音SAGA   作:姫崎しう

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三十三音目

 オフィスがあるベドイテントの中でも一、二を争うほど賑やかな一角は、主に町の外から来た人向けの店舗が多い。

 

 ファッション性よりも機能性に富み、焼き立ての柔らかいパンではなく保存食用の固いパンの方を良く見かけ、剣や槍、ナイフと言った武器も売られている。

 

 セグエと一緒に歩いているテナーは、見覚えのない紫色の果実を見つけて駆け寄っていく。

 

「セグエセグエ、これなんだろう?」

 

「そんなにはしゃがないでください。」

 

 興奮気味のテナーとは対照的に、セグエは冷めた声を出す。

 

 まるで本当の兄弟のような会話を聞いた、女性店主がテナーの示していた実を手に取った。

 

「これは言ってみれば水筒の代わりだよ」

 

「どういうこと?」

 

「触ってみると柔らかいんだけど、それ以上に丈夫で水分を逃がさないのさ。

 

 さらには水分豊富だから持ち運ぶのには便利なんだよ」

 

 一通り説明を終えた店主が、紫の実の売値を告げる。子供の小遣いでも買えるような値段の果実をテナーは迷うことなく購入した。

 

 

 

 興味の赴くままにテナーが次にやって来たのは、先ほどまでよりも幾分か落ち着いた雰囲気の区画。

 

 商品は店内に収められているが、殆どの店舗が外から見ても何が売られているか一目で分かるように大きな窓やガラスが設置されている。

 

 売られているものも一変し、焼き立てのパンやおしゃれな衣類、食器や調理器具が良く見られた。

 

 他には文房具を専門に置いている店もあり、町の住民が買い物をするところと言った所か。

 

 テナーは以前自分の家に置いてあったメモ帳とペンを見つけ足を止めた。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、ソプラが家から持ち出したのが、これだったなって思って」

 

「やっぱり、気になるんですね」

 

「そもそも、ソプラを止めるために此処まで来たのに、気にするなって言う方が無理だよ。

 

 俺にはもう、ソプラを追う事くらいしかやることも無いから」

 

 テナーは手に持っていたメモ帳を棚に戻してから、店を後にする。

 

 道の端にベンチを見つけ、二人はそこに座った。

 

 テナーが見上げた空は穏やかで、ソプラによって人の生活が脅かされるどころか、小さな争いすら無いように思える。

 

「テナーはこの旅が終わったらどうするんですか?」

 

「んー……思いつかないな。やりたいことも無いし、大体この旅が終わった後、世界がどうなっているのかって全く想像できないんだよね。俺が生きているのかもわからないし」

 

 テナーはセグエの問いに此処まで返してから「でも」と通りを歩く人の方へと視線を向けた。

 

「ユメみたいな生活はちょっと憧れるかな」

 

「町を見て回る……ですか?」

 

「俺には帰る場所はないから。いっそユメくらい開き直れたらいいのかなって思うんだけど」

 

 感情の起伏なく話すテナーに危うさを感じ、セグエが何も言えずに唇を噛む。

 

 雰囲気が暗くなってしまったので、テナーが明るい声を出そうと立ち上がった。

 

「君は!」

 

 しかし、驚いた男性の声に遮られる。

 

 テナーが視線を変えた先には、ユメよりも少し年上の男が近づいてきていた。

 

 細身だが引き締まった体は、明らかに一般人のものとは違う。整った顔立ちに見覚えはないが、かけられた声には聞き覚えがある。

 

 すぐにいつ聞いたのかを思い出したテナーは、セグエの手を掴んだ。

 

「ごめん、セグエ。逃げるよ」

 

「あの人は?」

 

「説明は後。ちょっとやばいかも」

 

 テナーの焦りで状況を把握したセグエは、すぐにホイッスルを出現させてピーッと音を鳴らす。

 

 男も慌てたように「待ってくれ」と手を伸ばし走り出すが、風に背を押される二人に追いつけるわけもなく、頭の中の地図を開いた。

 

 

 

 男の姿が見えなくなったところで、二人は路地の物陰に隠れて息を整える。

 

「説明して貰ってもいいですか?」

 

「たぶん、あの男の人は中央の兵士なんだよ。しかも、隊長って言ってたと思う」

 

「会ったことがあるんですね」

 

「会ったと言うか、追い詰められたと言うか。何とか隠れられる場所があればいいんだけど……」

 

「お兄ちゃん達隠れる場所探してるんだ」

 

 大通りの方を見ていたテナーとセグエは、後ろから急にかけられた声に驚いて、振り返る。

 

 居たのは十ほどの男の子。しかし、全体的に薄汚れていて、ぼろきれの様な服を着ている。

 

「良いところ知っているんだけど、案内してあげようか?」

 

「いいの?」

 

「急いでるんでしょ? 早く行こうよ」

 

 男の子がテナーの服を掴んで歩き出そうとしたところで、反対側をセグエが掴んだ。

 

 足を進めようとしていたテナーは、訝しげな顔をしてセグエの方を向く。

 

「なんだか怪しいです」

 

「こんな小さな子供でも男は嫌なの?」

 

「嫌と言えば嫌ですが、そうではなくて、どこに連れていかれるか分かりませんよ?」

 

「罠かもしれないって事?」

 

 セグエが頷いて返す。

 

「でも、兵士に見つかっても駄目だし、土地勘のない俺達が兵士と追いかけっこしてもいつか捕まるんじゃないかな?」

 

「兵士を相手にするよりは……ですね。分かりました」

 

 セグエの決心が固まったところで少年が「決まった? 行くよ」と歩き始める。

 

 どんどんと表通りから離れた場所へ進み、町の雰囲気も落ち着いたものから、荒廃したおどろおどろしいものへと変わり始めていた。

 

「何処に向かっているんですか?」

 

「僕たちの秘密基地だよ。お金とかは貰わないから安心してね」

 

 あたりの雰囲気とは違い明るい声を出す少年に、テナーは安心しかけていたが、セグエはいっそう警戒心を強める。

 

 気が付けば見渡す限りゴミの山と言った所に着いた。いくつもある山を縫うように進んで行くと、少し開けた所に出る。円形になっている広場に、テナーと同い年くらいの、目つきの悪い少年を始め何人か子供たちが屯っていた。

 

「ソルドさん。連れてきましたよ」

 

 テナー達を連れてきた男の子は、もっとも年上に見える少年の元に駆け寄っていく。

 

 ソルドと呼ばれた少年は、値踏みでもするような目でテナー達を見ると「よくやったな、コルト」と男の子を褒めてから、テナー達を睨み付けた。

 

「さて、お前たちは理由はともかく俺達のテリトリーに入ったわけだ。

 

 だったら言いたいことはわかるよな?」

 

「お金を払えば匿ってくれる?」

 

 テナーが返すのをセグエは黙って見守る。ソルドは「話しが分かるな」と意外そうな顔をしたが、すぐに苛立ったように眉間にしわを寄せた。

 

「だが、その金払えばいいんだろ、みたいな態度はムカつくな。

 

 もとより身ぐるみ剥いでその辺に転がしておくつもりだったけどなあ」

 

 ソルドがところどころ錆びた鉈を取り出し「お前ら」と叫ぶ。

 

 ゴミの山の影から沢山の子供が姿を現し、それぞれに角材やらナイフやらと言った武器を握っていた。

 

 数はざっと三十ほど。

 

「俺達はただ金が欲しいだけじゃねえ。お前らみたいに恵まれた奴らが憎いんだよ」

 

 子供たちがテナーに向かって一斉に走り出す。

 

 威嚇には使えるだろうと、テナーが撥だけを取り出し、二本の撥を互いに打ち付けようとしたところで銅鑼の音が聞こえた。

 

 直後、ゴミの山一つが消し飛ぶ。

 

 焦げるような匂いがする中、煙の向こうから「何をしている」と芯の通った声がした。

 

「ッチ、逃げろ」

 

 ソルドの号令で子供たちが蜘蛛の子を散らしたように消えていく。

 

 テナーとセグエも遅れて逃げようとするが、子供たちが逃げて行った時にゴミでバリケードを作っていた為に逃げようがなかった。

 

 たった今出来た唯一の道を歩いてくる人物に、セグエが一気に近づく。片手にナイフを持ち男の首に当て牽制する。

 

「速いな。私が見た中でもトップクラスだと言ってもいい」

 

「中央の兵士が今さらテナーに何の用事があるんですか?」

 

「出来ればこういう状態での話し合いは遠慮したい」

 

「それは無理です。わたしは貴方を信用できません」

 

 男はチラリとテナーを見た。すぐにでも攻撃できるように炎球がいくつも宙に浮かび、中には青白いものまである。

 

 男は「ふむ」と考えるように声を漏らしてから、手に持った銅鑼の撥を遠くに投げ捨てた。

 

 次に両手を上にあげてから、セグエを刺激しないようにベルトごとナイフを外し、それも投げる。

 

「これで少しは敵意を収めてくれる気にはならないか?」

 

「分かりました。ですが、楽器は消さないでください。消した瞬間に敵ですからね」

 

「ああ、分かった」

 

 セグエがテナーの元まで引くのを見て、男は「ふう」とその場に腰を下ろした。

 

「フォルスさん……ですよね? 中央はまだ俺を追っているんですか?」

 

「いいや、中央は既にアパ村の演奏者は全員死んだと判断した。

 

 今回は私個人として話がしたかっただけなんだ」

 

「テナーが死んだことになっているってどういう事ですか?」

 

「単独で動く歌姫を発見したからだ。

 

 ルーエからの連絡も途絶え、歌姫と一緒にいた少年も姿をくらまし、何よりも歌姫が人を殺すことを躊躇わないと発覚したため、少年は歌姫に利用され殺されたと結論付けられた。

 

 実際、歌姫を捕えようとした兵は無残に殺されたよ」

 

「ソプラがそんな事を……」

 

 テナーが落ち込んだように呟く。

 

「だが、歌姫は危害を加えない者には手を出さなかった」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、その場に居合わせた者が言っていたな。

 

 これで信用して貰えたかはわからないが、出来たら場所を移したい。

 

 いつ先ほどのような目に会うかもわからないからな」

 

 フォルスの言葉にテナーがセグエに「どうしよう?」と尋ねる。

 

 セグエが少し考えてから「テナーにお任せします」と返したので、テナーは「分かりました」と答えた。

 

 

 

 商業区を歩きながら、フォルスは興味深そうにテナーを見ていた。

 

「君もだいぶ強くなったな」

 

「そんな事無いですよ。俺よりフォルスさんの方が強い。そしてたぶん、フォルスさんよりもユメが強くて、ユメよりもはるかにソプラの方が強い」

 

「民間人に私よりも強い人がいると言うんだな?」

 

「少なくとも、わたし程度に詰め寄られるような人ではないですね」

 

 セグエが棘のある返しをしたのに対して、フォルスは「ふむ」と楽しそうに頷いた。

 

 それから改めて「君は強くなったよ」と太鼓判を押す。

 

「わたし達をどこに連れていく気ですか?」

 

「ひと気のない所が良いから詰所に連れていきたいが、君たちは良しとしないだろう?」

 

「詰所、つまり兵士の本拠地ってことですね。わたし達を捕えて置く為だとも取れますね」

 

「だからこうやって町中を歩きながら考えているんだ。君たちに警戒されず且つ周りの目のない所を」

 

「兵士である貴方は、住人を巻き込んで魔法は使えないですからね。見たところ、大規模な魔法のようですし。

 

 ですが、埒があきませんし、質問に答えて貰います」

 

 話について行くだけで精いっぱいのテナーを他所に、セグエはいつもと変わらない男性への接し方でフォルスに詰め寄っていく。

 

 フォルスは特に気にした様子もなく「構わないよ」と返した。

 

「仮に一般兵が多大な功績を上げた場合、どうなるのでしょうか?」

 

「普通に考えれば昇進だね。ある程度まで昇進することが出来れば、行政区への移住が認められることになっている」

 

「では、そう言った事の手続きはどこで行われるのでしょうか?」

 

「詰所だな」

 

「それなら、今から詰所に行きましょうか」

 

 セグエの突然の提案にテナーが驚いてセグエの名前を呼ぶ。

 

 セグエはフォルスに聞かれないように小声でテナーに話しかけた。

 

「きっと今頃詰所にはユメさん達がいます。仮に中央がテナーを狙っているのだとしても、隊長をわたし達二人で相手にするよりは、敵が多くなってもユメさんに頼った方が安全ですよ」

 

「うん、分かった」

 

 テナーも小声で返した後で、「詰所に行こう」と大きさを戻す。

 

 フォルスは驚いたように「いいのかい?」と言ったが、二人の気が変わらないうちにと急いで行政区へと足を向けた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 詰所の受付まではとてもスムーズに進むことが出来た。フォルスが居るから当たり前ではあるが。

 

 しかし、そのフォルスが受付で足を止められてしまう。

 

「フォルス様、お帰りなさいませ。フォルス様に会いたいと言う者がいるのですが……」

 

「困ったな、私も今から友人と大事な話をしたいのだが、時間がかかりそうなのか?」

 

「そうですね。トーベントでの事ですので」

 

 フォルスも受付の女性も困った表情を見せる中で、セグエは一つ思い当たる節があり受付に尋ねる。

 

「会いたい人と言うのは、ソメッソと言う名前ではないですか?」

 

「はい、おっしゃる通りです」

 

 驚いた女性の横で、テナーも状況を理解してフォルスに話しかける。

 

「その人たちとなら一緒で良いですよ」

 

「知り合いなのか?」

 

「まあ、いろいろありまして」

 

 フォルスは半信半疑ながらも「案内してくれ」と声を出した。

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