音SAGA   作:姫崎しう

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三十二音目

 ベドイテントに入ってからテナーの視線はあらゆる方向へと向けられていた。

 

 町の外側にある商業区はさらにいくつかに分けられていて、今テナー達が居るのは最も活気がある場所。

 

 軒下に商品が並べられて、という形はテナーにも覚えはあるが、売っている商品は野菜や肉と言った食べ物であっても見た事無いものが沢山あり、バラエティに富んでいる。

 

 粗野っぽい所もあるが、道や店はしっかりとした造りになっていて、店ごとに内装にこだわっている所もテナーの興味を引いた。

 

 セグエに「恥ずかしいですから、キョロキョロしないでください」と言われても耳に入らず、オフィスに引きずられるまで進行方向とは違う場所を見ていた。

 

 ベドイテントのオフィスは広くテナーよりも年下の子から、ソメッソよりも年上の人までごった返しているので一行は目立つことなく、しかし人の多さに苦労してテーブルを確保する。

 

「さて、今からの行動の話をするっすよ」

 

「行政区ってところに入れるようにするんだよね?」

 

「つまりオレの単独行動と言う事になるわけだ」

 

「ユメとソメッソさんで行くっすよ。

 

 家族四人が暮らせるような家をソメッソさん一人でもらえるとは思えないっすからね」

 

「家族って、わたしも入っているんですか?」

 

 セグエが嫌そうな声を出すが、ユメは「都合が良いっすからね」と受け流す。

 

 セグエも理解はしていたのか「分かりましたよ」としぶしぶ折れてから続けて話した。

 

「わたしとテナーはどうしたらいいんですか?」

 

「どこかで暇でも潰していてくれたらいいんじゃないっすかね」

 

「本当に!?」

 

 急にテナーが声を出すのでユメが驚いて身を引く。純粋な目をしてみてくるテナーを前に、ユメは子供でも見るかのような目をする。

 

「危険な事をしないなら好きに町を周って良いっすよ。

 

 色々なものがあるっすから、きっとテナーもいい経験が出来ると思うっす」

 

「じゃあ、もう俺は良いよね。先に外に……」

 

 立ち上がり飛び出そうとするテナーをユメが「待つっす」と引き留める。

 

「夕方までには此処に戻って来るっすよ?」

 

「分かった、それじゃあ行ってくるね」

 

「セグエ、テナーのこと任せるっす」

 

「やっぱりこうなるんですね」

 

 セグエが一つ息を吐いてからテナーを追いかける。セグエがテナーに追いつき、二人で町に消えていったのを確認してから、ユメはソメッソの方を向いた。

 

「行かせてしまって良いのか?」

 

「良いんじゃないっすか? むしろ、テナー達くらいの年齢だとあれで普通だと思うっすよ?」

 

「だが今は普通をやっている時ではないだろう」

 

「流石、お父さんは頭固いっすね。テナーもセグエも元は普通の子供っすよ?

 

 テナーは静かな田舎暮らしだったのが、急に血みどろの世界に足を踏み入れたっすから、たまにはああやって息抜きしてくれないとこっちが心配になるっす。

 

 もしかするとテナー自身敢えてあんな風にふるまっているだけかもしれないっすけどね。

 

 セグエだって、対モンスターって世界から急に相手が人になったすよ。モンスターを倒すのと人を殺すのでは精神的負担は大違いっす」

 

「オレも人は殺した事無いけどな」

 

「ユメの事殺そうとしていて何をぬけぬけと言っているっすか」

 

 笑いながら話すユメをソメッソは呆れた顔をしてみていたが、一度視線を外してから気持ちを入れ替えて話題を変える。

 

「で、オレ達はどうするんだ?」

 

「とりあえず行政区に向かうっすけど、その前にいくつか設定を覚えていてほしいっす」

 

「家族がどうのってやつだな」

 

「その通りっす。まあ、難しくないっすけどユメ、テナー、セグエ全員ソメッソさんの子供っす。セグエ辺りはちょうど反抗期って感じで面白いっすよね。

 

 で、アニマートもソメッソの桟の子供っす」

 

「アニマート……か。わざわざアニマートを入れる必要はあるのか?」

 

 呟くようにソメッソは娘の名前を呼んだ後で、ユメに疑問を呈する。

 

「アニマートがモンスターに殺されたからこそ、こうやって中央への移住を考えている、とした方がそれっぽいっすからね。

 

 行政区に入りたいって十分すぎる理由だったりするっすけど、万が一は必要っす」

 

「なるほどな。他には覚えておくべきことはあるのか?」

 

「後はユメがフォローしながらって感じっすから、変な事言わなかったら大丈夫っす」

 

「では、行くか。テナー達が帰ってくる前に終わらせないとな」

 

 立ち上がったソメッソにユメが思い出したように「もう一つありました」と声を掛ける。

 

「何だ?」

 

「私、良い子していますからあまり私を刺激しないでくださいね?」

 

「……努力する」

 

 笑顔のユメに嫌な予感を覚えながらソメッソはオフィスを後にした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 行政区と居住区は壁によって隔てられている。行政区と城も同様で、城下町、中央などいくつか呼ばれ方のあるベドイテントは、人によっては壁の町と呼ぶことがある。

 

 居住区は先ほどまで一行がいた商業区とは違い、落ち着きのある雰囲気で子供たちの学びの場である学校や公園が整備されている。

 

 人通りはそれなりにあるが、商業区に働きに出ている男性が居ない分、女性の方が比率的に多い。

 

 大きな道が一本通っている商業区と違い、ブロックに分けるように整備された道を中央の方へと歩いて行けば行政区への壁へとぶつかる。

 

 行政区へは東西南北とその間に八つ入口があり、常に兵士が見張りをしていた。

 

 ユメとソメッソが門に近づくと、遮るように中年の兵士が間に入ってくる。

 

「ここから先、許可された者以外を通すわけにはいかない」

 

「トーベントに派遣されていたソメッソだ。報告することがあってやって来た、通してほしい」

 

 ソメッソが自らの階級を示すメダルを兵士に見せる。

 

 兵は訝しげにそれを眺めてから、道を開けた。

 

 二人が門をくぐろうとしたところで、兵士から「待て」と声がかかる。

 

「そちらの女性は何者だ? 兵士ではないようだが」

 

「初めまして、娘のユーバーアルディタメンテと申します。見ての通り無愛想な父ですので、行政区の方々に失礼があってはならないと思い同行したいのですが、構わないでしょうか?」

 

 最初の会釈から言葉をすべて言い終わるまで、至極丁寧に、自らの外見的魅力を存分に使うような言動を行うユメを見て、ソメッソは得体のしれない気持ち悪さを覚える。

 

 背中に鳥肌が立ち、ともすれば兵士に気づかれてしまうのではないかと案じたが、兵士はユメに見惚れソメッソには全く意識を向けていなかった。

 

「し、仕方あるまい。くれぐれも失礼の無いように頼む。」

 

 あっさりユメの同行が認められたので、ユメは礼を言ってソメッソの後ろをついて行政区に足を踏み入れた。

 

 行政区は居住区よりも一つ一つの建物が大きく、居住区よりもさらに清潔感と統一感がある。

 

 人の数は居住区よりも少ないが、立ち振る舞いから育ちの良さを見て取れる。

 

 しかし、ユメの立ち振る舞いも負けず劣らずのうえ、不釣り合いな壮年の男を連れているので要人護衛か何かだろうと特別目立つことはなかった。

 

「何と言うか、ユーバーがいてくれて助かったな。オレ一人だと嫌でも目立つだろう」

 

「お父さんは顔が怖いですからね」

 

「お前のその立ち振る舞い、やはりトーベントで学んだのか?」

 

「そうですが、ここまで役立つとは思っていませんでした」

 

 一度見ているとはいえ、ユメの今の状態になれないソメッソの話はどこかぎこちない。

 

 ユメは内心、ソメッソさん演技へったくそっすね、と思いながらも微笑みの仮面をしっかりとつけていた。

 

 南門から入ってまっすぐ進めば城門へとたどり着く。その左右に王が作った兵士の詰所と研究機関が並んでおり、一気に空気が変わる。

 

 城にはいる事が許されているのは二つの機関の上層部のみで、王に謁見しようとすれば彼らの同伴が必須となる。

 

「詰所に行く前に確認しておきたいんだが、王への謁見を頼むのか?」

 

「いえ、今王様に顔を覚えられてしまうと面倒だと思いますから、トーベントの件で大切な話があると言って会う事の出来る人に何でも頼んでみましょう」

 

「分かった」

 

 ソメッソは頷いて詰所の扉を開いた。

 

 詰所の中はとても広くてきれいなオフィスと言う様相をしている。

 

 派手になりすぎず、品を損なわないようにシンプルに纏められ、扉を入ってすぐの所に槍を持った兵士が二人立っていた。

 

 ユメとソメッソが中に入ると同時に出入り口をふさぐ。

 

 正面にカウンターがあり、眼鏡をかけて短めの髪を後ろでまとめた女性が座っている。

 

 鋭い目つきでソメッソを見つつ、女性は冷めた声を出す。

 

「どのようなご用件でしょうか?」

 

「トーベントの件で報告したいことがある。例のものらしきものを見つけた。

 

 話の通じる人物に御目通り願いたい」

 

 女性が不審そうな顔をするので、ユメがスッと歌姫に関する資料の表紙に当たる部分を見せた。

 

 訝しげに出された資料に目を向けた女性は、一瞬驚いたように目を見開いて改めてソメッソを見上げる。

 

「承知いたしました。ただいま該当する方が席を外していますから、しばし時間を頂けますでしょうか」

 

「どれくらいで戻るか分かるか?」

 

「町を見て回ると仰っていましたので、夕方までには戻られると思います」

 

 ソメッソがユメの顔をみて、ユメが頷いて返す。

 

「構わない」

 

「では、メダルをお預かりしてもよろしいでしょうか? すぐに部屋ご案内いたします」

 

 女性はソメッソからメダルを受け取り、カウンターの奥にいる別の若い女性を呼ぶ。

 

 呼ばれた女性は受付の女性とは違い、物腰柔らかそうな人でユメと同年代ように見えた。

 

「ではご案内いたします」

 

 女性の後について詰所の階段を上っていくさなか、ユメが女性に話しかける。

 

「あの、お会いできる方のお名前を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

「七番隊隊長のフォルス様です。気さくな方ですから、あまり緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 礼を言うユメに女性は気後れしながらも会釈で返し、足を止めた。

 

「フォルス様がお戻りなられましたらお呼びいたしますので、こちらでお待ちください」

 

「ありがとうございました」

 

 促されてユメとソメッソが中に入り、女性はゆっくりとドアを閉めた。

 

 テーブルとそれを挟むようにソファが置かれた、正方形の部屋には目ぼしいものはない。

 

 ユメとソメッソはソファに腰をおろし話し始めた。

 

「名前を聞く必要はあったのか?」

 

「名前を知らない事が失礼になるかもしれませんから。お父さんも気を付けてくださいね?」

 

「フォルスと言う名前に聞き覚えがあるのか?」

 

「噂程度には聞いたことがあります。確か炎の魔法を使うのだとか」

 

 答えた後で、ユメはふと気になってソメッソに尋ねる事にした。

 

「お父さんは兵士としてどれくらいの立ち位置に居るんですか?」

 

「一応、真ん中くらいだろうな。この詰所に居る者よりは下だろう」

 

 新兵のはずだが、やはり演奏者はそれだけで上に行けるのかとユメが納得し頷く。

 

 隣で、ソメッソが不安そうに口を開いた。

 

「ところでテナー達は大丈夫なのか?」

 

「弟達もやんちゃではありますが、あれでしっかりしていますから大丈夫ですよ」

 

 ユメがそう言ってもソメッソの表情は険しいまま変わらない。

 

「自由に町を見ていいと言ったが、この町には各区以外にも行ける場所があるだろう?」

 

「貧民街……ですか。ひと気のない場所ですから、あの二人でも危険だと分かると思いますよ。

 

 好奇心は強いですが、その辺りの判断くらいなら出来るはずです。それに、何かから逃げ回るようなことがなければ近づくことも無いでしょう」

 

「それも、そうだな」

 

 ソメッソの中で不安はぬぐい切れていなかった。

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