音SAGA   作:姫崎しう

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四十二音目

「本当にソプラなの?」

 

「信じられない?」

 

「だって、声が……」

 

 ソプラが目の前にいる状況が信じられないテナーの中に沢山の疑問が浮かんでくる。

 

「今のモンスターが持っていた星が、丁度声だったみたい。

 

 おかげでやっとテナーと話が出来たね」

 

「あの、ソプラ、俺……ソプラの事を」

 

 ようやくソプラがいるのだと認識したテナーだが、言いたいことを上手く言葉に出来ない。

 

 ソプラに酷い事を言った事、ソプラがルーエに対してやった事、歌姫がどういう存在なのかと言う事など、話したいことはたくさんあったはずなのに。

 

 焦りだけが募るテナーの唇に、閉じておけと白くて細いソプラの指が伸びてきた。

 

「テナーと話すのはまだもう少し先。私が四つ目の星を返して貰ってから。

 

 でも、一つだけ聞かせて。テナーは私の事嫌い?」

 

 指で封印され言葉を話せないから、テナーが首を横に振って答える。

 

 ソプラは、安堵と喜びの混ざった優しい笑顔をテナーに向けてから、真っ直ぐにベドイテントの方角を見た。

 

 そのまま歩き出そうとしたソプラに、フォルスは嫌な予感がして「待ってくれ」と引き留める。

 

 ソプラは始め無視していたが、フォルスに何度も呼ばれ煩わしそうに足を止めた。

 

「君は、次の星が何処にあるのか知っているのかい?」

 

「私は貴方と話したくないんだけど。

 

 でも、少しはテナーの為に働いてくれたみたいだから答えてあげる。

 

 オウサマが持っているんだよね」

 

「王の中の星は君に返す。だから、王を手にかける待ってほしい」

 

「どうして?」

 

「君には酷い事をしてしまった。だが、大陸には王が必要なんだ。

 

 王がいなくなってしまえば、次のトップを決めるために争いが起きて、罪のない民が死んでしまう」

 

 フォルスの懇願をソプラは鼻で笑って返す。

 

「テナーの村に罪はあったの?」

 

「それは……」

 

 フォルスは言葉を失うが、諦められず、残った左手で自分を示した。

 

「もしわずかにでも君の怒りが静まるのなら私の命を差し出してもいい」

 

「フォルスさん!?」

 

 フォルスの申し出に、テナーがショックを受けたような声を出す。

 

 フォルスはテナーの方を向いて、穏やかな顔を見せた。

 

「良いんだ。私の命一つで多くの命が助かるなら」

 

「盛り上がっているところ悪いけど、貴方の命一つで私は行動を変えないよ?

 

 人の感覚で言うなら、私は人々《あなたたち》に力を貸したのに、とてつもなく長い時を奪われた挙句、力と命まで狙われているのに、どうしてオウサマを助けないといけないの? オウサマが偉いから?

 

 でも、殺そうとして来るオウサマに従う民はいないよね?

 

 それとも、貴方は自分の命に、私が盗られた時間分くらいの価値があると思ってるの?」

 

 ソプラの言葉に、今度こそフォルスから言葉が失われた。

 

 自分ではどう頑張ってもソプラを説得することが出来ず、片手を失った状態では戦いを挑んでも、時間稼ぎにもならない。

 

 フォルスの話に付き合っていたソプラは、今から散歩に行くかのような気軽さで「でも」と付け足した。

 

「今の私にとってはオウサマも、貴方も一緒なんだよね。

 

 私の事を利用するだけ利用して、自分の都合の良い事ばかり言っている“人”。

 

 だから、ちょっと殺しちゃってもいいかなって思うんだ」

 

 ソプラがフォルスに近づいて行くが、フォルスは金縛りにあったように動くことが出来ない。

 

 ほんの少しだけ機嫌が悪くなった子供のような表情なのだが、自分よりはるかに強かった龍を一瞬で倒してしまった人物の機嫌を損ねたのだと思えば、ソプラが一歩近づくにしたがって自分が死へと一歩踏み出したような感覚に襲われた。

 

 逃げたところで苦しむ時間が延びるだけ、龍とは違いじわりじわりとやってくる永遠の眠りに、フォルスの精神が削られていく。

 

「ソプラ、ちょっと待って欲しいっす」

 

 ユメの声を聞いて、ソプラが足を止めた。たった一言で完全にフォルスへの興味を失い、ユメの元へと駆け寄っていく。

 

 死の危機を脱してフォルスが安堵の息を漏らす。しかし、騎士である自分が、自分の命の為に安堵してしまった事に、少なからずショックを受けた。

 

 フォルスの心情など全く意に介さずに、ソプラが楽しげにユメに話しかけた。

 

「約束通りユメもいたんだね」

 

「約束してたっすからね。約束だったのか、脅しだったのかはわからないっすけど」

 

「脅しじゃなくて、チャンスをあげただけだよ。それでどうしたの?」

 

 先ほどまでとは全く違う態度をとるソプラに、ユメ以外の全員がうすら寒いものを感じた。

 

「今さらユメは、ソプラに人を殺すなって事は言わないっすけど」

 

「自分以外、が付くよね」

 

「もちろんっす。何のためにユメが今こうやっていると思うんっすか」

 

「うん、約束守ってくれてありがとう。話を続けて」

 

「出来れば、テナーの前で殺すのは止めて欲しいっす。

 

 今だって、止めてと声を出そうとしたのに、出せないくらいには精神にきているっすからね」

 

 ユメに言われて、ソプラがテナーを見る。

 

 テナーはソプラの言い分とフォルスの言い分と、自分の言い分に挟まれて、声も出せずに歯を噛みしめていた。

 

「テナーは優しいからね。うん、約束してあげる。テナーの前では殺さないよ。

 

 次に会う時まではね」

 

「十分っす」

 

「話って言うのはこれだけ?」

 

「必要以上にソプラを引き留めるわけにはいかないっすからね」

 

 暗に本当はもっと引き留めておきたいと示しながらも、ユメが首を振る。

 

 ソプラは好意的に頷いたが、すぐに残念そうな顔をした。

 

「ユメが人じゃなかったら良かったのに」

 

「同感っすね」

 

「じゃあ、私は先に行って待ってるね。場所は分かる?」

 

「中央っすよね」

 

「うんうん。またね」

 

 ソプラが機嫌よく手を振り、ベドイテントの方角に歩き出す。

 

 ソプラの姿が見えなくなるまで、誰もその場をうごく事が出来なかった。

 

「あー、死ぬかと思ったっす」

 

 ソプラの姿が見えなくなって、重い空気を打破するためにお道化たが、その細い首にナイフが当てられた。

 

「穏やかじゃないっすね、フォルスさん」

 

「なぜ行かせた」

 

 ユメの背後でナイフを握るフォルスの低く冷たい声が、ユメを責めたてる。

 

「ユメに当たるのはお門違いっすよ」

 

「なぜ行かせた」

 

 同じ言葉を繰り返すフォルスに、ユメは諦めて答えを返す事にした。

 

「目の前でフォルスさんが殺されて、テナーがショックを受けないようにっす」

 

「そのせいで、王が殺されるかもしれないのにか?」

 

「ユメのせいで王様が殺されることはないっすよ。

 

 ユメが止めなかったら、フォルスさんが殺された後で王様が殺されたっす。

 

 ユメが引き止め続けていたら、機嫌を損ねたソプラにユメが殺されて、次に王様が殺されるっす。

 

 今はユメが適度に引き止めたから、王様だけが殺されるっす」

 

 調子は軽くても、ユメの言っている事が正しい事くらいフォルスは理解できる。

 

 しかし、引くことが出来ないのは、今まで王を、延いては民を守って来た騎士としてのプライドの為。

 

 自分だけがのこのこ生き残りそうな現状が、どうしても許せなかった。

 

「ユメ君の魔法は、とても強力な回復魔法のようだね。

 

 それで私の腕を治してくれないか? これくらいなら容易くできるだろう?」

 

「はじめは治そうって思っていたっすけど、お断りっす」

 

「今の私の行為で腹を立てたのなら謝ろう。だから、私の腕を治せ」

 

 普通ならフォルスに命を握られていると言っても良い状況だが、ユメはやれやれと首を振った。

 

「そもそも、今の状況がユメには全く意味がないってフォルスさん自身分かっているはずっすよね?

 

 普通ならユメを脅してでも言うこときかせる場面っすから、謝るって言っちゃ駄目っすよ」

 

 ユメの言葉を聞いてもフォルスは何も言わない。

 

 なかなか思い通りに行かない事を嘆きつつ、ユメはフォルスに問いかける。

 

「それじゃあ、尋ねるっすけど、ユメが腕を治した後、フォルスさんは何をする気っすか?」

 

「歌姫を止めに行く」

 

「死ぬっすよ?」

 

「分かっている。だが、止めないといけないんだ」

 

「って事みたいっすけど、テナーは治した方が良いと思うっすか?」

 

 ユメに名前を呼ばれたテナーは、しかし、判断を任せられる事を何となく理解していた。

 

 恐らく、他の誰かの信念を捻じ曲げても、自分が納得できる選択をしないといけない事も。

 

「ユメ、一つ聞いてもいいかな?」

 

「良いっすよ」

 

「ユメとソプラの関係について、そろそろ教えて貰ってもいいよね?」

 

「フォルスさんを何とかしてくれたら、いくらでも話すっすよ。

 

 今さら黙っていても仕方ないっすからね」

 

「じゃあ、フォルスさんの手は治さないで」

 

「駄目だ、テナー君」

 

 望まない答えに、フォルスがショックを受けた顔をする。

 

 テナーは沈んだ表情であっても、芯の通った声で応えた。

 

「フォルスさんの気持ちは分からなくもないです。俺も死ねばよかったって思った事がありますから。

 

 だから、俺の我儘ですが、フォルスさんをむざむざ死なせる選択は出来ないです」

 

「王はどうなる」

 

 駄々をこねる子供のように、声を荒げるフォルスの主張を押さえつけるため、テナーも「もしも」と叫んだ。

 

「もしも、フォルスさんがソプラを止められる可能性が少しでもあれば、俺も協力します。

 

 でも、今から追いかけても、ソプラには追い付けないですよね。

 

 王が殺された後で、追いついたフォルスさんがソプラに立ち向かって返り討ちにあうだけですよね?

 

 これ以上、知っている人が死んでしまうのは嫌だから、フォルスさんの腕は治せないです。

 

 きっと、ソプラがこの場を離れるまでに、何とか俺が引き止めるしかなかったんです。

 

 だから、恨むなら俺を恨んでください」

 

 頭を下げたテナーにフォルスが何かを言おうとしたが、ユメがフォルスの意識を刈り取った。

 

 地面に倒れたフォルスを起こしながら、ユメが「全てが終わってから、ユメとテナーと一緒に、自分の力不足を嘆くっすよ」と声を掛けた。

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