」
テナーの問いに、ソプラが難しい事でも考えているかのような顔で頷く。
「でも、本当は星じゃなくて……ソプラの音の欠片……みたいなものなの?」
次の質問にも肯定が返ってきたところで、ようやくテナーはソプラが星を探す理由をちゃんと理解した。どういうわけか、散り散りになったソプラの音を探す事、それが自分たちの度の目的だったのだと。
結果的にとは言え、星を見つける協力をしてくれたユメには何か言っておいた方が良いのではないだろうか、と思ったテナーがユメを探すと、ユメは一人スライムが取り込んでいた宝石の元へと歩いていた。
そのマイペースさに思わず苦笑いを浮かべたテナーだが、ユメの真上に紫色の何かが居るのを見つけて走り出す。
テナーの足音に気が付いたユメが、振り返って「どうしたんすか、そんな怖い顔して」とユメが言っている途中で、テナーが天井を指さした。
「ユメ、上」
「上って……」
ユメが呆けたように上を見上げると、紫色のスライムが今まさに降ってきている所が見えた。
すぐに身体を捻って避けようとするも、今からでは完全に避けるのは無理だと悟り、それならばとユメが左腕でスライムを受け止めようとする。しかし、その身体は何者かに弾き飛ばされた。
予想外の出来事に受け身が取れず、尻餅をついたユメの目の前には、紫色のスライムを右腕に纏わせたテナーが苦悶の表情を浮かべていた。
振り払ってもとれないそれが、テナーの腕が徐々に蝕み、腕に水ぶくれの様な腫れが増えていく。
痛みをこらえて、テナーが何とか出した和太鼓はやや潰れたように歪んでいたが、テナーは構わずに左手でそれを叩く。
炎を呼んだのは自分の右腕の部分。洞窟の中を、肉が焦げる嫌な匂いが満たす。
結局、自らの腕ごとスライムを燃やし尽くしたテナーは、そのまま意識を失った。