音SAGA   作:姫崎しう

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四音目

 太陽も傾きオレンジ色の光が村を照らし始めた頃、修行と称してルーエにしごかれていたテナーが家に帰ると、服をすべて片付け終えていたソプラが駆け寄って来た。

 

 それが何処か嬉しくてにやけた顔で「ただいま」とテナーが言うと、ソプラは少し不思議そうな顔をした後でニコッと笑う。

 

「それじゃあ、夕食の準備をするからソプラはちょっと待ってて」

 

 そう言ってテナーがキッチンへと行こうとするのをソプラは手を振って見送ろうとしたが、思う所があったので後をついて行く。

 

 ソプラが付いてきているなんて思っていないテナーは大雑把に、でも手早く料理を開始した。

 

 トントントンと包丁で材料を切っていくその手にソプラが顔を近づけてじっと見つめる。

 

「わっ……ソプラ!? 痛った」

 

 料理に夢中でソプラの存在にまるで気が付いていなかったテナーが驚いて自分の手を切ってしまった。

 

 切ったと言っても指の先を少しだけ。

 

 小さな切り傷でも血は流れるもので、驚いたソプラがテナーの手をぎゅっと握る。

 

 それから申し訳なさそうにその指を見た。

 

「そんなに痛くないから気にしなくていいんだけど……」

 

 あんまり驚かさないで、とテナーが言い切るよりも先にソプラがテナーの指を口に咥えた。

 

 またも驚いたテナーは言葉を失ってしまう。

 

 すぐにソプラは指を離したけれど、テナーはソプラの唇の柔らかさや温かさにじっとその指を見る事しか出来なかった。

 

 そんなテナーをソプラは心配そうに見つめる。

 

「だ、大丈夫だから、あんまり驚かさないで」

 

 慌ててテナーが返すと、ソプラは申し訳なさそうな顔をする。

 

 それはそれで、何だかバツが悪くなってしまったのでテナーは話を変えようと優しい声をかけた。

 

「ソプラ、どうしたの? こんなところにまでついてきて」

 

 問われたソプラは困った顔をする。

 

 自分にはそれに答える事の出来る“声”を持ち合わせていないから。

 

 何も言わないソプラにテナーははじめ首を傾げたが、ソプラの事情を思い出し「ごめん」と謝る。

 

 ソプラはそれに首を振って返すと、一度リビングへと戻り少しして戻って来た。

 

『私も料理が出来るようになれたと思って』

 

「料理を?」

 

『今まで料理をしてみる機会も余裕も無かったから。

 

 出来たらもっとおいしいものが食べられたかなと思って。テナーの料理美味しかったし』

 

 そう書かれた紙を見せられてテナーは少し考える。それから一歩横にずれると、ソプラを手招きした。

 

 首を傾げながらソプラがテナーがいた所までやってくると、テナーはソプラに包丁を握らせる。

 

「それなら、やってみようか」

 

 急な申し出にソプラが首を振ってテナーに包丁を返そうとする。

 

 しかし、テナーはそれを受け取る事は無く、代わりに口を開いた。

 

「見るよりも実際にやってみた方がいいって、って俺も言われて覚えたから。

 

 ほら、それ切ってみて」

 

 テナーにそう言い切られて、言葉を返すことのできないソプラは恐る恐る包丁を目の前に置かれてある野菜に包丁を当てる。

 

 緑色の葉っぱの様な野菜は少し体重をかけるだけで簡単に切断された。

 

「押さえている左手を切らないように気を付けて、ちょっと丸めたら大丈夫かな」

 

 と、アドバイスをしてくれるテナーの言うがままに、切って盛り付けるだけのサラダが完成した。

 

 それとは別にテナーが作っていた料理も食べながらテナーはソプラに問いかける。

 

「料理をした事なかったって、今まではちゃんと食べられてたの?」

 

 手に持っていた匙をテーブルの上に置くとソプラが考えてから首を傾げた。

 

「何かを食べてはきていた?」

 

 肯定。

 

「ちゃんとってわけじゃなかった?」

 

 これも肯定。

 

 ソプラの反応を見ながらテナーはソプラが此処に来るまでどんな生活を送っていたのかを考え始めた。

 

 何かは食べていたけれど、ちゃんとは食べられていなかったと言う事は、例えば木の実とか魚とかを取りながら食べてきたけれど、それらをまともに料理したことが無かったと言う事だろうか。

 

 こんな女の子がそんな生活を送らなければならない状況とはどんな状況だろう。

 

 ともかく今はソプラが自分で作った料理を美味しそうに食べてくれている事がテナーには嬉しくて、それ以上は聞かなかった。

 

 

 

 夕飯を終えて一息ついたところでテナーがソプラに問いかける。

 

「ねえ、ソプラ。星を探しに行くにあたって、何か必要なものとかないかな?」

 

 それに対して首を傾げるソプラにテナーが言葉を付け足す。

 

「俺、旅ってやった事ないから、どういうものを用意したらいいのかなって」

 

 そこまで聞いてソプラは了解したように頷く。それから、文字を書き始めた。

 

『とりあえず、最低限食料があったらいいと思う』

 

「とりあえず?」

 

『私の今までってたぶん普通の旅とは違うから、テナーの役には立てないと思う』

 

「そっか、ありがとう」

 

『でも、荷物は出来るだけ少ない方がいいと思う』

 

 最後にそう返したソプラに頷いて返すと、テナーは肩にかける事の出来る袋に着替えや保存食を詰め始めた。

 

 その様子を見ていたソプラがテナーの肩を叩いた。

 

『もう準備するの?』

 

「出来る事は忘れないうちにって思ってね。でも、明日村の皆にも聞いてみて改めて準備しようと思うから、出発するのはもう少し後になると思うけど」

 

『本当に一緒に来てくれるの?』

 

「勿論。言ったよね、ほっとけないって」

 

『でも』

 

「でも、は無し。俺が手伝いから、村の外に出たいからとも言ったでしょ」

 

 ソプラが文字を書く様子を見ながら、書き終わる前にテナーがソプラの手を掴んでそう言う。

 

 ソプラが諦めたように頷いたのを見て、テナーは準備を再開した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 次の日の朝。テナーとソプラは朝日ではなく荒っぽいノックの音で目を覚ました。

 

 村人たちもまだ起きてはいないだろう時間に、扉の向こうからは「誰もいないのか」とイラついた声がする。

 

 聞いたことのないその声にテナーは警戒しながらもゆっくりと戸を開けた。

 

「何ですか、こんな朝早くから」

 

 現れたのは全身を鎧で覆った二人組。腰に剣を下げている所を見ると演奏者ではないらしい。

 

「お前がこの村の演奏者か?」

 

 鎧の内側からややこもった低い声が、テナーに投げかけられる。

 

 テナーは警戒しながら「そうですけど、何の用ですか?」と不機嫌そうに問いかけた。

 

 テナーに声をかけた方の鎧が「この付近で音を持たない少女を……」と言いかけた時、もう一人が驚いたように声をあげる。

 

「おい、そこの娘。何でもいい、音を鳴らしてみろ」

 

 まるで意味の分からない命令。そんな事誰にでもできるだろうとテナーは一瞬思った。

 

 しかし、すぐにその命令に応じられない人がいる事を思い出す。

 

 テナーがソプラの方に目を向けると、真っ青になり震えていた。

 

 こいつらがソプラを追っている悪い奴らか、と理解したテナーは不意を打つように和太鼓をダダンと二度叩く。

 

 拳大の炎が鎧に飛んでいくが、その鉄の覆いに阻まれてしまった。

 

「ふふ、黒か。それにしても、演奏者がこの程度とは」

 

 鎧が不敵にそう笑うと腰にある剣に手を伸ばした。

 

 半分の力も出していなかったテナーとしては今すぐに全力の炎を飛ばしたい衝動に駆られる。

 

 しかし、そうすると家が燃える恐れもあるうえ、下手すると人を殺してしまうことになると首を振るとダッダッダ……とリズムを刻むように和太鼓を叩き始めた。

 

 一つ一つは先ほどよりも小さいが、膨大な数によりまるでフェンスのように鎧とテナー達を分かつ。

 

「この程度がなんだって言うんだ」

 

「待て」

 

 ソプラに命令した方の鎧が薄い炎の壁に飛び込もうとしたが、もう片方がそれを止める。

 

 「何だよ」といら立ちを露わにする相方にもう一人が炎のフェンスの向こうを指さした。

 

 そこに見えるのは人など軽く包み込んでしまいそうな一際大きな炎の塊。

 

 テナー自身それを飛ばす気はなく、威嚇の為だけ。

 

「ソプラ、窓」

 

 テナーがそのまま威嚇しつつソプラにそう声をかけると、ソプラは近くに置いてあった紙とペンだけを手に取りベッドの隣の窓に急ぐ。

 

 ソプラが窓を開けベッドの上から外に出て行ったのを横目に確認したテナーは、宙に浮く和太鼓を置いて自分もそちらに駈け出した。

 

 途中、用意してあった袋の紐を肩に引っ掛けてベッドの前へ。

 

 ソプラが遠慮なく踏み荒らしたベッドはぐちゃぐちゃになってしまっているが、ベッドさえ使えばソプラでも難なく乗り越えられる程度の窓。

 

 テナーは窓の桟に飛び乗るとスッと地面に降りる。

 

 降りた所で待っていたソプラと合流したテナーはソプラの手を引いて村の外へと走り出した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 アパの村を抜け出した二人は、川を渡ってひとまず二人が初めて出会った森に身を隠していた。

 

 息つく間もなくここまでやって来たため、少し息の上がっているソプラにテナーが「ソプラ大丈夫?」と声をかけるとソプラは頷いて返す。

 

 それから、心配そうな顔でソプラはアパの村の方を見た。

 

「心配?」

 

 肯定。

 

「大丈夫だよ。前にも言ったけど、あの村にはもう一人演奏者もいるしそのもう一人は俺より強いから。

 

 それよりも、俺の家が燃えていないかの方が心配だな」

 

 そう言ってテナーが笑うので、ソプラもつられて笑顔を見せる。

 

「あいつらがソプラを追っている悪い奴なんだね?」

 

 そのテナーからの問いにソプラは逡巡しながらも、ゆっくりと頷く。

 

 しかし、それを見て満足したテナーがすぐに話題を変えたので、ソプラは胸を撫で下ろした。

 

「これからどうするか何だけど、ソプラは何か考えとかある?」

 

『取りあえず西か東に向かいたい』

 

 ポケットから紙とペンとを取り出したソプラにテナーが「何時の間に持ってきてたの?」驚いている間に、ソプラは文字を書くとテナーに見せる。

 

「ソプラはどちらに行きたい?」

 

『東の方が安全って聞くかな』

 

「それなら東に行こうか」

 

『でも、最初は北に行った方がいいと思う』

 

 ソプラの書いた文字にテナーが首を傾げると、ソプラが少し長めに文字を書き始めた。

 

 それから、アパの村から北に伸びた街道を指さしながら紙を見せる。

 

『街道に沿って行かないと村とか町を見失っちゃうから。

 

 そうなったら大変なんだよ。ここからだと北に伸びる一本しかないから取りあえず北に行こう?』

 

「そういう事ね」

 

 ソプラの言い分に納得したテナーは頷いたが、少し嫌そうな色を滲ませる。

 

 ソプラはそんなテナーを見る事無く、限りある紙に気を遣いながら文字を書くとテナーに手渡した。

 

 急に手渡されて驚いたテナーはそれに目を落とす。

 

『テナーは北にある町か村に行ったことはある?』

 

「あるけど、それがどうしたの?」

 

 言いながらテナーが紙を返し、ソプラはそれにさらに続けて書く。

 

『この川って街道沿いにそこまで続いてる?』

 

「ちょっとずつ離れるけど、近くまでは行くはずだよ」

 

『それならこのまま川沿いに行こう』

 

 見せられた紙に書かれた先ほどとは違う言い分にテナーがまた首を傾げた。

 

 ソプラは言葉に出来ないもどかしさを抑えながら声に出せない言葉を紙に書きつける。

 

『街道をそのまま通るとあいつらに会うかも知れないから、出来るだけ街道から少し離れた街道沿いをいく事にしてるの』

 

「確かに……」

 

 ソプラの書いた紙を見てテナーがもう一度頷く。

 

 家とは違って外で出会えばあんな奴ら何とでもなりそうなものだが、それはテナー一人での話。

 

 何より、この旅が安全な旅行ではないのだと、実感させられたテナーは一度自分の頬を両手で二度叩き気合を入れる。

 

 それから「それじゃあ、行こうか」とソプラの方に手を伸ばした。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 川沿いに北上すると森の外側を描くかのようだった川が次第に森の中へとずれてきた。

 

 同時にテナーが言っていた通り街道からもやや西の方へと逸れていったが、まだ街道を目視することが出来る。

 

「それにしても、本当にモンスター多くなったんだね」

 

 途中休憩しながらも、歩き始めて数時間。既に六体の獣モドキを倒してきたテナーがぽつりと呟いた。

 

 テナーに手を引かれているためやや後ろにいるソプラはテナーの呟きに顔を曇らせたが、首を振ってテナーの前に躍り出ると心配そうな顔でテナーを見つめる。

 

 それから「だいじょうぶ?」と大きく口を開けて口パクをしてみた。

 

「えっと、ソプラどうしたの?」

 

 そんなソプラの奇行にテナーが首を傾げると、ソプラは肩を落としてテナーの手を取りその手の上に『大丈夫?』と書いてみる。

 

 それでソプラの言いたかったことを理解したテナーは、先ほどの口パクの意味も理解して慌てたように口を開いた。

 

「この程度のモンスター、大丈夫、大丈夫。それよりも、ほら」

 

 心配してくれたソプラの気持ちに最初気が付けなかったと言う自分の失態を隠すようにテナーが街道の方を指さす。

 

「あそこがエスティントの町だよ」

 

 テナーが指差した先にあったのは石造りの壁で囲まれたアパの村よりも何倍も大きな町。

 

 とは言え、町として見ると辺境の方にある小さめの町ではあるが。

 

 人の身長ほどある石の壁の上には三角屋根の建物や木が顔をのぞかせている。

 

「で、あそこに行くためには……何だけど」

 

 テナーがそう言って川の方に視線を移した。

 

『渡れると思うよ?』

 

「ソプラは濡れるのとか平気?」

 

 自分の手に書かれた問いにテナーが質問で返すと、ソプラは頷いた。

 

 それなら大丈夫かとテナーが器用に石の上を渡る。ソプラもそれに続いて渡っていった。

 

 

 

 最後テナーが向こう岸にたどり着き、ソプラも最後のジャンプをしたところでバランスを崩す。

 

「危ない」

 

 と叫びながらテナーはソプラの手を掴んで自分の方へと引き寄せる。そのまま二人は後ろに倒れてしまった。

 

 ソプラがテナーにのしかかるような形。鼻の頭同士がくっつくのではないかと思える距離。

 

 ソプラの長いまつげを目に焼き付けながらも、テナーはすぐにソプラの肩を掴み距離を開けると「ごめん」と謝りそっぽをむいた。

 

 ソプラは何でテナーが謝ったのかわからず首を傾げると、立ち上がり早く行こうとばかりにテナーの手を引く。

 

 ソプラとの距離にドギマギしていたテナーは顔を逸らしながら引っ張られるように歩いていた。

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