ベドイテントの町は以外にもいつもと変わらなかった。
と、言えたのは行政区に入るまで。門番が居ないことに人々は気が付かず、行政区に入った瞬間周りの音が一気になくなる。
まず目を引くのは城まで真っ直ぐ続く道を避けるように倒れた兵士達。
誰一人生きているものはおらず、道は血で真っ赤に染まっていた。
住人達は建物の中に避難して外に出ようとはせずに、テナー達が来てもそれとなく様子を見るだけだった。
「やっぱりこうなっていたっすね」
「やっぱりソプラがやったんだよね?」
「だと思うっすよ。律儀に邪魔しなかった人は殺していないあたり、兵士さんもさっさと逃げれば良かったっすのに。
何ともままならないっすね」
「この道を通って行かないといけないんですよね?」
凄惨な光景に慣れてしまいつつあるセグエであっても、血の上を歩きたいとは思えない。
テナーも同様で、「回り道しよう」と提案する。
「このくらいでって思うっすけど。たぶん、お城の中はもっと酷いっすよ?」
「その時には覚悟は決めるけど……」
「分かったっす。じゃあ、一つ隣の通りを行くっすよ」
ユメが先導する形で先に進むが、行政区から城の敷地にはいる所でどうしても血の上を通る事は避けられず、セグエは下を見ないようにして歩く。
緑の綺麗な庭園も血で赤く塗れ、ソプラが通ったであろう道が人によって出来上がっている。
何の躊躇いも無くユメとパカートが歩く一方で、セグエとテナーはおどろおどろしく歩いた。
城内に入ったテナー達を待っていたのは、外では感じる事の無かった、むせかえるような血の匂い。テナーとセグエは思わず眉をひそめる。
入口から三方向に進むことが出来る城内だが、一目でソプラが向かったであろう場所が分かった。
「まるで目印だね……」
「人の道と言いますか、血の道と言いますか」
テナーとセグエが見つめる先には、二人は知らないが玉座に続く階段がある。
城の構造についてはユメも把握していないため、近くにいたパカートに問いかけた。
「あの先って何があるんすか?」
「玉座だな」
「って事は流石に、もう王様は駄目そうっすね」
「問題なのは星が四つ集まった事だと思うが」
「一応パカートさんって王様の配下っすよね?」
「多大な研究費をくれた事には僕も感謝してるよ。でも、それとこれとは話が別だな」
相変わらず冷静に話をするユメとパカートに、わずかに尊敬の念を抱きつつテナーが、先に進もうと足を踏み出す。
しかし、ユメに「テナーちょっと待つっす」と声を掛けられたので、足を止めた。
「ユメどうしたの? 早く行こうよ」
「焦る気持ちは分かるっすけど、もしかすると階段上っている途中でソプラと鉢合わせるかもしれないっすし、ここで作戦会議してから行くっすよ」
「何か作戦があるの?」
わざわざ引き留めたのだから、何かいい案でもあるのかとテナーは期待したが、ユメは簡単にテナーの期待を裏切る。
「テナー以外喋っちゃ駄目っす」
「それって作戦?」
「作戦って言うか、忠告っすね。ソプラはテナーの話は聞いてくれると思うっすけど、他の人の話は別に何とも思っていないっす。
まあ、ユメも雑談程度なら出来ると思うっすけど、何より優先度が高いのはテナーみたいっすからね。
テナーとの会話に入っていくなら、相応の理由がないとソプラの機嫌を損ねて死ぬかもしれないっす。
まあ、ソプラもそこまで過激じゃないかもしれないっすけど、ソプラの考えが見えるまで基本は沈黙していた方が良いと思うっす」
流石にソプラの機嫌を損ねたところで、殺されると言う事はないだろうが、だからと言ってソプラの機嫌を損ねて良いものではないのでテナーも納得して頷く。
異を唱える者もおらず、改めてテナーは血の道に沿って城の中を歩き出した。
嫌に静まり返った城内に、一行の足音だけが響く。
緊張の為か、さほど長くも無い謁見の間までの道のりも、テナーには永遠のように感じられ、長くはなかったけれど濃密だったソプラと過ごした日々を思い出していた。
歩きはじめてから一度も立ち止まる事の無かったテナーは、明らかに今まで見てきた扉とは違う大きな扉を前にして、足を止めた。
テナーは、まるで迫ってくるかのようなプレッシャーを扉から感じ、見上げる。
それから視線は地面の方へ。胸から下を真っ赤に染めた兵士が、扉を背にして座るようにこと切れている。
思わずテナーが目をそむけたのを見て、ユメがテナーの肩を叩いた。
テナーは振り切るように首を振ってから、無理に元気を出す。
「大丈夫。もう慣れたよ。早くソプラの所に行こう」
「嘘っすね」
「嘘じゃないよ」
「テナーは嘘をつくのが下手っすから、隠しても無駄っす」
見事に言い当てられ、空元気をする意味を無くしたため、テナーが視線を足元に落としやるせない表情を見せた。
何も言わないテナーに、ユメが続けて話しかける。
「むしろ、特にテナーは人の死に慣れちゃ駄目っすよ。
それが例え誰であっても、慣れてしまえばきっと世界は救えないっす」
「世界……かあ」
意味深にテナーが呟くのを聞いていたユメが、「世界を救いたくたいんですか?」と首を傾げる。
「救いたくないわけじゃないんだけど、何か世界って言われると実感がないと言うか……
俺はソプラと戦うわけじゃなくって、ソプラと話をしたいだけだから。
それに、世界を救うじゃなくって、人を救う何だよね?」
「海の向こうにもっと広い世界があるってわかったっすからね。
じゃあ、テナーが守りたい人っていないんすか?」
ユメの問いかけに、テナーは答え難そうに俯いた。
「ユメとかセグエとか、ソメッソさんとか」
「ユメまで入れてくれるとは嬉しい限りっすね」
「あとは、今まで出会って来た人。出来れば、ソプラだって守りたい」
「ソプラは置いておいて、その人達を守るためには世界を救わないといけないんすよ。
初めはソプラを止めるだけで良かったんすけどね。
でも、外のモンスターを知った今は、ソプラに協力して貰わないと守りきる事は無理っす。
きっと、後ろにいるパカートさんとか別に守りたくない人も沢山いると思うっすけどね。でも、人って言うのはそんな人たちもいてくれないとやっていけない、変な生き物っすから」
ユメの話を聞いて、テナーも理解することは出来る。
しかし、テナーが納得できないでいたら、セグエがテナーに話しかけた。
「見ている事しか出来ないわたしが言って良いのかはわかりませんが、難しく考えずテナーの話したいことをソプラさんと話してください。
きっとソプラさんも分かってくれると思いますから」
「分かった」
セグエの言葉に頷いて、テナーが扉の方に向き直る。
ユメが何か言いたそうにしていたが、セグエが視線でそれを止め、テナーがゆっくりとドアを開けるのを見守った。
謁見の間はここまでくるのとは違い、血だまりが玉座の周りにしかなかった。
玉座に王の姿はなく、代わりに座っているのは退屈そうな少女。
人ではない少女は、テナーに気が付くと嬉しそうに立ち上がった。
「待ちくたびれたよ」
「ごめん。ソプラ、星は四つ手に入れたの?」
「見ての通りだよ。オウサマは殺しちゃった。でも、ここに来るまで邪魔した人以外には手を出してないよ?
逃げ出した人も見逃したんだ」
まるで、褒めてと言わんばかりのソプラの声色に、テナーは俯き唇を噛んだ。
きっとソプラの邪魔をした人は、ソプラを殺そうとしたのだろう。だから、殺されても文句は言えないのは理解はできる。王に至ってはソプラから何もかもを奪おうとしたのだから、なおさら。
しかし、テナーは素直には受け入れられない。
テナーの様子がおかしい事に気が付いたのか、ソプラが「テナー?」と優しく名前を呼ぶ。
耳をくすぐる、甘い声を前にテナーは首を振ってソプラを真っ直ぐに見た。
「今さらなんだけど、ソプラは歌姫だったんだね」
「本当に今さらだね。でも、私からテナーに教えた事はなかったんだっけ」
「もっと早く教えてくれればよかったのに」
「テナーは歌姫が今どんな風に言われているか知らなかったから。
言ったら見捨てられると思ったんだよ」
場に似つかわしくないただの雑談。テナーの後ろにはユメとセグエとパカートの三人がいるが、ソプラの目には映っていない。
妙な緊張感の中、「俺は見捨てないよ」と言ったテナーにソプラが楽しげに応える。
「うん。知ってるよ。テナーは優しいから」
「……俺は優しくないよ。ソプラの事を何も考えずに、ソプラの事を傷つけたんだから」
「ううん。あの時は私も悪かったなって思うよ。
だけど、他に方法が無かったから。テナー許してくれる?」
「ルーエの事は……正直まだ許せないよ。ソプラからみたら殺すしかなかったのは理解できるけど、気持ちは納得してくれない。
でもね、だからってソプラを嫌いにもなれないんだ。
俺はソプラの事、歌姫の事何も知らなかったから。俺が子供だったんだよね」
テナーの話を聞いて、落ち込んだように目を伏せたソプラは、話を聞いて行くうちに顔をあげ、最終的に首を振った。
「私の事を伝えなかったのは私。
でも、テナー。私の事、歌姫の事調べたんだね」
「ごめん。何も知らないままソプラにあっても、またソプラを思いがけずに傷つけるかもしれないから」
「怒ってないよ。ねえ、テナー。テナーは人じゃない私の事をどう思ったの?」
ソプラに問われても、テナーはどう返せばいいのか分からない。
歌姫であれ何であれ、ソプラはソプラだと思うから。しかし、ふと思う事があってテナーは話し始めた。
「ソプラはソプラだってしか思えないよ。初めはソプラを守るんだって思って一緒にいたのに、いつの間にか立場が逆転しちゃったけど。
今はソプラに助けてって言うしかないから。
あのさ、ソプラは俺の知っているソプラでいいんだよね?」
「どういう事?」
「歌姫の記憶をソプラは取り戻しているんだよね?
記憶をなくす前のソプラと俺の知っているソプラは一緒なのかって思って」
「記憶はね、なんていうのかな。引き継いでいるって感じなんだよ。
今まで沢山の私に生まれ変わっては死んで来て、辛かった事や怖かった事、その時考えていた事全て鮮明に思い出せるけど、私はテナーが知っている私だよ。
全く同じかって言われたら分からないんだけど」
「ソプラって言うのは人の名前だよね?」
「うん。一応オウサマか誰かが付けたみたいだね。無いと不便だから使っているけど、初めは嫌いだったよ。
でも、テナーが呼んでいるうちに、好きになったの。
ついでになるけど、歌姫って言うのも違うんだよね」
「ソプラの本当の名前? って何なの?」
「歌うもの、とか、奏でるもの、って呼ばれていたかな。
種族の各個体ごとに名前を付けるのは人くらいなものだから、変な名前に聞こえるかもしれないけど」
ソプラのかつての呼称を聞いて、テナーは似たようなものを聞いたことがあると頭を捻る。
ちょうど目の端にパカートが写ったところで、思い出した。
「ソプラは奪うものって知ってる?」
「私は違う呼び方していたけど、何となく分かるかな。
私から音を奪った人に、その力を与えた存在だよね」
「何があったのか聞いても良い?」
「何があったって言うわけじゃないんだけど、数えるのも面倒くさくなるほど前に、いきなり襲って来たから殺さない程度に返り討ちにしたの。
その時に片腕を奪ったのが気に食わなかったらしくてしつこくやってくるんだけど、相手にするのに疲れてきたから、忘れてくれるまで引き籠ってみようかなって思ったんだよ。
だから、襲われていて今にも全滅しそうな種族を助けて、守ってあげる代わりに、休ませてもらおうと選んだのがここ。
時間もあったから、力を貸してあげて強くなるのを見守ろうと思っていたんだけどね」
だけどね、の後ソプラは何も言わなかったが、テナーにも何が言いたかったのかは理解出来て気分が重くなる。
しかし、ソプラは気にした様子も無くテナーに「さて、じゃあ本題に入ろうか」と話しかけた。