音SAGA   作:姫崎しう

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三十七音目

 テナー達に引き続いてソメッソとフォルスが城内に入る。

 

 初めは会話すらなかったが、空気に耐え兼ねたようにフォルスがソメッソに声を掛けた。

 

「貴方も歌姫と因縁が?」

 

「いいや。一度会ったことがあるだけだ」

 

「では、どうしてテナー君たちと?」

 

「恩があるからな。それに、オレには他にやる事もない」

 

 さらに理由を問おうとしたフォルスだったが、娘を亡くしたと言う話を思い出し閉口する。

 

 また沈黙が生まれ、煌びやかな城内に足音だけを響かせながら、上の階を目指す。

 

 三階に着いたと同時に現れる、ひときわ大きなドアの前でフォルスは足を止めた。

 

「王はこの向こうにいらっしゃるが、本当に報告だけで構わないのか?」

 

「ユーバーが何も言わなかったからな。むしろ、下手な事をしたら後で何を言われるかわからん」

 

 ソメッソ程の壮年の男性が、ユメの言いなりになっている様は、まるで娘にこき使われている父親をほうふつとさせ、フォルスが僅かに口元を緩める。

 

 しかし、ユメに従わざるを得ないと言うのも、彼女の実力を鑑みれば頷けるので、下手な事は言わずにドアを開いた。

 

 奥に玉座のある広い部屋の中に入りフォルスが声を出そうとしたところで、異変に気が付く。

 

 本来玉座に座っているべき王の姿が何処にもなかった。

 

 

 

     *

 

 

 

 地下で本を探しているテナーは、文字ばかりの空間にそろそろ嫌気がさし始めていた。

 

 どの本のタイトルも小難しくて、テナーには知らない文字で書かれているのも同然であったため、徒労感しか感じなくなっている。

 

 一度休憩でもしようかと思ったところで、「見つかったっすよ」とくぐもった声が聞こえてきた。

 

 テナーが声のした方に向かうと、既にセグエもユメの元に来ていて、ユメは火の明かりで何かを呼んでいるらしい。

 

 テナーはユメの邪魔になら無いようにセグエに声を掛けた。

 

「見つかったんだね」

 

「今、ユメさんが確認している所です。持って帰って、万が一内容が違ったら困るからと」

 

「何冊くらいあるの?」

 

「例の古代文字の本は本棚いっぱいにあるみたいなんですが、表題を見て半分以上が歌姫とは関係のないもので、歌姫が関わっているものでも欲しい情報が載っていないみたいです。

 

 最終的に十冊未満になるんじゃないかって言っていましたね」

 

 セグエの話が終わり、テナーはユメが作業している様子を窺う。

 

 一冊手にとってはパラパラとめくり、ザッと目を通してから本棚に戻す。

 

 一連の動作に一分ほどしかかけていないが、数が数なので結構時間がかかるだろうなとテナーは暇つぶしの方法を考え始めた。

 

 

 

 ユメの手が止まったのは確認し終えたからではなく、誰かが階段を下りてくる気配がしたから。

 

 ある程度必要な書類の目星がつき、一応他の本にも目を通しておくかと思っていたのだが、その判断を誤ったなと内心後悔していた。

 

 しかし、今は後悔よりもやる事がある、と小声で二人に声を掛ける。

 

「足音がするっす。誰かが階段を下りているみたいっすね」

 

「どうしたらいい?」

 

 驚きながらも、声をあげることなく冷静に尋ねてくるテナーに成長を感じながら、ユメは首を振った。

 

「たぶん、どうする事も出来ないっす。見た感じ出入り口はあの階段だけっすからね。

 

 強いていうなら、出来るだけユメに任せて欲しいっす」

 

「分かった」

 

「ですが、此処に下りてくる人と言ったら……」

 

 セグエが不安そうな声を出した時、部屋に通じる扉が開く音がした。

 

 続いてしゃがれているが、芯のある声が足音と共に低く響く。

 

「さて、そろそろ欲しいものは手に入ったんじゃないかね?」

 

 明らかにテナー達に問いかけている物言いに、テナーは背筋が凍る心地がしたが、セグエが落ち着かせるように目を閉じて首を振るのを見て、深く呼吸する。

 

「あくまで出て来る気はないと言う事か。だが、どこにいるのかの見当はついておるよ」

 

 直後、ポロロンとオルガンの音が一行の耳に届いた。

 

 ユメはいち早く自分の立っている場所に違和感を覚え、必要な本を懐にしまい込んでその場から飛び退く。

 

 少し遅れて残りの二人も移動する。

 

 全員が移動するのを待っていたかのように、せりあがった地面が天井まで伸び壁を作った。

 

 飛び出した先には、狭い通路に器用にオルガンを置かれていて、向こう側に一人の男性が立っていた。

 

 白髪だらけの髪に、長い髭、しわの目立つ顔は初老を感じさせるが、力強い目からはむしろ若さが垣間見える。

 

 ユメとセグエはその男性に見覚えがあった。

 

「ネズミは三匹だったのだな」

 

「ネズミじゃないっす、見ての通り人っす」

 

「こんな所に好んで侵入するなど、ネズミ以外おるまい。此処にあるモノの価値が分かるものなどそうはおらんのだからな」

 

「少数派を最初から切り捨てると、民から嫌われるっすよ、王様」

 

 何気ないユメの言葉に、男性が声をあげて笑う。

 

 対照的に、既に男性から威厳を感じ取り萎縮してしまっていたテナーは、思わず声をあげそうになった。

 

「儂が誰か分かっておったか」

 

「何か元気そうっすね。前に姿を見た時には覇気が無かった感じだったっすけど、今はむしろエネルギーが満ちているってイメージっす」

 

「儂を前に此処まで好きに話すやつは初めてだな。面白い奴も居たものだ。

 

 しかし、トーベントの生き残りとなれば、話は別か」

 

 一人考えを纏めるように話す王に対して、ユメは変わらない態度で「よくトーベントの生き残りってわかったっすね」とわずかに目を大きくして尋ねる。

 

 王は堂々とした様子で、答えを返した。

 

「この場所の存在を知っているのは、儂を除けばトーベントの人間だけだろう?

 

 そろそろ、アレをご返却願いたいのだがね」

 

「歌姫の資料なら今頃、隊長さんが持って行っていると思うっすよ?」

 

「ならば後ほど確認しようではないか。

 

 では、お前たちの話に移りたいが、その前に逃げられんようにせんとな」

 

 王がオルガンをかき鳴らすと、テナー達の背後と王の背後に壁が現れ、閉じ込められた。

 

「では、お前たちは歌姫の何が知りたい?」

 

「歌姫そのものについてです。歌姫とは何なのか、何故ソプラが歌姫になったのか。

 

 ソプラを止めるためにはどうしても、必要なんです」

 

 ユメに目配せされテナーが答える。

 

 王は眉ひとつ動かさずにテナーの言葉を聞いてから、淡々と説明を始めた。

 

「歌姫とは長い歴史の中で絶えず存在してきた、人とは異なるもののことよ。

 

 人がまだ魔法と言うモンスターへの対抗手段を持たなかった頃、どこからともなくやってきて外からの来たモンスターを歌によって退けておった」

 

「歌姫は人じゃないってこと!? ……ですか?」

 

「見た目は儂らとさほど変わらぬが、あれほどの力を持つ人がおるわけあるまい」

 

 確かにそうだとテナーが考え込む隣で、ユメとセグエは別の事について気になったが、話の流れを大事にするため黙っておくことにした。

 

「何より、アレに寿命は存在せぬ」

 

「死なないってことですか?」

 

「殺せば死ぬかも知れんがの。アレは寿命を迎えると若返るのだ。

 

 つまり歴史上存在する歌姫とは、常にアレだ」

 

 テナーには王の言葉が果たしてどんな意味があるのかを理解することが出来ない。

 

 ソプラ“アレ”と呼ぶ王に対する嫌悪感と、ソプラって想像できないくらい年上だったんだなと言う無邪気な思いだけがテナーの中に残った。

 

「“ソプラ”は自分から人を守っていたんですか?」

 

「“アレ”は勝手にやってきて、儂らに力を与えたのだ」

 

 それぞれに歌姫の指す言葉を強調するが、意地になっているテナーに対して、王は余裕を見せる。

 

 このままテナーが感情的になってしまうのは良くないと判断したユメが口を挟む。

 

「外からのモンスターって何の事っすか? ユメ達がよく見るモンスターと違うんすかね?」

 

「本質的には何も変わらぬ。そもそも、モンスターとは人に害をなすものを、人が勝手に呼び出したにすぎんからな。

 

 しかしながら、大陸に居るモンスターよりも強力な力を持っているらしいがの。

 

 だが、魔法が存在する今、外からのモンスターなど恐れる必要もない。儂一人で十分相手取れる」

 

 自信たっぷりに話す王を注意深く観察しながら、ユメは逃げ出す方法を考えていた。

 

 ここまで話したとなると、このまま殺されてしまう可能性があるから。最悪向こうが魔法を使うよりも先に殺してしまうと言う手もありはするが。

 

 急に王が不敵な笑みを浮かべ始めた。

 

「さて、お前たちに一つ選んでもらうか。ここで死ぬか、儂の命を聞く駒になるかを」

 

「死……!?」

 

「それはユメ達に利用価値があると思って貰えたってことっすよね?」

 

 驚きの声をあげるテナーの横でユメが冷静に尋ね返す。

 

「お前らには利用価値があると言うものがおってな」

 

「魔法を使われる前に王様の口を封じる事だってできなくはないんすよ? 既にどんな魔法を使うかは見せて貰ったっすし」

 

「この状況下でもそんな口が叩けるか。もしかしたら、一人くらいは助かるかもしれんが……」

 

「ユメさん、足元見てください」

 

 話を遮るように聞こえてきたセグエの声に従って、ユメが足元を見る。

 

 幾重にも絡み合った蔦が、三人の足を地面に縫い合わせていた。

 

「一度魔法を使ったが最後、儂を殺しても魔法は消えぬかもしれぬ。果たして三人とも生き残る事が出来るか?

 

 蔦に何かをしようとした瞬間に、決裂とみなすぞ?」

 

 王が勝ち誇ったように話す中、ユメは必死に打開策を考えてみる。

 

 仮に今の状況で、壁を生み出した魔法を使われた場合、自分の足の蔦を切って逃げる事は可能だろう。しかし、魔法を使われるよりも速く王のもとにたどりつけない。

 

 二人を助けている時間も無い。

 

 テナーを助けられなければ、ソプラとの交渉の機会は失われる。

 

 ユメはセグエとテナーの方を向いて諦めたように首を振った。

 

 二人とも、頷いて返す。

 

「何をしたらいいっすか?」

 

「なあに、簡単な事だ。お前たち四人には歌姫の音を集め儂の元へ持ってくればいい。

 

 西の端で、巨大なモンスターの影が目撃されたと言う話だ。

 

 手始めにそのモンスターを倒してくるが良い。理由は話さずとも分かるな?」

 

「そのモンスターが歌姫の音を持っている可能性があるってことっすね」

 

「頭の回るお前なら分かるだろうが、逃げようとはせぬことだ。逃げても簡単に探し出し殺すことが出来るからの。

 

 ひと月以内に城に戻って来んかったら、逃げ出したとして死よりも辛い苦しみを味わってもらうとしよう」

 

 王は言いたいことを言ってから、ドアの方へと足を向けたが、ユメに「一つ良いっすか?」と言われ足を止めた。

 

「なんだ?」

 

「ここの本持って行っていいっすか?」

 

「ああ、構わん。今さら歌姫について調べたところで、すぐに意味などなくなるからな」

 

 王が立ち去った後、しばらくして三人を縛っていた蔦が消え、気が付けば部屋も元に戻っていた。

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