その少年は暗闇の中にいた。
彼が座っているのは六畳ほどの広さしかない小さな部屋。周りは石造りの無機質な壁に覆われており、部屋の中にある家具はベッドと簡素な机の二つのみ。
窓から差し込む薄い月光が薄暗い室内を照らすものの、少年の心は幾分も明るくなることはなかった。まるで死人にように生気の抜け落ちた表情。十に満たない幼子とは思えない、あまりにも痛々しく空虚な顔であった。
少年の名前は
しかし、それも数日前までの話。
父親が死んだのだ。黒鵜の父は個人で魔術研究を行っていた。研究者としてはかなりの実績をもっていたようで他国からも勧誘が入るほどの人物だったが、利益よりも自身の研究目的を優先して必要以上に組織や他者と関わろうとはしない変わり者だった。
その父が、新しい魔術回路の性能実験の最中に事故を起こし死亡したのだ。研究室はおろか二人の住まいであった家屋も纏めて吹き飛ばすほどの大爆発。当時、黒鵜は山外れの川辺に遊びに行っていたので難を逃れたが、家も資産も燃えたことで黒鵜は一文無しになった。
残念なことに黒鵜には彼を引き取るような親戚もおらず、今は山の麓にある町の診療所に保護されている。診療所の方の善意で置いてもらえているが、いつまでもここに預かっていられるわけもない。
身寄りのない子供の行き着く先は放浪者か犯罪者、もっと酷ければ奴隷のような悲惨な最期を迎える者もいる。そんな少年の末路を想像してか、彼の世話をする看護師も憐憫の眼差しを向けることが多い。
それも黒鵜にすればどうでもいいことだった。最愛の父が死んだ今、自分とて生きている意味はない。かといって、誰よりも自分を大切に思っていてくれた父が息子の後追い自殺など望まないことも分かっていた。
死にたい。でも、父のために生きなくてはならない。二律背反の板挟みに陥った黒鵜はどこまでも深い闇へと沈むしかなかった。
「もし、そこの童子」
聞き慣れない女の声。ここ最近、医者と看護師の声しか聴いていなかった黒鵜にしてみれば他の人間の声はどこか新鮮なものだった。
のろのろと顔を上げて前を見る。そこには、これまた見慣れぬ風貌の女の子が立っていた。
艶のある長い黒髪と西洋風の漆黒のドレスが特徴の美少女。人形のような幻想的な美しさに思わず見惚れる。
「聞こえていないのですか?」
「え? な、なんですか?」
「きちんと聞いているではないですか。人に呼ばれたならすぐに返事をなさい」
「すいません」
見た目からすると少女は自分よりも年下のはず。なのに、彼女の醸し出す雰囲気には年長者としての威厳と大人の色気が漂っていた。
「あの、あなたはーー」
「これから幾つか質問をします。分からないことは答えなくとも宜しいですが、嘘を吐いたり黙秘を続けた場合はすぐさま殺すので気をつけて答えなさい」
「え?」
「お前の名前は?」
いきなり現れた途端に質問を始めた。突然のことに困惑する黒鵜だったが、彼女の言葉は全て本気だと直感的に悟ったので慎重に質問へ答えようと決めたのだった。
「神薙黒鵜です」
「年は?」
「えっと、九歳です」
「家族はいるのですか?」
「少し前まで父さんと一緒にいましたが、事故で亡くなって・・・今は僕一人です」
「学歴はどれはどですか?」
「勉強はそれなりにできると思います。町まで遠いので学校には一週間に一度しか行けなかったけど、父さんが教えてくれていたので同い年の子たちよりはできます」
「運動は?」
「父さんに鍛えて貰っていたので、体力には自信があります」
「魔術は使えますか?」
「・・・できません。父さんは優秀な魔術師だったみたいですけど、僕には才能がなくて」
「そうですか。では、最後の質問をします」
一体なんなのだろう。さっきからつまらないことばかり聞いてきて、他に用がないのならさっさと帰って欲しい。
そう思っていた黒鵜だが、次の言葉で彼の心は激しくざわつくこととなった。
「お前、使用人になるつもりはないですか?」
「使用人?」
「実は私、お前の父親の研究のために多大な資金を提供していましたの。それが思わぬ失敗にいよって全て水の泡。そこで支払った金を息子のお前に肩代わりさせようと考えたのですが、お前のような才も力もない無価値な子供は売り飛ばしてもはした金しか生まれません。ですから、お前が今後の人生全てを使い私と私の家系へ奉仕し続けることで借金の返済とします。一応人並みの生活と多少の自由ぐらいは与えてやるつもりですが、あまり可愛げがないようならやはり犬の餌にでもするのであしからず」
要約すると、死ぬか買われるか選べと言うことだ。そのうえ、自分がどっちを選んでもこの人からすればどうでもいいことなのだろう。すでに興味が薄れたのか、いつの間にか豪奢な椅子を出して優雅に座り込んで窓の外の景色を眺めている。
とはいえどうしたものか。ついさっきまで死んでもいいと思っていたけど、父さんが借金を残していたというのはいささかショックだ。
夢も希望もないけど、父さんが残してくれたものがまだ他にもあった。例えそれが借金という形であっても、こうして父さんが紡いでくれた縁をあっさり終わらせるのはいやだ。
この出会いがどんな答えを出すのか、それが分かるまで生き続けるのも悪くないかもしれない。
「こんな僕でよければ、あなたのもとで働かせてください」
「いいでしょう。今からお前は私の使用人です。すぐに支度をしてここを出ます。それから、私のことはお嬢様と呼ぶように」
「分かりましたお嬢さま」
こうして、神薙黒鵜の新しい生活が始まった。