思いも願いも、時間も空間も、途切れることなく繋がっている。だからあの時の約束が消えることはないんだから。
夕暮れ時。彼女はいつも通り明日も遊ぼうねと言った。
けど僕はうんと答える代わりに、明日遠くに引越しすることになったんだと言った。
そしたら彼女はびっくりしたような顔をして、ポケットからはいとガムを取り出して一つくれた。ガムを噛みながら僕は泣きそうになるのを堪えながら手を振った。彼女の瞳も震えていた。
「ばいばい、また遊ぼうよ」
「うん、絶対、約束だよ」
指切りげんまんをして、2人でそう約束しあう。彼女は指を離すと、目から大粒の涙を流しながら、それでも変わらない笑顔を見せてくれた。
「私たちの空は、どこまでも繋がってる!そう信じてるから!!」
そして、次の日の朝、僕ーーーーー俺、天城空也は5年間育った街から引っ越したのだった。
☆
「航空ショー?」
『そうです〜。くーちゃんはお空を見るのが好きでしょ〜?』
先週高校を卒業して暇な毎日を送っていた俺に、突然姉の天城実愛からそんな電話がかかってきた。だが姉よ、いきなりお空を見るのが好きときたか。確かによく空を眺めているが、それは好きだからではなく単純に暇潰しに見ていただけだ。どうやらその光景が穏やかな姉には趣味にでも見えたらしい。
『それで〜、近くの航空基地で〜、航空ショーがあるんです〜。ウチに泊まっていいので〜見に来ませんか〜?』
「いや、そのさ、航空ショーってなんなんだよ」
『自分で調べてください〜』
「..........」
『うふふふふ〜。あ、祈ちゃんも誘っておいてくださいね〜』
「別にいいけど、なんで?」
すると何故か電話越しに含み笑いが聞こえてきた。「なんだよ」と聞くと、姉ちゃんは楽しそうに言う。
『私が家を出て〜、2年になりますよね〜』
「えと、うん。俺が高2になった時に姉ちゃん卒業して家出たからな」
『2年ですよ〜。進展はないんですか〜?』
「進展って?」
『いえいえ〜。ですが〜、それはちょっとやばやばですね〜』
「めんどくさいな、何が言いたいんだよ」
『はぁ。では〜、航空ショーは来週の水曜日なので〜、遅れずに来てくださいね〜』
「え、あ、おいまだ聞きたいことが!......切りやがった」
しかし、航空ショーか。大学生の姉ちゃんがいま住んでるのは13年前に出た街だ。確かに近くに航空基地があるっていうのは聞いたことがある気がする。
とりあえず幼馴染の星宮祈に電話をかけてみる。どうやら俺と同じように暇だったらしくすぐに電話に出た。
「おっす、どうせ暇してんだろ?」
『くう君と一緒にしないでよ』
「じゃあ何してたんだよ」
『Vダッシュガンダムの改造パーツをスクラッチ』
「ガノタめ。まぁいいや、お前さー、俺と出掛けない?」
『.........りぴーとあふたみー?』
「来週一緒に出かけようぜ。姉ちゃんが航空ショーを見にこ『いく!!』うるさっ!?いきなりデカい声出すなよ!」
『ご、ごめんなさい。で、いつ行くの?お姉ちゃんのとこならお母さんもお父さんも説得できるから大丈夫!』
「お、おう。けどお前なんか作業してたんだろ?放ってていいのか?」
『バーニアとファンネルは完成してるから問題なし!それでそれで?何しに行くの?』
「航空ショーだって。俺が昔住んでたところの近くの航空基地でやるから、姉ちゃんが見にこないかって」
これさっきも言ったんだけど。
『確か大きな模型店がある街だよね.........それならアレが...........』
「おいガノタ」
完全に航空ショー興味ねぇじゃねぇか。プラモに全身全霊をかけるつもりだろ。
俺の意図が伝わったのだろう、電話越しに口ごもる気配が感じられる。そして、恐らく次に口にするセリフは「悪い!?」だな。
『悪い!?』
「悪いな」
『返答が早い!?』
「そりゃあ次言うセリフぐらいは予想できるな。10年以上一緒にいるし。お前のことなら俺が一番知ってるつもりだ」
『..............なら、なんで一番知ってほしいことはわからないのかなぁ』
「なにが?」
『なにもないよーだ。じゃあねくう君!』
「おい待てまだ切る.......切りやがった。どいつもこいつもやること一緒かよ」
携帯を置いて俺はベットが起き上がった。時間は午後1時だが、学校にも行く必要がなく、やるべき課題もない現在の俺にとってはまだ起床時間の範囲内だ。
さて、と。じゃあまずは。
「腹減った。カップ麺食おう」
それから日は過ぎて航空ショー当日。俺と祈は朝早くからバス停にいた。ここから航空基地まで無料のバスが出ているからだ。
隣を見る。そこには一緒に来た幼馴染の祈がいるんだが、これがまぁ祈さんたらムチャクチャ気合いの入った服装でした。白いシャツの上に茶色のコート、下はもこもこした白黒のスカートで足にはストッキングを履いている。肩にかかっている黒髪はいつもは寝癖も直さないくせに、今日はちゃんと整えてあって、しかも可愛い星のヘアピンまで付けている。身内贔屓を差し引いてもかなりの美少女だった。
え、俺?全身地味な色の冷感耐性最重要コーデですよ。ネックウォーマーが暖かくて首回りとか最高。
「ねぇねぇくう君。お姉ちゃんはいつくるの?」
「ああ、なんかやることがあるらしいから先に行っててくれだってさ」
「ふーん。ねぇねぇくう君」
「なんだよ」
「ここがくう君が住んでた街なの?」
「そうらしいな。もうほとんど覚えてないけど」
「何かないの?覚えてること」
「ガムもらった」
「なにそれ」
「知るかよ。お、やっとバス来たな。行こうぜ」
「はーい」
バスの中はもうほとんど満員だったが、バス停で待っていたのが俺たち2人だけで助かった。どうにかドアの近くに立つことでスペースを確保することができた。ドアが閉まり、バスが発車する。その寸前に、コンコンと軽い音がした。見ると1人の女の子が何故か安堵の表情でドアをノックしていた。
.....................ドアをノックしていた?
「はぁ!?ちょ、運転手さんこれ!危ない危ない!」
「ん?うお!」
発車しかけていたバスが急停止する。その拍子にバス内が大きく揺れて体制を崩した祈を思わず抱きとめる。なんかいろいろ柔らかいけど無視だ無視。
祈を見てみると案の定耳まで真っ赤だった。こんな公衆の面前で男に抱きしめられている姿なんて見られたらそりゃ恥ずかしいだろう。なのですぐに離れた。
「うに、あにゃ、あり、がと、う」
噛みすぎだろ。
「間に合ったぁ」
「お嬢ちゃん、ドアが閉まってるのに触ったら危ないだろう!」
「え?あ、ごめんなさい?」
さて。
「お前、何考えてんだよ!危ないだろ!」
「なっ、誰よあんた!いきなりそんなこと言われる筋合いないんだけど!」
「うるせぇ!普通あんなことするか?しないだろ!怪我でもしたらどうするつもりだったんだよ!!」
「怪我?じゃあ聞くけど、あんたは閉まったバスのドアを触って怪我をしたっていう事件を聞いたことがあるの?ねぇあるの?」
「お前が初になるかもしれないだろ!」
「なりませんー!そんなバカなことはしませんー!」
「あ"あ"っ!?」
なんだこの女。人が心配しているになんでこんなに高圧的なんだよ!!そう思いながら女を睨みつけたら、向こうも負けじと睨んできた。
しかし改めて見ると、その女は祈に負けず劣らずの美人さんだ。祈より少し短い黒髪に強気な顔立ち。服は淡い青の上着に暖かそうな灰色のワンピースとかなりラフ。
だけど、俺が一番目を奪われたのはそいつの瞳だった。青色や水色でもない、空色とでもいうべき綺麗な瞳の色。
「.................むぅ」
「なに?そんなに見られたら恥ずかしいんだけど」
「っ!見てねぇよ、睨んでたんだよ!」
「まぁ確かに?こんな美人目の前にしたら見つめちゃう気持ちもわからなくもないけどね?」
「調子のんな!お前よりも祈の方が美人なんだよ!」
「ふにゃっ!?え、え、その、うえへへへへへへへ」
「おーい、お嬢ちゃんたち、そろそろ出発したいんだけどいいかな?」
「あ、はいはい、すぐ乗ります!..........ちっ、あんたのせいで怒られたじゃない」
「お前一回死ねよ」
そんなこんなで、ようやくバスは航空基地に向けて出発した。途中何度か急カーブがあり、その度に空色女が隣にいた俺に倒れてきて口論になった。本当にぶっ叩こうかと思ったが、その前に祈に冷たい目で見られたのでやめた。何故だ。
☆
「くう君くう君!胸元に付けてる物でその人の階級がわかるんだって!」
「へぇ、じゃああの人は?」
「...........えーと」
「パンフレットには載ってなかったか。ドンマイ」
「載ってるもん!えとね、あの人はってああ!どっか行っちゃった!」
ここで航空ショーが行われる会場について説明しておく。俺たちがいるのは戦闘機が停まっている滑走路まで1キロちょっとはある道路で、その両隣にたくさんの屋台が出店している。時々軍服を着た人がいて、一緒に写真を撮ったりしている。
そしてメインとなるのが道路の先にある滑走路だ。そこは戦闘機が収まっている格納庫や横一列に並んだ戦闘機などかあり、どれも内部を見学することができるという。
「なんか、屋台っていうよりもお祭りみたいな感じだな」
「パンフレットにも記念祭典ってあるよ」
「ふーん、ってうおっ!」
「ふみっ!」
2人一緒に耳を抑える俺たち。見ると、頭の上を大きな音と凄まじい風が通り過ぎた。見上げると、5機の戦闘機が青空に白い線を描きながら踊るように遠くに飛んで行った。
「すっげぇな」
思わず呟く。鉄の塊が鳥と同じように空を舞い踊る光景は圧巻だった。
「ふふっ」
「なんだよ」
「くう君ってさ、空を見るのが好きだよね」
「そういや姉ちゃんにも同じこと言われたけど、暇潰しに眺めてただけで好きってわけじゃない」
「暇潰しに空を眺めるなんて人、くう君以外にいないよ。だからくう君は空を見るのが好きなんだよ」
「そんなもんか?」
「私だって暇なときはずっとザクを眺めてるよ」
「すごい説得力だなおい」
「それに、くう君は空を見てる時すごく嬉しそうなんだよ。あの時期だって.......あ、ご、ごめんね?」
「いいよ、気にすんな。それよりやっと着いたぞ」
滑走路に着いた俺たちは早速これからどう行動するかについて話し合った。具体的には俺→寒いから寒さが凌げる場所で戦闘機が飛んでるのみていたい。祈→今後のためにリアルの戦闘機の内部がどんな風になってるか知りたい。このガノタ改め模型オタめ。いや、別に俺だって戦闘機の内部を見てもいい。あの中なら寒さもかなり凌げるだろう。しかしどうしても看過できない問題があるのだ。それはーーーーーーーーー
「長蛇の列過ぎるだろ。俺が待つの嫌いなの知ってるだろ?」
「知ってるけど!こんな時ぐらい我慢して並ぼうとか思わないの?」
「まったく?」
「くう君ってほんとにコミュ障だよね!もういいよ1人でいくもん!」
「行ってらー」
肩をいからせて戦闘機に並ぶ列に向かう祈を見送って、俺はフリースペースとして敷かれたブルーシートに腰を下ろした。さっき買ったたこ焼きを食べながらこれからどうしようかと考える。正直、このまま空でも見ていたいんだけど。
「...........これはほんとに空を見るのが好きなのかもなぁ、俺」
「なに1人でブツブツ言ってんのよ。変態なの?」
いきなり背後から腕が伸びてきて、たこ焼きが一つ消えた。同時に聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「おい、俺のたこ焼き取るなよ!」
「いいじゃない1個ぐらい。.......あ、結構おいしい」
「はぁ。で、なんだよ?」
「ん?ああいや、なんかあんたが1人でいたからさー。ちょっと声かけようかなぁって」
「かけなくていい。早々に消えろ」
「嫌よ。聞きたいことあるんだから」
「それが本音か」
「うん。あのさ、」
「...................?」
どうしたのだろう。さっきまで言いたい事は絶対に言う!みたいな感じだったのに、急に言いにくそうに口をモゴモゴさせ始めた。そのまま数秒してから、意を決したように口を開いた。
「あのさ、私の目、どう思う?」
「どうって?」
「その、変だと思う?気持ち悪いとかさ」
目ね。目ってことはやっぱりこいつの瞳の事を指しているんだろうか。澄んだ青空のような空色の瞳。確かに見たことはないけど、別に気持ち悪いとは思わない。なので俺はそのままの感想を言った。
「普通に綺麗だと思うけど」
「うん、やっぱりそうだよね、気持ち悪........今なんて言ったのあんた」
「いや、だから綺麗だって。いいじゃん空色。俺は好きだぜ」
「.................そっか。うん。ありがと」
そう言ってはにかむ空色の少女を見たら、何故か強いデジャヴを感じた。
俺はこの質問を前にもされなかったか?いや、けど空色の瞳なんて見たのは初めてだろうし、そんな訳はないだろうけど。
「私、青野空子。よろしく」
「.....あ、ああ。俺は天城空也。よろしくな青野」
「空子でいいわよ。私も空也って呼ぶからさ」
「じゃあ空子。お前さ、さっきの質問したの今のが初めてか?」
「うん?どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、そのさ。なーんか同じような質問を聞いたことがある気がして」
「...........................................え?」
「デジャヴっていうのかな?なんか聞き覚えがあって.....どうした!?顔真っ青だぞ!」
いきなり自分の身体を抱いてその場にしゃがみこむ空子。フルフルと震えるその姿に今までの元気な彼女の面影はなく、ただ何かに怯える1人の少女だった。
「いや......いや.........違うの.......悪くないの.......」
消え入るような声で途切れずにぶつぶつと空子は呟く。こんな状態で放っておける訳がない。俺もしゃがんで目線を合わせて、ゆっくりと語りかける。
「空子、どうしたんだ、大丈夫か?」
「言わないで.........この目は........ソラとの..............」
突然。本当に唐突に、まるで糸が切れた人形のように空子がその場に倒れ込んだ。慌てて抱き起こすと、俺は背筋が凍った。
空子は気絶していた。そのはずだ。なのに、虚ろな空色の目を見開いて涙を流していた。そして、ぶつぶつと口は何かを呟いていた。
☆
「それにしても〜、本当に良かったんですかぁ〜?」
車を運転しながら天城実愛は隣の中学生程度の少女に問い掛ける。その少女ーーーーー青野楓美は首を傾げて聞き返した。
「何がですか?」
「荒療治な気がするんですよ〜。ウチの弟はそこまで大したことはできないと思いますけど〜」
「もうこれしかないんですよ。あの人がお姉ちゃんの最後の救いなんですから」
「救い、ですかぁ」
実愛が空也を航空ショーに誘ったのは、この隣の少女が頼みこんできたからだった。
お姉ちゃんを助けてあげたい。その真摯な頼みを断るなど、長年姉をやってきた実愛にはできなかった。しかし、最初は驚いたものだ。まさかあの時終わったと思った絆がまだ続いて、このような状況になっているのだから。
「(祈ちゃんには悪いことをしましたが、まぁ仕方ありませんね〜。その時は一発くーちゃんを殴ればいいだけですし〜)」
10年以上大切な妹の戦いを見てきた姉としての当然の権利を胸に刻みながら、美愛はふと空に目をやった。
どこまでも青くて、大きくて、隔たりのない空。それを見て、少しだけ美愛は弟の気持ちがわかったような気がした。