音SAGA   作:姫崎しう

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十五音目

 気を失ったテナーに、ソプラはすぐに駆け寄った。その身体を揺さぶりながら声が出ないのに口を開き何かを言っていたが、どうやっても目を覚まさない事を悟ると、助けを求めるようにユメの方を見た。

 

「本当に無茶する子っすね」

 

 焦るソプラと対照的に呆れたようにそう言ったユメを、ソプラが睨む。

 

 ユメは首を振るとテナーの方を指さした。

 

「ユメの事よりも、テナーはちゃんと生きているっすか? 流石にここでショック死とかユメも後味悪いっす」

 

 ユメに言われて、ソプラはすぐにテナーの胸に自分の耳を当てた。トクントクンと、それが弱っているのかどうかは分からないが、確かに生きていることを確認したソプラが頷いて生きていることをユメに伝える。

 

 それを見たユメが安心したように息を吐くと、テナーの隣に座った。

 

「生きているなら、大丈夫っすよ。ユメが何とかしてあげるっす」

 

 ユメの言葉に、ソプラの視線はテナーの右手の方へと移動する。それから、もう一度ユメを見た。

 

「大丈夫っすって。ユメを信じて欲しいっす。でも、ここで見た事は誰にも言わないでほしいっす」

 

 ユメはそう前置くと、十三本の弦が張ってある大きな箏が現れた。

 

 それを見たソプラが、何かを納得したように頷く。

 

 ユメはスッと弦の上に両手を持って行くと、薬指を使って弦を引っ張り上げるようにポーンポーンと柔らかな音を鳴らす。音の高さの違う弦の上を舞うようにユメの演奏に合わせて、テナーの右腕が元の形に戻り始めた。

 

 

 

 ポーンと、優しい音が余韻として残る。その時にはもう、テナーの腕もユメの腕も元通りになっていた。

 

 そのユメの手をソプラが掴む。

 

『何で?』

 

「何でってどういう事っすか?」

 

『答えたくないなら良い。ありがとう』

 

「礼には及ばないっすよ」

 

 そう言って何事もなかったかのように笑うユメの手に、ソプラはさらに質問を書いた。

 

『ユメが演奏者なのを隠していたのはこれが理由?』

 

「便利すぎる能力って言うのは考えものなんすよね。噂にでもなったら世界中のけが人がユメを探し始めるっすから、自由なユメの生活が台無しっす」

 

『死んでなかったら、もっと酷くても大丈夫だもんね』

 

「今ので気づかれるっすか……そうは言っても、色々あるみたいっすけどね。昔々につけられた傷跡は消えないとかなんとか」

 

 一度肩を落としたユメが改めて説明したところで、ソプラがテナーの方を向いた。

 

『テナーが起きるまでどうしようか』

 

「ソプラがテナーを負ぶってくれるなら帰るっすけど、負ぶるっすか?」

 

『無理』

 

 真面目な顔で返したソプラにを見て、ユメはひとしきり笑うと「それじゃあ、起きるまで暇でも潰してるっす」と返した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 テナーの腕がドロリと骨を残して溶ける。

 

 爛れた腕の肉が自重に耐えられずブチブチと音をたて落ちた時、今度は業火が残った骨を焼き始めた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「うわああ」

 

 テナーが叫び声をあげて目を覚ます。さっきのは夢だったのかと安心すると同時に、現実の出来事としての最後の記憶が思い出されたテナーは、寝転がった状態で右手を上げる。

 

 あるわけもない、あったとしても悲惨な状態に違いないと思っていたテナーの予想は裏切られ、そこには普通の腕があった。

 

 スライムにまとわりつかれたこと自体現実ではなかったのか、とテナーは自分自身を疑ったが、不自然に無くなっている服がその考えを曇らせる。

 

「ほらほら、テナー起きたならそこ退いてあげないとソプラが可哀想っすよ?」

 

「そこを退く?」

 

 急に聞こえたユメの声にテナーが首を傾げるが、気が付いてみると寝ているはずなのに頭が痛くない。

 

 テナーがあたりをよく見てみると、知った顔が真上にあった。

 

「ソ、ソプラ、ごめん」

 

 自分がソプラに膝枕されている事に気が付いたテナーが、慌てて起き上がる。

 

 それを見たソプラは首を振って、大丈夫だと示した。

 

「えっと、俺、どうなって……。と、言うかなんで右手が無事なの?」

 

「何でって、そりゃあ、生えてきたからっすよ。ボロボロでもうだめかと思っていた所、急に生え出したからびっくりしたっすね」

 

「生えたって……」

 

 呆れたように言うテナーに、ユメは不服そうな顔をする。

 

「生えてきたっすよね。ね、ソプラ」

 

 話を振られたソプラがキョトンとした後で頷く。

 

 ソプラまでそんな事を言うので、本当に生えてきたのかと疑問に思ったテナーだが、事実がどうあれ二人は生えてきた以外の答えは返してくれないだろうなとも悟った。

 

 自分だけ仲間外れの様な心境で膨れるテナーを見て、ユメが「まあ、いいじゃないっすか、こうやって、皆無事だったんすから」と声をかけた。

 

「それはそうだけど……」

 

「さて、帰るっすよ。ソメッソさんに親玉倒したって教えないといけないっすし。

 

 これでユメはリュミヌに居る理由もなくなったっすからね」

 

「ユメ、どこかに行っちゃうの?」

 

「それはテナー達も一緒だと思うっすよ。ここでもうやる事はないはずっす」

 

 ユメの言葉を聞いてテナーが頷く。

 

「まあ、テナー達にくっ付いて行くのも面白いと思うっすけど、ひとまずこれを売りに行かないといけないっすから」

 

 そう言って、大きな袋に入った“なにか”をテナーに見せると、ユメは先に立って歩き始めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一行がオフィスに戻ると、ソメッソは椅子に座って何かを考えているようだった。

 

「ソメッソさん、ご機嫌いかがっすか?」

 

「何だ、お前たちか。機嫌は良くも悪くもない」

 

「そんなソメッソさんに朗報っすよ」

 

 楽しそうにユメが言うが、ソメッソは興味がなさそうに「ほお」と形だけで返した。

 

 その反応に、ユメは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに笑みを作る。

 

「ちゃんと聞いておいた方が良いっすよ。何せ、スライムの親玉を倒してきたんすから」

 

「お前たちだけで……か?」

 

 半信半疑だと言う視線をソメッソがユメに向けると、ユメは肩にかけていた袋をその視線上に持って行った。

 

「これが証拠っす。親玉が取り込んでいた貴金属その他っすけど、流石にこの大きさのものは親玉以外じゃ作れないんじゃないっすかね?」

 

 ソメッソはそれをじっと眺めると、大きなため息をついた。それから、怒ったように話し出す。

 

「それで、お前たちが怪我でもしたらどうしてたんだ?」

 

「心配してくれるのは嬉しいっすけど、ユメもテナー達も目的があって行ったんすよ。

 

 何も遊びに行ったわけじゃないっす」

 

 それを聞いたテナーが、自分たちの目的が達成されたのは偶々なんだけどな、と思っているとユメがソプラの手を掴んで歩き出した。

 

「そんなわけで、明日にでも確認しに行ってみると良いっすよ」

 

「ユーバーはどうするつもりなんだ?」

 

「ユメはユメっす。ユメはまた自由人に戻るっすよ」

 

「そうか、それではな」

 

「またっす」

 

 あっさりと交わされる別れに、テナーは唖然としてしまう。それからすぐにユメに追いつくと、声をかけた。

 

「あれで良いの?」

 

「良いって何がっすか?」

 

「ソメッソさんとあれで別れるつもりでしょ?」

 

「ああ、大丈夫っすよ。たぶん、またそのうち会うっすから」

 

 自信たっぷりにユメが言うので、テナーもそんな気がしてそれ以上問う事はなった。

 

 オフィスのドアを開けて外に出た所で、ユメがテナーに何かを投げて渡す。

 

 慌てて受け取ったテナーが投げられたものを見ると、そこにあったのはユメが使っていた家の鍵。

 

「これ……」

 

「ユメはもう行くっすから、好きに使って良いっすよ」

 

「でも、もうすぐ日暮れだよ?」

 

「自由人のユメは、昼とか夜とかに囚われないっす。行きたい時に出発して、気が済むまで滞在するっす」

 

 当たり前のように言うユメをテナーが寂しそうな顔をしてみる。

 

 そんなテナーの様子に気が付いたユメは、とても楽しそうに話し出した。

 

「寂しいんっすか?」

 

「そ、そんな事……」

 

「テナー達ともまた会う気がするっすからね、たぶん大丈夫っすよ」

 

 ユメはそう言ってテナーの頭をわしゃわしゃと撫でると、背を向けて話を続けた。

 

「次に二人が目指すのは、ここから北西に真っ直ぐ行ったところにある森の、さらに先にあるムルムランドってところっす。そこに多分、二人が求めているものがあるっすよ」

 

 テナーがユメに話しかけようと一歩踏み出すより早く、ユメが歩き出す。

 

 声をかける事が出来なくなったテナーは、ただただユメの背中を見送る事しか出来なかった。

 

 ユメの姿が見えなくなったところで、テナーの服の袖をソプラが引っ張る。

 

「うん、行こうか」

 

 そう返したテナーはソプラに引っ張られるまま、ユメが使っていた家に向かった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ユメの家で一泊したテナーとソプラは、朝店が開き始めた頃に準備を整えるとリュミヌの町を後にしようと門を出た。

 

「そこの二人、止まれ」

 

 ちょうど門を出た所で、全身を鎧で覆った一団に道を塞がれた。ほどなく町の門が閉じられる。

 

 いったい何事かと、テナーがよくよく鎧を見てみると、いつだったかアパの村までソプラを探しに来ていた二人組とよく似た鎧だと言う事に気が付いた。

 

 やはり腰には剣が差してあるが、前回と違い今度は軽く十人は見て取れる。

 

「お前がアパの村のテナーか?」

 

 一団の中でテナー達の正面立っていた、鎧――この人物だけ剣を差していない――がそう尋ねてきた。

 

「そうだけど、何の用? あんまり歓迎はされてないよね」

 

 周囲を警戒しながら、テナーが睨み付けるように返すと、先ほどの鎧とは別の鎧が前に出て無機質な声を出した。

 

「その女が例の女だな。捉えろ」

 

 その声に合わせて数人がソプラの方へと動き出す。しかし、それよりも早くテナーが威嚇するように炎を飛ばした。

 

 それに反発するように一人が「この野郎」と叫び飛びかかろうとしたところで、最初の鎧が「やめろ」と鋭い声で諌める。

 

 言われた鎧が妙に緊張した様子で「失礼いたしました」というのを聞いて、そいつがこの団体のリーダーだとテナーの中で予想が出来る。

 

 リーダーの男はテナーの方に向き直ると、威厳のある太い声で語りかけた。

 

「アパ村のテナー、お前のやっていることは間違っている。

 

 その少女をこちらに渡せばお前の罪も見逃してもらえるだろう」

 

「罪って何さ」

 

「その少女を連れている事だ」

 

「ソプラを連れていることが罪なら、追いかけるお前たちも悪いだろ」

 

 テナーがそう言って、ソプラを庇うように、戦闘態勢に入る。

 

 テナーに引く意思がないと理解したリーダーの男は、兵を下がらせ自らは大きな銅鑼を出現させた。

 

「どうしても渡してはくれないか?」

 

「ソプラはものじゃない」

 

「そういう事ならば仕方あるまい。王宮騎士団第七部隊隊長フォルス参る」

 

 名乗りと同時にフォルスが銅鑼を叩いた。たった一音で、テナーがスライム洞窟の入り口で使った炎の球よりも大きい火球が、テナーの方へと飛んでいく。

 

 しかし、その事よりもテナーにはフォルスの言ったことの方が衝撃的だった。

 

 「王宮騎士団」つまりは、悪者でも何でもなくソプラを追っていたのは中央だったと言う事。

 

 迫りくる火球をソプラの手を引いて避けたテナーは、困惑した頭のままに和太鼓を叩く。

 

 その炎は普段よりも数段弱く、単純な実力差もあってフォルスに簡単にかき消されてしまった。

 

 急に意気消沈してしまったテナーを見たフォルスは、期待外れだとばかりに息を吐くと大きな声でテナーに語り掛けてから、音を轟かせた。

 

「その程度の覚悟で、その子を連れ回すなど笑わせる。これで終わりだ」

 

 何もない空中から現れたのは、筒状の炎。それはまるで蛇のようにうねうねと動く。

 

 しかし、蛇とは違い手のようなものが摸され、顔の様な部分には髭のようなものが形作られている。

 

「蛇……?」

 

 見た事のない生物を模した炎をテナーが、何とか自分の知っているもので表現した時、冥土の土産だとばかりにフォルスが声を出した。

 

「これは、太古の昔存在したと言う“龍”というモンスターを模したものだ」

 

 炎の龍は、フォルスが銅鑼を叩くのに合わせてテナーに迫る。

 

 最初、何とか横に飛び退いて避けることは出来たが、炎龍はすぐさま方向転換をしてテナーを追尾し始めた。

 

 空を踊るように翔る龍を紙一重でテナーも躱し続けるが、反撃する暇はなく徐々に体力が削られていく。

 

 成す術なくテナーが諦めて足を止めてしまった時、テナーは自分の後ろにソプラがいる事に気が付いた。

 

 このままでは、ソプラももろとも焼かれてしまうと悟ったテナーは、せめてソプラだけでも助けようと、ソプラに覆いかぶさるように庇う態勢を取った。

 

 その時にソプラの小さな手がパチンと鳴る。

 

 それからほどなく、熱さで覆われると思っていたテナーに耳にすごい勢いで水が蒸発していく音が聞こえた。

 

 何があったのだろうと、ソプラを離して振り返るとそこには水の壁にぶつかり姿を失っていく炎龍の姿がある。

 

 状況が呑み込めないのはテナーだけではないらしく、騎士団たちも身動きすら取れない。

 

 それに気が付いたテナーは、その隙をついてソプラの手を取り走り出した。

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