音SAGA   作:姫崎しう

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二十五音目

 地下空間から伸びたいくつもの階段。その一つをのぼった先に、白い石を端正に磨き上げたような天井が現れた。

 

 恐らく地上に通じる扉だろう。テナーが扉の先に誰かがいるかもしれない緊張と無残な死体とは別の空間に移動できる安堵との相反する吐息を漏らす。

 

 ユメはコツコツと天井をノックして、数秒様子をみつつ松明の火を消してから白い天井を持ち上げた。

 

 出来るだけ音をたてないように気を付けて、四角い石を出口の隣に置いてからすぐに上に上がる。大量の木の箱が辺りに積まれていて、暗くて分かり難いが、地面が白と黒の四角い模様が交互に並んだ柄になっている。

 

 ユメの合図に従ってテナーとセグエも地下空間から抜け出した。

 

 テナーが入口を塞いでいる間に、ユメは唯一ある扉に耳を当てて物音がしないか確認する。

 

 そーっとドアを開け顔だけ出すと、廊下に続いているようで辺りには人はいない。

 

 廊下にはいくつも扉があったが、無視するように真っ直ぐ玄関に向かう。

 

 ドアのノブと触ろうとした瞬間、わずかにユメの表情に焦りが見えた。

 

「外に出たらすぐにこの家に影に隠れるっす」

 

 小声で指示を出し、ドアを開けて先に二人を外に出す。まだ安全なはずだが、もしもの時にしんがりを務められるのは自分だけだから。

 

 二人に続いてユメも家の影に隠れた直後、赤く染まった空の下けだるそうな男達の会話が聞こえてきた。

 

「何だってこんな辺鄙へんぴなところにひと月も居なきゃいけないのかねえ」

 

「それが仕事だからな。誇り高い中央の兵たるものどんな任務も手を抜かずに……」

 

「まあ、いいじゃないですか。辺鄙すぎて人も来ないから見張りも適当でいいですし、普通だったら住めないような豪邸を宿代わりに一か月いるだけでかなりの報酬と、半月の休暇がもらえるんですから」

 

「何て言うか暇なんだよなあ。モンスターが出ても新しく来た田舎者がでしゃばるし」

 

「その分こっちは安全なんですから、退屈を我慢するだけのぼろい商売ですよ。

 

 何だったら明日からは宝探しでもしますか? 一応任務なんですし」

 

「お前ら、誇り高き任務に対して……」

 

「はいはい、分かりましたから。明日は暇つぶしに宝探しをするって事で」

 

 会話はそこで途切れ、終わりを示すかのようにドアが閉まる音がした。

 

 ぎりぎり見つかりはしなかったかと、胸を撫で下ろした所でユメがテナー達の方を見る。

 

 二人とも必要以上に緊張で強張っていて思わずユメが噴出した。

 

「別にそこまでガチガチにならなくていいと思うっすよ?」

 

「いや、だって何かもの音をたてたら見つかるんじゃないかって」

 

「仮に見つかってもユメ達なら何とかなるっすよ。

 

 此処に泊まるのは三人だけみたいっすね。話しぶりから最低もう一人はこの町にいると思うっすけど、その点に関してはあと十人くらいいる気持ちでいるべきっすね」

 

 小声で話し終えたユメの目に、セグエが考え込んでいる姿が映った。

 

「セグエ、どうしたんすか?」

 

「えっと、本当にユメさんが言っていた通りだったなあと思いまして」

 

「そんな事を考えている余裕があるなら大丈夫っすね。このまま大通りは避けて、町の端っこにある住宅地に行くっすよ」

 

 立ち上がりそのまま家と家の隙間を縫うようにユメが走り出した。

 

 

 

 迷うことなくユメは一軒の家に行き、中に入った。

 

 途中、何度か兵士を見かけたが、侵入者などいるはずないと思っている彼らにテナー達を見つける事が出来るはずもなく、無駄にテナーとセグエの心拍数をあげるだけのイベントに成り果てていた。

 

 ユメが入った家の中は、リュミヌでユメが拠点にしていた家よりも一回り広く部屋の数も一つ多い。

 

 ランプやろうそくはあるが明かりはつけられず、外が暗くなっていくのに合わせて家の中も暗くなる。

 

「ここは……ユメの家?」

 

「違うっすよ。でも、今さら誰の家って関係ないと思うっす」

 

「ユメの家には行かないの?」

 

「ユメは家なき子っすから」

 

 ユメの発言が事実か分からずテナーが反応に困り口を噤む。

 

「地下にあった死体……って例のモンスターにやられたんですよね?」

 

「そうだと思うっすよ」

 

「だとしたら、もしもそのモンスターが現れたらわたし達は無事でいられるんでしょうか? 今でこそ宝探しと兵士たちは言っていましたが、最初は真面目に探していたはずですし、それでも見つからなかった地下空間を見つけることが出来る頭を持っているんですよね」

 

 隠れながらの移動がアトラクションのようで、昂揚感に麻痺していた感覚が戻って来たセグエが声を震わせる。

 

「実は簡単にわかるような入口がどこかにあるのかもしれないっすよ? ユメもその辺正確に把握しているわけじゃないっすから。

 

 見つけたうえで中央も放置しているって可能性もあるっす」

 

 緊張感のないユメに対して「だったら」とセグエが声を荒げる。言った後で自分の失態に気が付いたのか、「ごめんなさい」と静まる。

 

「地下にあった死体だけ、そのままでしたよね。それってやっぱり見つかってないからじゃないんですか? 事件が正しければ、町中血の海のはずです。でも、町の中は寂れ、廃れてしまっていますが惨劇があったと言う感じではなかったです。

 

 町の人には申し訳ないですが、兵士たちも人ですから死体が転がっている町では寝泊まりするのは嫌だったはずですよね」

 

「町の地下でも嫌なものは嫌、ってセグエの考えは正しいと思うっすよ。

 

 騙されてくれたらよかったんすけどね、仕方がないから質問に答えてあげるっす。

 

 仮にこの町の惨状を作り出した何かと鉢合わせるようなことがあった場合、二人を逃がす時間くらいは作れるっす」

 

「わたし達が逃げる時間くらいって、まさか……」

 

「ユメじゃ勝てないっすね」

 

 セグエが絶句する。三人の中――ユメの言葉がただしければ人の中――一番強いユメが勝てないのであればだれが勝てるのだろうか。

 

 テナーが「俺も手を貸せば」と名乗りを上げるが、ユメは否定するようにかぶりを振った。

 

「仮にユメがテナーと戦えば、テナーに何もさせずに殺すことが出来るっすから、そう言う事っすよ。テナーが十人くらいいれば犠牲は五人くらいに収まるかもしれないっすけど」

 

 足手まといにしかなれないと暗に言われた悔しさに、テナーが唇を噛む。

 

 しかし、実際テナーが攻撃に移るまでに、太鼓を出現させる、炎を出現させる、炎を飛ばす、という段階が必要な以上何も出来ずに殺される可能性は十分に考えられた。

 

「とはいっても、大丈夫と思うっすよ。事件が起きてから数年経った今でも見つかっていないんすから、都合よくユメ達が此処にいる時に戻ってくる方が奇跡っす。例え奇跡が起こったとしても、最初に戦うのは兵士さん達っすからね。逃げる時間はあるっすよ」

 

 ユメの言葉に素直に安心していいのかはさておき、最悪の事態になった場合でも何とかなる可能性があると分かった二人は心の奥底では安堵していた。

 

 考えて見ればユメを苦しめたで敵がいたな、とテナーが思い出す。

 

「事件のモンスターってもしかして、ソプラの星を……」

 

「二人ともちょっと黙っていてほしいっす。あと、適当に物陰に隠れるっす」

 

 テナーの言葉を遮ったユメが、いつになく真剣なのでテナーは言葉を飲み込んで指示に従う。

 

 ほどなく、ひとりでにノブが動く。扉が開かれた瞬間、目にもとまらぬ速さでユメが扉の向こうの人物にナイフを突きつけていた。

 

 暗くて顔ははっきりと見えないが、シルエットで分かるのはユメよりも大きな男性だと言う事。

 

「黙って従ってくれたら命まではとらないっすよ」

 

「その声ユーバーなのか?」

 

「黙って……と言ったはずっすが、これはこれはソメッソさんお久しぶりっすね」

 

 急に知った名前が出て来て、思わずテナーが声をあげそうになるのを必死に抑える。

 

「事情は分からんがこのナイフを退けてくれると助かるんだが」

 

「いいっすけど、二つ条件があるっす。一つは他の人を呼ばない事、呼ぶような行動はしない事。もう一つはユメ達に危害を加えない事。了承出来ないなら縛りつけて端っこに転がってもらうっすし、了承したうえで破ろうとしたら容赦なくこの世とお別れして貰うっす」

 

「事情を説明するなら条件を飲む。だが、聞いて納得が出来なければオレが死のうが人を呼ぶ。オレの死体が見つかるのはユーバーも困るだろう?」

 

「了解っす。あと、ユメはユメっす」

 

 ユメがナイフを喉元から離すが、ソメッソが何事もなかったかのようにランプに火を入れようとするのでその手を掴む。

 

「オレはいつもこの家に泊まっているからな、ランプをつけなれば逆に怪しまれる可能性がある。何より、ここに泊まるようなもの好きはオレくらいだ」

 

 堂々と対応するソメッソにテナーは尊敬の念を覚える。答えを誤れば簡単に殺されてしまう中で、テナーはここまではっきりと自分の意見を言えない。

 

「ようやく明かりにありつけた所で事情を説明したいんすけど、二人とももう出て来て良いっすよ」

 

「あ、えっと。ソメッソさんこの前振りです」

 

「テナーまでいるのか……もう一人は初めて見るが」

 

「セグエと言います。可能な限り近づかないでください」

 

 こんなセグエを見るのは久しぶりだとテナーは少し可笑しくなる。

 

 ソメッソは「ああ、わかった」と短く返してユメの方を向いた。

 

「説明して貰おうか」

 

「いやあ。セグエって男嫌いだったんすね」

 

「はい、嫌いです」

 

「でも、テナーは大丈夫っすよね」

 

「町を救ってくれた恩がありますから」

 

 ソメッソを無視してユメとセグエで盛り上がるが、ソメッソは慣れた様子で二人を見ていた。ユメがソメッソの方に向き直った時「相変わらずだな、ユーバー」と小言を言った。

 

「で、何から話せば良いっすか?」

 

「まず、この町に来た目的だな」

 

「歌姫に関する資料を盗みに来たっす」

 

「何処でその話を聞いたんだか……何にせよ、実行するなら人を呼ぶ」

 

 ソメッソの目が鋭くなる。対してユメは余裕綽々でソメッソを見ていた。

 

「資料を少なくとも盗まれないってのがソメッソさんのお仕事っすもんね」

 

「分かったうえで言うんだな」

 

「ソメッソさんも何となく気が付いているんすよね」

 

「……ソプラはどうした?」

 

 今までよりも低い声で質ただすソメッソに、ユメは満足そうな笑顔を見せる。

 

「歌姫は星を二つ取り戻して次を探しているっす。で、歌姫について何にも知らなかったユメ達は歌姫についての情報を集めているっすよ」

 

「ソプラが歌姫だったと言う事か……落ちてきた星はソプラの歌姫としての力そのもので、中央は歌姫を捕まえようとしている……なるほどな」

 

「話が早くて助かるっす」

 

「事情は分かったがオレにも目的がある」

 

 揺るがないソメッソの目が、テナー達の目的を絶対に阻止すると訴える。

 

 例の事件を追うために此処でミスをして除名されるわけにはいかない、というソメッソの事情も分かるがテナーもここで足を止めていられない。

 

 しかし、ソメッソと争う事もしたくないテナーの口から「ソプラは……」と漏れ出した。

 

「ソプラは、俺の家族を殺してまで星を取り返しました。許せるかはわかりませんが、でも、どうしても話をしたいんです。その為には歌姫について、ソプラについて少しでも多くの事を知らないといけないんです……」

 

 テナーが俯き吐き出すように淡々と話すので、セグエが辛そうに顔をそむける。しかしソメッソの表情は変わらない。

 

 無駄だと悟ったユメがテナーの肩を叩いた。

 

「残念ながらソメッソさんの決意も硬いみたいっすよ」

 

「でも、俺は」

 

「ルーエの時みたいに争いたくないんすよね」

 

 テナーが黙って頷く。

 

「そんなわけで、こっちとしても手詰まりかけていて最終手段に出ないといけなくなりそうなんっすけど、ソメッソさんが折れてくれたりしないっすか? 世界の存亡がかかっているんすよ」

 

「悪いがオレは半分死んだようなものだからな」

 

「分かってはいたんすけどね。仕方ないっすね、出来れば嫌だったんすけど」

 

 飄々とした態度のユメにソメッソが身構えた。先ほどは不意を打たれたが、来ると分かっていれば多少はやりようがあると、ユメの一挙一動に気を配る。

 

 嫌な雰囲気にテナーが「ユメ何を」と止めに入ろうとしたとき、ユメの口から「例の事件の顛末を教えてあげるっすよ」と飛び出した。

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