音SAGA   作:姫崎しう

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十八音目

「ちょっと準備があるので門で待っていてもらえますか」

 

 と言ってセグエがどこかに行ってしまい、テナーとソプラとルーエは一足早くムルムランドの門にやってきた。

 

「俺、何か空気になった気分なんだけど……」

 

「私はちょっと疲れちゃったかな。押しが強くて……」

 

『怖かった』

 

 それぞれに、セグエの印象を言い合いそれぞれに溜息をつく。

 

 テナーは気になる事があったので、セグエが来る前にと話し出す。

 

「準備って何するんだろう。セグエって演奏者なんだよね」

 

「演奏者って言うのも色々なタイプがいるから。そうやって演奏者=魔法による攻撃って考えるのがテナーの悪い所だよ」

 

 やれやれと首を振るルーエにテナーは何か言い返そうとして、止める。

 

 ルーエが意外そうな顔をした。

 

「言い返してこないんだ」

 

「悔しいけど、ルーエの言う通りだから」

 

 テナーが唇を噛むのを、ルーエが少し寂しそうな顔で見ていた。

 

「お待たせしました。それでは行きましょうか」

 

 そうしている間に、セグエが帰って来たのでテナーが口を閉じる。

 

 セグエは細身の長剣を担いでいて、他に荷物も増えて無い事からそれを取りに帰ったのだと三人には分かった。

 

 テナーとしてはセグエの身体には大きすぎる長剣に疑問を覚えたが、先ほどのルーエとのやり取りもあったので閉口しておくことにして、セグエの後について外に出る。

 

 門の前、街道を少し離れた所にテナーも何度か見た棘のような毛皮を持つ狼が眠っていた。しかし、一行の気配を感じ取ったのか、すぐに目を覚ます。

 

 こちらを見ながら唸り、戦闘態勢に入る狼を見ながらセグエが一人前に出る。

 

「お姉さま方は下がっていてください」

 

 片腕で後ろの三人を制止させるセグエだが、三人は元から動く気は無かったようにピクリともしない。

 

 背負った長剣を両手でしっかりと握ったセグエは、危なっかしく狼と対峙した。

 

「ルーエ、あれ大丈夫かな?」

 

「剣に振り回されている感じはするけど、大丈夫って本人が言っていたし、大丈夫だと思うけど……」

 

「それに、両手が塞がっていて楽器も使えそうになくない?」

 

 ルーエは答えずに、不安そうな顔でセグエの様子を窺う。

 

 狼は数の上で不利だと分かっているのかその場から動かない。ピッと短い音がしたかと思うとセグエが走り出した。

 

 どう見ても剣を持つ女の子の速さではなく、瞬く間に狼に接近したセグエは遅い振りで切り付ける。簡単に横を通り抜けられた為、剣は空を切りセグエの身体がよろめいた。

 

 これを好機とばかりに狼は振り向きセグエに飛びかかる。

 

「危ない」

 

 テナーが叫ぶ頃には、鋭い牙が首筋を捉える直前で、向き直ったセグエの口にはホイッスルが咥えられていた。

 

 ピッと先ほどと同じ短い音を鳴らし、剣を手放したセグエの身体が凄い勢いで後退する。

 

 噛み付きが空ぶった狼が器用に着地した時、セグエが狼を飛び越え剣を手にしていた。

 

 

 

「なるほどね」

 

「ルーエ何かわかったの?」

 

 戦闘を見ながら頷くルーエにテナーが首を傾げる。

 

「むしろテナーは何もわからないの?」

 

「急に移動速度が上がったよね。たぶん、生身でついて行けるのはユメくらいじゃないかな?」

 

 涼しい顔のテナーとは対照的に、ルーエは怪訝そうな目を向ける。

 

「生身でって……あのセグエと駆けっこしていい勝負できるって事?」

 

「んー……たぶんね。ソプラはどう思う?」

 

『同じくらいかな?』

 

「ソプラちゃんなんだって?」

 

 テナーがソプラの言葉を繰り返す。聞いたルーエの疑いの眼差しは変わらない。

 

「そのユメって人、本当に人間なの?」

 

「流石にそれは酷いと思う」

 

「え、あ。う、うん。ちょっと気が動転して。流石にあの速度で動ける人って想像できなくて」

 

「じゃあ、セグエは……って、セグエのあれは魔法か」

 

「見た感じ、移動速度だけ上がるって感じみたいだね。剣振るのは遅かったし」

 

 ルーエの考察に感心しつつ、テナーはセグエの方に視線を戻した。

 

 

 

 狼と魔法を使ったセグエではセグエの方が速いらしく、ひょいひょいとセグエは狼の攻撃を避ける。しかし、セグエの反撃は避けられる。

 

 そんな事を何度か繰り返した後、セグエが腰を落として両手でガッチリ固定するように剣を持った。

 

 切っ先を向けられた狼がセグエに走り出すのとほぼ同時に、セグエがホイッスルを鳴らす。しかし、セグエは動くことはなく、狼の速度が上がり、自ら剣に突き刺さり、息絶えた。

 

「お姉さま、ソプラさんどうでしたか」

 

 大変そうに剣を引き抜き、ルーエとソプラに手を振る。

 

 しかし、ルーエの目が鋭く、ソプラがテナーの袖を引いているので、セグエがポカンとして首を傾げた。

 

「セグエその場動かないでね」

 

 ルーエの切羽詰った叫びを聞いて、セグエが得体のしれない焦燥にピタッと動きを止めた。

 

 

 

『周りに敵。数は五匹』

 

 ソプラに伝えられたテナーがすぐに和太鼓を出す。ルーエもすでに篠笛を出していた。

 

「テナー、場所分かる?」

 

『セグエの近くに三、門を挟むように二』

 

「え、えっと。セグエの近くに三匹、左右に一匹ずつ」

 

「ソプラちゃんに聞いた方が早そうだね。私がセグエの所に行くから、左右のは任せたよ」

 

 ルーエはそう言って篠笛の高い音を響かせながら、先ほどまでのセグエよりも速い速度でセグエの元へと近づいた。

 

 テナーもすぐに炎を出現させ迎え撃つ準備を行う。

 

「ソプラ、距離は分かる?」

 

『遠い。少し余裕ある』

 

 短く伝えられた文字に、テナーは炎の温度を上げ始める。皮を叩くドンと言う音の間に現れるカッという短い音がする度に炎が揺らぎ始め、ガサガサと草をかき分ける音がする頃には青々とした炎がテナーの頭上に揺らめいていた。

 

 ようやく姿を見せた狼は、セグエが倒したものと同種のようだが一回りも二回りも大きく、二頭でテナーとソプラを追い詰めるようにぐるぐると周囲を回る。

 

 焦れたテナーが先んじて炎を飛ばす。青い炎はテナーの太鼓に合わせて狼に飛んで行き、飛び退いた狼を追尾するように動く。

 

 着地したところで炎にのまれた狼は鳴き声を上げる間もなく、黒く燃え尽きた。

 

 しかし、遠くに飛ばした炎を近くに戻す暇もなく、もう一匹の狼がテナーに襲い掛かる。

 

 和太鼓を叩いていたテナーはその合間に、撥同士をぶつけカンッと乾いた音を鳴らした。

 

 狼の目の前に一瞬だけ火花が散り、狼がバックステップで距離を取る。

 

 この隙にテナーが青い炎を近くまで引き寄せるが、急に狼が逃げ始めた。しかし、炎の速度に勝る事の出来なかった狼はしばしの追いかけっこの後に炎に包まれ一匹目と同様にその姿を影へと変える。

 

『お疲れ様』

 

 とソプラに労われながらテナーがルーエの方に意識を向けた所、座り込んだセグエを庇うように立っていたルーエが三匹の狼を真っ二つにしていた。

 

 

 

 テナーはソプラの手を引きながらルーエの所まで走って行った。

 

「ルーエ大丈夫?」

 

「もちろん、テナーの方も大丈夫みたいだね。今の狼、多分セグエが倒したのよりも強かったからちょっと不安だったんだけど」

 

「大丈夫だよ。ソプラと旅をしながらもっと強い敵だって倒したんだから」

 

 洞窟のスライムを思いながらテナーが言い返すと、ソプラが音もなく、まるで「ユメがいたからでしょ」と言わんばかりに笑う。

 

 テナーがバツの悪そうな顔をするが、事情を知らないルーエは首を傾げた。

 

「す、すす……」

 

 下から声がして三人の視線がセグエに向く。

 

 セグエは何やらプルプルと震えており、ほどなく尊敬のまなざしでルーエを見た。

 

「素敵です。流石です。お姉さま」

 

「えっと、ありがとう」

 

「一瞬でわたしのところまで来て頂けただけでなく、三匹の狼を一撃で屠るなんて……

 

 やっぱりお姉さまはお姉さまです」

 

 立ち上がりルーエの手を握るセグエに、ルーエは困ったように笑う。

 

 セグエは惜しむように手を離して、今度は不服そうにテナーを見た。

 

「男の人でも少しは役に立つんですね。少しだけ見直しました」

 

 一瞬何を言われたのか理解できなかったテナーは、意味に気が付き頬が緩む。

 

 フンッとセグエはルーエに視線を戻し、残念そうな顔を見せた。

 

「でも、今日は飛んでいただけなかったですね。是非、間近で見たかったんですけど」

 

「え!? ルーエって飛べるの?」

 

 テナーの驚きにもセグエは何かを言おうとして飲み込む。

 

 セグエの様子を窺っていたテナーは、ホッとしてルーエの方を向いた。

 

「いや、流石に空は飛べないよ」

 

「ですが、競技会で自由に空をかけていましたよね」

 

「空は走った記憶はあるけど、流石に実用的じゃないから」

 

「では、安全になりましたし、見せて貰う事ってできませんか?」

 

 興奮覚めやらぬセグエがルーエに迫るので、ルーエはテナーに視線を送った。

 

「いいよ。俺も見てみたいしね」

 

 テナーが頷いたところで、ルーエが篠笛を口元に当てる。

 

 ピューっと確認するかのように長い音を鳴らした後、ルーエがメロディを奏で始めた。

 

 風に囁きかけるように静かに、でも確かにルーエは篠笛の音を響かせ飛び上がった。

 

 しかし、降りてこない。跳躍の最高点で足をおろし、空を蹴る。

 

 まるで階段でも駆け上がるようにその高度を上げたルーエは、その場に腰を下ろすと地面にいる三人を見下ろした。

 

 しばらくして空の上から跳び下りると、今度は階段を降りるように下ってくる。

 

 最後、地面に足を着けたと同時に篠笛を口から離したルーエにセグエが惜しみない拍手を送った。

 

「流石、お姉さまです。優雅です、美しいです。完璧です」

 

 興奮するセグエの隣で、テナーが冷静に尋ねた。

 

「えっと、今のって風の刃に乗って移動したって事だよね?」

 

「大体そんな感じかな。ミスしたら落ちるし、落ちたら死ぬかもしれないからあまりやりたくないんだけどね」

 

 その口ぶりから、何か保険くらいはあるんだろうなとテナーが確信していると、ルーエが深刻そうな表情をしていることにテナーが気が付いた。

 

「ここに居ても仕方ないし、早く門の中に入ろう」

 

 急かすようなルーエに疑問を覚えつつも、一行は町の中に入った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 オフィスに戻った後、ルーエがゆっくりと話し始めた。

 

「どう考えてもタイミングが良かったように思うんだけど、どう思う?」

 

「タイミング……って何ですか?」

 

『モンスターが援軍に来たタイミング』

 

 テナーが伝えたソプラの言葉に、ルーエが首肯する。

 

 長剣を持って来たままのセグエは、抱えるように持ちながら首を傾げていた。

 

「セグエが一匹倒して安心したところで、さらに強そうなモンスターが来たでしょ?」

 

「偶々じゃないですか?」

 

「セグエに聞きたいんだけど、こういうことって過去にもあったの?」

 

「いえ、聞いたことはないです。基本的に群れから追われた奴ですから」

 

 ルーエが目を伏せて考え始める。

 

「えっと……」

 

 ルーエが黙ってしまい沈黙が流れる中、耐えられなくなった恐る恐るテナーがセグエに話しかける。

 

 セグエはあからさまに嫌そうな顔をしたが、そのままの顔で「何でしょうか?」と返事をした。

 

「ルーエってそんなにすごかったの?」

 

「どうやら、貴方も少しはお姉さまの凄さを理解しようと言う気になったのですね。

 

 仕方がないので、少しだけ話してあげます」

 

 嫌そうな、でも少しだけ楽しそうな顔でセグエがテナーに話を始めようとしたとき、壊れんばかりの勢いでオフィスのドアが開かれた。

 

「セグエは居るかい」

 

 現れたのは先ほどの女性。肩で息をしている所まで先ほどと同じ。しかし、よく見ればその手にはベットリと赤黒い何かが付着している。

 

「その赤いのは何なんですか。何があったんですか」

 

 セグエが女性に駆け寄ると、女性は動揺と恐怖で上手く言葉が話せないのか声を震わせ、何度か口をパクパクと開閉して、ようやく話しだした。

 

「モンスターが、男たちを……は、早く門の方に」

 

「分かりました。わたしは門に向かうので、落ち着いたら受付さんに詳しく話してください」

 

「セグエちょっと待って」

 

 オフィスを出ようとしていたセグエをルーエが引き止める。

 

 セグエは気持ちが急いてしまっているのか、ルーエの言葉にじれったさを感じつつもテナー達の方へと帰って来た。

 

「いくらお姉さまの話とは言え、今は悠長にしている場合では……」

 

「うん。分かってる。たぶん、さっき私達が戦った強い方の狼と似たようなのが現れたんだろうね」

 

「分かっているなら、早く行かないともっと被害が」

 

 焦るセグエに対して、ルーエはどこまでも冷静に話す。

 

 ただ、見ているだけのテナーは、女性についた赤黒いものが何なのか想像してしまい、顔には出ないまでも不快感に襲われていた。

 

 そのテナーの背中をソプラが撫でる。

 

「ルーエ、説明してくれるよね」

 

 ソプラにお礼を言った後、テナーはルーエに問いかけた。流石にテナーも事の重大さは理解できている。

 

「さっきタイミングが良かったって言ったよね」

 

「わたしが一匹目を倒してから援軍が現れたタイミング……ですよね。それってむしろタイミングが悪くないですか? 結局助けられていないんですから」

 

「助けるつもりだったならタイミングは悪いけど、私達を倒すって意味合いだとまた違ってくるよね」

 

「最初の一匹を囮にして、残りで隙をついて倒すって事だよね。ルーエやソプラに見抜かれてはいたけれど。

 

 でもそれをモンスターがやったって、ルーエは言いたいの?」

 

 そんな頭はモンスターにはないはずだと、テナーは言わんばかりだったが、ルーエは簡単に頷いた。

 

「私達だけだったら偶々で済んだかもしれない。でも、今まで大怪我する人もいなかったんだよね」

 

「そう……ですね」

 

「じゃあ、そう言う想定で行かないと、私達まで危険な目に会うよ。セグエは大きい方の狼倒せる?」

 

 セグエが首を横に振る。今まで通り、一対一で且つ相手の動きが直線的であればセグエでも倒せるだろうが、もしもルーエの言う通り相手に知恵がある場合勝てる自信はないし、複数が相手なら希望すらない。

 

「テナーは大丈夫だよね」

 

「もちろん」

 

「そう言うわけで、セグエ取りあえず門まで行こうか。

 

 今日は深追いせずに門の安全を確保するって事で私とテナーが何とかするから」

 

「は、はい、分かりました。でも、わたしが行っても足手まといにしか……」

 

 自信なさそうにセグエが言うのに対してルーエは優しい顔で頭をゆっくり横に振った。

 

「怪我して帰って来た時に、私達みたいなよそ者ばかりが居るよりも、セグエがいた方が安心できるからね。私達だけで行っても門の外に出して貰えるか分からないし」

 

「分かりました。では、行きましょうか」

 

 もう我慢できないと歩き出したセグエに、三人はついて行った。

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