死霊使いの従者   作:マサオ02

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駆け付けた従者

 深夜の森の中を少女が唯一人で歩く。

 辺りは静寂に支配され、木々の隙間から漏れる月明かりだけが僅かな道標となりその小さな足元を照らしていた。

 そして歩き続けて数十分。森の中腹に来た頃に彼女は足を止めた。かなり場の開けた暗がりにひっそりと佇む槍使い、ゲイザー・ロウが静かな瞳で待ち人を見据える。

 

「来たか、ドロシー・マクガフィン」

 

 ゲイザーの声に対して、ドロシーはゆっくりと進み月光の下にその姿を現す。

 周りに他の人影はない。彼女は愛用のステッキを折らんばかりに強く握り絞めており、その顔には普段の子供染みたものとは別の、本気の怒気が宿っていた。

 

「・・・クロウはどこ?」

「答える義務はない」

「クロウはどこ?」

「聞こえなかったか。貴様に教える必要はないとーー」

「いいから答えろ腐れ馬鹿野郎!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの怒声が森に響き渡る。枝の上で寝静まっていた鳥が跳ね起き、怯えて飛び立っていった。

 

「随分と慕っているようだな」

「勘違いしないで欲しいわね。あんな口も態度も悪いドグサレ男の命なんてどうでもいいのよ。私が怒ってるのは、ただ私の所有物を他人に持ち出されたのが我慢ならないだけ」

「それは失礼した。では先程の問いに答えよう」

 

 そう言うと、ゲイザーは近くの樹木に立て掛けていた槍を取り戦闘の構えを見せる。

 

「何の真似かしら?」

「今ここで我と戦ってもらおう。我を倒せば、汝の従者の居場所を話す」

「はあ? つまり、再戦がお望みってこと? だったらこんな回りくどいことしなくてもその辺の広場や演習場でまたやればいいじゃない」

「勘違いしてもらっては困る」

 

 呆れたように肩の力を抜いたドロシーだったが、ゲイザーを見た瞬間に全身を恐怖が駆け巡った。

 闇の奥で構えを取る槍使いの目には、素人でも分かるほど濃密な殺気が灯されていた。

 

「我が求めるは試合ではなく死合い、命を賭けた決闘である」

「なっなにふざけたこと言ってるのよ!?」

「冗談のつもりはないぞ。念の為伝えておくが、我が勝った時は汝の命だけではない。汝と従者の両方の命を頂くつもりだ」

「・・・人から恨まれることした覚えはないわよ」

「私怨の情は持ち合わせておらん。汝との戦闘はとある人物からの依頼だ。お互い運が悪いだろうが、一つ付き合ってはもらえんか?」

「ふーん、そっちにも事情があるの。まあ、どうでもいいけどね」

 

 ドロシーも相対するように、数十体のスケルトンを召喚した。骸骨の隊列を目の当たりにして、ゲイザーの槍を握る手にも熱が籠る。

 

「覚悟はいいか?」

「こっちの台詞よ。どこの誰だか知らないけど、この私を手玉にしてタダで済むと思わないことね。あんたを潰したら、次はあんたの依頼主(クライアント)とやらを墓穴に埋めてやろうじゃない」

「残念ながら、依頼者の素性を探ることはできない。汝にはここで死んで頂く」

「上等よ!!」

 

 号令一戦。ドロシーの掛け声とともにスケルトンは一斉に敵目掛けて駆け出した。

 ゲイザーも応じるように前方へ走る。一気に間合いを詰めると、正面から襲ってきた数体を横薙ぎに吹き飛ばした。

 

「固まってんじゃないわよ!! ほら、散った散った!!」

 

 ドロシーは近くの二体に己を担がせると、慌てて指示を加えて他のスケルトンたちを動かしていく。指示はすぐに行き渡り、スケルトンはゲイザーを円形に包囲した。

 

(ほう、以前よりは動きが良い。学習したようだな)

 

 ゲイザーからすればまだ指揮者としては拙い腕だろう。しかし、ドロシーは黒鵜に言われた反省点を自分なりに考えて再戦のための戦い方を練っていた。

 ゲイザーの槍による攻撃は魔術抵抗に関係なく触れたものの魔力を払い飛ばす。まともにぶつかれば無駄に兵を失うのみだ。

 だが、槍という武器は良くも悪くも突きに特化した得物だ。射程は長く、熟練の使い手は攻防の切り替えも恐ろしく速いうえに隙も少ない。それでも、突きによる攻撃が主体の武具ならではの弱点というものが存在する。

 ゲイザーが、兵の一体を槍を思い切り伸ばして串刺しにする。

 

「そこっ、正面と背後から同時に斬りつけなさい!!」

 

 その隙にゲイザーを前後から挟み込み、スケルトンが剣を振り被る。

 すなわち、槍を伸ばしてから戻す一瞬の隙がドロシーの狙いだった。如何に素早い技を用いても、一度伸ばし切った矛を再び構え直すには僅かばかりのタイムラグが生まれる。

 さらに、前後から攻撃すれば防御も間に合わないはず。ドロシーの予想では、ゲイザーは槍を手放し横に逃げるはずだった。武器さえ奪えば、数で勝るこちらが勝てる。

 しかし、ゲイザーはドロシーの予想を上回る動きを見せる。

 ゲイザーは槍を手放すと、正面から迫るスケルトンの顎を蹴り上げた。相当な威力だったのか、骸の頭部は粉々に破砕される。

 そのまま空中で頭部を失ったスケルトンの腕を掴むと、自分の傍に引き寄せ背後のスケルトンからの攻撃を防ぐ盾代わりにした。白い骨に剣が喰い込み、二体の動きが止まる。

 ゲイザーは地に足を付けると一気に掌底を打ち込んだ。等身大の骸骨が二つ宙を舞って、数メートル後ろの大木に激突した。

 すぐさまゲイザーは足元の槍を拾うと、周囲の残兵を片づけに移った。

 

「う、うそでしょ・・・!? あんなの人間の動きじゃないわ・・・!!」

 

 ゲイザーの超人的な動きを見て圧倒されるドロシー。泣きたくなったが、必死に自分を奮い立たせて新たなスケルトンを呼び出す。

 召喚者であるドロシーは二体のスケルトンの肩に乗って戦場を移動している。前回は一カ所に留まっていたせいですぐ追い詰められたので、こうして常に移動を繰り返しながら敵と距離を取り続ける作戦だ。

 

「面倒だな。手数を増やすとしよう」

 

 突然ゲイザーの動きが止まる。

 何事かとドロシーが警戒していると、ゲイザーは手に持っていた槍を真ん中で分かつように取り外した。見ると、それぞれの棒には全く同じ形状の刃が取りつけられていた。

 その二本となった短い槍を、ゲイザーは両手に持ち鳥が羽を広げるような独特の構えを作る。

 

「見かけ倒しで怯むわけーーーー!?」

 

 ドロシーは格好つけのハッタリだと思っていたが、その認識は完全な誤りだった。

 その圧倒的な速さたるや。二つの刃が目にも止まらぬ速度で散らばっていたスケルトンを薙ぎ払っていく。リーチが短くなったことで、かえって攻撃回数と速度が上がりより隙のない状態となっていた。草地を駆けて無数の敵を切り裂いていくその姿は、まさに得物を仕留めるために滑空する獰猛な鷹を連想させる。

 

「まずいっ!?」

 

 気付いた時には、もう残った手駒は自分を抱える二体のみ。

 すぐに次の兵を召喚しようとしたが、その前にゲイザーが二本の槍を投合してきた。音速で迫る槍に成す術などありはしない。たちまち最後のスケルトンも倒され、足場を失ったドロシーは地面に落ちる。

 

「いたっ!!」

 

 立ち上がろうとしたが、眼前に立つ男の冷酷な目に気をされてまた腰が竦んだ。

 ゲイザーは地面に突き立てられた槍を両手で抜くと、再び二本を合わせて元の長槍に戻す。そして座り込むドロシーに向かい、その鋭利な切っ先を合わせて振り被った。

 

「あーーーーーー」

 

 死ぬ。

 ドロシーは己の運命を悟った。この距離なら頭でも心臓でも楽に刺し貫くことができる。

 目の前の男には同情や憐憫による迷いなど微塵も感じられない。淡々と、それこそ毎日繰り返すゴミ捨てのような機械的な動作で容易く自分の命を刈り取るだろう。

 一秒先の死を前に目を瞑る。心残りは、生意気だけど肝心なところでいつも自分を守ってくれたあの男を救えなかったことだ。もしもあの世で再会したら、次はもうちょっとだけ優しく接してあげよう。

 風が髪を切る。襲い来る痛みと恐怖に震えていると、耳に届いたのは肉を裂く音ではなく金属同士をぶつけたような衝撃音だった。

 もう一度目を開く。

 その時彼女が目にしたのは、たった今心の中で思い描いていた少年の後ろ姿。

 

「ったく、夜中に一人で出歩かないよういつも言っていたでしょう。罰として、家に帰ったら皿洗いを手伝ってもらいますよ、ドロシー」

 

 腕にはめていた鋼鉄製の手甲が、槍の一突きを完全に押し止めている。

 そこには執事服を着た黒髪の少年、神薙黒鵜が少女を守りながら悠然と立っていた。

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