「何と言うか、あまり賑わってはないね」
ムルムランドの町を歩きながら、テナーがルーエに耳打ちする。
実際、日が昇ってしばらくたつと言うのに、人の往来は少なくお店にもそんなに客はいない。
「私も初めて来たから何とも言えないんだけど、何かあったのかもね」
「何かって?」
「それが分かったら苦労しないよ」
それもそうかと、テナーが周囲を見回す。やはり、人は少ない。
でも、偶に歩いている人が女の人や子供、老人ばかりだと言う事にテナーは気が付いた。
「昨日の夜って男の人いたよね?」
「そうね。むしろ昨晩の方が賑わっていたんじゃない?」
ソプラもルーエの言葉に頷く。
ルーエの目が、伸ばしたソプラの腕の先へと向けられた。
「理由は分かっても変な感じがする」
「何が?」
「こう……手を繋ぐ男女を引き連れて歩く状況が……かな」
ルーエの目が冷めていくのを感じたテナーが、慌てて空いた方の手を振った。
「じゃ、じゃあ、ルーエも手を繋ぐ?」
「ふうん。テナーは両手に花が望み……と。まあ、それもいいかもね」
そう言って、ルーエがテナーと手を繋ぐと、テナー越しにソプラの方を見た。
どうしたのかとソプラが見返すと、ルーエが鼻で笑って正面を向く。
ルーエの行動に苛立ちを感じたソプラが、テナーの腕にしがみついてテナーを睨み付けた。
今の状況に困り果ててしまったテナーが「ルーエ、冗談だよ」と言うと、ルーエはすぐに手を離した。
「テナーと手を繋いでも嬉しくないしね。テナーはとらないから安心していいよ、ソプラちゃん。
でも……ふーん。まあ、確かにそうなるか。だからって……ねえ?」
ルーエがニヤニヤとソプラを見るので、ソプラの顔が朱に染まっていく。
二人の様子を見ていたテナーは、状況を理解することが出来ず「どういうこと?」と洩らした。
「テナーの癖にって事」
「分からないんだけど……」
「そんなだから“テナーの癖に”なんだよ」
テナーの方を向いていたルーエが、くるっと背中を見せて一歩前を歩き出す。
歩きながら首だけ後ろを向け、ルーエがテナーに問いかける。
「行先はオフィスで良いよね?」
「う、うん」
改めて進行方向を見たルーエは足を速めるので、テナーはソプラの手をしっかりと握って「ルーエ待ってよ」と追いかけ始めた。
ムルムランドのオフィスは、町の中央の白い石畳に囲まれた噴水の前にあった。
町の中心にあたる所であるからか、男性の姿もちらほら見受けられるようになる。
オフィスの建物は、噴水を作っているものと同じ白い石で造られていて、リュミヌのオフィスと同じくらいの大きさをしている。
「そう言えばルーエってオフィスに来るのって初めてじゃない?」
「何回かは来た事あるよ。と、言うか……」
オフィスに入る直前、テナーが得意げにルーエに話しかけたが、逆に呆れたとばかりの声色で返された。
しかし、ルーエが言い終わる前にオフィスの中から「ルーエさん! ルーエさんですよね?」と高い声と共にルーエと同い年の女の子が出てきた。
黄色の髪に健康そうな肌、肩を出すような服を着た少女は、一緒にいるテナーやソプラには全く見向きもしないでルーエの所まで駆け寄る。
「え、えっと。貴女誰?」
ルーエが困惑した顔をするので、テナーが首を傾げた。
「ルーエの知り合いじゃないの?」
「ここに来るの初めてって言ったでしょ?」
「そうだったね」
テナーが納得したように頷いている間に、やって来た少女が緊張した面持ちでルーエを見た。
「あ、あの。わたし、セグエって言います。以前中央であった競技会でルーエさんを見た時からファンになりました」
「ファン……って。そんな大したことないと思うんだけど。ルールに則ったお遊びみたいな感じだったし」
「そんな事無いです。わたしと同い年くらいの女の子が、演奏者の競技会で入賞していたんですから」
目を輝かせ、興奮を抑えられないと言った様子で迫るセグエにたじたじになっているルーエを見ながら、テナーが不思議そうな顔をした。
「ルーエ、競技会って何?」
「やっぱり覚えてなかったんだね、テナー……」
目の前の少女とテナーの発言とで頭の痛い思いをしながら、ルーエが説明を始める。
「競技会って言うのは、何年かに一回、大陸中の演奏者を集めて能力を競い合うもの。
何年か前、私が結構村を空けたの覚えてる?」
「そんなことあったような……一か月くらいだっけ?」
見知らぬ演奏者が来る代わりに、ルーエが村を空けたことが確かにあったと、テナーが思い出した所で、ルーエが頷く。
「競技会ってやつで、ルーエが入賞したの?」
「うん」
「ルーエさん、この人誰なんですか?」
黙って二人の会話を聞いていたセグエがテナーに敵意を見せる。
「テナーって言って、同じ村の演奏者なんだけど……」
「同じ村……なんてうらやま……いいえ、近くに住んでいて何でルーエさんの凄さを知らないんですか。これだから男の子は……」
途中から俯いてブツブツ呟きはじめたセグエの扱いに困り果てたルーエが彼女の顔を覗き込んだ。
「取りあえず、オフィスの中に入っていいかな?」
「あ、はい。ご案内します。後ろの男の子も」
ころころと表情を変えるセグエは最終的にテナーを睨みつけて、オフィスの扉を開けた。
板張りの床、表面がざらついている白い壁、扉を入ってすぐの受付を無視するように中に入った四人は、テーブルを囲んでいた。テナーとルーエが向かい合い、テナーの隣にソプラが座って、テナーから一番遠い所にセグエが座った。四人の他には誰もいない。
「えっと……」
何かを話そうとするテナーに、セグエが鋭い目を向ける。
気迫に押されてしまったテナーが言葉を飲み込だところで、テナーの手のひらで何かが動いた。
『ルーエに任せた方が良さそう』
テナーがちらっとソプラを見ると、むすっとテーブルを見つめていた。
仕方がないので、テナーはルーエに視線を送る。
「えっと、セグエ……さん?」
「セグエで良いですよ、ルーエさん」
「じゃあ、セグエ。私もルーエで良いよ」
「いえ、是非ルーエお姉さまと呼ばせてください」
迫るセグエに、ルーエはこくんと半ば頭を縦に振らされた。
「セ、セグエ」
「何ですか、お姉さま」
「えっと……」
ルーエがテナーに目配せをする。(何を尋ねたら良い?)と言いたいのだろうとテナーは気が付いたが、どう伝えたものか分からない。
『星』
短く書かれた文字を、テナーは口パクでルーエに伝えた。
とっさのフォローにお礼を言おうとして、テナーがソプラの方を見る。
しかし、ソプラが頬を膨らませていたので何も言えない。むしろ、その状況で助け舟を出してくれたのかと思うと、テナーは可笑しくなってしまった。
『何で笑っているの?』
睨むソプラに、テナーが謝っている間にも、ルーエとセグエの話は進む。
「私達、星を探しているんだけど、セグエは知らない?」
「星ですか? 一年前に降ったって言う?」
「うん、それかな」
ルーエが首肯すると、セグエは話し辛そうに目を逸らした。
「えっと、北にあるアンティコ遺跡に落ちたと噂がありまして、わたしもそう見えたのですが、中央からの通達で捜索しても何も見つからなかったんです。
それに、アンティコ遺跡から沢山のモンスターが出て来るようになって今は近づけないんですよ」
「沢山のモンスター……って事は、町に男の人が居ないのって」
「はい、少しでも数を減らそうって、腕に覚えのある人は退治に行ってます。
幸いなことに昼間に活動するモンスターが多いので、夜には騒がしい人たちが帰ってきてちょっと賑やかになりますね」
ルーエとセグエの話を聞きつつ、テナーは今後どうするのかを考える。
恐らく星が落ちたのは、セグエの情報通り北のアンティコ遺跡と言う所だろう。探しても見つからなかったのは、リュミヌの時のようにモンスターにとられてしまったからではないか。
そう考えると聞きたいことがテナーには出来たが、セグエはテナーの言葉は聞いてくれないだろう。ソプラは話せないし、たぶんルーエに話しかけようとしたらセグエの機嫌を損ねる。
手詰まりになったかなと思ったテナーだったが、ふとソプラがメモ帳を常備している事を思い出し囁きかける。
「ソプラ、メモ帳とペン貸してくれない?」
『どうしたの?』
「星関係でセグエに聞きたいことがあって」
ソプラがサッとメモ帳とペンをテナーに渡す。受け取ったテナーは『増えたモンスターについて知りたい』と書いてこっそりルーエに渡した。
「モンスターが増えたってどんなモンスターなのか分かる?」
「狼みたいなモンスターですね。棘のような毛皮を持っていて結構厄介なんです」
「そのモンスターは此処に来るまでに何体も見たけど、普通の人が勝てるような相手じゃないよね? 町の人達は大丈夫なの?」
「はい。とはいっても一年前はわたし含めた演奏者しか相手できなかったんですけどね。
対処法が確立して、町の近くまで単独でやってくる奴なら一人で遭遇しない限り少なくとも逃げることが出来ます。基本は罠にはめてってやるんですが」
「セグエって演奏者だったの!?」
思わずテナーが声をあげると、セグエは人を殺せそうな視線で「わたしが演奏者じゃ駄目なんですか?」と凄んだ。
テナーが慌てて首を振ると、セグエは舌打ちをしてルーエに向き直る。その時には上機嫌に戻っていた。
「でも、セグエは今日は退治に行かなくていいの?」
「大丈夫ですよ。一人くらいは演奏者が残っていないと、町に何かあった時に困りますから」
「確かにそうだね。ちょっと、セグエの魔法を見せて欲しかったんだけど……」
ルーエが肩を落とした時、オフィスのドアが乱暴に開かれて、三十代ほどの女性が肩で息をしていた。
「セグエはいるかい。ちょっと来てくれ」
「どうしたんですか、そんなに急いで」
「門の所にモンスターが現れたんだよ。門は閉めておいたから大丈夫とは思うけど、いつまでも居座られても困るし、帰って来た男たちが危ないから、頼めるかい?」
「男はどうでもいいですが、あまり居座られたら食べ物とか水とか入ってこなくなりますね。と、言いますか仕事ですし、行ってきます」
立ち上がったセグエに女性は「頼んだよ」とオフィスから出て行った。
「私達もついて行って良い?」
「もちろんです。むしろ、ルーエさんには色々手とり足とり何とりご教授願いたいです」
「え、えっと。とりあえず、行かない?」
押され気味のルーエが、テナーに目配せをする。これ以上セグエと一緒に居たくないと思っていたテナーだが、セグエの魔法については気になるのでついて行くことにした。
門までの道、町の外側に向かうにつれて砂っぽさが増していく。
初めはルーエにくっ付いていたセグエは、次第にソプラを気にするようになってきた。
「そちらの方は何で男なん……えっと、手を繋いでいるんですか?」
「ソプラちゃんは、病気で声が出せないから、手を繋いでおかないとはぐれちゃうんだって」
「それは気の毒ですね……こんなに可愛らしいのに……」
うっとりとセグエがソプラを見るので、ソプラは怯えたようにテナーの陰に隠れた。
その仕草がまた、セグエの琴線に触れたのか悶え始める。
話には入れないけれど、ただただ貶されているテナーは一人無心に歩くしかなかった。