音SAGA   作:姫崎しう

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二音目

 少女の手を引きながらテナーは、その手の先にいる女の子が“音”を失ったのだと言う普通にはあり得ない現実を痛感した。

 

 途中、誤って少女の手を離してしまった時、振り返ってその顔を見るまで少女がそこにいないんじゃないかと錯覚してしまう。

 

 それは、声や足音だけじゃなくて衣擦れの音や呼吸の音すらしないから。

 

 どうしてそのような事になったのかテナーには分かりようが無かったが、その事に気を取られるあまり手を引かれて少女が走っている時にタタッ……タタッ……と二重に足音がしている事にもテナーは気づくことはなかった。

 

 少女の方は目を見開いて驚いていたけれど。

 

 アパの村の入口、柵の代わりに門になっている場所に着くとテナーは「ここで待ってて」と少女をそこに留まらせて村の様子を窺う。

 

 いつもなら村人達は畑仕事に精を出している所だが、今日は出来た野菜を売りに行くと言う事であまり人がいない状況。ルーエも今日はそちらの護衛に行っているため村を開けている。

 

 ちらほらと畑に出ている人もいるが、幸か不幸かテナーの家は村の出入り口に最も近く、また例外的に畑側に作られていた。

 

 村人達に見つからないようにタイミングを計りながら、テナーは少女の手を引いて一度自分の家の陰に隠れると、少女にもう一度待つように言って普通に家に帰る。

 

 木でできた小屋のような、他の家と比べると雑に作られたようにも見える家の中も外観通りに質素で、最低限の家具しかないと言った感じ。

 

 テナーはベッドのある少女が居るはずの面の窓を開けると「こっち」と呼びかけた。

 

 少女は一瞬首を傾げたが、テナーの存在に気が付くと両手をテナーの方へと伸ばす。

 

 テナーも手を伸ばし少女の手を掴むと一気に引き上げた。

 

 その時の少女の軽さにテナーは驚いたが、一連の企てを誰にも悟られることなく完遂できたことに安堵の息を漏らすと窓を閉めてカーテンまでする。

 

 明かりをつけて改めて少女を見ると、服も靴もボロボロで痛々しさのあまりテナーは目を逸らしてしまった。

 

 しかし、すぐに目線を戻すと少女を椅子に座らせてから話し始める。

 

「改めて、俺はこの村で演奏者をやっているテナー。演奏者をやっていると言っても、楽器を出せるようになったのは一年前からなんだけどね」

 

 そう言って、テナーが照れくさそうに鼻を掻くと少女は目をぱちくりとさせてじっとテナーを見た。

 

 その視線に気が付いたテナーは困ったように笑うと、説明を加えるために口を開く。

 

「俺も覚えていないんだけど、一年前の星の落ちた日に事故にあってから楽器を出せるようになったんだよ」

 

 テナーの言葉に少女は大きく驚くことはなく、その一つ一つをかみしめるように頷きながら聞いていた。

 

 少女の反応が思っていたよりも小さくて何と声をかけていいのかわからなくなったため、テナーは話を進めようと紙とペンを用意する。

 

「君は文字は書ける?」

 

 テナーがそう言って用意したものを渡すと、少女は無表情に頷いてサラサラと紙に文字を書き始めた。

 

 勿論、サラサラなんて音はしないのだけれど。

 

 書き終わったのか少女がテナーに見せた紙には小さめの丸っこい字で、でも素っ気ない内容の言葉が書かれていた。

 

『私の名前はソプラ』

 

「ソプラ、か。良い名前だね。

 

 それで、どうしてソプラはあの森にいたの?」

 

『逃げていたら、いつの間にか迷い込んでいたの』

 

「逃げていたら、ってモンスターから?」

 

 テナーのこの問いにソプラは首を振って否定を示す。

 

 テナーは無音の中、一人で話している状況に違和感ばかりを覚えていたが同時にワクワクしていた。

 

 目の前の少女ソプラは何かから逃げていると言っている。しかし、テナーから見て今までに見たことも無い位に可愛いソプラが悪い事をしているようには思えなかったから。

 

 つまりテナーにはソプラが悪い奴から追われている少女に見え、そんな少女を助けると言うシチュエーションが退屈な村の生活を送っていたテナーにはとても魅力的に見えたのだ。

 

 だから、テナーはこう問わずにはいられなかった。

 

「君はこれからどうするの? 俺に何か手伝えることはない?」

 

『その前にいくつか聞かせて』

 

 興奮気味のテナーの質問に対してソプラの反応はとても冷静で、少し拍子抜けに思いながらもテナーは「いいよ」と答えた。

 

 それを見たソプラが無音でペンを走らせる。

 

『どうして私を助けたの?』

 

「どうして、って。困ってる人がいたら助けるに決まってるよ」

 

 そんな事かとばかりにテナーが気の抜けた顔をした。

 

 ソプラはそう言うテナーをじっと見つめると、何かを考えるように頷く。

 

 それから、また何かを書き始めた。

 

『私の事を隠しながら連れてきたのはどうして?』

 

 追われているソプラとしてはそちらの方が都合が良いのだけれど、テナーから見てそうする利点がソプラには思いつかなかった。

 

 それを聞いたテナーはバツの悪そうな顔をすると、しぶしぶと言った感じで話し出す。

 

「この村にはもう一人演奏者がいるんだけど、そいつに見つかると色々面倒な事になりそうだったから。

 

 良く平和が一番だって言っているルーエはソプラみたいに何か事情がある子はあまり村にいれたがらないと思うんだよ」

 

『テナーはどうして入れてくれたの? それに、どうして手伝いたいなんて言うの?』

 

「やっぱり、女の子を一人置いてって言うのは何か嫌だったから。

 

 せっかく助けたのに、そのあと何かあったら元も子もないしね。

 

 それに、この村は好きだけどちょっと退屈なんだよ」

 

『村の外に出たいの?』

 

「村の外にも出てみたい……かな。でも、やっぱりソプラの事が何だか放っておけないんだ」

 

 ソプラはテナーの瞳をじっと見つめた。良くも悪くも純粋で、嘘なんてつけそうもない瞳。

 

 自分の周りにはいなかった、そんな真っ直ぐな瞳にソプラは一つ賭けてみたくなってペンを執る。

 

『星を探しているの』

 

「えっと、どういう事?」

 

 急に話が変わったせいで理解が追い付かないテナーが首を傾げたのを見て、ソプラは短く『どうするのって聞いたよね』と書く。

 

 思い出したかのように大きく二度テナーは頷くと口を開いた。

 

「星って言うと、空にある?」

 

『一年前に降って来たっていう星』

 

「どうして星を?」

 

 そんなテナーの言葉に答えたくないのか答えられないのかソプラは首を振る。

 

 テナーはそれ以上ソプラが星を探す理由を聞く事は無く、しかし嬉しそうに自らの考えを提示することにした。

 

「その星探し、俺も手伝っていいんだよね?」

 

『テナーが手伝ってくれると言うのなら』

 

 何を書くのか決めていたかのように淀みなくペンを動かしソプラが答えると、テナーが満面も笑みで「勿論」と返す。

 

「それで星についてソプラが知ってる事って……」

 

 早速何か自分に出来ないかとテナーがソプラに星について知っている事を尋ねようとしたが、ソプラの手から無音でペンが落ちた後

、テーブルを転がって地面に落ちた音が聞こえたので口を閉じる。

 

 見ればソプラがテーブルの上、自らの手を枕にして眠ってしまっていた。

 

 先ほどまでモンスターに襲われ、急にこんな所に連れてこられた疲れが出たのだろうと、テナーはソプラをベッドの上まで連れていく。

 

 ソプラがこうやって無防備で眠れると言う本当の意味に気が付く事も無く。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 流石に眠っている女の子と一緒の部屋に居ると言うのが躊躇われたテナーは書置きをして家を出る事にした。

 

 とは言え、平和な何もない村。何をするか迷った結果、書置きに星について調べてくる旨を書いて家を出る。

 

 青い空の下、丁度畑仕事の手を止めているテナーよりも一回り年上の女性に声をかける。

 

「アフェットさん、ちょっといいですか?」

 

「あ、テナー。昔みたいにあー姉ちゃんとか呼んでくれていいのに」

 

「確かに昔はよく遊んでもらってましたし、そんな風に呼んでいましたけど……」

 

 アフェットはそう言って顔をそむけるテナーを柔らかい笑顔で見つめると「それで、どうしたの?」と尋ねる。

 

「アフェットさんは星について知っていますか?」

 

「あ、えっと……星って夜空に浮かんでいる星?」

 

 明らかに動揺した様子のアフェットにテナーは首を傾げたが、話を続ける。

 

「一年前に降ったって言う星なんですけど」

 

「そ、その星ね。どうしてそんなこと知りたいの?」

 

「あ、えっと……」

 

 アフェットに替わって今度はテナーが口ごもる。

 

 ソプラの事を言ってしまえばルーエの耳に入った時に面倒な事になるだろうから。

 

 それでも、黙っていてもアフェットに不信感を与えてしまうかもしれない為、苦し紛れに口を開いた。

 

「ちょっと気になったんですよ。何個くらい降ったのかとか、どこに落ちたのかとか」

 

「そういう事なら、私の知っている範囲でなら答えてあげる」

 

 アフェットは少し安心したような顔でそう言うと、指を四本立てた。

 

「私が知っている範囲だと落ちたって言う星は四つ、落ちたのは大まかに大陸の北と東と西、そして中央……だったかな」

 

 「ごめんね、あんまり知らなくて」と謝るアフェットにテナーは首を振ってお礼を言うと、他の人に声をかけるためにアフェットと別れた。

 

 それから、何人か村人を捕まえて話を聞いてみたが、アフェット以上の情報は得られず家路につくことにした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ソプラは目を覚ますと自分が久しぶりに感じる柔らかさに起きるのが億劫になっていた。

 

 ふかふかの布団に、自分を包み込む毛布。

 

 思わず毛布を丸めてそれに抱き着く。本当に久しぶりの幸せな時間。

 

 しかし、ガチャッというドアの開く音にソプラは飛び上がるように起きるとサッとベッドを正す。

 

 そして、ずっと起きていたかのように椅子に座った。

 

「ただいま、ソプラ。起きてたんだね」

 

 ソプラが頷くと、テナーがテーブルを挟んで反対側に座る。

 

『テナーがベッドに寝かせてくれたの?』

 

「ソプラ、疲れていたみたいだから。よく眠れた?」

 

 そう尋ねられてソプラが頷くと、テナーが嬉しそうな顔をする。

 

『テナーはどこに行ってたの?』

 

「一応書置きはしていたんだけど……」

 

 そう言ってテナーがテーブルの上に置いてある紙を指さす。

 

 ソプラがその紙に目を落とすと、少し汚い字で『星についてしらべてくるね テナー』と書いてあった。

 

「本当に良く寝てたみたいだね」

 

 そう言って笑うテナーにソプラは何だか気恥ずかしさを覚えて頬を朱に染める。

 

 それでも、出来るだけ平静を装いながらペンを走らせた。

 

『それで何かわかったの?』

 

「落ちた星が四つって事と、それぞれ大陸の北側と東側、西側。そして中央の何処かに落ちたらしいって事はわかったよ」

 

『四つ? 私は五つだったと思うけど』

 

「そうなんだ。でも皆、三つとか、四つとか言っていたんだけどね。

 

 此処からだと五つは見えなかったのかな?」

 

『北東西と中央以外に落ちたかもしれない場所は聞けた?』

 

 ソプラがテナーをじっと見つめてから、一呼吸置いて何かを考えるようにテナーに問いかける。

 

 その間にテナーは首を傾げたが、聞いたことをそのまま伝えた。

 

『じゃあ、一個は分からないままだね』

 

「ソプラは場所分からないの?」

 

『分からない』

 

 短い言葉をソプラが紙に書きつけた所で、ソプラがふとお腹を手で押さえた。

 

 それに気が付いたテナーが首を傾げる。

 

 ソプラは恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると、慌てたように雑な字を書き始めた。

 

『二日くらいまともに食べられなかったから』

 

 そう書いた紙で自分の顔を隠すソプラをテナーはまじまじと見る。

 

 きれいな肌をしているけれど、その腕は心配になるほどに細く、着ているものもボロ切れを少しましにした程度のもの。

 

 こんなに悠長に話すよりも先に食べ物と着替えを用意するべきだったと反省をしつつ、テナーはひとまず食事を作ろうかと立ち上がった。

 

「適当に何か作ってくるから、少しの間待ってて。

 

 美味しいものは作れないかもしれないけど、食べられるものは作ってくるから」

 

 そう言ってキッチンの方へと向かう。

 

 両親を失い一人暮らしを始めたテナーに料理を教えたのはルーエ。

 

 初めは料理を作って持ってきてくれていたが、一人暮らしをするのであれば最低限自分で料理できるようになれと言われて半強制的に教え込まされた。

 

 ルーエ自身料理上手と言うわけではないが、調理器具の最低限の使い方は教えてもらっている。

 

 お肉を入手するには別の町か村で買ってくるしかないアパの村では肉料理はあまり作られない。その代わりに水と野菜は豊富にあり、魚も海が近いためによく食べられていた。

 

 そんなわけで、テナーは海で獲れた魚を塩焼きにして、野菜を蒸す。

 

 難しい事は何もしない料理をしながらテナーはソプラの着替えをどうするかを考えていた。

 

 当たり前だがテナーの家に女の子用の服はない。そしてテナーと同じ年代の子供と言うとアパの村には他にルーエしかいない。

 

 しかし、ルーエに服を借りるには事情を説明しなくてはならず、それだとソプラを匿っている意味がなくなってしまう――最悪服を提供する代わりにソプラが村を出ていくように言われるかもしれない――。

 

 取りあえず、ソプラに自分の服で我慢して貰えないかを聞く事にして、出来上がった料理をソプラのもとへと持っていく。

 

 湯気立つ料理を目にしたソプラは文字通り釘付けと言った様子でそのお皿を目で追った。

 

 自分の目の前に置かれたそれにいち早く手を付けたいと言う衝動を必死で押さえつけていると、テナーが「どうぞ」と言って匙を渡す。

 

 渡された匙を手にすると、ソプラは行儀も考えず魚を口へと運ぶ。

 

 ほんのりと塩は効いている魚は、それこそほんのりと塩味がするだけで何の変哲もないものだったがソプラにしてみれば久しぶりのまともな食事。

 

 空腹こそが最高のスパイスとばかりに手を休める事無く食べ終えると、今度は鮮やかな色をした野菜に手を伸ばす。

 

 ほんのりと甘く優しい味のそれにソプラが舌鼓を打っていると、テナーが嬉しそうな顔で見ていることにソプラは気が付いた。

 

 ソプラはバツが悪くなってしまったが、それでも目の前の料理には勝てないと今度はテナーの目を気にしながらお皿を空にする。

 

 それを見て満足したテナーがソプラに問いかけた。

 

「ソプラの着替え、俺の服しかないんだけど良いかな?」

 

『借りていいの?』

 

「星を探す時に今の格好のままだと町には入り辛いと思うから。

 

 町に行ってソプラの服を買えるまでそれで我慢してくれると嬉しいかな」

 

『私、お金持ってない』

 

「俺が少しは持っているし、道中珍しいものを拾えば売れるかもしれないから大丈夫」

 

 「一応俺もこの村の端くれ。ものの売り方くらいは知ってるからね」と言ってテナーが笑う。

 

 ソプラから見ると、その言葉が虚勢を張っているだけなのか本当に自信があるのかはわからなかったが、こうやって自分に笑顔を向けてくれる人は久しぶりでその笑顔を信じてみようと言う気になったので感謝の意を込めて笑顔で頷いた。

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